第百話
日曜日、中間試験前日。
それって勉強するならラストスパートをかけなきゃいけないタイミングです。
にも関わらず、私はカナタと外出中なのであります。
電車の中、背中はドア。目の前にはカナタ。電車の乗車率は高くて、なのにカナタが身体を使って私を庇ってくれています。
「ど、どこいくの?」
「根を詰めて入れるべき知恵は入れた後だからな……気晴らしだ」
そう言って微笑むカナタはなんだか眩しかったです。
だからついついドキドキしちゃうんだけど。
カナタが気晴らしに行く場所ってどこだろう?
遊園地とか? か、カップルっぽいことしちゃう日なの?
そ、そ、それはかなりの事件なのでは!
「ハル、尻尾が膨らんでいる」
「はっ」
「ふ」
カナタは美人で、笑うだけできらきらした背景を背負いそうな人で。
本当に私はカナタと付き合っているんだよね? って確認したくなるくらい、中学生までの私からはかけ離れた人です。
カーストでいえば最下層と最上層くらいの勢い。
『今のそなたが最下層というのは無理があるぞ、ハル。少なくとも見た目に関しては、妾の底上げがあるのじゃから』
『心の美しさこそ必要だと思うが……まあ、その点でいえば最初から輝く素養はあった。だからこそ、これまでの学業で成果を出してきたのだろう』
『でたでた。心がなんとかかんとか。美人は三日で飽きるというが、その三日をありがたがるのもまた真実じゃろうに』
『徳の高い狐とは思えん発言だな』
『うっ……それをいうのは卑怯じゃぞ』
『ふ』
タマちゃんも十兵衞もノリノリだね。
『外出は常に楽しいもんじゃろ』
『違いない。ハルもそうなのではないか』
まあ、二人の言う通りかも。
「ふふ」
「機嫌がよさそうだな」
「なんか楽しくなってきたの」
「それを聞いてホッとした」
電車が停まって、カナタに促されて一緒に降りる。
私の手を取って、私の歩きやすいようにエスコートして、優雅に進む。
雑多に人がいる原宿駅で、改札を抜ける。
手を引かれて向かう先は――……有名な通り、ではなくて。
少し奥まった道を抜けて、進んで、進んで。
迷子になりそうなくらい道を曲がって、やっと辿り着いたのは蔦に壁を覆われたお店でした。ランタンがお店の前に飾ってあって、胴のプレートには文字が打ち込まれているんだけど……雅なフォント過ぎてなんて書いてあるのかわからないよ。
「ここだ」
「えっと……?」
「父の経営する喫茶店なんだ。行こう」
手を引かれて中に入る。
薄暗い店内には、外に飾ってあったランタンが同じように設置されて、中の炎がゆらゆらと壁沿いを照らしていた。
テーブルが幾つも設置されていて、シックな装いの大人の人たちがコーヒーを楽しんでたの。
パーカーとスカートの私はいかにも場違いです。
なんだけど、カナタに手を引かれて奥へ行くと木製の扉があって。
カウンター越しにお父さんがカナタにぽいっと放ったの。
カナタが受け取ったそれは鍵だった。
扉の錠前を開けたカナタが私にふり返る。
「開けてみて」
私の手を離したカナタが笑顔で言うから、どきどきしながら扉を開く。
そしたら……マネキンさんがドレスを着ていました。
薄水色のドレスです。グラデーションがかって裾にいくにつれて青が濃くなっていく。
星のような宝石がちりばめられていて、それはものすごく綺麗で。
周囲にリボンを巻き付けられた箱がいくつも、たくさん置いてあって。リボンがどれもお花のように飾付けられているから、花畑の中のドレスという感じです。
「え――と」
脳裏によぎるカタカナ五文字。漢字、平仮名、漢字の三文字でもいい。
いや、まさか、でも。そんな。
「え……」
カナタを見たら、カナタもドレスを見つめていた。
「ドレスは母さんの結婚式のカラードレスだ。うちの父が母に贈ったプレゼントを飾る部屋なんだ」
「あ、う、うん」
そ、そうだよね。いきなりこんな、贈り物の嵐を贈られるわけないよね。
あはは……あぶな! 危うくはずかしい勘違いを晒すところだったよ!
「俺が贈るのは……これだ」
「……え?」
ポケットから小箱を取り出して、私に差し出してくるの。
恐る恐る受け取って中を開くと、カナタが受け取ったのと少し似ていて、けれど違う鍵が入っていました。
「隣の部屋の扉を開けてみてほしい」
どきどきしながら受け取って、カナタに示された扉の鍵を開ける。
かちゃ、と確かな手応えを感じて、どきどきしながら扉を開きました。
赤い絨毯が敷き詰められたお部屋には色とりどりのお花が飾られていました。
その先にショーケースが置いてあるの。
どきどきしながらショーケースに近づきました。
そこには確かに、指輪が輝いていました。
「――……、」
何も言えずにカナタを見たらね。
「さすがに三ヶ月分はまだ、無理だけど」
そばにいたカナタがショーケースを開いて、指輪を取って言うの。
「よろしければ、お手をどうぞ」
「あ、あ、あの、え、あ、」
頭の中は真っ白で。
右? 左? どっちが正解なの? って浮かんできて。
「いらない?」
「いる!」
あわてて出したのは左手でした。
「契約した証だ」
お手をするようにのせた私の左手、薬指に指輪を通してくれた。
あつらえたようにぴったりです。ぴったりなんです。
「わ……わ!」
「鍵と一緒に……ここに贈り物を増やせたら、と」
「重たい」
「う……ゆ、ユリアにはやめろと言われたんだが」
「でもうれしい! なんか契約っぽい!」
「……シオリが勧めてくれてよかった」
ほっと息を吐いている。
どれだけ慌てていたんだろう。
「ちなみに、その。嫌でなければ、ペアリングなので。俺もつけたいんだが……嫌じゃないか?」
「なんで不安がるの? つけて欲しいですけど」
「いや……重いかと」
気にしてる! すごい気にしてる!
