第千百九十九話
朝のことだ。
起きたらもう、小さな狐は姿を消していた。
青澄春灯の言葉どおりなら、目覚めたから消えたのかもしれない。
体を起こす。
兄が家を出てからは、金土日の時間のせいか体がひどく痛む。
おかげで朝だって憂鬱だ。憂鬱で済ませている時点で、無理をしている。強いられている。
カウンセラーは言う。
もちろん患者の意向をくみ取りたい。ただし基本的には、引き離したうえで個別にケアを継続することが一番望ましい。接近を確実に断てるほうが、回復の近道だと。
専門家の一意見だというのなら、それは確実な手段なのだろう。わかっている。
清川未来は、断ち切れない。
なんやかんやと事情をつけて逃避しているのかもしれない。
踏み切れない理由はなにか。兄を哀れんでいるからか。いい思い出を引きずっているから? 兄の要求の対処に自分の価値を? ふざけるな。ああ、ふざけるな。それはない。ないと思いたいのに、夜に悩むとそうなのかもと思うくらいには憂鬱になる。
美談なら。
世間の求めるハッピーエンドとやらなら。
私と兄の配役に与えられる展開は制限がつく。
それがどれほど苦痛か。
誰かにこうすべきだと言われることがどれほどのストレスか。
兄の逃避行動で呪縛をかけられ続けた私は身に染みている。
そこまで伝えているにもかかわらずカウンセラーが助言するだけの理由があるのだろう。
あるいは世間の声は私が選んだ現状での回復を支持するとして、私が兄を救うみたいなことを期待するかもしれない。中にはそんな見当外れのことをあるべき幸福路線だと言うかもしれない。
断言する。ふざけるな。ごめんだ。
私を私は救う。兄は兄が救う。それができる力が欲しい。ただし兄の負債をもう抱えたくないし、関わりたくもない。それだけの手段があるのなら、私は喜んで選ぶ。
ないのだ。どこにも。だからカウンセラーの助言のように、分断が手になるのだろう。
個別に勝手に自分を救うだけの話なのだから、そもそもどんな関係性であろうとも、別に一緒にいる必要性などないのである。
問題は、そんなことなど考えられないほど兄が愚かで哀れな幼さで私を傷つけている現状だ。酒に酔って改心してみせたような兄の言葉など、どうして信じられようか。分断したところで、きっとなんらかの手段を用いて私のそばにくる。あるいは私以外の誰かに惨い仕打ちをするだろう。容易に想像できる。
だから悩むのだ。
そのダメージをどうするか。
こういう瞬間に、きっと世の人は思うのだろう。
いっそ死んでくれたらいいのにと。
昨夜、いやこれまで何度も感じた。大人が大人としてきちんとすべきことをしてくれたら。今後の人々が楽に過ごせるように、手段をたくさん与えてくれていたら。
兄はこうはならなかった。可能性はあるのだ。
父と母に思うところがないなどあり得ないし、しかしもはや誰になにを言ったところで遅いと諦念に項垂れている。
救いはない。だから関わりを断つのが自衛の手段になり得るし、それすら盤石ではない。計算高くしたたかに。そこまでして自分を守らなければならない局面さえ、世の中にはある。
そこまでいくと、もはや人を信じる云々じゃない。性善説を貫くには手段と余裕が必要すぎるし、私の家族にはどちらも存在せず、そうなるともはや傷つけあうしかなくなる。
弱い者は死ね、と。いっそそう言ってくれたらいいのに。
優しい人がなにも言わず、なにもせず、ただ自分の人生を生きるだけで世界はゆるやかに残酷に傾いていく。傾きをなくすには、行動しかない。そしてそこに、清らかな解決と終末を期待した配役を強いるような向きがあってはならないと私は強く思うのだ。
「はあ――……」
冷たいベッド。
体の節々が痛い。
逃げたときに無理をしたし、兄は私のことなど一切考えず、私を用いた自慰行為に夢中になるだけで済ませずに、なにかしらの媒体で得た知識を私で試そうとすることすらある。それは概ね兄だけのために存在していて、私の存在など関係ないのだ。昨夜はそこまでいかなかった代わりに、兄が必死だったぶん、負担がシンプルに増してつらい。
そもそも運動が苦手だ。体力もあまりない。おかげで倦怠感は異常で、こういうときは余計に憂鬱が増す。
だというのに。
「おい。変なもの部屋に置くな。いつ入ったんだよ……ったく」
