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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十六章 期待外れのメンバーシップ?
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第千百九十三話

 



 アマテラスさまの膝に乗せてもらって、女神の鏡越しに現世の事象を眺める。

 たまに過去を覗き見たり、実際に飛ばされて体感することもある。

 修行の段階が進んだ。

 タマちゃんの言うとおり、やっぱり私ってば強くなっているのでは?

 それが如何に思い上がりかを知らしめるかのように、とびきりタイムリーな人の振る舞いを見せられた。

 生の清川さんだ。お兄さんとのやりとり。女神さまは小技として、ワイプでお兄さんが清川さんにどれほどひどいことをしたのかが表示されてて言葉を失っている。ずっと。

 酔い潰れたお兄さんの謝罪だの、改心への決意だのを引き出して、部屋に押し込む。酒瓶が並ぶ部屋で途方に暮れているようで、鏡から聞こえたウィザードとマドカの声がハモったような歪な声にツッコミで返している。

 私が言うのもなんだけど、変な子だと思う。

 それに、アマテラスさまが見せてくれたワイプの映像が事実で、たとえばお兄さんの立場をトウヤにして、清川さんの立場を私にしたら、速攻でぶん殴るし、抵抗できなかったとして翌日ぜったい親に言うか、言えないなら相談できる場所を探して言うか、言えないで現状に陥っていて道具を手に入れたのなら、攻撃する気がする。いくらなんでも。それくらいのことをされている。

 なのに兄をなだめて、きつい返しも織り交ぜて部屋に帰した。きっと彼女自身、信じちゃいないはずだ。テーブルの上に並ぶ酒瓶はうちのお父さんなら爆睡&二日酔い間違いなしの量。十本以上はある。

 いろんな問題を抱えていそうだ。


『――……あいつから引き抜けないかな。奪うならいっそ、あいつの欲を引き抜けないか』


 清川さんが呟いた。

 引き算をしようとしてるんだ。

 私はいつも足し算の仕方に迷っているのに、彼女は違う。

 兄の性欲で他のストレスを解消する一面に対処するべく、性欲を引けないか考えている。


『私が妖怪になれるなら。猿たちみたいに暴走するんじゃなくて、青澄みたいな形で妖怪になれないかな。食えないかな……あいつの欲。吐いて捨てるほどあるんだし』


 ピアスを弄りながら、清川さんが囁く。

 いや、あの。妖怪に見えるかもしれませんが、いちおう私も人間なんですよ?

 届かない鏡越しの映像に苦笑い。

 とはいえ、強くも見れるし、そんな基準が当てはまるとも思えない。

 彼女は彼女の人生を生きている。それは誰かの物差しによって計られるべきものじゃない。そもそも誰の人生さえそうだ。

 だから彼女の選択は彼女のもの。

 それについてどうこう言わせるために、アマテラスさまが私に見せてくれているとも思わない。じゃあ、なんのためかな?

 兄にはドン引きだった。エロマンガの読み過ぎかな? ってところに留まらない。一線を越えたら、それはもうただの犯罪行為だから。拒否できない頃からし続けていたのだろう、常習的な気配が濃厚で、実際に清川さん自身が明確に彼を拒絶している。ワイプで彼がただ耐えている彼女の耳元で、彼女の人格否定をずうっとし続けているのも激烈にアウトだ。

 救いのない現実?

 だけど彼女は足掻いている。手段を得た。ウィザードの道具だ。理華ちゃんは止めたがっている。奪えば私たちがウィザードを追いつめられる。それは私たちにとって、望外の喜びだ。

 汝、求めるのならばまず与えよ。

 一瞬で浮かんだフレーズにぴんときて、アマテラスさまを見あげた。


「あなたがいま手を差し伸べても、彼女は魅力を感じないんじゃないかな?」

「おぅ……」


 い、言われてみれば。

 ピアスから呼びかけられて、彼女はそれをぴしゃりと遮った。

 自分で選ぶことを大事にしようとしている。軸足がある。

 私がフラフラ出ていって「私と契約ばちっとしてみない!? いっちょ力になりますぞ!」なんて言ってみせたところで「結構です」って言われちゃうかも。

 なんてこった!

