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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九章 戻ってきた日常

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第百十七話

 



 初の依頼達成の喜びもひとしおですが、それ以上に写真をもらえたことが嬉しかったです。

 前にトモに貸してもらった本を読んだときにも思ったけど、刀って綺麗だ。それにタマちゃんたちと一緒にいると不思議にも感じる。

 刀ってなんだろう。

 昔、日本刀を鍛えていた人たちは何を思ったんだろう。

 美術館とか収集家からお借りした、とレオくんは言っていた。集め、展示するその心はどこにあるんだろう。それこそブラウザゲームで擬人化されて人気が大爆発するだけの魅力が、歴史がそれぞれにあって。カナタもコナちゃん先輩もノンちゃんも、刀剣部にいる人たちみんなも、度合いは人によって違いはあるんだろうけど。でもきっと、刀の魅力に感じ入るところがあるんだろうなあ。

 そこへいくと、私は。


「はあ」

「浮かない様子だね、ハルちゃん」


 電車の中で、そばに立って窓の外を眺めていたラビ先輩が私を見ていた。


「えっと……私は刀の魅力に疎いんだなあって思いまして」

「それはね。振るう者、鍛える者とでは心根も違うさ」

「ううん。でも、刀を愛し慈しむことは、どっちでもできますよね?」


 私が口にした言葉にラビ先輩は微笑みを浮かべる。


「刀に命を預けるか、刀に命を捧げるか」

「……ラビ先輩?」

「君は侍なんだよ、ハルちゃん。侍であり刀鍛冶であろうとする、その生き方は……数少ないのさ」


 カナタとシュウさんが特別みたいに言うんだな、と思ったの。

 私が抱く感情なんてラビ先輩はお見通しで、かぶっている帽子を脱いで胸に当てた。


「自分が鍛え、生み出す刀に向ける思いと。明日を生き延びるために手にしなければならぬ刀に向ける思いと……それは違うものだ」

「……刀に向ける、思い」

「君は自身の刀を振るうことに躊躇いはあるかい?」

「えと」


 意味が、よくわからない。


「だって、戦うんです。戦うなら、振るわなきゃだめなのでは?」

「そうだね。振るわなければ意味がない。けれど、じゃあ……刀が折れるかもしれなかったら? 傷つき、使い物にならなくなるとしたら、どうかな」

「え……」


 タマちゃんたちが折れる、なんて。

 ユリア先輩やシュウさんの刀を――ヒノカが折られる場面を目撃していたのに。

 それでも想像さえしなかった。


「もう振るわない?」


 ラビ先輩の問い掛けに思い、悩む。

 けれど、すぐに答えは出た。

 既に悩んだ問い掛けだったから。


「……振るいます」

「どうしてかな。君は君なりに刀を愛していると思うよ。なのにどうしてだい?」

「だって私の刀は決して折れない魂でできてるから。何があっても、振るいますし、折れません」


 私の答えにラビ先輩は満足そうに微笑んで、頷いた。


「今の世に、自身が作ったものを折れるかもしれぬと思いながら扱える人がどれだけいよう。まして、それに命を賭けるなど……誰にもできることではないのさ」

「……ラビ先輩?」

「まだ……この国は平和だ。なのに文字通り命を賭けて心身を削り抜くなんて、誰しもが至れる境地ではないよ。それにね」


 それに、なんだろう。

 そう思った私の頭にラビ先輩は帽子をかぶせてきたの。それも目深に。

 目元が真っ暗になった私に、まるで自分の顔を見せずに済むようにして。


「どちらの道も、ハンパには進めないんだ。カナタをしっかりと支えてあげてね」


 慌てていたら視界がふっと明るくなった。

 帽子を取ってかぶり直したラビ先輩はもう、いつもの余裕たっぷりの笑顔で立っていました。

 だから一瞬浮かんだラビ先輩への疑問なんて消えてしまったのです。

 ラビ先輩は何を考えているんだろう、っていう……もしかしたら大事な疑問を。


 ◆


 寮に帰って今日の話をしたら、カナタは渋い顔をしました。


「士道誠心お助け部か。大変な部活に入ったな」

「えっ」

「お気楽な名前に改名されてはいるが、ようは生徒の使いぱしりだ」

「そ、そうなの?」

「ああ。ラビにせよメイ先輩にせよ、軽々とこなしているけどな」


 やっぱりあの二人はすごいんだ……。


「シオリの特別な才能が露呈したり、面白い部なのは間違いない」


 カナタから見ても面白い部って、もしかして相当なのでは?


