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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第四章 『愉快な道連れの最期は決まっている』
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間章

 私生児の剣(バスタードソード)が振るわれると、血糊が地面に紅い華を咲かせた。ロランは折り重なるように倒れている男女を無感情な目で見下ろすと、その視線をまだ息のある聖堂騎士二人に向けた。鎧の若い男と中年の礼装の男、二人の銀鼠のマントはほとんどが焼け落ち、もう虫の息といったところだ。シトーは鎧の板金部分がひしゃげ、へこみ、隙間から血を流している。レムの方は肋ごと肺を潰してやったのでそろそろ死ぬだろうか。それぞれ、刃先を首に押し込んでやればそれで事足りる。


 ロランがまさにそうしようとしたとき、リリアンヌの悲痛な叫び声と共に暴風が広場を襲った。ロランは剣を握ったままの左手で顔を覆う。垣間見えたのは、竜巻の中心で金の髪を巻き上げた少女が天を仰いで慟哭する姿だった。その嘆きに呼応するように、吹き荒れる風と雨とがロランの体を打つ。


「くっ、はははっ、ははははははっ!」


 ロランは面白くて仕方がないというように笑い、しばらくそうしていたが、地べたに座り込んでいるリリアンヌの足元を見留めて口を閉じた。そこには、仰向けに横たわる友、ガストンの姿があったからだ。興奮から覚めてみれば、その近くに同じく倒れているダンの虚ろな顔も見えた。


「………………」


 胸に手を当て、彼はしばらくそのまま佇んでいた。返り血にまみれたまま、ぼんやりと突っ立っているロランの考えは誰にも読めない。ただ、無防備なようでありながら、その身から放たれる殺気は他を圧し潰さんばかりに重々しかった。


 アレクスが切り結ぶ音が響いている。下からの一撃でニールの小剣(ショートソード)は撥ね飛ばされた。アレクスが勝ちを確信したように口の端を吊り上げる。だが、ニールは横っ飛びにダンの側へ転がると、元はリリアンヌのものだったナイフを拾い構えていた。まるで山猫が鋭い爪で引っ掻くように、ニールがナイフを動かすと、厚い革の長靴に包まれていたアレクスのふくらはぎがぱっくりと裂けた。


「あぐっ!?」


 傷は骨が見えそうなほどに深く、アレクスもたまらず体勢を崩す。そこを追撃しようとしたニールだが、見えない何かに吹き飛ばされ、泥濘を転がった。


「ぅわっ!!」

「無事か、アレクス」


 ロランの問いに、アレクスは足を押さえながら返事をした。額に浮いた汗がだらだらと流れているが、その表情は死んでいなかった。ロランはそれを見て頷き、ニールに向けて手をかざすと、アレクスが吠えた。


「兄貴……そいつは、俺の獲物だ……!」

「そうかよ。なら、今は生かしとく」

「…………」


 ニールはナイフを構え、二人を睨んだまま後退した。そして、身を翻してリリアンヌの竜巻の影に見えなくなった。ロランは嘆息し、アレクスの側へ寄った。短く詠唱し、アレクスの傷を塞いでいく。治療が終わるとアレクスはすぐさま立ち上がり、ダンをマントで包み上げるとその肩に担ぎ上げた。ロランもまた、ガストンの側に跪く。


「兄貴、旦那は……」

「ああ。置いていくしかねぇな」


 ロランひとりでガストンを連れて行くのはさすがに無理がある。彼らが葬ってやれるのはダンだけということだ。アレクスも悔しげに唇を噛み締めるが、それでも、ダンを置いてガストンを担ぐとは言えなかった。彼にとってはダンが一番大切だったからだ。


「あばよ、ガストン。お前だけはきちんと葬られるべきだ。そうでなかったら……」


 ロランはその先は言わなかった。


「行くぞ、アレクス」

「……ああ。あのガキだけは、許せねぇ。逆さ吊りにして、生皮剥いでやる……!」

「そうしろ」


 二人は物言わぬ体となったダンを連れ、広場を後にした。降りやまぬ雨はいつの間にか雪に変わっており、ロランの頬を打つとまるで涙のように溶けて落ちた。






 ロランたちが立ち去るのを待ち、ニールは竜巻の中で啜り泣く少女に呼びかけた。何度も、何度も。雨が濡らしたところが段々と凍りついて色を変えていくのだ、早くしなければ命に関わる。


