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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十章 六月に降る雨

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第百二十話

 



 そろそろ僕の出番かな、と思ってね。

 そう言えちゃうラビ先輩の顔を見た。隣で歩けるくらいの速度で、自然に進んでくれる人。

 だけど見れば見るほど不思議な人。

 まず何を考えているのかわからない。

 とらえどころがないんだ。表情も言葉もなにもかも、一面しかない。だっていつも余裕の笑顔だよ。だからわからないの。先輩が悲しむところ、求めるもの、怒るところ……何より、本当に楽しいことがわからない。


「ハルちゃん」

「は、はい」


 だから緊張してしまう。本当の先輩が少しも見えてこないから、どう付き合えばいいのかもわからない。


「獅子王先生に喜んでもらうサプライズの依頼はどうだい?」

「え、っと」


 拙いながらも中等部で見聞きしたことを伝える。

 ライオン先生が私にニナ先生のことを聞いてきたことも。

 すべてを聞き終えたラビ先輩は微笑みながら言うの。


「ハルちゃんはどうしたい?」


 先輩の表情はまるで仮面のようだなあ、と思いながら私は口を開いた。


「喜ばせるためだからって、勝手に二人の大事な話を調べるのは何か違うなあ、と」


 ビニール傘に落ちる雨粒に視線をうつす。ぼたぼた。ぼたぼた。ぱたぱたぱた。

 音は楽しいのに尻尾が濡れるから憂鬱です。憂鬱で仕方がないのです。


「直接確かめるかい?」


 先輩の目は私を見透かすようです。

 揺れない、揺さぶられないんだ。そして決して逸らさない。

 部活をしていると、教育係の先輩のこの目に見つめられる瞬間がままある。

 だからどきどきしながら、急がず言葉を丁寧に選ぶ。


「まず、コナちゃん先輩にうわさ話を知っているか確かめます。それから……いい話なら聞いて、悲しい話なら聞かずに考えます」

「どうしてかな?」


 目元が細められた。よくないサインだ。


「いっ、いい話なら、聞かれて困るものじゃないかなあ、と。悲しい話なら本人に聞くのもそもそも失礼っぽいなあ、と」


 焦って言えば言うほど先輩の口元の角度が変わる。

 にこにこ全開がいつもなら、呆れてしょうがないよ……みたいな諦観に。


「ハルちゃん」


 呼び方はいつもの通りなのに、思わず背筋が伸びる。


「たとえどちらであろうと、プライベートな話なら余計に本人に確かめるべきだよ。僕はうわさなんて感心しないな」

「う……」

「真実は人の数だけある。うわさも伝聞されるごとに、人のフィルターを通って都合のいい物に姿を変えていく。すると、どうなる?」

「え、えっと、えっと」


 私の刀の御霊はみな私の答えを待っている。ラビ先輩と一緒に。言わなきゃ。

 まず落ち着いて、すぐに思いつく。


「えと……真実から離れる?」

「そうだ。ハルちゃんがもし、二人の真実がサプライズに必要だと思うのなら直接確かめて。必要なら僕からお願いしてもいい。ただ」

「ただ?」

「あまり他人の過去を詮索するものじゃないな。本人が過去からの解放を求めて話してきたのなら、受け止めるのが器だと思うけれどね。さあ……君はどうするかな?」


 私の背中をそっと押して、校舎に送り届けるとそのままラビ先輩はどこかへ行ってしまうのでした。

 ううん……。

 ねえ、みんなはどう思う?