「つけない方がいい、どや顔でつけていって滑ったら目も当てられないと……生徒会の女子三人が口を揃えて言うんだ」
「ああ……」
「だが三人揃ってこうも言っていた。ハルなら無条件で喜ぶと」
……それはあれなの? 私ってそんなに抜けてる感じなの? 嬉しいけど!
「確かに正直喜ぶけど! つけてって思うけど!」
「悩む俺にラビが言うんだ。君の信じる道を進めばいいって」
「ああ……」
いつもの綺麗な笑顔で言うのかな。
「その結果事故っても彼女ならきっと大丈夫だよって」
「追加された一言の威力!」
「おかげでさらに悩んだ。けど……今日を逃すと、次がいつになるかわからないからどうしても渡したかったんだ」
「し……試験とかいろいろあるもんね?」
「ハルならテンションがそのまま気合いに繋がると思ってな。色々準備してある」
そう言われて思わず確かに! って思っちゃった。
今じゃなくても、ってなるよりも……むしろ今だからこそ嬉しい感じです。
がんばるぞーってなるし。
今回の演出からして、もしや。もしかして? 色々準備ってことは……。
「もしや……試験が終わったらご褒美が待っていますか? このお部屋に入るようなのが待っていますか?」
「既に用意はしている」
「おおおお!」
それ私が今回のプレゼント、全般的にNGだったら成立しませんよね、と思ったけど。
全般的にOKなのでむしろ大歓迎です!
「よかった」
「わーっ」
ほっとして自分で指輪をつけちゃおうとするから、慌ててその手を止めました。
「ど、どうした?」
「あ、あのう……カナタに指輪つけてもいい?」
「あ……も、もちろんいいが」
ここへきてどぎまぎしなくても。
具体的には私がはずかしいのでやめてください。
「じゃあ……つけるね?」
「ああ……」
照れくさそうな顔をするカナタの指から、指輪を取って。
それからカナタの左手の薬指に通したの。
「ぴったりだ」
「……あのな。俺が買ったんだから当然だろう」
「そ、そっか」
カナタが用意したんだから、ぴったりなのは当然か。そっか。
「……私の指にぴったりなのは、なんで?」
「こういう時、男は黙って気づかれないように調べるものらしい」
「おお……」
感動です。すごい。がんばってくれたんだ。
「だからキミの家に行った時に、お母さまからサイズを教わりそうになった時には丁重に辞退した」
「お母さん……!」
「プレゼントに悩んでいた矢先、仲間さんに会って相談したら自分が調べようかと言ってきたがそれも丁重に辞退した」
「トモ……!」
「毛先を整えた並木さんからそっとサイズを書いた紙を渡されたが、それも断腸の思いでサイズがわかるまで見るのを我慢した」
「コナちゃん先輩まで……! っていうかむしろ、千載一遇のチャンスを三回も逃してまで調べてくれたの!? あれなの? 寝ている間にそっと計る的な?」
「いいや。それをしようとすると眠っているお前の身体をタマモが操り、笑顔で言うんだ。サイズが知りたければ妾に油揚げをよこせ、と」
タマちゃん……!
「な、なんていうか……大変だったんだね」
「今となっては笑い話だけどな」
「……ちなみに、どうやって調べたの?」
見上げて尋ねる私に、カナタははずかしそうな顔で視線をそらして言いました。
「あれだけ繋いでいれば……覚える。俺にとって、お前の手は運命だから」
カナタ……(ちょろきゅん
うるうるしてる私の肩をカナタがそっと抱いて、だから瞼を伏せました。
重なる唇がすぐに離れて、なんだか物足りないなあ、もっと……って思ったんですけれども。
「コホン」
咳払いが扉の方から聞こえて、あわててふり返るとね。
「そろそろ注文がほしいんだが」
お父さん……!!!
慌てて離れる私たちからそっと視線を外して出て行きました。
……あれ?
「と、扉あけっぱなし?」
思わず呟いたら、
「……あ」
カナタがはっとした声を出すんだけどね。
それくらい緊張してたんだって思うと、それも含めて無性に好きだなあって思っちゃった。
それに扉に関しては私も気づかなかったもん。
「う、うっかりさんでしたね、二人揃って」
「そ、そうだな」
てれてれしながらお部屋を出て鍵をかけたんですけども。
空いている席に移動する間中、周囲の人たちの微笑ましい顔がね。見えてね。
ああ、筒抜けだったんだなあって思って……ね。
二人揃って真っ赤になるしかなかったです。
つづく。




