第十二話
教科書を一人ずつ渡し終えると、ライオン先生は足下からさらにたくさんの紙袋を教卓にのせた。
「さて。一年生から選択授業があるのがこの学院高等部の習わしだが、授業内容を説明する。傾聴せよ」
男の子達が一斉に頷いた。
な、なんだろう。空気が変わったような気がします。
みんな目をキラキラさせているの。
女の子好きのカゲくんさえもだ。シロくんなんかは目を見開いて闘志を燃やしている感じです。見れば両手を握りしめているし、気合い十分。
でも待ってくだちい。
私はまったく把握してないんですけど。
「選択は四つだ」
ライオン先生のごつくて大きな手に不似合いの小さなチョークで、思っていたよりも綺麗な字が黒板に書き記されていく。
『一、舞踏
二、格闘技初歩
三、居合い
四、実践剣術』
それで終わりだった。って、ちょっと待って?
「あ、あのう、ライオン先生」
書き終えてふうと息を吐き出してから、ライオン先生にそっと挙手した。
「なんだ、青澄」
「ど、どれも実技です?」
「見ての通りだ」
「これって、つまり、戦う感じですよね? ほぼほぼ格闘ですよね? え? 騙されてます?」
「なぜ我が騙す必要がある。それよりも、出席番号順に希望を聞いていくぞ。準備はいいか」
一斉に「はい!」と応える男の子達だけど、待って。お願いです!
「まままま、待って下さい! 心の準備が!」
「入学が決まった者に送られる案内書に記載があったはずだ。目を通していないのか、青澄」
呆れた顔をするライオン先生に全力で頷く。
するとライオン先生は一つ一つに簡単な説明文を書いてくれた。
曰く、
『一、舞踏。
主に体さばきを中心に鍛える。
小中とダンスに自信のある者にオススメ!
二、格闘技初歩。
初歩的な護衛術を中心に鍛える。
高等部から実技の中心となる剣道はもちろん、格闘技に不慣れな者にオススメ!
運動が苦手な者も、ぜひ。
三、居合い
剣道に不慣れな者でも学べるよう、基礎から居合い術をたたき込む。
士道についても指導にするため、意欲溢れる者にオススメ!
四、実践剣術
経験者を対象にあらゆる状況を想定した実践的な剣術をたたき込む。
他の三つと異なり、定期的な試験を行う。
落第した者はその都度別の特別授業に異動される厳しい授業だ。
来たれ! 心強き剣士よ!』
それぞれにライオン先生の自画像が描かれている。
デフォルメされててかなり可愛い……じゃなく。
「あ、あのう……先生。イージーモードが二番目の格闘技初歩って、マジですか」
「見ての通りだ」
「うえええ」
「悩ましい悲鳴を出しているところすまんが、ホームルーム中に決めてもらう必要がある」
ふ、と口元で笑うライオン先生。
「し、シロくんはどうするの?」
「青澄。僕たちの意欲なら四に立ち向かうべきだろう。成長するために、一番大きなハードルを課すべきだ」
隣を見ると、シロくんは闘志を燃やした瞳で黒板を睨んでいた。
すごいやる気だ! シロくん本気で戦う気なんだね! 成長するために!
「なお、御珠に選ばれた一年生代表の四名はみな四番を選択した」
「にににに二番にしよう」
あ、折れてる。凄い早さで折れてる。
メガネのツルを動揺の大きさの分だけ素早く上げ下げしてる!