 それほどのことでもないか。ないね。失礼しました。えっと!


「こうして現世を眺めても、直接手を出せない。それに彼女は、自分の問題の肩代わりを誰かに頼むつもりもない――……」


 大事なことでもあり、同時にとても危険なことでもある。

 私がぼっちはよくないって思うのは、自分でできる対処が減って限界を迎えているのに、ひとりでなんとかしなきゃって意地になって、どんどん悲惨な状態に陥ってしまうことがあり得るから。

 ドン引き間違いなしの兄の非道を見る限り、機会を逸しているようにしか見えない。

 だから余計に心配。でも押し売りじゃ彼女には響かない。当たり前の話。余計なお世話でしかない限り、彼女はピアスに対して遮るように私を拒むだろう。目に見えるようだ。

 じゃあ、なぜに? アマテラスさまは清川さんの現状を見せてくれたの?

 ぜったいに目的があるはず。

 だよねえ?

 心配になって見あげたら、にまあっとしながらさ?


「お・ちゃ・め」


 とか言うの!

 いらねええええ!

 女神さまのお茶目いままじ求めてない!

 いらねええええ!

 がつんショックを受ける私に「いまのがお茶目」と涼しい顔で言うしさあ!

 わからないよ! 狙いはなんなの!?

 憤慨する私のほっぺたを両手で挟んで、もちもちもちもちこねだすの。


「冗談はさておき」


 ほっぺをこねるのはさておかないのですね?


「目標をおいて、それに向けて努力をすると決めて、金色を育てるのでしょう? なら、彼女を目標にしたらどう?」

「――……難問すぎるのでは」


 生きるシビア度が私と違いすぎる。

 お兄さんをどうこうしたいっていうのが直接的な目標じゃないっぽいしなあ。

 だったら機会はあったよね。

 兄、号泣! そのタイミングで加虐的にもなれたはず。

 なのに彼女は選ばなかった。

 たぶん、高確率で選ぶであろう選択肢を彼女は敢えて避けた。

 ピアスは唆す。ウィザードが関わった道具だけに、彼は彼女を貶めたいのだと想像できる。

 それと私のなにがどう違うのか。私がわかっても意味がない。彼女にとって意味がなけりゃ、仕方ない。

 たしかにね?

 たしかに、ウィザードを追いつめるために、彼女の持ってるピアスが必要だ。

 だからって奪えるのか。たぶん無理だ。彼女は自分でできることをした。だからって、彼女も、そして傍観者であるアマテラスさまも私も、彼女の兄がこれで改心するなんて欠片も信じてない。期待もできない。難しい。

 いちおう、信用云々とは別に理由がある。

 依存。清川さんに頼り切っている彼は、日常のストレス解消を彼女に依存しきっている。病的だと言っても過言じゃないくらいだ。下着についての言及に鳥肌が立ったもの。

 とはいえ嫌悪感で理解を止めるのはね。解決に向かおうっていうなら、あとでいくらでもやればいいこと。

 清川さんの熱、匂い。あとは支配欲もありそうだけど、自分の逃げ込むための場所として、彼女が必要なんだろうね。

 たとえば私なら「もーやだよー!」ってじたばたしたり、床を転がりまくったりするし、きつねうどんを暴食しまくったり、スイーツ食べまくったり、キラリに構って~ってのしかかったり、カナタに尻尾の手入れしてもらったり、ぷちたちに歌って踊ってもらったりする。他にもやまほどあるよ? ストレス解消の手段。

 でもそういうのが見つけられなかったり、私にとってのカナタやキラリや、トモやノンちゃんや、マドカやルミナたちとかさ? 高城さんやトシさんたちみたいに、甘えられる人がいなかったら? 信じられる人がいなかったら?

