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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第四章 『愉快な道連れの最期は決まっている』
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間章

 ネルは戸惑っていた。勇者アディと言えば、聖火国を救った英雄でありながら謙虚にも名声を望まず、そっと姿を消したのではなかったか、と彼女は目の前の美男子に見惚れながらぼんやり考えていた。それは古い情報で、突如として帰還した英雄と少女誘拐事件の解決について巷は持ちきりなのであるが、ネルはそれを知らなかった。


「なぁ、頼むよ。ひと目見るだけでもいいんだ」


 黒髪に黒い瞳の英雄は、柔らかな笑みを浮かべた。押しつけがましくなく、それでいて譲るつもりのない自信に満ちた声色で語られると、つい、承諾してしまいそうになる。受け入れてしまいそうになる。彼は誘拐され、地下で拷問を受けていた少女を個人的に知っていると言うのだ。王都があんな状態になり、身寄りのなくなってしまった彼女を引き取って保護したいという申し出は、通常ならばすぐにでも聞き入れられただろう。


 だが、どんなに心動かされる話だとしてもこの件に関してだけは別だった。絶対に叛いてはならない、堂主じきじきの命令書が下ってきているのだ。ネルは緩む頬を引き締めて、努めて厳しい声を出した。


「ごめんなさい、規則なの……。この女の子がどこの誰なのか、名前はなんなのか、調べることも禁止されているのよ。おかしいでしょう? それに、ずっと眠らせておくために一刻ごとに術をかけているの。すごく暴れるんですって……。事件のこともまだ聞けていないのにって、聖堂騎士たちも手を焼いてるわ。

 そのリリアンヌちゃん、本当に可哀想。堂主様のご命令だから、いくら貴方と言っても彼女を引き取るのは、今すぐには無理なんじゃないかしら」

「そう、か……。悪いね、無理を言った」

「そんな……! 私はいいんです、お役に立てなくって本当に申し訳ないくらいで……」


 ネルは顔の前で小さく手を振った。もしかしたらアディが食事にでも誘ってくれるのではないかと期待したが、そういうことは一切なく、彼はそのまま背を向けて行ってしまった。ネルとしてはがっかりである。こうして彼女は短い時間でほとんどすべての情報を部外者に漏らしてしまったわけだが、これについて反省するどころか、何が悪かったのかすら気がつくことはなかった。






 ロランはうすら馬鹿に背を向けると、ニヤリと笑った。ネルと名乗った女のおかげで、色んなことが分かった。まず、シトーと呼ばれていた聖堂騎士を襲って致命的な傷を作ったのが自分だとバレていないこと。次に、リリアンヌが拘束されていること。そして、この拘束は異常な対応だということだ。


 成り行きで幼女を救出した後、はからずも一度はリリアンヌを手にしたロランだったが、惜しいところで邪魔が入った。しかも左腕を失いかけた。その屈辱を思うと今でも手当たりしだい殺したくなってしまうが、シトーが床の上に這いつくばる姿を思い出して耐えることにしているのだった。それに、切り落とされたロランの腕は、痕こそ残ったもののきちんとくっついて動いている。引き換えあの男はと言えば、気の流れる(みち)をぐちゃぐちゃにされ、そう長くは保たないだろう。


 愉快なのはそれだけではない。あれだけ探し回って見つからなかった宝石が、すでに持っているものと寸分違わぬアダマンタイトが手に入ったのだ。ひどくあっさりと、リリアンヌと一緒にロランのところへ転がり込んできたのだ。これで更なる力を手に入れた彼には怖いものはなかった。


 大聖堂がリリアンヌを保護しているのか監禁しているのか、それはわからない。だが、彼らの存在がロランにとって邪魔だということだけは確かだった。どうやってリリアンヌを奪還したものか……。


 噂によれば賢人オリクはこの地を離れ、氷原でひとり祈りを捧げていると聞く。ならばあの紅玉も彼と一緒だろう。アダマンタイトを取引の材料として出せば、最小の労力でリリアンヌを自分の物にできるのではないかとロランは考えた。


(ああ、早くあの小さな口に、アイツ自身の腹から引き吊りだした小腸を咥えさせてやりたいなぁ……。四肢を落とした後で玩具にしてやるのもいい……)


 想像したリリアンヌの泣き顔にひとり悦に入り、ロランは笑った。そしてやはりアダマンタイトと交換するのは惜しいと思った。どちらもロランの物なのだ、聖堂教会こそが、ロランのために喜んで差し出してくるのが本来なのだ。


「いっそ国ごと焼き尽くすか。いや、そりゃ、面倒だなぁ……」

 

