第百二十九話
甘い気持ちでいてすみません。
「だからぁ! そんなガチでやれないって言ってんすよ! なんですかぁ? 武器を持ってりゃえらいんですかぁ?」
「ぎゃあぎゃあうっせえな。応援合戦でしょうもねーもんやって、観客が白けたら責任とれんのかよ」
一年三組の男の子と羽村くんがバチバチ火花を散らしているんです。
それは青組応援団の会議中でのこと。
ダンスの難度をどうするのかっていうところで大もめです。
二年や三年の先輩はにこにこしながら見守っているだけ。青組応援団長の南先輩曰く、基本的に一年生主導で話し合ってみようか、とのことでした。
その結果がこのざまなんですけども。
「あァ!? こっちゃあダンスに苦手意識のある運動苦手な生徒でもできるもんにしようって言ってるだけだろうが!」
「そんなもん個々の運動神経に応じて難度を三つに分けて、ばらけてやりゃあいいだろうが」
「いっちいちつっかかってくんなァ!」
「こっちの台詞なんだけど」
羽村くんは涼しい顔だ。小指で耳の穴をほりほりしてる。
対する相手の男の子は耳まで真っ赤になってゆでだこ状態。
隣に座っているのは山吹マドカさん。狛火野くんのことが好きっぽい子だ。
「ごめんねえ、うちのがうるさくて」
「マドカに言われたくねえから!」
「まあまあ」
のほほんと言う山吹さんに歯をギリギリ噛み合わせると、両手で髪をオールバックに撫でつけて深呼吸をした。
「とにかく、てめえら刀持ちは気に入らねえ。何かと優遇されてるみてえだが、いちいち出しゃばられると本当に迷惑なんだよ!」
敵意剥き出しだ。彼の言葉は棘に満ちている。
恐る恐る周囲を見渡した。
『同じこと思ってる人、いる』
ヒノカの指摘に顔が引きつる。
一年生、三組と六組の四人中、山吹さんを除いた三人が渋い顔をしてたから。
助けを求めて周囲を見て気づく。
二年生は痛みを堪えるような顔、三年生はほほえましい顔。
まるで私たちの対立なんて、昔通った道みたいな顔をして見守っているだけ。
「はい、そこまでにしよっか」
にこにこ笑顔の南先輩が壇上で手を叩いた。
メイ先輩はその強さと圧倒的な行動力でみんなをぐいぐい引っ張っていく人だ。
そこへいくと、南先輩は違う。
南先輩の笑顔には不思議な力があって、南先輩が微笑むだけでなんとなく「まあいいか」みたいな気持ちになるんだ。
「自己紹介をする前にケンカ始めちゃうくらいやる気に満ちあふれている一年生で心強い限りだけど、ちょっと先走りすぎかなあ。だめだよ、ケンカしちゃ」
前屈みになって指を立てる南先輩の笑顔に羽村くんも山吹さんのクラスの男の子も俯いた。
「応援合戦だけど、一年生は全員参加っていうのはもう知ってるよね?」
みんなで頷く。
「コユキちゃん、説明お願いできる?」
「わかったよ。他ならぬ南先輩の頼みならね!」
男の子……に見えるんだよね。でも女の子だってトモに教えてもらったことがあるの。トモのお部屋から出てくるところを何度か目撃したことがある。トモの刀鍛冶さんだったと思う。
ツバキちゃんとは雰囲気の違う可愛い可愛いその子がすっと立ち上がって、南先輩の隣に立つ。
「二年生の風早コユキです。応援合戦だけど、二年と三年は自主参加。なので、応援団員としてきている人たち以外の参加はないものと見てくれていいよ」
要するに。
「参加するのは実質ほとんど一年生だけ。ダンス部は別だけど……ダンス部の人って、この中にいる?」
風早先輩が尋ねると、羽村くんが手を挙げた。
青組には……羽村くんだけだった。
「となると、青組で踊るのは九十人と少しかな」
「多いよねー。九十人って多いよ。だから生徒会に具申してるんだよー。一年生も自主参加にしたら? って。一クラス最低十人参加してもらう形にしたら、構成しやすくなると思うんだけどなー」
唇を尖らせて不満げに語る南先輩をまあまあとなだめてから、風早先輩は黒板にさっと白いチョークで文字を書いた。
『使えるもの。カラフルな各色のテープ、ハチマキ。後は要相談』
って……どういうことだろう?
