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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十章 六月に降る雨

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第百二十七話

 



 所在地で提出という体で役所で婚姻届を出して、二次会を終えて我らはやっと一息ついた。

 あらかじめ取っておいた宿には、色々な品が運び込まれていた。

 我のクラスの青澄がみなと持っていた横断幕めいた布を我は眺めていた。名前とメッセージのすべてが胸に染み込み、届いてくる。ふと目に留まったのは、青澄だ。


『ライオン先生の笑顔がみたいです。これからも、ずっと。幸せになってください。青澄』


 無論、みなの名前が響く。みなのメッセージもまた響く。なにせ、そこには幸せへの願いしかない。ニナと我の幸福への祈りしかないのだ。

 耐えきれなくなって隣を見た。

 我の描いた絵をドレス姿のニナが幸せそうに見つめている。

 今はサプライズについてお互いに情報共有……ではなく、なにげなく話し合ってはいるから事情を知っている。我が最初にシロウとニナと我を描いたことも。


「真中さんの言う通りね。三人の絵も素敵だけれど……この絵が私は好きよ」

「……うむ」


 あの音声を聞くまではずっとシロウと三人で、それが幸せと考えていたのだが。


「今世でニナを幸せにするのはこの先、我ゆえに……その覚悟が必要だと知った」

「……ありがとう、ライ」

「いいのだ」


 過去は大事にするべきだが、囚われてはならないと……シロウのメッセージが伝えていた。

 幸せを見つめよ、彼女を見つめよ。

 その願いに満ちていたのだから。

 ……誇りに思いこそすれ、重石にしてはならぬ。

 我は心の底から真っ直ぐ、彼女だけを見つめねばならぬ。


「引っ越しの手伝いをした時にはまるでそのそぶりがなかったのには驚いたけど」


 はにかむように微笑む花嫁を片腕に抱いて、我は咳払いをした。


「ニナは常に我の先を行く故に、気づかれないようにするために仕方なかったのだ」

「まんまとやられちゃった……」


 胸に頭が寄りかかってくる。


「ドレスも買って、宿も何もかも……奮発しすぎじゃないかしら」

「なに、ずっと金の使い道がなかったのだ。将来のことを思えば浪費はできぬが、今日は……今日だけは別だ」

「晴れて住宅ローンのお世話になるわけですし?」

「む……」


 それを言われると頭が痛いが、仕方ない。さすがにそこまでの貯蓄は我にはないのだ。


「ねえ、ライ。こんなことなら侍になるか、一人暮らしの時に引っ越ししなければ……とか考えてるでしょう?」

「む……その通りだ」

「ふり返らないの。今の私たちが進む先を見つめましょう……ね?」

「ああ」


 隣を見る。教職だけでは決して高収入とはいかぬが、侍の資格も手当てもあるゆえに彼女が言うとおり嘆き悲しむほど苦しいわけでもない。


「ライは私のためならどこまででもお金を使ってしまいそうね」

「通帳を渡すか?」

「給与振り込み口座を一つにして合わせるけど、口座は残しておいて。お小遣い制にします……って話だったわよ?」

「とうとう我も小遣いになるか」


 思わず笑ってしまった。狸田先生は小遣いが少ないとよく嘆いていたが、我もああなるのか、と。そんな我の考えなど彼女は当然お見通しなのだった。


「ご希望金額はおいくらなのかしら」

「……昼飯代と、たまにニナに何かを贈れる余裕があれば嬉しいが」

「なら邪討伐の手当てはあなたのお小遣いにしましょう。お昼は私がお弁当を用意しますから、そんなにきつくはしないつもりですよ?」


 意外な提案だった。

 手当てはそも討伐が公的な仕事でもあるゆえに、決して微々たる金額ではない。

 その金額こそ侍がやり玉にあげられる所以でもあるのだが。


「む……貯金が苦しくならないか?」

「私も働いているから大丈夫。二人の給与を合わせて、そこから生活費を捻出。あまったお金を貯金とローンの支払いに回すの」

「……なるほど」

「ねえ、ライ。結婚式の日に生々しすぎない?」

「大事な話だ。確認しすぎるということもあるまい」

「おかげで今日は無事、式の後に入籍もできたわね?」


 にこにこと嬉しそうに笑うニナに改まって言われる。


「獅子王ニナになりました。末永くよろしくお願いいたします」

「……うむ」


 感慨深い。学生時代にクラスメイトが交際していた女子の姓が自分のものになったら、などと夢想している話を聞いても……自分には正直縁がないと思っていたのだが。


「幸せだ」

「もう一度、言ってくれる?」


 甘えるような声に頷く。


「幸せだよ、ニナ」

