いざ、戦いに備えて
シトーを癒したと思ったら、乱暴に部屋を連れ出された。睨みつけてくる聖堂騎士たちの視線に晒され、居心地の悪さを覚える暇もなく、またしても拘束具を腕に嵌められて適当な部屋へ放り込まれた。フィーとサムが抗議してくれている声がするけれど、男たちの怒号もすごい。
「魔女め!」
「おい、よせ。やめろ」
聖堂騎士たちの態度は攻撃的で冷たかった。僕に暴力を振るおうとする若い聖堂騎士を、周りの人間が抑えるようにして連れて行く。ガタンと閉められた戸はすぐに錠が下りた。
(どうして……?)
どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか、全くわからなかった。僕はシトーを救ったのに。ちゃんと意識を取り戻して、言葉だって……。それなのに僕はやっぱり魔女扱い。絵物語に出てくるおばあさん魔女よりも、もっと不埒で邪悪な存在だと思われているんだ。そのことがひどく悲しくて、心細くて、寝台に丸まってちょっとだけ泣いた。
そしてどうやらそのまま寝てしまったらしい。物音に飛び起きると、戸が開いてフィーとニールが顔を覗かせた。室内は薄暗く、日が傾いているのが見て取れた。
「起こしちゃったかしら?」
「……ううん、いいんだ。本当は寝るつもりじゃなかった」
明かりを持って入ってきた三人は、狭い部屋の中に一脚だけある椅子をフィーに譲り、サムは立って、ニールは僕の隣に腰かけた。
「ジョー……髪、切っちまったのか?」
「うん。邪魔になるから」
「そっか……。それで、なんで男の格好なんだよ」
「……どうして女の格好しなくちゃならないの?」
僕が聞き返すと、ニールは唇を尖らせてもごもご言った。はっきりしない態度に、僕は眉をしかめた。大の男が気持ち悪い……。サムが笑って言った。
「まぁ、ジョーは可愛いから、女の子の格好でいると悪い奴が寄ってくるかもな」
「ええっ!?」
「………………」
ニール……ちょっと、驚きすぎじゃないか?
「あっ、いや、可愛いよな、うん。よく見ると可愛いよ、お前」
「よくよく見ないと可愛くないんだよね。知ってた」
「へ? あっ、そういう意味じゃ……」
「いい。よく言われる」
「ジョー? あのさ、俺はお前のこと、ちゃんと可愛いって思ってるぞ。そりゃ、ずっと一緒にいて気がつかないとか、アホにも程があるけどよ……」
「いいって。そういうの、逆に傷つくから」
「えっ、うーん……」
大きな身振り手振りで弁解するニールの顔を見たくなくて、僕は立ち上がって背を向けた。面白くない。すごく面白くない! そりゃあ、今まで女だということを黙ってきたし、いきなり女の子扱いは求めていないさ。…………おっぱいも、小さいし。
でも、面と向かってあんなこと、さすがに胸が痛む。泣いてしまわないようにするだけで精一杯だ。
「あれ、でも俺、お前の裸見たことあったよな?」
「…………上だけね」
「あ、そっか。見事にまっ平らだったから…………あっ」
「もういい。ニールの馬鹿!」
「あっ、あ~、う~……」
もう知らない!
ニールのスケベ! 巨乳好き! せいぜい困っているといい!
フィーとサムが笑いを堪えているのが分かる。いっそ笑ってくれればいいのにと思わなくもない。フィーがお茶を淹れてくると言って席を立つと、サムもそれを追いかけた。この気まずいのに、ニールと二人きりにするなんて……。フィーって実は意地悪?