 自分を解放する手段も持っていないよね。清川さんにひどいことして、ようやくなんとか保っている程度で。それだってぶん殴るくらいじゃ済まないくらいの罪だけど。私だってそう思うけど。そこまでしてさえ、自分が本当はなにを求めているのか考え、対処するだけのエネルギーを確保できてない。逃げるので精いっぱいな、ゆるやかに崩れる現状維持分のエネルギーしか得られてない。

 だから繰り返す。

 そりゃあ世間は怒るだろう。彼の罪が明るみに出たら。彼を攻撃するだろうし、その手は親にも向くだろう。

 彼女はわかっているから避けたのだと思う。

 求めるものが違うんだね。きっと彼女もわかっているんじゃないかな。

 お酒。薬物。他にもあるけどさ。

 中毒になるほど依存している。

 彼の場合は関係性と、あとは熱と体温なんだろうね。いっときの快楽とさ。

 で、それを別のことで置き換えられると体感できたら、変われるかもしれない。

 学べない限りは繰り返す。対象が清川さんじゃあなくなる可能性もあるかもしれない。いちおう、彼女は作れてるわけだから。でも、現状の彼じゃあ、どこまでいっても繰り返しそうだ。交際がうまくいって、親になるとき変われるだろうか。けっこう、いや。とても危うい。

 たぶん、すぱっと答えるアドバイザーなら「通報を。そして距離を取れ」と言う。私だってそうする。きびしいし冷たいけれど、彼の成長の結果だ。彼の選択の結果だ。環境が彼を育てなかったとしても、むごいことを言うなら、それが生きるうえでの必然なんだと思う。

 でも彼女は選ばなかった。

 探している。

 いまから仕切り直すための手段はないかを。

 そのためにピアスを使おうというのだろう。

 くれるわけがない。

 ただ、そこには需要がある。

 私ができることがある。示し方次第、交渉次第だけど。

 だんだん見えてきた。

 単純に「私がなんとかしてあげる!」なんて頼まれてもいないことをしにいったら、アマテラスさまの言うとおり拒絶されて終わる。

 彼女は自分の選択に必要な力を求めているだけ。それも自分で開拓したいのだ。

 お兄さんから引けないか。どうやって欠けた部分を補うか。

 家庭環境が複雑なのは、アマテラスさまの鏡越しに見ていてようくわかった。

 お父さんの不倫。お母さまの精神的な状態。いろいろあるんだろうさ。

 私はよかった。でも、そうだよね。みんな同じように、みんな問題なく健やかに育つなんて、そんなの幻想だ。それぞれにいろんな問題を抱えて、それでもどっこいやっていてさ。違いがある。その違いが、清川さんの兄みたいな行いさえ生むのかもしれない。

 手段。あるいは知識。選択肢があることを知っていて、かつ選べることが大事だ。妙なことをせずとも、大丈夫だって思える、余裕が崩されることのない、そんな環境が大事。

 じゃあその環境はどうやって用意するかっていったらさ。みんなで選択肢を用意して、周知することを続けていくのが、遠回りかもしれないけど王道なのかもしれないね。そうやって、やっと楽になっていくのだと思う。

 会いに行くことから始めなきゃ。

 話してみたい。いろいろと。


「心は決まった?」

「……学校のみんなに内緒で、いいんですかね?」

「あなたの修行の一環としてやるの。これならお題目になるでしょう?」


 ほっぺたむにむにをようやくやめてくれた。

 そうなんです。

 真面目なことを考えていた私、ずうっとほっぺを弄られていたのです。

 誰よりアマテラスさまの手によって丸顔にされている気がします……っ。


「足し算する前に、まずは基本的なことができるようになりなさい。あなたの心は既に御珠を得たのだから」

「え――……」


 それどういう意味ですかって言うより早く、頭にチョップを食らいましたよね。

 しかもわりとスピード出てましたよ!

 ごつんと食らって「あうち!」と叫んだら、眩い天から薄暗いマンションの一室へ。

 さっきまで見ていた鏡の中の景色のただなか!

 テーブルの上にある酒瓶は片付けられていました。

 ソファに座っている清川さんが、肩を強ばらせて両手で口元を押さえながら、目を見開いています。ただ、天国でいつも見る縮尺と世界がそうたいして変わりません。

 早い話、視点が低いんだよね。

 あれえ!?

 ぷちのままじゃね!?

 私ってば天国修行時は常にぷち状態にされてるんですが! あのう! アマテラスさま!? 現世なら人の状態でもいいのでは!?

 なぜにぷちモードのまま!?