あいさつなしに扉を開けて、兄が不機嫌さを隠さずに私の与えたぬいぐるみを部屋にほうり投げた。
「あと、今日はしゃべりかけるなよ。頭が痛いんだ……飲み過ぎた」
人差し指を私に突きつけて言うも、途中で顔をしかめる。
突きつけた手を額に当てて、しかめ面で扉を閉めた。足音が離れていく。隣の扉の開閉音。
二日酔い。そして断言する。昨夜のことは絶対に覚えていない。覚えていたら口止めをするだろう。そうでなくても絶対に昨夜のことは忘れろくらいは言うはずだ。
いつ入ったんだよ、という言葉が決定打。もちろんそう。
渡したことも、悔やんでいたことも、重大な密告も。
一切、記憶にないのだ。
期待はしていなかった。
それでも疲労感が増す。
兄はいつだって私の予想に応え、期待を裏切る。望みを叶えるのは母くらい。なのに母相手でさえ歪んだ感情を抱いているから、私を利用しては夜中に涙するのだろう。
不安定が過ぎる。
兄だってカウンセリングが必要だ。絶対に。
そして母と一緒にケアを受けて、実感していることもある。
医師だの専門家に頼ってみても、投薬に頼ってみせても、治るものではない。
誰かやなにかに自分の解決を委ねたところで、結果は得られない。
皮肉なことに、大人が云々と本気で苛立ち、いまの境遇に苦しむほどに痛感させられる。私を苦しめるものに期待したところで、私が望む結果など得られるはずがないのだと。
だからこそ私は言わない。言えないし、言いたくない。自己責任なんて。あまりに冷たすぎて。救いがなさすぎて。それでなにかをするモチベーションが得られようはずがないのだ。
じゃあ、どうするか。
モチベーションの持ちどころはあるのか。
なになにではない、なになになどない、すべては自分が悪いから。そんなものでモチベーションが得られないのなら、どうやって得るのか。どう考えれば、私は救われるのだろう。
母と一緒にカウンセラーの元に通い、自分自身のケアに緩やかに着手して実感したことはなにか。
私の元気はすぐに消える。我慢し続けてきたぶん、私の充電できる元気はなにげなく過ごしていた頃の私の十分の一もない。だから十分の一の容量で過ごせる程度に、一日をやりくりする。そして元気の出ることだけをする。我慢をすると、十分の一が十一分の一、十二分の一と、どんどん最大容量が減ってしまうだけ。それでは到底、満足に生きてはいけない。私が私を殺すのだ。それはごめんだから、生かしたい。
兄が家を出てくれて、最低でも四日は兄のいない一日を過ごせる。これは大きな変化だった。なら一週間、一ヵ月、一年。どんどん伸ばせないものかと考えたこともあったけれど、ダメだった。
兄の元気は私に強く依存している。
フランケンシュタインがもし花嫁を作っていたら? 私は博士と怪物の願う配役を演じるだろうか? 絶対に否。嫌悪感しか抱かないだろう。兄は喜ぶのかもしれない。いまのまま、緩やかに壊れていくだけで済むかもしれない。
私にとってこれ以上ないほどの侮辱だ。とんでもなく不快である。もし花嫁が作られたなら? 逃げるだろう。博士と怪物、さらには世界からさえ役割を強いられる。彼女の心はどうでもよいのだ。怪物を癒やしさえすればいいのだから。
私なら逃げる。
私は私の人生を生きる。誰にも選ばせるつもりはない。
選べることさえしらずにいまの状況に陥って、永遠に選択できないまま逃げ続けているなんて、私には我慢できない。そしてまた、兄に我慢させるつもりもない。
本気で生きることから逃げていた。前の私は。兄は現在進行形で。
痛む体をなだめて、ベッドを降りる。
投げ捨てられたぬいぐるみを抱き上げて、棚にそっと飾ろうとして――……その前に匂いを確かめた。
酒臭い。幸いにして吐瀉物の匂いはない。ただ嗅ぎ慣れた不快な匂いがする。兄の体臭が移っている。ぬいぐるみに罪はない。それでもかつてなら、めまいがしたろうし、頭が熱くなって怒鳴らずにはいられないほど激昂した。そんな感情が、必然のものに思えて、正当性しかないように思えて、兄に怒鳴ることさえできずに胸元をかきむしったり枕を殴りつけたりしたくなったものだ。ぬいぐるみを切り刻もうとハサミを手にしたこともあった。一度もぬいぐるみを壊せなかった。傷つけられなかった。私にとって、ぬいぐるみは親からもらった大好きなプレゼントなのだ。そうしてストレスを蓄積し続けていた。