『俺は同意見だな。吹聴するものでもなければ詮索するものでもない』

『しちめんどくさいのう。ごちゃごちゃ考えずに聞けばいいじゃろ、うわさだろうがなんだろうが』


 タマちゃん迷いがないなあ。十兵衞のしみじみとした声にも納得しちゃう。


『……ハルは迷ってる』


 ヒノカの言葉に私は腕を組んで頭を捻りました。

 そうなんだよね。悩んでるの。

 ラビ先輩の言うことはもっともだと思う。むしろラビ先輩の言葉を聞いて、もやもやが具体的になったくらい。

 だからこそ、余計に悩む。

 ライオン先生のことも、ニナ先生のことも大好きだ。だから力になりたいし、そのつもりで依頼を受けた。

 けど、じゃあ。誰かを幸せにするために、人は……何をどこまでしていいのだろう。

 もしかしたらそのために必要なバランス感覚が、私にはないのだなあと思えてならないのです。


「これは難問だぞ」


 ラビ先輩の最後の言葉はそのまま、私に与えられたハードルだ。

 飛び越えたい。でも、それは課題をクリアするとかそういうことじゃなくて、ニナ先生の気持ちに応えたいからなんだ。

 難しいなあ。


 ◆


「委員長か、てめえは。課題だなんだってめんどくせえなあ」

「学生なんだから課題は出してよ。ギンの成績が悪くなるばかりだぞ」


 あれ。廊下に入ったらギンと狛火野くんの声が聞こえる。


「うっせえな、いいんだよ成績なんて。侍になれりゃあそれで」

「だめにきまってるだろ! ギンが点数低いと佳村さんだって困るだろ」

「あぁ? なんでノンが出てくんだ!」


 そっと近づいてみて見つけた。階段の踊り場でギンが狛火野くんと言い合っていて、見慣れない女の子がノンちゃんと二人で仲裁に入っていました。


「ま、まあまあ。ギン、あたしも勉強はちゃんとした方がいいと思いますよ」

「狛火野くんも落ち着いて。頭がかっかしてひどいこといってるよ」


 なんか珍しいものを見ている気がする。


「どうしたの?」


 みんなに声を掛けるとギンと狛火野くんが揃って顔をふいっと逸らしました。

 意外と相性悪いのかな。それとも狛火野くんが自由なギンを放っておけなくて揉めてるのかな。タツくんは放任主義なイメージあるし、レオくんもどちらかといえば見守るイメージの方が強いもんね。となるとやっぱり狛火野くんが頑張ってギンの面倒をみているのか。

 シロくんみたいに苦労性かもしれない……。


「あのお?」


 ノンちゃんの声にはっとした私です。


「ギンが宿題やろうとしないんです。課題が山ほど出てるのにぶっちしてて」

「何度言っても出す気がないんだ」


 間違えててもいいから出せって先生に言われてるのに。

 狛火野くんはぶすーっとしている。すぐそばに寄り添っている女の子が私を見つめていた。

 じっと。っていうより、じいいいいいいいっと。な、なんだろう。熱量が凄い。


「本当に耳が頭から生えてる……」

「ど、どうも」

「触ってもいいですか? って失礼か、すみません」

「い、いえいえ。触りたければどうぞ」


 尻尾を立てて揺らしてみると、女の子は興味津々といった顔で「それでは!」と手を伸ばしてきました。

 さわさわ。さわさわ。きゅっ。


「わっ!?」

「ご、ごめんなさい! つい衝動に耐えきれなくて! 私おっきな尻尾に憧れがありまして! 獣耳もいいですよね! なんていうか、内側の付け根のふわっふわなところに触るのが憧れで!」


 さわさわ。さわさわ。


「でもでも不思議だなあ! 兎や猫のカフェで触る毛とちょっと違うんですね! なんていうかよくシャンプーされてるみたいな? 手入れの行き届いている感じがしますね!」

「あ、あのお」

「もしかしてあれですかね。案外その方がいいんですかね。でも動物って種類によってはお風呂を嫌がるイメージなんですけど、そこへいくと獣耳とか尻尾の生えた人ってどうなんでしょうかね!」

「あ、あのお!」

「あっ! す、すみません! つい夢中になって……!」


 初対面の人にまたやらかした、とおでこを叩いている。

 凄いインパクトの人だね! 狛火野くんに寄り添ってるってことは女友達か彼女さんなのかな。


「一年の山吹マドカです。剣道部にいます。あとは……」


 ちらっと狛火野くんを見ているけど、なんだろう?


「狛火野くんにお世話になってるかな。そんな感じです!」

「な、なるほど」


 まだ微妙な関係なのかな?


「あ、私はあおす――」

「知ってます! 青澄春灯さんですよね! トーナメントとか交流戦とか見てました!」

「おうっ」


 俄然前のめりになって、瞳きらっきらで話されると困る。マジではずかしいですよ。


「ったく……二人がいるところに誘導されて、挙げ句に賑やかだなあおい」


 髪をくしゃくしゃに乱すように掻いてから、ギンがため息を吐いた。


「めんどくせえなあ。ノン……教室いくぞ」

「あ、はいです!」

「じゃあな」


 あ、とあわてる狛火野くんにギンはふり返りもせずに言いました。


「わぁってるよ、やりゃあいいんだろ、やりゃあ。後でせんせに出しとくよ」


 と手を振るのでした。

 感情の行き場のない狛火野くんは額を手で押さえて長々と息を吐くとね。


「最初からやってくれればいいのに。まあ……佳村さんがいるなら大丈夫だろうけど」


 なんてしみじみ言うから……やっぱり苦労性なんだなあと思うのです。


 ◆


 剣道部に行くという二人を見送ったら、今度は後ろから二人分の足音が聞こえました。


「一階の廊下とは、珍しいところで会うな」

「どうしたの?」


 カナタとコナちゃん先輩が歩いてきたのです。


「あ、の」


 コナちゃん先輩。

 少女マンガとか大好きで、なんとなくだけど……コイバナとかそういうものにアンテナの感度が高そう。ライオン先生のうわさ話も知っていそうなんだけど、聞かないと言うことで結論が出たから悩む。