「――……ばっ、化けて出たのかよ」


 口わるっ!

 一瞬思ったけど、つっこめなかった。

 頭はフリーズ。背後で深夜番組を垂れ流すテレビ番組。私が出てるやつぅ!

 撮影は日中なのでね! じゃなくて!


「え……なんで小さいの? え。きもい。人形?」


 ぐさぐさ刺してくるよねえ!

 あれ? もしかしなくても、たいして交流もなかったと思うんだけど。

 ガチで嫌われてる感じぃ? まじぃ!?

 前屈みになって、顎に指を置きながら顔を近づけられる。


「――……しゃべる?」


 疑問形。

 戸惑っている。

 彼女も、私も。

 でも彼女のほうが先にアクションを起こした。

 びびっている場合かっ! 私、がんばるべし。修行中やぞ!


「は、はろう」

「いや夜だし」

「い、いぶにんぐ……」

「ガチ日本語発音だ。英語下手かよ」

「うっ」


 ズキズキ刺さるねえ!

 自業自得なんだけれどもねえ!


「ちっちぇえ……ちっちゃあ……え。なに?」


 恐る恐る私に手を伸ばす。

 首根っこでも摘ままれるのかと思ったら、頭頂部に手を置いてがしっと掴まれました。

 そしてまさかのまさか、そのまま持ちあげられるのです。


「意外と軽い……ぬいぐるみみたいに見えなくもない」

「あ、あのう」


 その掴みかたはちょっと。あの。もうちょっと丁重に扱っていただけませんかね?


「なに」


 こわいっ! 目つきが鋭いっ!

 クマもある。凄味があるけど、でも間違いない。

 顔がいい!

 あとお乳やばい。でかい。そんでもって腰ほっそい!

 前屈みになって主張されるお乳。私を持ちあげて見える、柔らかい布地越しに浮かぶライン。

 ただ、食べてない。明らかに。食が細そうだ。

 それで健康ならまだしも、一時期のルルコ先輩ばりの細さがイメージに近い。

 いまのルルコ先輩はちゃんと食べてるよ? 食品の選び方は気をつけているみたいだけど。前ほど偏食じゃない。

 ただお兄さんとはまたちがう形で、いろいろと抱え込んでいそう。

 それはわかる。

 そんでもって、もう一度いわせて。

 こわいっ! 目つきが鋭いっ!


「頭鷲掴みっていうのは、あの。よしていただけると」

「ひさしぶり」

「まさかのスルー!」

「……奪いにきたの?」

「まじでスルー!?」

「どうなんだよ」

「ちがうちがう! ああっ! アイアンクローだけはやめてくだしいっ!」

「意外……テレビのあれって、キャラじゃなくて素なんだ」


 反応するとこずれてない!?


「なに」

「あ、あのう……頭の手をですね?」

「用件次第なんだよ?」


 優しく返す言葉がそれえ!?

 おおおおお、私はとんでもないところに修行に来てしまったのでは?


「清川さんのお手伝い、できないかなあって思って来ました」

「東京都の西のほうから?」

「というより……天国?」

「え。死んだの?」

「生きてるんですけども。いろいろありまして、天国で修行していて」

「意味わかんない」


 デスヨネ!

 信じるわけないよね!

 高校に入る前の私だって絶対信じなかったもんね!


「え。士道誠心ってやばい宗教の学校とかなの?」

「や、決してそういうわけではなくて。あのう。学校名を言うってことは、私たちの学校がどんなか、知ってたり……?」

「落ちたから」


 おっふ!

 地雷じゃあ! 地雷が眠っておるぞう!


「妖怪とか、刀になって力をくれるんでしょ?」


 ざっくりぃっ!


「ほ、ほかにも幽霊とか神さまとかいて、だいたい一対一の割合でね。関係性が繋がるのですが。じゃあ妖怪とか神さまはどこにおるねんって話になるでしょ?」

「――……ああ」


 やっとわかってもらえたみたい。

 どうせなら頭から手を離してほしいこともわかってほしいですぞ!