でも、いまはちがう。
洗濯すればいいのだ。こんな匂いは消せる。いくらでも。
そうやって兄の与えてくる理不尽かつ罪の深いストレスの逃げ道を作り続けている。それでもまだ、私は内心に湧き上がる怒りの対処に手間取る。
兄は嫌いだ。心底から。消えてくれればいいと思っているし、何度も過剰な形で復讐したくなってきた。それでも毎度止まっているくらいのなにかが、内心どこかにある。
哀れと思うからか。
わからないけれど。
なら、怒りは私へのストレスにしかならない。足かせだ。これは。正当なものであろうとなかろうと、私を微塵も救いはしないのだ。理解はした。しても尚、怒りが湧いてどうにもならなくなる。
カウンセラー曰く。
刺激に対して容易に怒りを抱える傾向がある。対処の術があり、もし解決できる程度のことだと思いながらも、どうしても許せないくらいの怒りが湧いて、苛烈な行動を選びたい場合があったなら? それはキミ自身の意志というよりも、ストレスに対してダメージを受けた脳の、体の、これまで蓄積した痛みに限界を訴える声かもしれないよ、と。
体の、脳の痛みに耐えきれないつらさが怒りに変換されて、これほど私を刺激するのなら?
兄はどれほどのダメージを抱えているのか。
母と父に頼りたい。なのに頼れない。言えないし、言いたくないし、言いたいのだ。鬱屈した感情をため込んで選んだ手段が、許されざる行為。
軽視するという意味ではなく、心をいったん横においたとして、脳と体の痛みが変換する怒りだけでも私は兄にいくらでも攻撃できる。心が乗れば尚更だ。
母と父の冷めた関係性を見れば、家族は絶対じゃないと容易に知れる。そして不倫中の父にとってさえ、容易に捨てきれないこともまた察せられる。兄だってそうだ。縁を切ればいいのに。求めているけど言えないから、抱え込むのだ。
蓋だらけだ。私のうちには、明かしてはいけない汚物のように思える本音を隠した蓋だらけ。
蓋を開ける気は誰にもない。
開けようと開けまいと、たぶん変わらない。せいぜい事態がよけいに悪化する程度だろう。なにせこれまで、別の方法でもがいたり、溺れたりしながらここまできてしまったのだ。
母は選んでいる。選び続けている。家を幸せな場所に。そして自分を幸せに。
父はそこにはいない。家にまともな時間に帰ってこないから。母の気持ちが父に向けられたとして、父が逃げ続ける限り、本当はどうなのかなんて見えやしない。
きっとなにか理由をつけて、今朝も早々に家を出るのだろう。
それでも母は選び続けている。
私も選ぶことにした。そうして七転び八起き状態で、ピアスを手に入れ、青澄春灯がやってきた。風が吹いてきている。母に協力して整理しても、すぐに淀む我が家だけど。どうにかできる風向きになってきている気がする。
ただ、父は選べずにいる。兄もそうだ。
状況が、あるいはなにかの推移が変われば立場は変わっていたろうし、だから属性がどうこうという話は通用しない。
ひとりの人として、父と兄は溺れ続けている。
私と母は溺れながらも泳ぎだしている。
それだけの差しかないだけ。
私にはそれが絶対的かつ絶望的な差のように思えてならず、憂鬱が余計に増して襲ってくるけれど。
頭を振る。深呼吸をする。
酒臭くなろうと、ぬいぐるみを洗う。
兄がどんなに私に縋ろうと、覆いかぶさろうと、私は私の世話をする。
本音で言い続ける。兄を遠ざけたい。だけどそれじゃ私も、そして母も、いずれ余計な負債を背負わされるだけ。それを私は望まない。邪魔させたくない。
だから対処する。とはいえそれを義務だなどと認めるつもりはさらさらないし、兄の問題を解決する気などさらさらさない。それじゃあ兄はまた、いずれ同じような失敗をしては、私に縋るように汚しにくるだけだ。
絶対に、ごめんだ。
『妖怪にして警察に処罰させよう』
ピアスが囁く。
聞き流す。
『わかった。あいつの欲望を妖怪にして、引きはがす。それならどうだ? あいつは残り、あいつの欲望は消える』
いまの欲望が消えるだけ。
兄の現状が変わるわけではない。
だまされるな。
「だまってろ」
言えば黙る。
しかしまた囁く。唆したがる。
