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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第一章 『長い長いプロローグは破滅の香りを纏っている』
9/99

師匠の忘れていたもの

 師匠を中に連れて入り、女将さんに朝ごはんを出してもらった。私はブーツを履き、顔を洗った。ごはんを食べ、卓を拭き、師匠と私のシーツを洗って干した。今日も良い天気だ。

 宿の前を掃きながら、お姉さんに雑貨を買うならどこが良いか聞いた。この宿のカウンターには、保存食とか石鹸とか、旅に必要な小間物しか置いてなかったからだ。


 下着とかは布から買って手縫いするのが安いらしい。私は裁縫が出来るので、明日は仕事を休んで一日買い物をしようと思う。


 そうやって体を動かしていると、頭もようやく動いてくれたみたいで、悩むのは馬鹿らしいと気付いた。



 私は弱い。

 魔王は男の手でしか倒せないなら、誰かに手伝ってもらえば良いだけだ。

 そのためにも、今は強くなること、生きていけるようになることだけを考えないと。


 婆やが言っていた。

 出来ることからコツコツと。何かをするならひとつずつ。


 仕事をして、お金と体力を稼ぎつつ、まずは師匠に魔術を習おう。あの(まじな)いは絶対に役に立つ。お金が貯まったら、ソーンさんに頼んで剣を教えてくれる人を雇おう。そして、旅に出られるくらい強くなったら、魔王の情報を集めて、倒してくれる人を探そう。


 ほら、すごく簡単だ!






 探索者(シーカー)の庭までやってきた。師匠はまだ(ほう)けたままだけど、仕事になったらきっと戻ってきてくれる。……多分。そうでないと困る。カウンターまで来ると、ソーンさんに叱られた。


「ちょっとアンタ、なんで昨日、(ここ)に顔を出さなかったのよ」

「あ……ごめんなさい。日が暮れるから、終わりかと思って」

「バカね! 夜も酒場よ、ここ」


 そういえばそうでしたね。


「ンもう、ジョッキ片手に口説こうと思ってたのに~!」

「けっこうです」

「美味しいごはんを食べさせてあげるよ?」


 ……美味しいごはんかぁ。


「まーた親分の悪いビョーキが……」

「うるっさい!」


 ソーンさんは病気らしい。大丈夫かな?


「ごはんは宿で食べます。でも、師匠も一緒で良ければ……」

「ヤだよ、そんなん」


 断られました。


「そりゃそうと、鎧と服の下取り、お金用意してるよ」

「ありがとう、ソーンさん」

「ふふ、カワイイね」

「……」


 何と答えれば正解なんだろう。答えに迷っている間に、ソーンさんは私に背を向けて引き出しから小さな袋を取り出した。


「はい、これが代金!」


 カウンターに置かれたのは、私が持っている金貨より、ひと回り大きい金貨が一枚だった。私は査定については分からないので、金貨が違う事に疑問はあったけど、そのまま受け取ろうとした。


「金貨一枚で持つか、小金貨三枚にするか、なんなら銀貨と替えてやろうか?」

「今から仕事だから、これで良い」

「ああ、そっか。アタシとしたことが……! ゴメンね」

「いえ、そんな」


 私たちのやり取りに、ぬうっと師匠が顔を出してきた。文字通りに。


「ちょっとジイさん!」


 師匠の頭がいきなり近くに来て、ソーンさんは()け反った。師匠はそれを意に介さず、カウンターの硬貨を、目を皿のようにして見つめている。


(きん)じゃ……。金貨じゃ! そうじゃ、ワシはこれを求めておったのよ!」

「そりゃ、誰だってそうでしょうよ」

「違ぁう! ワシの呪文書じゃ! 質に入れたの忘れとったわ」

「アンタねぇ……」


 ソーンさんも呆れ顔だ。

 私は師匠にいくら必要なのか聞いてみた。もしかしたら、まだ質屋さんにあるかもしれないし。


「大金貨四枚じゃ!」

「小金貨にすると……?」

「二十枚だね」


 ソーンさんが疑問に答えてくれた。でも、これじゃあ……


「お手上げだね!」


 私の元々持っていた小金貨と合わせても六枚にしかならないので、地道に稼いで貯めるしかない。宿は明日まで使わせてもらえるけれど、その次からはお金を払わないといけない。師匠は「金策を考えるんじゃ~」と騒いでいたけれど、それよりもまずは今日の仕事だと思う。だって、これまでのお給料は、半金すでに支払われているのだ。


「金策ったって、当てもないクセに」

「ふーむ。そうじゃの。何か売れるもんでもあればの……」


 師匠のずだ袋の中身は欠けた盃だけだもんね。私の持ち物だって、切れ味の良いナイフくらいだし、これは手放したくないなぁ。だって、これって実はすごい業物なんでしょ?


