第百十八話
六月、水無月、梅雨の時期。
祝日がないとか作ろうとか、そういう話よりも大事な問題があります。
ジューン・ブライド。
ローマ神話の守護神さんが結婚生活に関係しているとかで、六月に結婚をすると幸せになれるとかなんとか。wikiせんせーの言う限りはそうらしい。
なんだけど。
「実は、あなたに助けてもらいたいことがあるの」
ニナ先生から士道誠心お助け部に依頼があったので赴くと、ニナ先生は花びらがぽんぽん咲きそうな幸せいっぱいの笑顔で言いました。
「今月、結婚することになったの」
「え!!!!!」
まさか、まさか。ニナ先生が結婚とな!
呼び出された生徒指導室で私は思わず大声を出してしまいました。
それから慌ててソファーに座り直して、前のめりで聞きました。
「そ、それって……ライオン先生とです?」
「うふふ」
左手を口元に当てて微笑むニナ先生なのですが、その薬指にね。きらきらと煌めく指輪がはまっておりまして。
「え、あ、え。す、スピード結婚です?」
「それくらいの覚悟なんですって」
「はあ……」
ライオン先生凄い。こうと決めたらどこまでも突き進むんだね。
「ど、同棲とかしないんです?」
「恋人としては短いけれど、友人としては付き合いが長いから……逃げ場をなくす意味でも、だれない意味でもまず結婚しようって」
「わあ……」
お、大人だ……! いきなりいっちゃう勢いもすごいけど、それを実行できちゃうところもすごい!
「ち、ちなみにちなみに、プロポーズの言葉は?」
「我の伴侶になってほしい、です」
「おおお……」
私たちが言うと子供が背伸びしてる感でるけど、大人だからこそライオン先生の似合う感!
答えてくれたニナ先生はてれてれしてる。ほっぺたまっかっかです。
いいなあ……幸せ一杯だ。
「で、なんでお助け部にご依頼を?」
「実は……その。ライの泣いたところをあまり見たことがなくて」
「ほお……」
「せっかく結婚するのだし、ライの涙がみられないかなって思って。それで、その……」
「わかりました、サプライズですね? 個人的にはニナ先生と結婚するだけで十分じゃないかと思いましたが、ニナ先生の頼みとあらばどんとこいです!」
きりっとする私にニナ先生が恐る恐る言うの。
「じゃあ、お願いできるかしら……?」
「もちろんです! やりましょう! プランから何から練ってきます!」
ニナ先生の手を取って、私は断言しました。
「涙が出ちゃうサプライズ、頑張ってみますので!」
ほっとしたように顔を綻ばせると、ニナ先生が微笑みました。
そして「これに詳細が書いてあるから」と言って紙を渡してくれたのです。
「それじゃあお願いするわね」
◆
さて、思い切って受けたのはいいけど、どうやろう。
そもそもライオン先生って泣くのかな?
長い付き合いだというニナ先生でもあんまり見たことないなら、実はすっごくハードル高いのでは? ニナ先生のウェディングドレス姿で感極まって泣かないなら、私たちが何をやってもだめなのでは?
そんな疑問をニナ先生に一応ぶつけたの。別れる前に。そしたらね?
「もっともっとたくさん見たいの」
笑顔で言われました。あれ? ニナ先生Sなのかな。Sなのかな。それともたんに好きな人の喜ぶところがめいっぱいみたいとかそういうことなのかな。
『後者ではないか』
十兵衞はニナ先生に甘いよね。ああいう人が好みなの?
『ふ……』
ニナ先生結婚しちゃうけど。いいの?
『いいもなにも。彼女の選択だろう。それに……俺は既に死んだ身だ』
おう……それを言われると弱いです。
のこのこ部室に行くとメイ先輩とラビ先輩がホワイトボードを前に悩んでいました。
特別な二人に選ばれたから私って特別、みたいな喜びなんて吹き飛んで「大変な雑用係」って言ったカナタの言葉通りとしか思えなくなるくらい、依頼を書いたメモ用紙がホワイトボード中にびっしり貼り付けられています。中には私が達成した依頼もたくさんです。
一つ一つはなんてことないんだよね。
実家の犬の様子が気になるとか。好きな子にどう告白すればいいのかわからないとか。SNSで悪口言われたうわあんとか。そんな内容ばっかりです。
そこへいくと結婚式のサプライズだから、ニナ先生の依頼はとびきりでかい。
真っ先に二人に報告したら「依頼にでかいも小さいもないよ」と怒られちゃいました。
「でもまあ確かに、対一人ってわけにはいかないな。こうなると獅子王先生の依頼も――」
「え? メイ先輩はライオン先生の依頼を?」
「あ。ううん、そっちはきにしないで」
私の頭をぽかぽかの手で撫でて、メイ先輩は腕を組みました。
「ラビ。シオリちゃんはサプライズムービーとか作れるかな?」
「もちろん。呼んできましょうか?」
「んー。ルルコもお願い」
「わかりました」
頷いて席を離れるラビ先輩を見送りつつ、私は尋ねます。
「メイ先輩、サプライズムービーってなんです?」
「獅子王先生と国崎……この場合は旧姓で呼ぶべきかな。えっと、犬井先生は結婚するんでしょ? その式場はどこか聞いた?」
「あ」
「日取りは?」
「え、えっと」
あわててニナ先生からもらったメモ用紙を見ました。
そこには詳細の日付と式場の場所が確かに書いてありました。
「んー、と。式場はどっかのお城? っぽいです。でも関東だけど東京じゃないや。日取りは再来週日曜日で、参列者は親族と仲の良い友人だけの予定、とのことです」
「となると私たちは行けないじゃない?」
「あっ」
「その上でサプライズとなると。私たちがそれでもえいやと乗り込む許しをもらうか、或いは何かを作って贈るかの二択が、先方に提案する現実的なラインだと思うのよ」
「……んー」
なるほどなあ。
私は乗り込んで何かすっごいことしようって思ってたけど。
「動画を撮って見てもらうっていうのも、なんかいいですね。それでサプライズムービーなんだ」
「そういうこと。ハルちゃんはこの依頼の目的わかるかな?」
「ライオン先生を泣かせたい?」
「……まあ、それも目的といえば目的だけど。その言い方だと、どちらかといえばあなたの目的だね。この依頼の目的はなに?」
おでこをつんと突かれて、首を傾げる。
五月に入部してから六月に入るまでにこうしてメイ先輩に指導されることがままあるのだ。ラビ先輩にされるよりは少ないんだけどね。
ちなみになまけたり間違えるとほっぺたを掴まれます。コナちゃん先輩のルーツを感じずにはいられません。
「ううん……と。ニナ先生の願いを叶える……ですか?」
「そういうこと」
正解すると頭を撫でられます。よくできました、と言わんばかりです。けっこうはずい。
「獅子王先生のうれし涙を犬井先生にプレゼントすること。そのためには獅子王先生に喜んでいただかないと。それをどう叶える?」
「ううん……」
そこなんだよね。腕を組んで考えるけれど、想像がつかない。
ライオン先生がうれし涙を流すシチュエーションなんて、皆目見当もつかないよ。
「期間は二週間。何か動き出すなら早ければ早いほどいい。今日明日でプランを練ってみて」
「はい!」
笑顔で頷きながら頭の中で唸りました。
ううむ。これは難問なのでは?
ニナ先生の綺麗なドレス姿で涙するとしても、それ以外となると……むう。
ライオン先生はどうしたら喜んで泣くんだろう。さっぱりわからないよ!
つづく。