面倒な道具だな。
「命令するな。私は私の決めたことをする。お前の助言は求めてない。次は砕くぞ」
明言しておこう。
兄だけじゃなくお前までもが私を道具扱いするのなら、私は躊躇しない。
いかに力を持った特別な道具であろうとも、青澄春灯につけいる手段を得た。そもそも昨夜の短い会合で十二分に理解した。
あいつはバカがつくくらいのお人好しだ。つけいるまでもなく、求めれば応える。応じられない要求を告げても、彼女なりの手段で返してくれそうだ。
よっぽど役を演じさせたがるクソッタレどもよりもマシだ。
それにピアスだけじゃなく、妖怪だの、彼女のトンデモファンタジーな力が実際にあるのだ。
最悪、彼女がダメでも他にも手段がある。
遠大な計画かもしれないが、蓄積した年月を思えばいまさら焦らない。それほど短期決着に焦るほどの元気もない。焦って足掻くためには、元気がいる。私の最大容量では叶えられない。
焦らない私に、足掻くはずだと無茶を言うヤツがいるかもしれない。
知ったことか。
言ってやるよ。
馬鹿め、とね。
◆
芸能のお仕事中までは、さすがのマオもついてこない。幸いにして!
おかげで久々の美華の感触を楽しむ立沢理華です。こんばんは! 触りたがりですみませんね!
「で? 先輩たちが悩むどころか、ドラマにできそうなえげつない状況でどうするって?」
お乳に顔を埋められて迷惑そうな声をだす美華に、んーと唸る。横道っちゃあ横道にそれるんですが、ちなみにただいま私の後ろから聖歌が抱きついていまして。サンドイッチ状態です。至福な。
「ドラマにできそうなえげつない、ね。話題沸騰になるかな? 夜中にやったら」
「そうなの?」
聖歌がきょとーんとした声をだす。彼女もなかなかの体験をお持ちですよ。
百人切りを達成した家出少女でしたからね。それもまあ、過去の話なんですけども!
「本題からずれる。っていうか暑いなあ!」
うっとうしそうに身じろぎする美華に剥がされてしまいました。残念!
北海道暮らしの長かった美華のほっぺはリンゴのように赤くなっていました。
顔に出やすいたちなんですかね? けっこう色っぽくも見えるんですけどね。
「お姉さまに相談して、そのクソッタレ兄貴をぶちのめせばいい?」
「いやいやいや、美華さん。蛮族じゃないんだから。邪討伐は性根を変える力がないから意味ないし。現世での突然の暴力だの、正論だので解決できる事例ってのは世の中にはないですよ。それって蓋をかぶせるだけなんですよね」
「蓋って、どういうこと?」
尋ねる聖歌は私にひっついたまま。
たまに首の匂いを嗅いできたりするから、私も美華みたいに引きはがしたくなる誘惑に駆られます。さすがに匂いは勘弁。
私はこと美華に限っては、マオをバカにできないくらい触りたがりで。聖歌は私と美華をはじめ、気心の知れたメンバーには結構気さくに触るほう。
最近わかってきた。そもそもなつっこいのだ。聖歌は。
「どこそこが悪いのだ! とか。誰々がダメなのだ! とか。言いたい気持ちがあるんですよ。みんな。それでなにかが解決したら、楽ちんだし、気持ちいいんですよね」
代弁者や、緊張と緩和における「それ言っちゃうの!?」発言みたいな気持ちよさがあるとして。
「でもねえ。なんで気持ちいいかって、世の中それで解決できることなんてないし、おかげでしんどいって思いがちだからで。むしろ言いたいことも言えないと我慢してきた人が多いからじゃないかなあと」
話し始めると、ふたりとも聞き役に徹しすぎるところがある。
今日の仕事は明坂のトーク番組出演で、ミニコーナーに新人としてちょこっと出てきた。そしてだいたい私が喋り通した。私の労力に対して、美華はキャリア自体は長いはずなのに未だにバラエティの振る舞いがイメージできてないのか緊張しまくって変なことを言って可愛がられるわ、聖歌はマイペースにボケておいしいところを持っていくわで。
解せない。
解せないけど、そういう立ち位置に落ちついちゃってきていて、切ない。これについては長期的な計画を立てて、すこしずつ三人のトリオ感を作り込むしかなさそうだし、それにはふたりの協力が絶対的に不可欠だ。
なのでいまは焦らず横に置いて。
