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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第四章 『愉快な道連れの最期は決まっている』
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暴走

 すぐに着替えが運ばれてきたんだけれど、驚いたことに女物の衣服と靴だった。取り替えてくれるようお願いしたのに、聞いてもらえずに着せ替えられた。長すぎる髪の毛もくるくると編みこまれて高く結い上げられてしまった。僕は様子を見に来たレムに抗議した。


「……すぐに、取り替えて」

「こりゃ驚いた。素敵な淑女だねぇ。化粧もさせようか?」

「いらない!」


 睨みつけると、レムは笑って片手を差し出してきた。戸惑っていると手を出すように言われる。レムは細い輪っかを持っている。


「それは……?」

「うん、魔力の流れを断ち切って強制的に術を使えなくする拘束具だね。この部屋を出る以上は付けてもらわないと困る」

「………………」


 僕の意識はその細い輪っかに痛いほど引きつけられた。レムが続けて何か言っているのも、ほとんど聞き取れなかった。大罪人だとか、縛り首だとか、容疑がかけられているってどういうことなのか良くわからない……。息が苦しくなって、床がぐにゃぐにゃ揺れて、頭の芯の方が痺れるような、ふわふわするような、変な感じがする……。


(あれは……嫌だな。あの輪っか、嫌いだ。だって、だって……あれが……首に……ロランが……)


 嵌まった首輪を取ろうとして僕は首を引っ掻いた。取れないと困るんだ。僕は強くいなくちゃいけないのに、首輪があると、術が使えなくなっちゃう。そうしたら僕はまた、無価値になっちゃう。無力な、ただの……


「大丈夫かい? ジョー? いや、リリアンヌ?」

「っ!?」


 僕の腕を掴む大きな手。覗き込んでくる男の顔。僕が思い出せるのはそれだけだった。






 レイモンの声がした。私を呼んでいる。


「リリアンヌ、ここにいたの? 探したよ!」

「ごめんなさい……」


 私をここに閉じ込めたのはレイモンだというのに、彼は私を軽く責めるように言って、仕方ないなぁと笑った。逆光になってその顔はよく見えなかった。


「こっちを見るな、下を向け。その醜い瞳は好きじゃない」

「ごめんなさい、レイ」

「……わかってるなら、いいんだよ。おいで、僕の可愛いリリアンヌ。髪を梳かしてリボンを結んであげる」


 そう言ってレイモンは私を抱きしめた。






 言い争う声に目が覚めた。ひどく懐かしい夢を見ていた気がする。誰かが私を抱きしめている。それがとても心地よかった。


「いくら魔導師(マギ)殿と言えど、魔女を庇い立てするなら我々も容赦はしませんよ?」

「こうなったのは貴方が無理強いしたせいではないの!! ジョーを火炙りになんかさせないわ!」

「だが、実際に勇者殿は宝珠を持っていなかった。ジョーでもリリアンヌでも、どっちでも構わない。その子どもが隠したのは間違いないんです。さあ、こちらに」

「いいえ!!」


 男の声と女の声が、激しく敵意をぶつけ合っている……。今、誰かが私の名を呼んだ? リリアンヌ……リリィ? 頭がボーっとする。額に手をやろうとして、それが血塗れであることに気がついた。見下ろした体も、白いドレスが赤に染まっている。


「あ……あ、あ……いや……! いやぁあああ!!」


 誰かの悲鳴が遠くで聞こえていた。私はただ、騒音が止むのをじっと待つだけ。そう、いつものように。目を閉じて。耳を塞いで。


 けれど、そうはならなかった。頬を叩かれ、揺さぶられて、私は目を開けてしまった。私を覗きこんでいたのは、まだ男の子と言っていいほど若い男のひとだった。


「ジョー、ジョー。しっかりしろ、落ち着け。どこも怪我してないだろ? 痛くないだろ? もう大丈夫だから……」

「あ……う……?」

「俺のことわかるか?」

「ニール……」


 そうだ、僕の名は、ジョーだ。師匠がくれた、大切な名前だ。


「僕、どうして……? 部屋がすごく……ボロボロだ」

「はっ! お前がやったことだぞ、覚えがないとでも言うつもりか、魔女めが!」

「レム……?」


 顔を見る度に胡散臭いくらい柔和な笑みを浮かべていたレムが、抜き身の剣を僕に突きつけて冷笑している。そのあまりの変化に、そしてかけられた言葉の意味に愕然としてしまった。