「……ん。うん。ええ、私も」


 見つめ合う顔が近づいてくる。

 願いは一つ。叶える方法もまた、一つ。

 応えない理由はない。

 繋がり離れ、けれど額を重ねて微笑み合う。


「一つ……お願いがあるの」

「なんだ?」

「式もドレスも初めてだから……式はもう大満足なんだけど、ドレスでしてみたいことがあるの」

「さて」


 まったく思い浮かばないのだが。

 きょとんとする我の首に彼女が飛びついてきた。慌てて受け止める我に彼女は願うのだ。


「お姫様抱っこ」

「……む」

「してほしいな。みんなの前では少し幼いかな、と思って言えなかったのですが」


 今は二人きりでしょう? と言われてしまうとな。

 では、と彼女の身体を抱き上げる。ドレスの布地が大きくふんわりと広がる足を抱き上げるのには苦労したが。


「重たくない?」

「軽い」

「……私の人生も軽い? それとも、重たい?」

「そちらは……我一人で抱えられる重さだと確信している」


 試すような言葉だが、今更揺らがぬ。


「ねえ、ライ……疲れてない?」

「なんの、まだまだ。学院長やかつての先輩方と話す気疲れくらいだ」

「ふふ。二次会では夏目にさんざん絡まれていたわね」

「……自分の方が先に結婚を告げたのに、なぜ自分より先に結婚しているのかとさんざん愚痴られたな」

「そこはあなたが即決即断の男だからいいの」


 自慢げに言う理由がよくわからないのだが。


「それよりね?」


 首に抱きついた彼女の瞳が――濡れていた。


「……ライにもう一つお願いがあるの」

「なんだろうか」

「……ウェディングドレス、せっかく買って……こうして着たんだから。このまま、ね?」


 その願いの意味に気づけるほどには……我は彼女と触れ合うことができたのだろう。

 何より今日から夫婦なのだから。


「ああ――」


 彼女をそっとベッドに寝かせる。

 引き寄せられるままに彼女に口づけを――


 ◆


 ドレスを脱いだ彼女と共に、部屋に設置された二人きりの温泉に浸かる。

 上気した素肌を隠すものはなにもない。

 目にして思うこと。それはただただ彼女が美しいという我にとって揺るがぬ事実のみである。


「ねえ、ライ」


 我の腕に身体を預けた彼女が、我の手を握っていた。

 指先を交差させて繋ぎ合う密着に心はあたたかくなるばかりである。

 だからこそ……彼女の声に滲んだ緊張にはすぐに気づいた。


「もし、私があなたの霊子を食べる時が来たのなら……迷わず斬って」


 湯船に波紋が広がっていく。

 彼女のそれが、結婚生活に向けた最後の不安なのだと我は思った。ゆえに。


「そうはならんよ」


 断言した。


「どうして?」

「ニナは強くなった。友も、夏目をはじめ大勢いる。生徒たちにああも慕われている。なにより……」


 隣にいる彼女の揺れる瞳を見つめる。


「我は負けぬ」


 柔肌に触れ、引き寄せ、抱き締める。


「もし何が起きようと、救い、共に生きると誓った」


 式で言った言葉に偽りはない。


「大丈夫だ。共に幸せになるのだから。いいときばかりではないかもしれない。つらいことも人生長ければまだ起きるだろう。けれど……共に乗り越えてゆけばいいのだ」

「っ……ええ、そうね」


 頷く彼女から雨が降る。


「つらい過去とも決められた未来とも関わりのない、運命だってはね除けるくらいにただ……幸せな場所へと進んでいこう」


 ぽた、ぽたと波紋が落ちて広がっていく。


「大丈夫だ。共に生きよう、ニナ」

「ん――」


 微笑む我に彼女が目を伏せた。

 そして口づけを落としてくる。


「……好きよ、好き。愛してる。ライ……」


 求める熱に応える。

 重なり、溶け合い――混ざって、二人から一つへと変わっていく。

 初めての夜を我らは熱となって過ごしていく。

 ここにはただ、その熱しかなく……また、それだけでいいのだ。

 なるほど。確かに――絵に描くべきは彼女だった。

 彼女こそを描くべきだった。そうしてよかったと確信した。

 過去も未来も運命さえも関わりのない恋を、我らはずっとし続けていくのだ。

 彼女を愛しているから。

 それだけでよかった。それだけでよかったのだ。


「んっ――……」


 繋がり合い重なる彼女を抱き締めて、我は囁いた。


「ニナ……愛してる」

「ええ――……ええ、」


 ライ、と甘える彼女と口づけをかわした。

 愛しさばかりが溢れてくる。

 今日のこの夜を――……我は一生忘れないのだろう。

 それほどまでに。


「あなたを愛してる――」


 我に囁く彼女は途方もなく美しかったのだから。




 つづく。

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