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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十章 六月に降る雨

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第百二十五話

 



 土曜日の夜。

 メイ先輩とラビ先輩が作ってくれた段取りをまとめた紙を見ながら、私はベッドに寝そべって唸っていました。


「うー……」

「なんだ。ずっと唸ってばかりだぞ」


 いい加減気になって仕方なくなったカナタがベッドに腰掛けて、私の紙を眺めてくる。


「なになに……狸田先生に過去獅子王先生が受け持ったクラスの生徒の連絡先を聞き、事情を説明。もしサプライズムービーに協力してもらえそうなら日取りの調整をすべし」


 他にもあるよ。士道誠心高等部の生徒たちにそれとなく事情を説明して協力してもらうため、明日のホームルームや休み時間に説明して回ること。


「なかなか大変そうだな」

「ラビ先輩とメイ先輩が動いてくれてるし、シオリ先輩や南先輩も手伝ってくれるのでそんなに心配してないんだけど……はあ」

「なにが憂鬱なんだ?」

「ニナ先生に渡した音声データ、大丈夫かなあって……そればっかり心配なの」

「またそれか。帰ってきてからずっと言っているな」


 カナタの言うとおりです。

 ニナ先生に渡してからというもの、私はそればかり気になって仕方ないんです。


「そんなに気になるくらいなら、サプライズでどうしても使いたいって言えばよかったのではないか?」

「んー……考えたけど、私よりニナ先生にお任せした方がいいのは間違いないし。デリケートな問題なら、みんなの前で聞いてもらうのはむしろだめかなーって。納得してるんだよ? ちゃんと」

「そこまでわかっているのに、悩むのか?」

「うん。心配なの。ライオン先生が嫌じゃないか、元気だせるかどうかが……気になってしょうがないの」

「来週になればニナ先生と会える。そこで聞けばいいじゃないか」

「わかってるー……」


 紙を置いて寝返りを打ち、カナタに身体を寄せる。

 くっついて甘える私の頭をすぐに撫でてくれるのが地味に最高に嬉しい。


「ニナ先生はどうだったんだ?」


 寝返りを打って膝に頭を預けたら、前髪をそっと分けてくれた。

 そうして指先で梳いてくれるのが心地いい。


「喜んでくれたっぽい……」

「よかったな」

「うん……」


 手を伸ばしてカナタのほっぺたに触れる。

 冷たくてそれが心地いい。


「どうした?」

「私ね? 君の涙を拭える距離にいる、みたいな歌詞のある歌が好きなの」

「……ほう」

「死んだらそれもできないんだなあって……それはどれだけ寂しいことなのかなあって思って」

「人生は続く。御霊になるのなら……死して尚、魂はあり続ける。一度別れてもいつかはまた出会うかもしれない。その時には拭えるんじゃないか?」

「……それすらも覚束なくなったら、人は輪廻転生するのかな」

「さあな……」


 難しい話してるね、と言って……笑うことしかできなかった。


「幸せになりたいなあ」

「……ああ」

「幸せにしたいよ……傲慢だとしても。願っちゃうんだ」


 目元にそっと触れていたら、カナタが私の手をそっと握って下ろした。

 そのまま口元に落ちてきたから、指先を唇でくわえる。意味はないけれど、触れていたい。そういないと……現実の重さにどこまでも沈んでしまいそうで。


「だいじょうぶだ」


 そんな私の唇をなぞってから、顔の輪郭をなぞって……頬を包まれる。さらさらの心地よい感触に目を細めた。照明の明かりが強く入り込む視界でカナタは微笑んでいた。


「ハルは俺を幸せにしてくれる存在だから……大丈夫だ」


 すごく、すごく……眩しかった。


 ◆


 月曜日の朝、ホームルーム。

 やってきたライオン先生はいつもと替わらない仏頂面だった。だからニナ先生がどうしたのかがまるでイメージできない。だからといってライオン先生に聞くわけにもいかないし。

 ううん。ううん。

 ホームルームを終えて一年の教室への挨拶まわりを少しだけした私は駆け込むようにして職員室の中を覗き込んだ。

 ニナ先生いるかな……と思った時でした。ぽん、と肩に手を置かれて思わず飛び上がっちゃった。


「~~っ!?」

「わっ、ご、ごめんなさい」


 驚かせちゃった? と声を掛けてくれたのはニナ先生だった。

 本当に驚いたよー。もう! もう!

 という気持ちはぐっと飲み込んで、それからライオン先生がどこにもいないか確認した私はそっと尋ねます。


「そ、それで……ニナ先生。音声、使いましたか?」

「あ……ええ」


 神妙な顔をして頷くニナ先生に思わず生唾を飲み込んでしまう私です。


「ど、どうでしたか」


 これでもし駄目だったらどうしよう、とか。

 山ほど考えが浮かんでは消えていく。

 代わりに胸の中にたまっていくのは期待よりも不安。そればかりだ。

 そんな私を見て、にっこり笑顔のニナ先生が言ってくれました。


「喜んでくれた。久しぶりの涙を見ることができた……あなたのおかげ」

「あ……」

「ありがとう。式まで準備があるかと思うのだけど、よろしくね?」

「は、はい!」


 よかった! やった!

 思わず拳を握りしめる私なのですが。

 ニナ先生は、私の拳をそっと両手で包んで言うのです。


「……もう、同じ事をしなくていいからね?」

「あ……」

「方法は敢えては聞かないわ。けれど……きっとつらかったはず。だから……これはここだけの秘密。いい?」

「……はい」

「本当にありがとう」


 チャイムが鳴るわよ、と言われて手が離された。

 ニナ先生に私は深々とお辞儀をして、教室へと戻ったのだった。

 やっぱり……ニナ先生にもわかるんだ。

 カナタだけじゃない。私だけじゃない。

 もしそれが仮に幸せに繋がるのだとしても……この世界に出てくることのない遠い世界の人に、手を伸ばしてはいけないのだ。

 そこにあるのは死であり、生ではない。その溝はやはり……埋まらないのだから。

 私が聞くべき声は、刀と共にある。

 あの御珠の向こうの世界は不思議で満ちているけれど……もうやめよう。

 シロウさんの最後の言葉には。


『いいんだ……もう。死人はもう、これ以上は望まない――……』


 あの言葉には、確かに隔絶があった。

 隔絶への理解と、諦観があった。あれだけ強く輝ける人さえも越えられないものが、確かにあったのだ。

 揺さぶり起こしてはならないとシロウさんはその生き様で示してくれた。

 だから……もう二度と。

 あの人の強さに、輝きに胸を張れるように。

 私はその思いを大事にしようと誓うのだ……。




 つづく。

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