第百十九話
誰かライオン先生に詳しい人いないかな。
ニナ先生に素直に相談するべきかもしれないけど、頼まれてすぐ「やっぱりよくわかんないので助けてください」っていうのも情けないよなあ。もうちょっと頑張りたい。
とはいえその手段がないよね。ううん。
そんな考え事をしていたら階段から駆け下りてきた人と派手にぶつかっちゃいました。
尻餅をついてぶつけた頭を押さえながら前を見ると、ギンが目を白黒させてました。
「ってて……わりい、ハル。大丈夫か?」
「あ、う、うん」
私に気づいて手を差し伸べてくれるので、素直に手を取って立ち上がる。
スカートをはたいていたら、ギンが階段にふり返った。つられて見ると、階段の上には狛火野くんがいるの。
「待て、課題を渡せ!」
「やなこった!」
わりい、ハル!
言うだけ言ってギンが走り去ってしまった。
怒り心頭の狛火野くんがギンみたいに階段を駆け下りて後を追いかけていく。
賑やかだなあ、でも。
「廊下を走るのは危ないよね」
「うむ」
「え」
そばから聞こえた知っている人の声に恐る恐るふり返ると、ライオン先生が立っていたんです。
なんと。渦中の人物とまさかの遭遇ですよ!
いやいやいや。さすがに本人には聞けないよね。聞けない……かなあ。だめかなあ。でもサプライズだしなあ。
「百面相をしているところすまんが」
あわてて両手で顔を覆うと、ライオン先生は呆れたみたいに笑いました。
やんわりと叱るかなにかするところなのに。いつもなら。
なんか物腰が柔らかくなったように見えるの気のせいかなあ。
「青澄、勉強はしなくていいのか」
「うっ」
「テストの点数は決していいとは言えなかったぞ」
ぐ、ぬう。
「部活に精を出すのもいい。侍候補生として腕を磨くのもいい。だが学生は勉強もせねばな」
「は、はい」
「頑張れば身になる素直な性分なのだ。精進するように」
微笑みは柔らかいけど内容は今まで通りでしたん……。
「そ、それとだな」
「はい?」
ん? なんだろう。ライオン先生がほっぺたを指で掻いて視線をさ迷わせているぞ。
「……くにさ、オホン! 犬井先生から何か聴いていないか?」
「何か、といいますと?」
答えはわかっている。結婚式の話題だ。でも言えない。言えるわけない。
ニナ先生がライオン先生を喜ばせたくてサプライズ考えてますよ、なんて。
言えるわけないよ。
「い、いや、なんでもないのだ。なんでも。そうか。我の気のせいか」
首を傾げて、深呼吸をしている。
やっぱり様子がおかしい。
あとね。胸に手を当てた左手の薬指の指輪なんて、もう露骨に答えですよね。付き合ってるって意味で。
むしろ突っ込んじゃおうかな。
「ニナ先生と何かあったんですか?」
「……む」
眉間にぎゅっと皺が寄ってる。
「いや、なにもない」
目をそらして断言された。絶対嘘だ。
でも私と会ったときのニナ先生は幸せ一杯だったから、ケンカとかじゃないんだろうなあ。
なんだろう。なにがあるんだろう。
怪しい……。
じいいいっと見つめる私に居心地が悪くなったのか、ライオン先生は咳払いをして「ではな」と言って立ち去ってしまいました。
気になる。気になるけど……誰に聞いたものかもわからないや。
なんかいないかなあ。高等科のこと知り尽くしてたり調べているような人。そんな都合のいい人なんて――
「あ」
いるじゃん。取材に来てた子がさ。
◆
同じ敷地内とはいえ巨大な士道誠心学院の中等部に行くのはちょっと手間取っちゃいました。
見慣れない校舎、見慣れない制服の年下の子達に囲まれながらふらふらと歩いて、途中で何人かに質問をして辿り着いたのは、中等部新聞部の部室です。
そっと扉を開いてみました。
「すみませーん」
中でドレス姿に着せ替えられたツバキちゃん、こないだツバキちゃんと同席していた男の子がカメラを持っていて。他にも女の子たちがツバキちゃんのドレスを整えています。
「失礼しました……」
見てはいけないものを見てしまった気がしてそっと扉を閉める私なんですけど。
カッカッカ、とヒールの足音が小気味よく近づいてきて、すぐに扉が開けられました。
「エンジェぅ!」
胸の中に飛び込んできたツバキちゃんを受け止めながら、私は思いました。
きっとものすごくタイミング悪かったんだろうなって。
だって、部室の中の子達が「くっ」と顔を歪めていたんです。
◆
どうしてこうなった。
「エンジェぅと二人で撮影……!」
至福の表情で隣にいるツバキちゃんは変わらずドレス姿です。
私の腕に抱きついてにこにこ顔です。
対する私はなぜかタキシード姿に着替えさせられて、ぎこちない笑顔で立っています。
そんな私たちを、男の子がカメラで何度か撮影しました。
女の子達のこだわりが凄くてね。ポーズから何から色々と指示をだされました。尻尾の角度まで指定されるとは思わなかったですけど。
「……はい、おっけーっす」
男の子がそう言ってカメラを確認する。
小さな画面に写る一枚を女の子たちが遠慮なく男の子にくっついて確認して、満足そうに頷いていた。
男の子は落ち着かなさそうな顔をしている。耳まで真っ赤だ。うい。
「ありがとうございますー。連載コーナー向けのツバキグラビアの撮影に付き合っていただけるなんて!」
眼鏡をかけた女の子がにこにこ顔で近づいてきた。
ツバキグラビアとは。
「い、いいんだけど。そのコーナーはなんなの?」
「いやツバキって可愛いじゃないですか! 写真映えするというか!」