「ジョー、ジョー! 出てきてくれ……このままじゃ死ぬぞ!」


 ニール自身は大丈夫だったが、素足で薄着な彼女のことを気にかけていた。サムとフィーの死はニールにとってもひどい衝撃だったが、彼はこういったことも覚悟の上でこの場にいた。悲しむ気持ちはあるが、ジョーのように我を失うほどではない。彼もまた、幼い頃から鍛え上げられた貧民区育ちの探索者なのだ。ニールが伸ばした手を風が裂いて血が流れた。唸りを上げる竜巻はすべてを拒絶するように吹き荒れている。


「ジョー……」

「まだ、収まらないか……」


 ニールが振り返ると、戦闘の痕も著しいシトーとレムが立っていた。レムは険しい表情で竜巻を見ていたが、懐から投げナイフ(ダート)を取り出すや否や真っ直ぐに投擲(とうてき)した。なんとも自然な、止める間もないほどの流れるような動きは、縁日の大道芸を思い出させる。手品師らの鮮やかな手口とよく似た、素晴らしい一投だった。


「なっ!」

「っ、レム!」

「こうでもしなきゃ止まらんよ、術士は」


 レムの隕鉄のダートは暴風を切り裂き、小柄な少女に突き立っていた。ひくんとひとつ痙攣をしてジョーが倒れ伏すのと、みぞれ混じりの雨風が解かれるのとはほとんど同時だった。


 ニールが駆け寄り抱き起こすと、ジョーは弱々しい声でフィーの名を呼んだ。どこを見ているのか、その虚ろな瞳は昏く澱んでいる。


「サムとフィーの所へ、行かなくちゃ……。早く、治療して……首……を……」


 ジョーが起き上がろうとすると、その腹からまた鮮血がこぼれる。濡れた貫頭衣は色を変え、ジョーの細い体をさらに儚く見せていた。


「ジョー、二人は……もう……」

「もういい、休め。すべては終わったんだ」


 シトーは束まで刺さったダートを抜き、代わりに隕鉄の腕輪をジョーの手首に通した。そして、陽の気を注いで治療していく。レムもその隣で補助をした。


「どこへでも好きに行きなさい。もう我々ができることは何ひとつない。この国は終わりだよ、少年」

「なんで……」


 レムの言葉にニールが呻く。レムはボロボロの上着を脱ぐと、ジョーの露な痩身にかけてやった。


「堂主様は死に、宝珠は去った。じきにここはまた氷に覆われるだろう。魔王を倒そうにも、聖堂騎士のほとんどが死んだ。魔導師(マギ)殿も……もういない。不甲斐ないねぇ、聖堂騎士が! わたしたち二人が生き残って、彼らを守れもせず……。本当に、面目ないよ」

「……鍛練を積んだ我々が、まるで歯が立たなかった。いくら聖女の力が強いとは言え、彼女はただの子どもだ。どうにかできようなどと考えたのが間違いだったんだ……。もうこれ以上、苦しむ必要はない。聖堂で最期のときを、祈りと共に迎えることとなるだろう。安心しろ、世界が終わっても聖典が我々を導く」

「オリク様は!? あのひとなら……」


 レムもシトーも黙った。ニールもまた、本気で期待しているわけではなかった。あの吹雪の地では、物資が途絶えればそれは即、死に繋がる。しかも賢人オリクは高齢だ、魔王の下まで辿り着けるとは到底思えなかった。


「これで……終わり、なのか……?」

「打つ手が、無いんだよ。わたしたちの希望は、勇者だけだったのさ。堂主様は無理な攻略を考えていたようだがね。マイヤールも、アルファラと王都が陥ちた以上、ここへの支援をしている場合じゃない。だから、もう……」

「………………」


 シトーが、意識を失ったジョーの額に口づけを落とした。


「おい!」

「聖女が目覚めれば、あるいはと思ったが……。これで別れだな。我々は自ら死を選ぶことはないが、ここで楽にしてやることもできる。どうする?」

「どうするもこうするもあるかよ! ジョーは……死なせねえ!」

「…………。ならば、大聖堂から離れることだ。“魔女”と知れたら楽には死ねんぞ」

「っかってらあ!」


 ニールは意識のないジョーを抱き上げ、彼らに背を向けた。レムとシトーは少しの間それを見送っていたが、怪我人の保護や死者の弔いのために動き出した。

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