 そんな私の葛藤なんてお見通しのコナちゃん先輩は、ふっと笑って言いました。


「話したいことがあるなら聞くわよ。どちらをご指名?」


 両手を腰において微笑むコナちゃん先輩の頼もしさったらない。


「コナちゃん先輩で!」


 カナタが一瞬「え」って言いたそうな顔をしたけど、それに気づいた時にはもうとっくに私はコナちゃん先輩に抱きついていました。

 私の背中をぽんぽんと撫でながらコナちゃん先輩はなぜかカナタにどや顔をしているのです。


「じゃあ失礼するわね。部活には遅れるわ」

「……わかった、どうやらその方がよさそうだ」


 もの言いたげなカナタが私をじっと見て、ため息を吐いて行ってしまいました。


「……あれ?」

「あとでフォローしてあげなさいよ。頼られないのはさみしいことなのだから」

「おぅ……」

「だからといって譲る気もないけどね!」


 どや! っとするコナちゃん先輩やっぱり強い。

 うわさ話を聞くのとは別に、現状を素直に相談してみようと思ったのです。

 コナちゃん先輩に連れられて刀の調整室の小部屋に入った私はひととおりの事情を話しました。

 するとコナちゃん先輩は腕を組んで難しい顔で言うのです。


「悔しいけどあの白ウサギと同意見ね。もちろんうわさは知っているわ? けれど、それが事実とどれだけかけ離れているかも……私は知っているの。だから誰かに話す気もない」

「あ……」

「だから……それはさておいて、頭を切り替えて考えてみたら?」

「頭を、切り替えて?」

「きょとんとしてないの! 常に思考を巡らせなさい? 発想するの!」


 組んだ腕をほどいてがしっと私のほっぺたを掴むと、むにむに刺激しながらコナちゃん先輩は宣言するのです。


「自分が結婚するなら、どんなサプライズをされたら嬉しいかよ!」

「ははひははってほうほうへふ!」

「何を言っているかさっぱりわからないわ!」


 ぺちん! とほっぺたを引っ張られた上で離されて、痛むところをさする私です。


「ほっぺた掴まれてるので……えっと。回り回って王道に戻ってきたなあ、と思いまして」

「王道に勝る正道なしよ! 物事は大概においてね」

「おぅ……」

「獅子王先生が喜び泣いてしまうようなサプライズ! これは面白い依頼じゃない!」


 がばっと立ち上がるコナちゃん先輩。

 カラオケルームみたいなその小部屋で燃える闘志を前に、私は考えずにはいられませんでした。

 コナちゃん先輩が知る真実ってなんだろう。

 それは本当に悲しいものなのかなあって。

 一度気になったそれは飲み込んだ魚の骨のように喉に突き刺さって、気になり続けるのです。


 ◆


 メモ用紙に書いたコナちゃん先輩案を見つめます。

 一、生徒からのビデオレター。これはメイ先輩の言うサプライズムービーと一致してる。

 二、過去にライオン先生が面倒を見た生徒たちからの祝福の手紙。ちょっと大変そうだけど、これも実現可能な範囲だ……と思う。

 三、当日式にみんなで行って祝福の言葉を掛ける。歌を歌ったりするのもいい……かあ。これはやるならニナ先生に要相談だね。式場に入れてもらえるように手配しなきゃだめだ。

 どれも素敵だし、どれも実現したら喜んでもらえると思う。いっそ確信していると風呂敷を広げてもいい。

 さすがはコナちゃん先輩だ。本当にいろんな意味で、足を向けては寝られません。ありがとうございます。

 けど……のど元に触れてしまう。どうしても気になって仕方ない。

 ああ、困った。


「あら、青澄さん」


 どうして、こういう時に限って私は出会ってしまうのか。


「何か進展はありました?」


 にこにこ微笑むニナ先生を前に、私はすぐに返事ができなかったのです。

 だって、一目でわかるの。本当に幸せそうなんだよ?

 ……聞けるわけないよ。

 でも、ニナ先生は大人だった。


「何か悩みがあるのね?」


 コナちゃん先輩が気づく私の憂いを、ニナ先生が気づかないはずがなかったのだ。


「おいで。お話しましょう」


 微笑み私の手を取って導いてくれる。

 その手は心地よいほどに冷たくて、しみるのです。




 つづく。

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