「え。がち?」

「がちがち。尻尾生やしてちっちゃくなった私が深夜突然あらわれたんだよ? 天国も地獄もあるってよ」

「なぜ他人事?」

「いや、あの。ほんとなんですってばよ」

「てばよってなに」

「……ほんとなんです」

「最初からそう言ってよ」

「しゅみません」


 この世界線ではそうなんです、とか言いたくなって、すぐにぐっとこらえた。

 絶対、清川さんアニメとか見ない。漫画も好きそうじゃない! だったらぜったい知らないよね! 世界線……っ!


「高校二年生がしゅみませんはやばいんじゃない?」


 ダメ出しのターン長いなあ!? 言い返せないなあっ! あなたの言うとおりですよ!


「そ、それよりもですね。どうかなあ。うううう、うちの学校は、そりゃあ……そのう」

「気にしないで。他力本願じゃ受からないんでしょ」


 そっ、それはそれで語弊がありますけども!

 まあ、でも、身内の縁とかがないと御霊になってくれる酔狂な誰かは出てこない気もする。

 隔離世の侍も刀鍛冶も、宿す御霊がいる。いてくれる。

 ただし、たぶんなにかしらの縁とか、興味とかがないと無理だ。

 あの世じゃそれなりに楽しくやれてる存在が多い。神さまや妖怪は特にそう。

 赤の他人と率先して繋がりたい存在なんて、そうそういやしないのは現世となにも変わらない。神さまたちの中には仕事として、あるいは存在意義として、大事にしていらっしゃる方もたくさんいらっしゃるんだろうけども。御霊としての繋がりかたって、また違う扱いみたいだ。

 となると、ね?

 現実つまんないからなんとかしろやってノリで受験しても、まあ落ちる。落ちるよね。落ちるよ。それはもう、ほぼ確実に落ちるよ。

 口に出さないだけで、みんなそれぞれ欲や夢がある人だらけ。

 自分で叶えたい意欲が、隔離世に繋がる道を切り開く力になるのかもしれない。

 語弊はあるけど、でも間違いじゃない。

 他力本願なだけじゃあ、たぶん無理だ。

 そう考えると私ってばラッキーだった。そしてそれをいまここで言う勇気も、空気読まないパワーみたいなものもない。


「で、ですね」


 流させてくだせえっ!


「学校はだめだったとしても、私はちがうというか。いまからでも、私に手を差し出す機会をもらえないかなあって思って来たのです」

「下心はなに。私になにを望むの」


 警戒されている。

 かといって自分からピアスの情報を明かさない。

 ゆるやかな敵視。

 そりゃあそうだよね。

 むしろ話を聞いてくれていること自体が奇跡かも。

 私への関心。あとは、ぷち姿が功を奏しているのかもしれない。

 アマテラスさまのどや顔が見えるようです。

 でもツッコミとかしている場合じゃない。

 ここが正念場。

 ここでの答え方がとびきり重要だ。

 ウィザードの道具をもらいたい。下心がある。もちろんある。

 差し出せるものもある。

 絆だ。力。あるいは支え。

 あなたに大丈夫だよって言い続ける私という関係性。弱いかもしれないけどさ。ちんけかもしれないけどさ。御珠を用いて絆を渡せる。

 差し出せるものを話したら、こちらの意図に彼女は気づくだろう。

 力をあげるから、あなたの手にした力をください。代替品として間違いないです、と。それがどれほどの信頼を持てるか、彼女に伝える方法が浮かばない。

 浮かばないけど、沈黙はまずい。いまは特に。


「……あなたのピアス。よからぬ企みを持っている人が作ったもので、とても危ないの」


 なら、ごまかさない。


「代わりに私が、うちの学校で得られる特別な存在との絆を渡せる。それはピアスよりも、あなたの好むやり方で――……支えになってくれるはず」


 力になってくれるはず、と言いかけたけど、直前で変えた。

 彼女の兄に必要なもの。

 そして彼女にだって、めちゃめちゃ必要なものじゃないかと。

 そう考えること自体が彼女のかんに障る可能性は高い。

 それでも言う。

 ごまかしは一切なし。

 彼女は私を見つめて、それからテレビにちらっと視線を向けた。

 ずらして、戻す。

 頭のてっぺんからつま先、そして尻尾なじろじろと眺めてから、ぽつりと呟いた。


「天使キラリと山吹マドカが、その、妖怪? と無関係に、尻尾とか生えたって本当?」


 おおおう?

