第百二十六話
それからというもの、迫る結婚式に毎日は慌ただしくなるばかりだった。
体育祭も迫ってきているみたいで、行進の練習とか色々入ってきたんだけど私はそれどころじゃなくて。実行委員になったカゲくんに任せっきりです。
どの種目にどう出るのかも忘れるくらい、士道誠心お助け部総動員で準備をして――……とうとうその日が来た。
気になるのはメイ先輩が何か影で動いていたことだったんだけど、聞く暇もなければ確かめる余裕もなかったよね。
そしてとうとう当日、電車で移動しながら私は周囲を見ました。
そばにいるのはお助け部のみんなとコナちゃん先輩、そして……カナタ。
シオリ先輩がパソコンの入ったカバンを抱いて目に隈を作ってすかーと寝ていた。南先輩とコナちゃん先輩も同じだ。メイ先輩はラビ先輩と椅子から立って二人でずっと話してる。その手には妙に大きな四角い包みがありました。あれ、なんだろう。
「プランナーさんにもらった流れを再確認するよ。先発バス組と控え室で合流して待機、合図が出たら外へ。ついてすぐスタッフに渡すシオリのデータを再生して」
「僕たちが最後にご結婚をお祝いする。大丈夫ですよ、メイ。みんな何度も確認してわかっています」
「ん……時間大丈夫かな」
「定刻通り……次の駅で到着します。タクシーでの移動になりますが、混雑する道ではありません」
「はあ……終わるまで気が抜けないよ」
「恩師の人生の門出ですからね」
二人の会話を聞いていたら肩に重さを感じたの。
横目に見たらカナタが眠ってた。その腕の中にある袋の中身に思いを馳せて、私はカナタの手を握りしめたのだ。
今日、ライオン先生はニナ先生と結婚する。
◆
式場はもうまんまお城でした。
舞浜にあるようなああいうタイプじゃなくて、二階建ての質素なお城なんだけど尖塔があったりして、丁寧なガーデニングも相まって雰囲気は抜群にいい。
辿り着くと式場専用のシャトルバスがついていて、私たちも急いで中へと入る。
といっても会場の人には気づかれないように、そっと控え室へと一直線だ。
控え室にはうちの学校から来られたみんなが既に待機していた。
みんな声を落として角に設置されたテレビを見ている。
いそいそと見られるところに移って視線を向けた。
「わあ……」
ニナ先生がウェディングドレス姿でライオン先生に左手を差し伸べていた。
ライオン先生はニナ先生の薬指に指輪を通している。
「最高のタイミングだな」
カナタの言葉に思わず頷いた。
控え室にいる女の子が私ふくめてそろってため息を吐く。
あまりにも美しすぎて。きらきらすぎて。
『それでは……誓いのキスを』
一斉にみんなが息づかいさえ潜める。
潤んだ瞳でじっと見上げるニナ先生に、ライオン先生がそっと口づけを落とした。
美女と野獣みたいな二人のキスはとびきり甘くて最高に素敵だったのです。
「わああああ!」
と声を上げたのは私だけではありませんでした。
結婚式が着々と進んでいく中、メイ先輩が手を叩く。
「ほらほら。最後にもう一度段取りを確認するよ!」
あわててみんなでそちらに視線を向けます。
「スタッフさんが呼びに来たら、ライオン先生がむっとするどころか驚くくらい綺麗に勢いよく出ること。列は乱さないでね? 体育祭の準備にかこつけて練習したから大丈夫だよね?」
みんなが頷く。
「カナタくん」
「はい!」
メイ先輩に呼びかけられて、カナタが手荷物からそれを取り出した。
布だ。とびきり大きな布にご結婚おめでとうございますと書いてあるの。
そしてそれには、みんなの寄せ書きがあるんだよ。おめでとうメッセージの寄せ書きが。
思いついたのは南先輩とコナちゃん先輩だ。カードを集める段階になって、もっとインパクトのあるやつがいいって言い始めて。それで布になったの。
「ハルちゃんが呼びかけたら、最前列のみんながこの布をばっと広げる。そしたらいっせーの、でご結婚おめでとうございます、だからね?」
「それが終わったらすぐにみんなで屈むこと。みんなの後ろにスクリーンを配置しておくから、一人離れたところでプロジェクターを使ってシオリが動画を再生する」
「過去の卒業生さんたちもみんな進んで動画を送ってくれた……会心の出来」
ねむたそうな目を分厚い瓶底眼鏡で隠しているけど、シオリ先輩の口元の笑みが物語っていた。すごく素敵なものができたことを。
「ブーケトスに行けないのは残念だけど、まあ……サプライズだからさ。楽しんでいこう!」