「よしよし、下水道での掘り出し物に賭けるとでもしよう。でなけりゃ、アレじゃ、歌でも楽でもやるとするわい。ひ、ひ、ひ」


 私はソーンさんと二人顔を見合わせた。師匠、歌とか歌えるの?


「まぁ、とにかく鼠退治、頼むわよ。あ、火気はあんまり……」

「心配するない。わしの【雷撃(ショック)】は火花は散らん。狩って狩って狩りまくるぞい」

「いいなぁ、魔法……」

「よしよし、いいもんやるから、いじけるな」

「?」


 師匠がくれた「いいもん」とは、三フィートちょっとの棒だった。私のナイフを括り付けて、縄がすぐに外れないようにかわをすり込んでもらう。こういう作業って、職人さんの仕事だと思ったけど、ソーンさんの部下だという小父さんが全部やってくれた。


「すまんが手間賃は仕事が終わってからで頼む」

「仕方ねぇな。おい、ちび、死ぬなよ」

「……はい!」

「下水道でガキが死ぬのは大体、滑って水に落ちたり、転んで頭をやっちまう時だ。歩きにくくても縄巻いていけや」

「はい!」


 つるつるの頭に鮮やかな梔子(くちなし)色の組み紐を巻いた小父さんは、言葉遣いは乱暴で怖そうだったけれど、優しく縄を締めてくれた。






 地下下水道の大掃除はデルタナの街の大掛かりな仕事だそうだ。全ての下水への放流を止め、代わりに街の外にある源泉からの湯を、湯屋に貯めずに流し込む。溜まった汚れを落とすだけでなく、地下に棲み着く獣や虫を払うのだという。水の豊かなデルタナだからこそ出来ることなのだと、大人たちは口々に言い、誇らしげだった。


 その栄誉ある仕事だけれど、今日は参加したら誰でも、成果に関係なくお金が貰えるので特にこどもが多かった。私より小さなこどもたち。

 彼らは鼠と戦えるのだろうか? 抱えたら持て余しそうな大きさの鼠だ。体長にして、私の持つ即席の槍くらいある。


 逆に、こどもや探索者(シーカー)たちばかりで、騎士や他の公民の姿が見えないのが不思議だった。真に栄誉のある仕事なら、もっと人が集まってもおかしくないのじゃないかしら。


 ソーンさんにそう言うと、「そうだね」と髪の毛をくしゃくしゃに掻き混ぜられた。うぅ、絡まっちゃうよ。


「そう思ってくれる奴等が貴族にもたくさん居れば、世の中もう少し良くなるんだろうけどさ。アタシもここまで落ちてきて、戻れなくなってから気付いたんだよね……。

 アンタが何でこんな所まで来たのかは聞かないけどさ、マトモな奴ほど上には居られないんだよな」

「……よく分からない」

「分かんなくていいよ」


 見上げたソーンさんの顔は、ここではないどこか遠くを見ていて、何だか寂しそうだった。


「さってと、アタシも支度してくるかね!」

「うん……」

「手伝ってくれる?」

「あ、槍の練習しなくちゃ。やったことないから。鼠をね、突くために」

「ははは。じゃあ頑張んな」

「はい……じゃなくて。うん」

「よろしい」


 ソーンさんと小父さんたちは奥の部屋で鎧を着けるらしい。手持ち無沙汰の子どもたちの間を縫って、私と師匠は表に出た。


「よしよし、見てやろ。しかし石畳に当てぬよう気を付けろよぅ」

「うん」

「当たりが悪いと欠けるぞぃ。路がな」


 あ、欠けるのそっちなんだ。

 現在の所持金:6小金貨 2銀貨 3枚の四分銀貨

 道のりは遠い…。


 お読みくださりありがとうございます。明日も更新します。

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