「失礼なことを考えてないか?」

「な、ないない! え、えっと、シオリ先輩の特別な才能って……パソコン関係?」


 そういえばシオリ先輩はいつもパソコンもってるよね、くらいのつもりで言いました。


「……まったく。ああそうだ。今更言うまでもないかもしれないが」

「ふうん……」

「最初は口籠もるはまともに話せないわで大変だったそうだな。南先輩がめいっぱい面倒を見ていたそうだ」

「え、じゃあ南先輩も同じ部活なの?」

「そのはずだぞ。あれで色々と兼部して大活躍する多才な人だ」

「へええ!」

「いい勉強になるとは思う。実は去年、そばで見ていて羨ましかったからな。応援しているし、何かあれば喜んで手を貸すよ」

「うん、ありがとう……それはいいんだけど」


 私をよそにカナタは私が渡した写真をじっと見つめていました。

 話の間中ずっと。別にいいんだけど、逆に気になる。


「写真、そんなに気に入ってくれたの?」

「……まあな」


 寮部屋のテーブルには四本の刀が並んでいます。

 タマちゃん、十兵衞、ヒノカ、ミツヨ。

 露わになった刀身はカナタが刀剣部で見せてくれたような手入れをされた後でつやぴかです。

 だからこそ、カナタに渡した写真とミツヨの刃文……だっけ。刀に浮かぶ結晶体? の違いが露骨にわかってしまうんです。


「不思議だなあ。なんで、日本刀のと違うんだろうね?」

「以前、刀は侍の心そのものだといったな」

「うん」


 覚えてる。その言葉でようやく自覚することができたんだ。

 私自身のこと、いろいろと。本当にたくさんの大事なことに気づくことができた。

 だからむしろ忘れようがない。


「だが、どうだ。俺はこの写真に写る姿を知っていた。それでも思ってしまったのだ。自分が扱うならばどうする、と。天下五剣を相手に不遜にも程があるが」


 日本刀のこれが答えで、けれど俺の心は未熟だから偽った。その姿が今の刀なのだ、と。

 俯いて語るカナタの表情は冴えないどころか真っ暗闇。


「まだまだ……未熟だ。理想に夢を見て、現実に至らないなど」


 人の心はたやすく己を騙す。

 カナタの吐息に混じる声に私はなんて答えたらいいのかわからなかった。

 だって。


「……だめなの?」


 聞かずにはいられなかった。


「夢をみたらだめなの?」

「ハル……?」

「そのものを扱いたいと願うなら……カナタの気持ちもわかるかもしれない。同じじゃなきゃいやだって思うかもしれない。けど」


 けど、違うよね。


「カナタにとってのミツヨは、いまの姿なんでしょ? なら……否定したり、偽りなんて悲しいことを言わないでさ。今のまま、もっと素敵にしてあげればいいじゃん」

「ハル……」

「その答えが日本刀に行き着くならそれが答え。だけどそうでないなら、それもまた答えなんじゃないかな。それじゃだめなの?」

「……そう、思えたらいいのだが。俺の刀は、日本刀のそれとは違う」


 そうだけど。そうじゃないの。


「違うことを悲しみ拒絶するより、その違いを大事にしていいんじゃないかな。だって。だってさ」


 ミツヨに触れる。

 私には未だその夢の形を確かに受け止めることができないかもしれないけど。


「この刀は綺麗だよ? カナタの夢見た姿で、それを私は美しいと思うんだけどな……」


 どっちも違ってどっちも素敵。

 なのに私の夢を形にしてくれるカナタが、自分の夢を信じられないのは悲しい。

 シュウさんと同じような……悲しい距離の取り方をしているように見えてならないの。


「その夢に呼応して……御霊はカナタに寄り添ってくれてると思うから。だから、だから、」


 なんでだろ。


「ご、ごめん」


 目が潤んで仕方なかった。


「……すまない」


 カナタがそっと拭ってくれた。


「そうだな……確かにそうだ。君の言うとおり、俺の大典太の今はこうなんだ」


 テーブルの上のミツヨを見つめる。


「本物と違っても、それに寄り添ってくれる魂があるのなら、それでいい。いつか至れるなら、本物の素晴らしさが今よりもっとわかるのなら、それでいいんだ」


 息を吐いたカナタの笑顔は眩しかったの。


「今を否定しても……なるほど、確かに前には進めない。なにも始まらないな」


 そもそも。


「俺がお前を助けたあの日聞いた声は、俺にとって確かに本物だったから」


 そう言って写真を置き、ミツヨを手にするの。

 綺麗な刃に映りこむ月は満たされていたんだよ。


「それでよかったんだな」


 しみじみと語るカナタの刀はね。

 丸い月の映えるとても美しい刀でした。




 つづく。

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