「「「「 はいっ! 」」」」
メイ先輩の笑顔に私をはじめ、みんなで声を揃えて返事をしたんだ。
◆
スタッフさんに呼ばれて出て行った披露宴会場には、大勢の大人がいたの。
ライオン先生とニナ先生のご両親や学校の関係者や……他にもいっぱいの人が。
私たちがずらずら出て行くとニナ先生はにこにこしてくれた。
ライオン先生は一糸乱れぬ整列に目をまん丸くしている。
最前列の真ん中で左右のみんなが丸めた布を用意したのを目で確認してから、私はドキドキしながら口を開いた。
「ライオン先生! ニナ先生!」
合図と共にみんなで布をばっと広げる。
「「「「 ご結婚、おめでとうございます! 」」」」
びっくりするくらい綺麗にハモったから、ほっとしそうになる。
けどすぐに屈んだ。
音楽が流れる。ライオン先生とニナ先生の世代ピンポイントな結婚式ソングだ。
その音声に混じって、卒業生のみなさんが一秒程度出て一語を口にする。それをつなぎ合わせて一つの大きなメッセージにするんだ。
これはメイ先輩の案。どうせ力を借りるなら、もっと仕掛けてみようよって言って、メイ先輩と二人で会える限りの卒業生さんに会って、趣旨を説明して動画を撮ってきたの。
「し」「し」「お」「う」「せん」「せい」「ご」「けっ」「こん」「お」「め」「で」「と」「う」「ご」「ざ」「い」「ます!」
つなぎ合わせて切り替わっていくのに、一人一人の顔をきっとみんな覚えているんだろうね。
どきどきしながらライオン先生を見たら、目を見開いてくぎ付けになっていた。その口が震え、開いている。
なかには三人で映ってる人とかいたりして……総勢で百人くらい。メッセージを集めるのもそれをつなぎ合わせるのも、音楽の尺に合わせたりするのも本当に大変で。だからシオリ先輩はくたくたになっているはずなのに、再生している先輩は本当にきらきらした顔で動画を見守っていた。
その動画が――終わる。
会場に集まった人たちが盛大な拍手を送ってくれた。率先してメイ先輩が拍手して、みんなで続く。その気持ちを向けるべき相手は、本日の主役は潤んだ瞳をさっとまばたきでごまかしている。
ほほえましい空気が満ちていく中で、私はやり遂げたーって安堵感に包まれていました。だから、
「新婦によります士道誠心高等部のみなさんからのスペシャルサプライズでした。続きまして新郎から贈り物があるそうですよ?」
アナウンスをするお姉さんの言葉に思わず素で「へ?」と声を上げちゃった。
周囲のみんなもきょとんとする中、メイ先輩とラビ先輩が何か大きな包みを持って出てきたの。
二人が包みをそっと取り払って中から出てきたのは、画板でした。
そこに置かれているプレートにはね。
「え――……」
ニナ先生の目がまん丸く見開かれる。
だって、だって。
「わ――……」
ニナ先生が幸せそうに笑っている絵が描かれていたの。
そんなの聞いてなかった。知らなかったのに、ライオン先生が描いたってわかる。だってライオン先生いっつもよく絵を描いてくれるから。
でもでも、ぜんぜんそんな素振りなかったのに。いつの間に描いたんだろう。
「こちらについては新婦よりご説明があるそうです」
司会のお姉さんが言うと、係の人がライオン先生にマイクを手渡したの。
「……何か、贈りたいと思っていた。指輪は未来への契約だとするのなら、今のきみの笑顔を形に残したいと。写真も考えたが、それよりも……絵にしようと。家には置けず、持ってきたら見つかってしまう故、生徒に持ってきてもらおうと思ったのだが」
鼻をすん、と啜って。
「まさかニナもサプライズを考えていたとは……我は見抜けなかった。喜んでいただけただろうか」
ライオン先生が緊張してる。背筋ぴんってしてるもん。
そんなライオン先生の手からそっとマイクを取って、ニナ先生が言いました。
目に浮かべた涙をこぼして。
「……一生、大事にするから。私のことも、大事にしてくださいますか?」
瞬間、大人たちが指笛を鳴らしたりして歓声をあげる。
「ああ!」
頷くライオン先生に「ですって。ありがとうございます」微笑んで、二人で手を繋ぎ合うの。それからニナ先生がライオン先生と二人で会場の人たちと私たちにお辞儀をしてくれたの。
気づいた時には拍手していた。それがみんなに広がって、音の洪水みたいになっていく。
どうしてだろう。あんまり幸せすぎるからかな。
涙が流れて止まらないんだ。