「一年生に言っておくと、ぽんぽん作ってハチマキ巻くくらいが衣装の限界なんだ。予算的な意味でね」
「えー! みんなで合わせたスカート履いたりできないんですか?」
「ないない、そんな予算ないよ」
山吹さんの残念そうな声に風早先輩が肩を竦める。
「あとさっき男の子二人が議論していたけど、体育祭までの時間を考えるとあんまり難しい振り付けはできないな」
羽村くんが悔しそうに眉間に皺を寄せるし、くってかかった男の子が勝ち誇ったように笑う。けど。
「ただあんまり簡単なものもだめ」
「な、なんでですか」
風早先輩のだめだしに男の子がたまらず声をあげる。
すると今度は南先輩がにっこり笑顔で言いました。
「赤組にメイ、白組にコナちゃんがいるからねー。そうとう熱の入った応援やると思うの。わたし、負けるのだいっきらいだから」
花びら背景を背負っていそうなきらっきらの笑顔でしれっと言われました。
「あ……はい」
これにはさすがの男の子も間抜けなくらいあっさり頷かずにはいられなかったみたいです。
「えっと、きみ」
南先輩が見つめるのは、羽村くん。
「なんすか」
「あと、きみ」
そして羽村くんと揉めた男の子を見つめる。
「二人で振り付け、決めよっか」
「「 はぁ!? 」」
思わずそれだけは嫌だと立ち上がる二人は息ぴったり……と、見えないかな。だめかな。難しいかもしれない……。
「二人とも自己紹介してくれるよね?」
にこにこ笑顔の南先輩の迫力。
「はあ……しょうがねえな。一年九組、ダンス部の羽村です。羽村テツヤ」
至極めんどくさそうに髪を片手で乱しながら羽村くんが挨拶をした。
それからしばらく、無言。
山吹さんが咳払いしてようやく。
「一年三組、木崎っす。ダンス部には入ってねえけど、ガキの頃からダンススクールに通ってます」
う、うわあ。なんだろう。揉める予感しかしないよ。
そう思ったのは私だけじゃないのか、教室の中に緊迫した空気が満ちていく。
だから、
「二人ともダンスについては理解があるならちょうどいいね。羽村くんは私に、木崎くんはコユキちゃんに自分が決めたダンスを教えてよ。明後日にみんなの前で披露して、投票で決めよう」
笑顔でさらっと仕切って決めちゃえる南先輩は、間違いなくメイ先輩の右腕なんだなあって思いました。
「で、でも!」「んな急に!」
慌てる男子二人に、強者は言いました。
「兵は神速を尊ぶ。わたし、二人のことを信じているから」
だめ? と上目遣いをする南先輩に男子二人はあっさり観念したようです。
「……まあ」「いいっすけど」
男子って。そう思ったのは私だけじゃないと思うんですけども。
「じゃあ今日は解散! 羽村くんと木崎くんはそれぞれ、指定した人のもとへいくこと」
というわけでおいでー、と両手を広げる南先輩はお姉さん力に満ちあふれていた。
羽村くんがやりにくそうに首の裏を掻いて「じゃ、青澄。おつかれ」と言って近づいていった。
木崎くんも渋々風早先輩の元に歩いて行く。
「青澄さん、ちょっといいかな」
「ふぇ」
山吹さんに声を掛けられるなんて思ってもなかったから、変な声が出ちゃった。
「三組の子と一緒に交流深めようってことになってて。よかったらこの後、一緒に学食いかない?」
「え……え?」
うわ。うわ! すごい! 私いま誘われてる! 中学生時代は憧れすぎて一周回って斜に構えて逃げたりとかしたこともありますけど、今はただただ嬉しいです!
「で、でもなんで誘ってくれるの?」
「ちょっと……偏見の壁を乗り越えてみたいなあって思いまして」
私の獣耳に口を寄せて、山吹さんが囁きました。
うちの木崎くんみたいに侍なんて、みたいな目で見られるのしんどくない? って。
私を気遣ってくれてるし、みんなで仲良くやろうよっていう意思表示だと思ったから。
「いく!」
迷わず頷く私ですよ!
