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立ちはだかる者 上

 氷の巨像が這い出してきた例の遺跡に賢人オリクと聖堂騎士たちは詰めていた。あの巨像が暴れてからというもの、風はいや増し、冷えが体の芯まで凍りつかせるのではないかと思われるほどで、ヤックゥたちは一匹、また一匹と力尽きていった。実際、賢人オリクと彼の持つ“炎の心臓”の陽気がなければ、聖堂騎士たちも今頃、氷の置物になっていただろう。


 互いの無事を喜びあっていた彼らだったが、レムから事情を聞き、賢人オリクは顔色を変えた。この中ではオリクしか知らない事実だったが、魔王には陽の気を纏う魔王と、陰の気を纏う魔王とがいる。陰気は女の性であり、それを完全にうち滅ぼせるのは女の身を持つ者だけである。


「まさか、あの子が女の子であったとは。すぐに追いかけよう。凍土の魔王を倒せるのは、あの、ジョーという少女だけだ、死なせるわけにはいかん」

「どういうことだよ!」

「今の今までまったく気がつかなかった。我々としては勇者アディの協力を得、魔王の力を削いで国を守ろうとした、つまり護りの闘いをするつもりであったのだ。だが、ジョーが少女であるなら、完全に魔王を封じ込め、この世に安寧をもたらせるかもしれない」


 オリクの言葉に聖堂騎士たちはどよめいた。魔女だと罵り鎖に繋いで、殺されるのを承知でいながら偽の勇者に差し出した自分たちの行いを恥じたのだ。レムは嘆息し、シトーは己の信じた通りにジョーが聖女だったと知り満足げに頷いた。


「勝手なことばっか言ってんじゃねぇぞ!!」


 唯一、怒りを露にしたのはニールだった。行き場のない拳を握りしめたまま、彼は激情のままに叫んだ。


「何度も何度も、俺たちはジョーは悪くねぇって説明したよな!? 聞く耳持たなかったくせに、今さら……! 今度はジョーが勇者か? あのクソ野郎を祭り上げといて、今度はジョーを利用すんのかよ! どの面下げて言ってやがる!!」

「少年、オリク様は……」

「ああ、そうだな! オリク様は知らなかったもんな、魔女騒動のことなんざ! でもよ、魔王倒せんのが女だけとか、先に言っといてくれたら良かっただろ!? 堂主のことだって、アンタが降りずにずっといりゃ良かったんだ、あんな能なしに譲るからこんなことになったんだろーが!!」


 レムの制止も構わず、ニールは言い募った。聖堂騎士たちが下を向いたり露骨に顔を背けて視線を外す中、オリクはニールの叫びを真摯に受け止めた。


「その通りだ。すまない、ニール。それに、ジョーがどうしたいかも、まだ聞いておらんのだよな。この国がどうなろうと、異国の少女である彼女には何の関係もないことだ。我々はただ、ジョーの命を救いたいだけだ。そして彼女に頭を下げて謝罪し、頼み込むことしかできはしない。けっして、魔王討伐を強制したりはしない」

「……信じて、いいんだよな?」

「そうしてくれるなら嬉しい」

「………」

「ニール、私は(さき)の大聖堂、堂主として、君に謝罪したい。本来なら人々の言葉に耳を傾け、助けを差し伸べるはずの導師や聖堂騎士たちが、本当に無礼な行いをした。誠に申し訳ない。形式ばかりに囚われて、大事なものを見失っていた。彼らを指導する立場の人間として、心から君たちに謝りたい。この通り、どうか許してくれ……」


 オリクはニールの前に膝をつき、頭を下げた。聖堂騎士たちはおろおろとオリクの行いをやめさせようとするのだが、レムとシトーだけは即座にオリクに従った。それを見て、百と余名の聖堂騎士たちもまた、吹き荒ぶ風の中、正式な礼でもって跪いたのだった。


「よしてくれよ! それを受けるのは俺じゃない、ジョーだ。それにオリク様、俺は別にあんたを責めちゃいない、悪いのは……」

「いや、教えを授けた以上、弟子の不徳は私のせいだ。頭を下げるのが上の者の役割だ」


 そう言って、頭を上げたオリクは笑った。その後、ジョーを救援に向かう者として、オリクはニールの他にレムとシトーのみを連れていくことにし、その通りに準備させた。馬車で休み休み進んだ二日の道程も、聖堂騎士たちだけなら一日もせずに駆け抜けられた。四人だけならさらに短縮できる。朝にはジョーに追いつくだろうとオリクは言った。


「ニールがついてこられるかだが……」

「心配ない、ここまでだってついてこられた。多分、ジイさんから預かったこれのおかげだと思う」


 ニールが懐から取り出した赤い宝珠に、周囲はざわめいた。オリクもまた“炎の心臓”を取り出す。ふたつの紅玉はまったく同じに見え、それぞれ中にちらちらと炎を宿し、きらめいていた。


「これは……!」

「オリク様もよく知ってる、ジョーの師匠が俺に押しつけてったんだ。これがジョーの心臓の代わりになるとか何とか。よそで見せたら即座に処刑されそうだったんで隠しといた。オリク様になら見せてもいいだろ?」

「……違いない。なら、その宝珠の宿す陽の気で、普段よりもずっと身が輕いであろう。共に行こう、ジョーのところへ」

「おう!」


 四人はヤックゥの背に乗り、三重の防壁へと向かって急いだ。壁の外側、聖火国ではない場所に宝珠の反応はあった。“炎の心臓”は、ニールに冷気に耐える体と、暗闇を見通す目と、疲れを知らない心を与えた。ヤックゥを駆り、壁まで来たとき、朝の弱々しい光が闇を払った。


 壁の外側には、長身の男がひとり、立っている。


「…………アレクス」

「ニール、待ってたぜ」

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