「シロくん、落ち着いて! 沢城くんはここにはいないよ!」
「くっ……僕としたことが!」
口惜しそうに机に項垂れるシロくん……すぐに乗り越えられるほど簡単な壁じゃないよね。
背中をぽんぽんと撫でる私にシロくんがますます項垂れてしまう。
クラスのみんなは「迷わず一番だ」「四以外あり得ないだろ」「ばかな、男なら三だろ。必殺技っぽいし」と盛り上がっている中、扉をノックする音が聞こえた。
ライオン先生が歩み寄って開くと、寮にいた綺麗なお姉さんそっくりの女性がスーツ姿で立っていた。
「獅子王先生、ちょっと」
「……ふむ」
小声で話し合う二人にみんな、自然と声を落としていく。
「……では」
しずしずと頭を下げた女性に「うむ」と頷いて、ライオン先生が静かに扉を閉める。
ふり返るなり、
「青澄。御珠の託宣だ」
聞き慣れない単語を口にしただけでは済まず、
「お前の選択授業は四番だ」
そんなご無体なことを真顔で仰った。
「え」
「決定事項だ」
「え、そ、え?」
「なお、通常ならば異動の可能性がある四番だが、御珠の託宣に選ばれた者にはそれが許されん」
「わっつ?」
ばんなそかな。
「……こればかりは運命だ。諦めろ」
「そ、そんな! 私なら二番とかがちょうどいいかと思うんですが!」
「天命だ」
「そんなあああああ! イージーどころかばりばりヘルモードじゃないですかああ!」
机をばんばん叩いても無駄でした。
はあ……。
◆
さっそくホームルームの次の授業が選択とかどうなの。
他の選択には教科書があるのに、四番の実践剣術にはありませんでした。
ライオン先生に言われるままトイレで胴着に着替えて、実践剣術用の特別体育館に入る。
「まったく……なんで、僕が。こんな」
「いいじゃん、俺ら一蓮托生でいこうぜ。なっ」
無理矢理カゲくんに四番を強いられたシロくんを先頭に、カゲくんと他の男の子たちが続く。
最後に私も中に入ってびっくりした。
照明を浴びた屋内には時代劇のセットが再現されていたの。
江戸の街並み……かな? 広々としたドーム型の施設。
それにしたって途方もないお金が掛かっていそうな施設だ。中央にあるお城は何かの冗談だろうか。昔、社会科の授業で見た大阪城に似てるような、似てないような……?
あちこちをきょろきょろ見渡している人たちを見据えるライオン先生が私たちに気づいた。
「我がクラスが最後か。一同、整列せよ」
教室にいた時とは明らかに異なる、お腹の底にずんと響いて背筋をぞっとさせる怖さがあった。
ギラギラに輝いた瞳で睨まれて、みんながあわてて整列する。
身長的に一番前に立たざるを得ない私は横目で周囲を見渡そうとした時だ。
「傾聴せよ」
ライオン先生の声がびりびりと身体を震わせた。
猛烈な何かを浴びせられたような感覚だった。
「三十秒やる。逃げるがいい。これより我に斬られず授業終わりまで生還せよ。斬られた者は出て行け、見込みがない。他の選択授業に足を運ぶことだ」
ざわつく生徒たちにライオン先生は胴着の上を脱ぎ捨てた。
「試練である。散れ」
全身が文字通り、筋肉で盛り上がった。
初めて体育館で斬られた時以上の迫力が、私たちを睨む。
「いち」
あわてて走りだすみんな。
カゲくんもシロくんの背中を押して散っていく。
ど、どうしよう。
そう思った時だった。
「斬っても?」
前に出てきたのはトモだった。
それだけじゃない。あの四人も、それぞれが事態の推移を見守るように立って二人を見ている。
「当てられるのなら」
ライオン先生の答えを聞いたトモは、その手に握った竹刀で襲いかかった。
素人目に見ても鋭すぎる突きはライオン先生ののど元を捉え――られずに空を切る。
「ふっ」
微かに横に動いただけで避けたライオン先生に合わせて、トモが地面を蹴る。
目にも留まらぬ竹刀さばき! 振るわれるたびに空を切る音が響く。
なのに、だめ。
トモ自身、それに気づいたのか後ろに跳んで歯がみしている。
「獅子王の名、伊達ではないのですね」
「残り十秒だ」
「今のあたしじゃ……くっ」
舌打ちして走りだすトモと目が合った。「走って!」
その声にやっと我に返った。
そうだ、逃げなきゃ。
ライオン先生の刀に斬られたら、恥ずかしいことなんでも言っちゃうんだもん!
走りだしてすぐ、あの四人もまたライオン先生から離れていく。
一生懸命走って――路地裏に入って、ひたすらに走って……今の自分がどこにいるのかもわからなくなった時。
「ゼロ。さあ、命がけの鬼ごっこの始まりだ。獅子王、推して参る」
ライオン先生の声が特別体育館の中に響き渡るのであった。
つづく。