「で。ここぞとばかりに言っちゃうんじゃないかなあ。正論パンチ。警察や司法機関の罰に過剰なものを期待する心理も、近しいものがありそうだなあと」
持論であって、現実の一面さえまともに言い当てられてない。
それでじゅうぶん。
自分の意見を信じ切るようじゃ、むしろ危うい。
ひとつの事象を相手にしたとき、いくらでも好き勝手に言えるのだ。
そして好き勝手に言ったことが当たっていたとして、特定の視点から見た一面でしかなく、それは事象のすべてではあり得ない。視点が変われば事情が変わる。物事は平面で捉えちゃいけないのである。
「でもって検挙を担う警察も、裁判と刑務所絡みの専門機関も、結局なにかが起きたあとの対処を法律に則って担うだけであって。そもそも最優先に願う、最大限の解決方法ではないんですよね」
誤解しがちだけど。
「最初に願いたい解決方法って、そもそも罪が起きないことでしょ? あるいは罪が起きかねない現場の自浄作用の強化であり、悪化を防ぐ現場の対応力の強化じゃないですか?」
車が事故を起こす。なら事故に絡むドライバーへの刑罰を強化する。一定の効果はある。飲酒運転絡みの刑罰が強化されて、件数自体は減ったというから。事例はある。
罰則の強化を持って、現場――……上記の例ならドライバーたちの自浄作用の強化を狙うのだ。
ところで。
「人は完璧ではなく、なんらかの失敗をするし、罪を犯すもの」
ささやかなものも含めればきりがない、罪。
失敗もそう。
失敗をしない人間に「世界大会で最速の人に勝て」と言って成功する?
わけない。
そもそもリスクを孕むのだ。人に託す、というのは。
だから宇宙飛行士は訓練中にやまほどのエラーを叩きだしては、対処できるようにケーススタディを繰り返す。
食品にしても、何度も試食を重ねて作り込んでいく。
あ! 思いついた! よーしやってみよー! ではない。
スポーツ選手もそう。
莫大な量の練習を経て臨むし、それでも求める理想像のままパフォーマンスを発揮し続けぬくわけでもない。口ではなんとでもいえるし、理想像を高め続ける人ばかりでもなし。絶対ではないだろうけど。
もちろん過剰な例だ。無茶苦茶な課題だ。じゃあ課題の強度が低ければ、絶対的に失敗を犯さないと? その保証があると? その保証はどうやって担保を取るの?
弘法も筆の誤り。猿も木から落ちるのである。
「AIや機械が注目を集めるのはなぜか。自動化することで、人の行動に含まれる曖昧な不確定性を排除することができる。なんなら効率化もできるから」
人が犯して困る要素を機械に頼る。
人が関わるとコストが発生する。内容によっては多大なリスクを内包する。
それほどのリスクを担うのだから、人の良識に頼る?
それでいったい、どれほどの結果が出たの?
調べれば実数はいくらでもデータで出せますよね。
事故なら件数。車に限らず、たとえば整備に万が一にも失敗が許されない飛行機でもいい。
あるいはデータ流出の件数もいいかもしれない。
親会社となる大手企業がいくら自社内でセキュリティに気を遣おうと、子会社はどうか。取引先は? 無茶な納期や安い取引を強いる大手企業と関わる立場の低い企業に、大手企業と同じ体力でセキュリティ対策が可能だろうか? いいえ、私にはとてもそうは思えません。狙い目じゃないですかね? 皮肉なことに。
歪みは生まれますよ。それまでなんでもなかったように思えたことさえ、立場を変えて物事を立体的に捉えるだけで、深刻なエラーが眠っているなんてことは、世の中にはざらにあるんです。訳知り顔で言う私自身にさえ、潜在的に眠っているのでしょう。
故にこそ。
「雑草がやまほど生えた庭に途方に暮れるよりも、そもそも雑草が生えないように工夫したり、雑草をなにかに利用して役立てたほうが、よっぽどいいでしょ?」
ガーデニングで言えば、適切に学び、用法用量を守って除草剤を使うとかね。
それに雑草とひとくちに言っても、それは雑多に生える草をひとまとめにして呼んでいるだけの話であって、個別にきちんと名前があるんですよね。
植物たちも生存競争をしていて、山に生えることができなかったり、田畑じゃ駆除されてしまったりするのが、庭にきたり、空き地に生えたりするだけの話で。
理解を雑草止まりにして、引っこ抜かなきゃいけない作業の大量さを庭の荒れ具合に見るとしたら?