◆
そっと会場からはけて、ニナ先生が用意してくれたのかお菓子と一口ご飯の包みをそれぞれに受け取って帰ることになったの。
シャトルバスでピストン輸送されることになって。
大きな布とライオン先生の絵、そして動画のデータをまとめたディスクをスタッフの人に渡して私たちは最後のバスで帰った。
やり遂げた喜びからはしゃいで盛り上がるみんなとたくさん話をしたけど、話題は尽きなかった。それくらいドレス姿のニナ先生は綺麗だったし、ライオン先生とニナ先生が流した涙もまた綺麗だったから。
寮の部屋に戻って、なのに胸が一杯でたまらなかったからカナタに飛びつくように抱きついた。
「……ハル?」
「今日、すっごくよかった」
「ああ」
私を抱き留めて、腰に両手を回して優しく包み込んでくれるカナタに身体を預ける。
悲しいことなんてない。今日は幸せしかない。それがなんだか泣けてきちゃうんだ。
「最近のお前は泣き虫だな」
笑いながら、けれど優しく拭ってくれるカナタに微笑む。
「だめ?」
「いいよ。それに今日は……素敵な日だったから」
はああ、と息を吐く。
「ニナ先生のドレス姿、綺麗だったね」
「男子生徒の憧れも儚いものだった」
「……聞き捨てなりませんけど」
「そんな顔をするな、人気があるというだけの話だ。普段の犬井先生からして和式の結婚式になるかと思いきや、ドレスだったが……獅子王先生とあまりにお似合いで素敵な式だった」
「ね! ライオン先生ああだから、まさしく」
「美女と野獣か」
「そうそう!」
ちょっと失礼だぞ、と言ってるカナタも笑ってる。
「ライオン先生かっこよかったなあ……絵描いてたんだ」
「ラビに聞いた話だが。メイ先輩に依頼していたそうだ。どこにいても気づかれてしまいそうだから、秘密裏に描く手伝いをしてくれと」
「そうなの?」
「最初はシロウさんと三人で笑う絵にしていたみたいなんだが……メイ先輩がずっと説得していたそうだ。ただ愛する女性だけを描くべきだって」
「……なんでかな」
三人の絵をあそこで出しても、それはそれで素敵な気がするけれど。
「俺にはわかる気がする」
「え……」
「獅子王先生にとって、結婚式は愛を誓う日だろう? 純粋に、ニナ先生を幸せにすることを誓う日でもある」
「うん……」
「未来へ進むための式だ。みんながそれを祝福する日なんだ。だから……メイ先輩は願ったんじゃないかな。獅子王先生にはまっすぐ犬井先生だけを見つめて欲しいと」
もっとも。
「獅子王先生が嫌がるようならあの人もごり押しする人じゃないからすぐに引き下がっただろうから……つまりは、獅子王先生が選んだ結果だ」
「……うん」
「ハルがシロウさんのメッセージを届けたのも切っ掛けなのだろう」
「私が?」
「ああ。ニナ先生が届けて、それで……過去に囚われず、未来へ進むための覚悟をしたんだと思う」
捨てる、ということではなくて。過去を踏まえてその先へ進むために。
「……式で贈る絵は、愛する人ただ一人の絵にしたのだろう」
「そっか……」
ライオン先生の覚悟と愛情に満ちあふれた絵だったんだ。
すごいなあ……。私は全然気づかなかったよ。披露宴での反応を見る限り、それはニナ先生も同じなんだろうなあ。
「カナタが私にくれた鍵の……あの部屋みたいだね」
「な」
何気ない私の言葉にカナタがはずかしそうにしている。
「……コホン。さ、さて、いただいた包みでも食べてひと息つこうじゃないか」
「んー」
眼鏡のツルに触れて何かをごまかそうとするカナタの顔をじっと見つめました。
「な、なんだ」
「私もカナタにいろんなものを渡せるようになりたいなあ、と」
「……今でも十分過ぎるくらいもらっているよ」
「それでもー。何かないかな?」
「まったく」
私の頭を仕方なさそうな顔して撫でるくせに、その手つきはどこまでも優しくて気持ちがいい。
「じゃあ……そうだな今日は日曜日だ」
「ん」
「尻尾のブラッシングの日にするか」
「……そんなのでいいの?」
「ああ……ハルの尻尾の手入れが、俺は楽しくて……大事で仕方ないんだ」
「ええ? ……綺麗になったら自分の成果がわかるから?」
にやにやしながら言ったらね? おでこにチョップを食らいました。
「あうち」
「違う。わかってないな」
「えー」
なに? って、じっと見つめていたらね。
カナタはふり返って言うのです。
「ますますハルに恋をするからだ」
つづく。