 妙な流れになりそうなのでは?


「渡さないって言ってもいいんだぞ」


 脅しだぁい!

 こういうやりとりは苦手だぁい!

 なんてこった……!

 ひとりでくるべきじゃなかったよ、ぜったい!


「あ、え、と。うん、まあ。そうですよ? 現時点でわかっている理論が、いちおうありまして」

「そういうのはいい。深夜に聞きたい話じゃないし」


 デスヨネー!


「……あなたみたいな妖狐になることもできる?」


 妖狐とずばっと言われると、あれだね!

 私への嫌悪感の輪郭が、ちょこーっとだけど見えてくるね!?


「それがあなたが心の底から望む姿なら」

「ピーターパン的詐欺じゃない?」


 否定はできないねえ!

 行けない人は行けない。それって行けない立場からしたら「本当かよぉ!」っていくらでもつっこめる、怪しさしかない話だ。実際詐欺に使われそう。だから彼女の指摘はごくごくまともな意見だ。

 ただ、でも、ね。


「私の尻尾は本物ですし――……あうち!?」

「わ。すご。ふっさふさ。しかもあったかい……この細いの、ガチ肉?」

「そうそうそうそう、そうだから引っ張るのよして!?」

「深夜、大声」

「すみません……ってなぜに私が謝る流れ!?」

「うるさい」


 無体っ!


「私次第ってこと?」

「有り体に言うと……そう、ですねえ」

「ピアスがバレてるなら言うけど。こっちのほうが効果が確か」

「そ、それでも、その。リスキーだよ? 今日の事件だって――……その」


 彼女を非難するのは、いまは得策じゃない。

 言いよどむ。それで彼女に気づかれる。なにが起きたか、ある程度把握していることが。

 当然、彼女の顔が強ばる。鋭い目つきは変わらない。

 たぶん、ぎりぎりの中を過ごしているんだと思う。彼女がされている仕打ちを思えば、ね。


「青澄、すごいんだよね」


 低い声で言われて、思わず身構えちゃう。


「一日署長とかして。警察にも頼られてるって。この間の東京湾の、巨大な男の腕を走ったりとかしてた。しかもさっき、天国から来たって言ったよね? なら、すごいんだよね?」


 初めてかもしれない。

 すごいって言われて、めちゃめちゃびびるの。


「ま、まあ……いちおう、は。ですね。がんばってるというか」

「私に力を渡せるって言った。青澄が渡せる?」

「い、いちおうは」


 あ、やべ。言っちゃった!?


「じゃあさ」


 蛇に睨まれたマングース……いやそれ戦えるやつぅ!

 私はねずみ。いまの状況では。あるいはライオンに追いつめられてるフォックス……。


「支えてよ。力を貸して。満足できたら渡す」

「おぅ……」


 思ったよりも回り道になりそうなのでは!?


「御霊っていうの、あんた妖怪でしょ? なら私の御霊になりなさい。契約するの」

「おおぅ!?」


 しかも契約を持ちかけにきた私に、逆に契約を強いてくる感じぃ!?


「条件をクリアしたら、いいよ。ただし関係性を切るっていうなら……あなたの大事なものを、私に預けなさい」


 もっと言うと強欲ぅっ!

 中学時代に悪魔を呼んで契約しようとした私も、ここまで考えていたらなあ。

 もうちょっと黒歴史日記の内容の出来がよくなったのでは?

 それくらい、攻められてる。いい攻め手だとも思う。


「いちいち天国から来るくらい欲しいんでしょ? なら、条件を飲んで」

「ああ、うう……おぅ」


 おかげで連発する言葉にたじたじですよ!


「契約するの? しないの? しなきゃ手に入らない。さあ、どっち?」


 あれえ!?

 な、なんで完全に主導権を握られているのでしょうか!

 あのう!

 えっと。えええ!? 嘘でしょ!?