「ジョー。ごめんな」
「……もう、いいってば」
「なぁ、こっち向けよ」
「…………」
体が成長して背が伸びたのに、それでも僕の方がまだ頭ひとつ低い。正面に立たれるとちょうど真ん前にニールの喉仏が見えた。
「ジョー……」
「…………」
「俺、お前に言わないといけないことが……」
真剣な声に不覚にも、きゅうっと胸が締め付けられた。その苦しさに喘いでしまう。ニールのことだ、きっと何でもないことに違いないのに……。
そこへ、ドタドタと音を立てて、聖堂騎士たちがやってきた。合図もなしにいきなり戸を開けて、棒を突きつけてくる。ニールがさっと僕を背中に隠してくれた。
「“魔女”を地下牢へ引っ立てろ! 堂主様の名において、明朝、お前は勇者殿に引き渡される。大人しく鎖に繋がれろ!」
「やめろ、何なんだお前ら!」
「抵抗する気か!?」
五人の聖堂騎士たちは、武装もしていないニールを棒で取り押さえようとした。……術は使えなくても、僕もニールも探索者の端くれだ、狭い室内でなら勝負のやりようもある。と、乱闘に備えていた僕の耳に陶磁器が割れる音が聞こえた。
「何の騒ぎなの?」
「魔導師殿、邪魔立てはよしてください」
「下がりなさい。レムに話は通っているの? 勝手に地下牢に入れて、その首が飛んでも知りませんよ」
「ぐっ……」
フィーが一喝すると、隊長らしい男は苦虫を噛み潰したような顔をして、部下を連れて下がっていった。フィーが僕を抱きしめて言う。
「怖がらないで、ジョー。考えようによっては、これは好機かもしれないわ。貴女ひとりで行かせるもんですか」
「あ…………」
言われて初めて、僕は自分がロランに引き渡されるのだということに思い至ったのだった。
(勇者……。そうか、あのロランが、僕が捜し求めていた勇者だったのか……)
なんて皮肉だろう、魔王を倒し世を救ってくれる勇者は、僕だけは生かしておくつもりはないのだ。痛めつけて、辱めて、僕が無残な死に方で終わりを迎えることを望んでいる。気がついてしまえば、怖くて仕方がなくなった。フィーの柔らかなドレスに顔を埋め、みっともなく泣き出してしまった。カダルの屋敷で痛めつけられたときの記憶が、蓋をしたはずの場所から溢れてきそうで、ぎゅっと目をつむった。
「安心しろ、おれたちがいる」
「そうそう、ロランだかアディだか知らねぇが、ちゃんと守ってやるよ! あ、そういや向こうにも仲間がいたなぁ」
「へぇ、聞かせてくれ」
「ちょっと、なに勝手に作戦会議してるの。私も混ぜてちょうだいよ」
ニールの言葉にサムが乗って、二人で話し出そうとしていたところにフィーが絡む。なぜだろう、あんなに苦しかった閉塞感が消えて、いつもの“庭”での活気が思い出される。
「あ……」
「ジョー、お前も、知ってること全部話せ。明日の朝、全部に決着つけんぞ!」
「その後は魔王退治も残ってるわ。忙しくなるわね~」
「任せろ。今度こそ、足手まといにはならない」
「あ、ありがとう……。僕なんかの、ために……」
ニールはきょとんとした顔になって、それから意地悪そうに、歯をむき出しにして笑った。
「馬鹿! なんかじゃねえだろ。仲間なんだ、当たり前だ!」
そう言って、僕の髪の毛をくしゃくしゃにした。
その後、やってきたレムの提案で、地下牢じゃなくフィーの私室で眠ることを許された。そこで拘束の腕輪はいったん外されて、ようやく深呼吸できたような気持ちになる。フィーの寝室はとても大きい寝台がひとつきりで、床は毛足の長い敷物に覆われていた。勧められるままに同じく毛皮の室内靴を履いて、茶卓で温かいお茶をもらった。
(おかしい……サムと一緒の部屋って聞いてたのに……。まさか……)
もうずっと昔に思えるけど、フィーが没入からなかなか帰ってこなかったとき、目が覚めたフィーをサムが抱きしめて、親密そうに額を合わせていたっけ。
「あの……、僕がここにきて本当に良かったの? サムは……」
「サムならどこででも寝られるわ。いつも床に寝てるもの」
「なにそれひどい」
「ふふっ。とにかく、今日はゆっくりお休みなさい。ああ、でも……寝ぼけて暴走しないように、この腕輪は着けておいてね」
「……わかった」
柔らかな寝具の中、フィーは僕を抱いてくれた。こんな風にひとの温かさに触れるなんて、久しぶりだ。それも、女のひとにこうしてもらえるなんて。デルタナでお世話になったお姉さんも、一緒に寝たりはしなかったもの。
(フィーのおっぱい、大きい……。それにすごくいい匂いがする……)
「ジョー? 今すぐ嗅ぐのをやめないと、放り出すわよ?」
「……ごめんなさい」
怒られた。でも、明日、絶対にニールに自慢してやろうと思った。
 