 よく見ればレムの服は剣でも受けたのか裂けている箇所がいくつもあり、傷こそないものの血が付いていた。ゆっくり辺りを見回すと、フィーやサム、ニールもひと戦闘やらかした後のような有り様だった。


「まさか、僕、が……?」


 すぐ側で僕を支えてくれていたニールを見る。否定してほしかった。けれど、彼は真摯で優しい笑みを浮かべて頷くと、僕の手首を持ち上げて腕に嵌まった輪っかを見せた。


「もう、大丈夫だ。これがあれば、どんなに叫んだって暴走しないから……」

「やだ……これ、やだ! とって!」

「落ち着け……。今のお前は色々なことがありすぎて、ちょっと怖くなっちまってるだけなんだ。だから、ちゃんと話せるようになったら、外してもらえるから……」

「そんなの嘘だ!」

「嘘じゃない、俺が外してやる」

「……ニール」

「やれるな、ジョー? 今までだって、お前はちゃんとやれてきたろ? あの宝珠、取り戻そうぜ。お前が隠したんじゃないこと、きっちり説明してやれ。嫌だろうけど、話し合わねぇと大変なことになっちまう……」

「僕、僕……」

「俺がついててやる」

「あ……」

「俺たち、仲間だろ? お前は誰だ? デルタナの探索者だろうが。兄貴の顔に泥を塗るな、自分の足で立て」

「……わかった。ありがとう、ニール」


 僕は呼吸を落ち着け、立ち上がった。少しふらついたけれど、ニールが腕を貸してくれた。レムは冷たい目で、サムとフィーは冷静に僕の言葉を待っている。


「あの……ごめんなさい。許してほしい……こんなこと、するつもりはなかった。何も覚えていないけど、本当にごめんなさい。きちんと話を、させてほしい。どういう状況か、教えて、ください……」


 レムは無感情に僕を見ると、一歩距離を詰めてきた。サムがすかさず僕と彼の間に体を入れた。僕はあわてて下がった。二人は今にも鼻同士がくっつきそうな距離で睨み合っている。


「生憎と、魔女の言葉なぞ耳に入れるつもりはない」

「魔女……?」

「こっちに来るんだ、小さいの」


 レムは僕に向かって言った。……“小さいの”?


「させないと言ったはずよ。替えの服と食事を用意してちょうだい。彼女に事情を説明して、それから堂主様に会いに行くわ。彼女は“心臓”に火を灯したの、彼女こそが魔王を倒して、凍土の拡大を止めるのよ」

「………………」


 フィーは僕の前に膝をついて、僕の両腕を掴んだ。僕を見詰めるその目を見たくなくて視線を外した。


「できるわね、ジョー?」

「でも、でも僕……自信がない……」

「大丈夫、私が導くわ。ね? 私を信じて」

「……フィー、痛い」

「あら、ごめんなさい!」


 フィーの細い指が僕の腕に食い込んでいた。解放された僕は思わず腕をさすった。いつの間にか僕の後ろに立っていたニールが、ぼそりとつぶやく。


「……嫌ならそう言えよ。無理する必要ねぇぞ」

「ニール!」


 フィーの叱責が飛ぶ。ニールは舌打ちして部屋の出口に向かった。


「ニール……」

「飯、食わせてもらえよな。説明ってヤツは俺には向かねぇから、時間潰してくるわ」

「戻ってくるよね……?」

「あったり前だろ! ま、俺にもやることがある。後でな、ジョー」

「うん……」


 ニールは背嚢を揺らして行ってしまった。不安で胸が痛くなる。フィーは優しく微笑んでくれるけれど、それが何だか、怖かった……。

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