 まじぃ? まじかぁ。そっかぁ……。


「け、契約させていただけますと」

「じゃあまず朝まで一緒に寝て。あいつが部屋に来たら困るから。ただし質問はなし」


 掴まれた頭を胸元に引きよせてようやく、手が離れた。

 ハグされて感じるたわわの暴力!

 とか言ってる場合じゃないんですよ。私ふつうにお乳好き派ですけど。ちがうんだよ。そうじゃないんだよ。

 朝まで!?

 現世の肉体は学生寮で寝てて、天国修行で魂活動中で?

 アマテラスさまに現世に送り出されたぷち体が、今度は清川さんと添い寝!?

 もうなにがなんだか!

 ああ、でも、これだけは言わせてくだしい!


「あのう。私本体が起きると、ここにいる私はたぶん自動的に消えるんですが。いいでしょうか?」

「一緒に寝てくれればいい。で、余裕がある時間帯に来て。説明してほしいことだらけだから」


 デスヨネ!

 ああでも自分の都合で決めるんですね! なるほどなるほど! 今後の付きあい方のイメージが掴めちゃいました! やばいっ! リード力そうとう強めですよ!?


「スマホの番号おしえて。あ、変なことされたら、そればらまくっていう手もあるな」

「それを言っちゃあ駄目なのでは?」

「そうだね……それに、しないよ。そんなこと」


 私を胸に抱いて、そうっと部屋を出る。

 冷えた廊下を通り抜けて、たぶん彼女の部屋へ。

 匂いが残っている。なんの匂いかは、あまり説明したくはない。

 だから注目したいことに意識を傾けた。

 ぬいぐるみがたくさん飾られた棚がある。どれも綺麗に手入れされているようだ。

 動物や海洋生物のぬいぐるみが多い。動物園とか水族館とかの買い物かな。おおきなぬいぐるみもある。抱き枕になりそうなくらいのジャンボサイズ。定番すぎるけど、クマさんだ。アニメモチーフなのは、舞浜にテーマパークがある、例の会社くらい。

 扉を閉めて、消臭剤を遠慮なくお布団にばしゃばしゃ吹きつけてから、乾くのを待つつもりで彼女は私を見おろした。

 両脇に手を挟んで、私を掲げて持つの。


「青澄って、丸顔だよね」


 ひどいっ!

 唐突なディスリ!


「こう見ると憎たらしさが愛しさに変わるね」


 どれだけ私へのヘイトをためてたのかな!?


「私のそばにいるときは、その姿でいてよ。これ契約事項だから」


 ただ、ぷちモード自体は気に入られたっぽいよ?


「私に命じないで。私に指示しないで。私を否定しないで。私を支えて――……支えになってくれるんでしょ?」


 懇願、哀願、切望、そして蓄積した途方もない疲労。

 感じ取れるものは多い。そのどれもが切ない。

 同年代の子が、小学校の頃のクラスメイトが、こんな風に過ごしていたなんて知らなかった。

 響いたんだ。支えになるっていう言葉が。

 それに、その前に並べられた言葉が悲しすぎてつらい。

 甘えん坊の相手は大変だ。

 ぷちたちも、カナタさんも、私自身でさえも、私はときに持てあます。

 でも、誰の中にもいる。甘えん坊な自分が。

 自分で自分の中の甘えん坊をなだめられるようになれたらいいなあと思うし、そりゃあ無理だぜって大人が集まって飲みの席とかでしょうもない話をしているのも、それはそれで情けないかもしれないけど、羨ましくもある。そういう繋がりがあること自体がね。

 関わることには相応の覚悟がいるのかなあ。

 覚悟がいる関係性はもたないのかもなあ。

 いろいろと思うところはあるけれど、私は模索してみるよ。


「私が起きるまで一緒。消えてもまた明日。明後日。直接会って、深められる。ピアスなんかいらないくらい、なにかしたいんでしょ? そばにいるよ」

「――……契約だから。破らないで」


 嘘つかないで。

 私をぎゅうっと強く抱き締めてささやく声が、弱々しかった。

 答えたかったよ?

 元気づけたかった。

 でもたわわの暴力で息も出来ない私は、タップして解放されるので精いっぱいでした。

 ハグはいいけど! 力加減は覚えたほうがいいかもしんない!




 つづく!

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