◆
「じゃあ改めて、三組の山吹マドカです」
「あ、青澄春灯です。九組の」
山吹さんの自己紹介に習って名乗ってすぐのことでした。
「おれ……六組のフブキです。ちょっと聞きたいんだけど、青澄の刀って本物なの?」
「ちょっと。急にそれはないんじゃない? あ、うちは六組のルミナです」
向かい側に座る優しい顔の男の子に、隣にいるそばかすが似合う女の子がツッコミを入れた。
フブキくんに、ルミナさんか。
「気になる気になる! あんまり間近で見られるものじゃないもの」
山吹さんも興味津々と言った顔だった。
ええと、じゃあ……そうだな。タマちゃんの刀をテーブルに置いて、そっと抜いてみせる。
刃文を見つめる三人の中でも、フブキくんは気になってしょうがないのか恐る恐る手を伸ばした。けれどすぐに引っ込めている。なんだろう?
「触らないの?」
「さ、触ってもいいのか?」
「いいけど」
「じゃ、じゃあ」
恐る恐る、柄に触れて握ってみて。それから指先を刃に当てる。
「……冷たい」
「そ、そうなの? う、うちもいい?」
いいよーと答えると、手を引っ込めたフブキくんと入れ替わりでルミナさんが刀に触れた。
「あれ……うちにはあったかく感じるけど?」
その間に柄に触れた山吹さんが首を傾げる。
「重たく感じないのに、持ち上がらないね……不思議」
『うう! べたべた触られるのは好かんぞ!』
あはは……ご、ごめんね、タマちゃん。
ちょっとだけ我慢して……ほら、みんな手を離すよ。
『むう……もういやじゃからな!』
ごめん。でも……でも、私は触ってみて欲しかったの。
ドキドキしながらみんなの反応を伺うとね。
「実際触れてみると変な感じだな。テレビで聞いたことはあっても、実際に刀に触れてみると実感する。本当にあるんだなって」
「不思議っていえば、青澄ちゃんの耳と尻尾もうちは気になるけど」
「すっごく手触りいいんだよ!」
フブキくんもルミナさんも興味津々な様子に変わりなし。
あと山吹さんの熱弁に笑う。
実際触れられたからなあ。褒めてもらえるのは嬉しいです。
「それ、本物なん?」
不審な顔をするルミナさんにどう説明したものか、と悩んでから、いっそ開き直って尻尾を振ってみせた。
「尻尾も触ってみます?」
「……いいの?」
「うん。子供に掴まれたことも結構あるし、お安いご用ですよ」
「お、俺もいいか?」
「どうぞどうぞ」
これはしたない、とタマちゃんが苦言を呈するけれども。
なんでだろうね。
『ハルは触れてもらいたいと思ってる』
そうなんだよね。
立ち上がって私の後ろに回り、恐る恐る尻尾に触れて――毛の内側にある肉に触れて、二人ともあわてて手を離してる。
それから恐る恐る尻尾を撫でて、はああ、と感心したように息を吐くのでした。
「すごい……」
「本物だ……」
にこにこと嬉しそうに見守る山吹さんが言いました。
「触れてみて実際、どう?」
すると二人は顔を見合わせて、ふっと笑ってから言いました。
「なんかすっげえ変」「だから面白いわ」
よろしくって手を差し伸べてくれる二人と握手することができて、私はほっとしたのです。
だからこそ、かもしれない。
「侍候補生っていうか、刀を持っている奴への偏見があるんだよ」
「対抗意識みたいなのがねー。うちらの中にもあるっていうか」
フブキくんとルミナさんの言葉にちょっとへこたれそうです。
二人の話を裏付けるように、山吹さんがため息と共に言いました。
「木崎くんは特に対抗意識が強いんだよね」
「な、なんで?」
私の問い掛けに三人は揃って顔を見合わせて、ため息を吐きました。あ、あれ?