 そう、冗談のように呟くと、ロランは足早に宿に向かった。ガストンが手配した高級宿はさながら聖火国の中の外国(とつくに)、マイヤール貴族たちの議場だった。本国での再建に汗を流す者もいれば、こうして安全な場所にいてハコが出来上がってから口を出す奴等もいるということだ。それも他人のパイに指を突っ込む順番を決めるために非生産的な口撃(こうげき)に時間を費やしている、極めつけの馬鹿たちである。ロランは最初から理解するのを放棄している。


 それでもここを離れられないのは、彼らが、ひいてはガストンが「勇者アディ」を必要としているからだ。この、脳ミソの代わりにジャムが詰まった奴等は、勇者を旗頭に廃墟になったマイヤールへ繰り出し、再建された城をいただこうとしているのである。


 ロランとしても祭り上げられることに異論はない。王になれば酒も女も好き放題やれるし、何より働く必要が全くない。ガストンに任せておけば上手くやるだろう。あの(やかま)しい黒ツグミ共の中でマトモな頭をしているのはガストンだけだ。今までもこれからもガストンがいれば悪いようにはならない。


 ただ、ひとつ難点があるとすれば口煩いところだ。やれ服装に注意しろだとか、女遊びは控えろだとか、果ては食事中の足の置き所にまで……。今だって勇者とあろう者がこそこそと裏口から宿に入っているのは、だらけた服装で黙って出てきてしまったからである。ガストンに何か言われる前に着替えておこうと部屋に戻ったロランは、場違いな場面に出くわすことになる。


「……ロラン、聖堂騎士たちが話があるそうだぞ。先日のカダルの屋敷での一件を覚えているか?」

「ああ。もちろん」


 厳しい表情のガストンに答える。ガストンは部屋の中央で手を後ろで組み、足に力を入れている。相当苛ついているようだった。彼の前には銀鼠のマントを着けた聖堂騎士と、その後ろに五人二列の聖堂騎士たち。帯剣はしていないがこの人数は充分に物々しさを醸し出している。おかげで部屋の隅に佇むアレクスとダンは冷たい殺気を放っている始末だ。


「で? 誘拐犯を殺した罪でオレを捕まえるのか?」

「いや……あの屋敷から無くなっているものがありまして、何か手違いがあったのではないかと聞きに来た次第です」

「……お前は、誰だ?」

「これは失礼しました。わたしの名はシトー。レムと呼ばれることの方が多いですが……どちらでもお好きにお呼びください」

「…………。よろしく、レム。オレはアディ、勇者として堂主に認められている。そのオレをこそ泥扱いするとは、確かな証拠があってのことか? もし間違いだった場合、どう責任を取る?」

「…………」


 シトーの名が出たとき、ロランは一瞬だが動揺した。レムの目はきっとそれを見逃さなかっただろう。ロランは失態を取り繕おうと言い募ったが、喋っている途中で気持ちを落ち着けることに成功していた。


「と、まあ、こう言って追い返すこともできる。ただ、オレとしても泥棒だと思われたままじゃ気分が悪い。好きに探してくれ。この宿も、荷物も、オレの身に付けているものも全部だ」

「……よろしいので?」

「ああ、そうだ。なぁ、ガストン?」

「そうだ。もちろん仲間の荷物も、全部だぞ。よく探せ、何を探しているか知らんがな!」

「探しているのは、これくらいの大きさの、透明な珠です。光を放っているかもしれないし、輝きは失われたままかもしれませんが、それは聖火の宝でしてね。持ち出されては困るものなのですよ」

「へぇ。そりゃ、これに似てる物かもな……?」


 ロランが懐から取り出した宝珠に、レムをはじめ聖堂騎士たちは色めきだった。ロランはそれを手で制し、金の鎖と珠を抱きこめた金細工の檻をレムの目前で揺らした。


「よく見ろよ、聖堂騎士。これはオレがもともと持っていたものだ。ここに紋章がある、これはアルファラ太守の家紋だ。オレが彼から譲り受けた。ちゃんと証書もあるぜ……ほら。誰かの見間違い、かもな。よく探せよ……」

「失礼しました、勇者殿。この宿を封鎖し、捜索する許可をいただけましたこと、ありがたく存じます。窮屈な思いをさせてしまい申し訳ありませんが、最大限の便宜をはからせていただきます」


 レムは大仰に、優雅に一礼した。そして部下に命令を下し、部屋の中の徹底的な捜査を始めたのだった。そんなレムに、ロランは楽しげに声をかける。


「もし、どこからも宝珠が見つからなかったとして、謝罪はいい。だがひとつ、聖堂の堂主様にいただきたいものがあるんだよな……。なに、大したものじゃない、少女をひとり、こっちに渡してもらいたいだけだ……」


 ロランは人好きのする魅力的な笑顔でそう言った。

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