うっとうしいし、面倒くさいと感じるのが人情なんじゃないですかね。
じゃあ、なぜそもそも雑草を生えることを許すのか。
そもそもなぜ、雑草という浅瀬にもほどがある印象で止めてしまうのか。
知ることで見方が変わる。
調べたら、なにかしら利用できる点があるかもしれませんよ?
山菜さえ、知らない人からすればたんなる雑草でしょうからね。
昔の人はすごいですよねえ。
いま考えると、最初に食べた人ほんとやばいなっていう調理法だの、食品だのがありますからね。
タコ食べるのも、一定数の国の方からすれば「ええええ……まじぃ?」ってレベルですし。
日本じゃ概ね本州から四国、九州、沖縄あたりで害虫で有名なあいつも、世界じゃ食用の国があったりするわけで。
ねえ?
物事はなんでも捉え方で印象が変わるんですよね。
視点を持つことは大事。
ちなみに浅い認知でGを食べないでくださいね。食用のヤツには食用になるだけの理由があって。たとえば草なら品種の違いがありますよね? カエルだってそう。日本の憎いアイツをいきなり食べたら危険です。絶対にやめてください。素人がなにも知らずに雑にフグをそのまま食べるくらいのやばさだと思っていただいても、危険度的にはまあ間違いではないかと。
ちなみにあいつがなんで憎まれているか、きちんと調べた人ってどれくらいいるんですかね?
それはさておき。
「正論って生える草に生えるなって言うくらいのことで。あるいは荒れた庭に途方に暮れてる人に世話しないからだって言うようなことで。それでなにがどうなるの? 庭も草も変わるわけないでしょ?」
当たり前の話。
「草を抜いてもまた生えるんですよ。種が飛んで、雨が降り、芽が出る。すべてが終わったあとに対処しても、循環を止める手段ではないので、そもそも予防にならないんです。予防のほうが大事でしょ? 現状では概ね、虫歯になったら削るし、ひどくなったら抜くしかないでしょ?」
だから歯を磨く。
予防歯科の大事さ、ここに極まる。
一本抜いたあとの治療費を考えると、一本あたり大体十万円って言いましたっけ?
なんか指標となる数値があるんですよねえ。
インプラントは自費診療で、しかも予防歯科同様に日々のケアが必要なんですって。理華はねー。芸能人は歯が命! なんて、鮫塚さんがたまにいうんですがね? 虫歯ひとつない綺麗な歯なのでね! まったく問題ないので、聞きかじりでしかないんですが。インプラントで問題になるケースって、適切な施術かどうかもあるけれど、同時にきちんと患者さんが日々のケアができるかどうかもあるそうです。しかも一本何十万かかかるそうで。ひえええ! って感じですよ? ほんと。
「予防には一見コストがかかる。だからより便利な仕組みを開発するほどの需要がある。けど、かかるコストを支払えるだけの体力ないし余裕がないと? 草を抜いては文句を言うことになる……」
それこそが、現状ではないか。
「それはしんどいから、今回は回避しましょう! 春灯ちゃんからメッセージがきてたし、マドカちゃんからもいろいろ聞きました。清川未来がその気なら、サポートするだけの話です」
私が彼女ならどうするかのイメージはもちろんある。
けれど、それはあくまでも私が彼女だったときの選択であって、彼女の選択にはなり得ない。
自分の生き方を自分で決める。
その選択をしたのだろうと想像がつく。
私はそういう人が好きだ。心の底から応援したくなる。
おかげで悪魔のような手段を選ばずに、天使の一手を選び抜く形で関わり抜こうと心が決まった。
マドカちゃんは春灯ちゃんのうっかり関わっちゃったことに動揺しまくっていたけどね。
私は大歓迎。
なにが起きるかは不透明。
彼女の選択、気持ちがこの後いかように変遷していくのかも不明。
構わない。
彼女の選択を支えるだけだ。
その準備なら、いくらでもしよう。
「なにかあったら協力してくれます?」
答えは確かめるまでもなく、YES。
それじゃあ、引き続き参りましょうかね!
以上!
立沢理華でした。またね!
つづく!