「まあ刀を持つなり、二年になって刀鍛冶になれりゃあ別なんだろうけどさ。なんつうの? 何者にもなれてないからこその、持たない感がいやっつうの?」
「ほんとフブキの言うそれな。才能の有無をいやでも意識させられてる感じがうちもきついっていうか」
「行事ごとに覚醒を求められるのがつらいっていう生徒もいるみたいなの。私は寧ろ狛火野くんみたいに刀を手にできたり刀鍛冶になれたりしたらいいなって思うだけなんだけど」
中には、ね。
山吹さんの言葉には苦いニュアンスが込められていて、私も思わず苦笑いを浮かべてしまいました。
なるほどなあ。なんだか……落ち込んできちゃうなあ。
「あ、青澄が気にすることじゃねえよ? 一応いっとくけど、それぞれの考え方次第っていうか」
「そうそう! むしろ刀を手にしたらそんな面白い状態になれるって思って興味でてきたし」
慌ててフォローしてくれるフブキくんもルミナさんもいい人だし。
「全員で練習するみたいな時間がくると揉めそうなんだよね。だから私たちでまず話せるようになっておくと、みんなすっごく楽にならないかなあって思うんですよ」
さらっとそんなことを言えちゃう山吹さんって実はすごい人なのでは? と思うのです。
羽村くんにも後で今日のこと伝えておこう。
手放しでうまくいきそうな気配はないけれど、でも……今日ここで感じた落ち込みも安心もぜんぶきっと、未来への可能性になると思うんです。
◆
「――……というわけなの」
「なるほど」
尻尾の毛並みが乱れていると言うカナタが率先して手入れしたがるので、お任せしながら今日の出来事を話したの。
するとカナタは櫛を入れる手を止めて、深々と息を吐きました。
「一度は通った道だな」
「えっと?」
どういうことだろう、と思った私にカナタは教えてくれたんです。
「お前達ほどではないが、体育祭の時期に応援団の一年生が揉めるのは士道誠心の悪しき伝統でな」
「悪しき伝統……」
「実際、木崎という生徒とお前のクラスメイトが揉めたんだろう?」
「まあ、そうだけど」
「去年はラビとユリア、シオリがやり玉にあがっていた」
「うわあって言いたいところだけど、その三人が応援団っていうインパクトが」
そう言うな、とカナタに言われてしまいました。
けどさ。カナタも私から視線を外して口元震えてますよ? おかしいって思ってるんでしょ?
「そんな目で見るな」
「むー……。カナタは応援団やらないの?」
「去年も今年も辞退した。何より今年は並木さんがいるからな」
「あー。コナちゃん先輩かあ」
いかにも応援合戦とか大好きそうだ。
コナちゃん先輩って熱いもん。魂が常に燃えてるもん。
「話を戻すが、コンプレックスを植え付け、刺激しかねないところが……うちの高等部ならではの問題だな」
「コンプレックス?」
「ああ……」
物思いに耽る顔で尻尾に櫛を通し始めるカナタはいま、何を考えているんだろう。
「力を手にしてみればなんてことはない、あっさりとした答えなんだが。それに気づけないでいる間はずっと苦しい」
「カナタ……?」
「俺は刀鍛冶の力を手にするまで、大典田光世を手にするまで、ずっと苦しかった」
「あ……」
そうか。カナタはずっと……苦しんでいたんだ。
「努力し続けられるか、世界に責任を押しつけて腐るか。どちらが楽かは……言うまでもない」
カナタが口にした言葉の中に混じる現実の苦さがつらい。
「そんな人ばかりじゃないよ……」
自分で言いながら気づいてしまう。それがどれほど理想に傾いているのかを。
不安に弱る声を励ますように「その通りだ」ってカナタは力強く言ってくれた。
「信じていい。折れずにいていい。ハルはハルのままでいい。胸を張って、断言していいんだ」
だから、カナタの願いに満ちた声に心が震えてしまう。
「お前のありようは美しく気高いと思う。ハルのそういう姿勢こそ、俺は愛しているし大事にしたいとも思う」
優しい声だった。
「もし世界を敵に回す奴がいるのなら、俺を……兄さんを助けたようにお前らしく向き合えばいい。或いはフブキとルミナという生徒にしたように、お前らしく接すればいいんだ」
それで十分、力になるよ……なんて。
ああ、もう……ずるいよ、そんな言い方。
エールに満ちているカナタの言葉にじんときて、思わず抱きつかずにはいられませんでした。
「お、おい……櫛が通せないだろう?」
「いいから……めいっぱいはぐしてください」
「わがままなやつだ」
ふっと笑って、それからカナタはめいっぱい優しく私を抱き締めてくれたのでした。
幸せいっぱいの気持ちで眠りにつけたから。
だから……油断していたのかもしれません。
翌朝、教室に向かうべく階段をのぼる私に影が差したから、見上げたんです。
そこにはね。
「待ってた。アンタに話がある」
木崎くんが階段の上に立っていたのです。
物凄く不機嫌そうな顔をしていらっしゃいます。
あれあれ? これは……私、もしやピンチなのでは?
つづく。