「まあ」
それには同意。
ドレス姿なのに、男の子のはずなのに、骨格からして妙に女の子女の子してるんだよね。
実は女の子なんじゃないかと思わざるを得ないレベル。
その上かわいい。超絶かわいい。言語機能がやばいくらい稚拙になるかわいさです。うちの父と弟は今でも女の子だと信じています。
「なので、クラスの子達の推薦もあって写真をのせてみたら大好評で!」
「ほう……」
「なかには男でもいい、とか。男だからこそいい、とかいう男子も出る始末で」
それは末期ですね。すごいな中等部。
「声変わりもしてないしマジ天使なんですけど。お姉さんもいいなあ、なんか……きらきらしてますよね。髪の毛とか尻尾の色的な意味じゃなくて」
「ふふー」
私よりツバキちゃんが自慢げなのなんなの……かわいい……。
「今回の新聞はかなりいけそうです! ありがとうございますー!」
「う、ううん。それはいいの。実はお願いがあってきたので」
対価じゃないけど。
「もし何か知ってることがあったら教えてくれない?」
「いいですよ。着替えてからにします?」
「あ、う、うん。そうだね」
そういえば私はいまタキシード姿なのだった。
「……待って。なんで新聞部に衣装があるの?」
「グラビアコーナー用に演劇部から借りてきたんです。あとは家から持ち寄ったり、いろいろです」
すごいな。ツバキちゃんの写真を撮るために振り切ってるな、この新聞部。
「そのタキシードは誰かいい人がいたら着せようって借りてきたんですけど。いやあ、いい被写体が来てくれてよかった!」
「あ、あははは……」
もしかしなくても、私の写真が中等部に?
あ、だめだ。考えたらだめなやつだ、これ。
◆
着替えを済ませて中等部の新聞部に尋ねました。
「高等部の取材をする中で、先生の情報とか聞いてない?」
「ありますよー」
「ある!」
聞けば部長さんだった眼鏡の子が頷く横で、いつも通り女子の制服に着替えたツバキちゃんが手を掲げる。萌え袖になってるんだよね……地味にツボです。
「ライオン先生……じゃなかった。獅子王ライ先生のことなんだけど」
「えっと、獅子王、獅子王……」
壁際に設置されたパソコンに歩み寄っていく部長さんが男の子の背中に寄りかかるから、男の子があわててその場を離れた。
そして恨みがましい目で私を見てきます。う、うん。そんな目で見ないでおくれ。
「高等部のことなら、高等部の部活のやつにきけばいいんじゃないっすか」
「うっ」
ぶすっとした一言はかなり的確なツッコミでした。
「まあまあ怒らない。えーっと。プリントアウトします?」
「あ、お願いできる?」
部長さんにお願いしてすぐ、壁際に設置されたプリンタから紙が出てきた。
渡された紙を見る。
『獅子王ライ。体育を担当するが、過去には臨時で他の科目も教えたことがあり、わかりやすいと生徒に評判だった。現在独身。国崎ニナ(旧姓、犬井)先生とは学生時代からの付き合い』
……へえ。ライオン先生いろんな授業できるんだ。よく黒板にイラスト描いてくれるけど、授業でもなのかな。あとは、ニナ先生と学生時代からの付き合い、か。
『国崎先生の旦那さんと三人で士道誠心の高等部にいた頃は活躍し続けたためとても有名だった。だが国崎先生の旦那さんが亡くなってからは切望されていた侍への道を諦め、教師になる道を選んだとの証言あり』
……え。
『さらには国崎先生の旦那さんの死亡に二人とも深く関わっていて、それを今でも悔いているという証言も。(申し送り)これについてはプライベートなことなので記事にすることを禁じます』
思わず顔をあげる。
ツバキちゃんが背中にもたれかかって私の手元を見ていたけど。
「これ、知ってる人はみんな知ってる」
「そ、そうなの?」
「ツバキ、情報は正確に。ちょっと違うんです」
部長さんのフォローにどういうこと? と視線を向けると、部長さんは肩を竦めた。
「若くして結婚した二人は長くは続かなかったそうです。少女の手にした刀の宿命ゆえに。その悲恋は、侍と刀が起こす悲劇となってうわさ話として語り継がれているんです。高等部の、恋愛話が大好きな方なら知っているかもしれません」
真っ先にぽんと頭に浮かんだ顔はコナちゃん先輩のものでした。
「そのうわさ話にでてくる、少女を助けた侍はね。その時から自分に涙を禁じたっていうよ」
少女を助けた侍って……ライオン先生のことかな。
「すいません、うちの部が押さえてるのはここまでなんです」
「そっか……ありがと」
お礼を言って、ツバキちゃんを抱き締めて成分をたっぷり補給してから出ます。
送ってくれようとするツバキちゃんの頭を撫でて、中等部の出口まで送ってもらって一人になった私は小さくため息を吐きました。
「はあ……」
どうしたのじゃ? というタマちゃんの声に空を見上げます。
曇り空の鈍色を見つめて、私は言うのです。
「思いもがけず知っちゃった」
ライオン先生のプライベート。
これ以上は当事者本人に確かめるべきだと思う。
ニナ先生かライオン先生に聞くしかないけど、それは……どうなんだろう。
知るべきことなのかな。それともそっとしておくべきことなのかな。
とぼとぼと歩いていたら、空から雨がぽつぽつと降ってきたの。
はっとして走ろうとした私を傘を差して待っていてくれたのは。
「やあ、ハルちゃん。浮かない顔してどうしたんだい?」
ラビ先輩なのでした。
つづく。




