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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第四章 『愉快な道連れの最期は決まっている』
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羽化のとき 上

 リリアンヌが私を頼らず、大聖堂に行ったことを恨んだりはしなかった。怒ってもいない。だって、あの娘はいつだって、間違った道にはまりこんでしまうんだもの。傷ついて帰ってきた彼女を、私が優しく包み込んで、甘やかして、信頼が得られればそれで良かった。リリアンヌが傷つけば傷つくほど、私の目的に近づくんだもの、むしろ好都合だった。


(それにしても、この荒れようは……いったい何が起こったんでしょうねぇ)


 想像するだけで楽しくって仕方がない。いつもはほの暗い空間に雷のような光が明滅し、風は吹きすさび水を跳ね上げている。リリアンヌの嘆きの声はごうごうと鳴る嵐に紛れてよく聞こえない。こどもの癇癪にしてはいささか度が過ぎている。


(暴れてもいいんですよ、リリアンヌ。好きなようになさい。そして、その怒りをすべて出し切ったなら、泣く貴女を……くふふ……!)


 ところが、私が相手にされない悲しみを妄想で癒している間に、リリアンヌは急に糸の切れた操り人形のように動かなくなってしまった。パシャンと水音を立てて倒れ伏す白い肢体を細い金の髪が薄布のように覆っていた。


『リリアンヌ? 大丈夫ですか?』


 あくまで優しく声をかける。ここで焦ったり、彼女のあまりの愚かしさに苛立ったりしてはいけない。釣りは辛抱強く行うものだ。仕掛けにかかるのを待つ、それもまた醍醐味……。そう思わなければやってられないのだけれど。


『ねぇ、リリ……?』


 瞬間、怒りで沸騰しそうになった。リリアンヌから漂う(アーツ)の匂い……彼女は疲れ果てて倒れたのではなく、「外」の人間の手で強制的に眠らされていたのだった。


『あの……ゴミ共がぁ……っ!』


 私の物にこんなことをして、ただでは済まさない。リリアンヌの体を手に入れたら、必ずこの国を焼き尽くしてやる! ああ、全く、こんなことされたんじゃ、リリアンヌは眠り続けて、私の声が届かないじゃないか!!


 それからも術が切れる度、ひどいときはまだ眠っている状態のときからさらに術を重ねられ、私がリリアンヌと話をすることはできなかった。術が効いているうちは声をかけても反応がなく、その効果がなくなると泣きわめき続けるリリアンヌ。途切れ途切れの情報から推理した出来事は私を驚かせた。


 信じられない…。

 たった、たった小さなゴミがひとつこの世から消えただけだというのに。確かに金髪幼女は惜しかった。けれど、それが何だと言うのだろう。私にはこの矮小な人間の考えが全く理解できない。ただ、これが好機なのだとは分かった。


 それから機を狙ってはみたものの、リリアンヌは眠ったまま水を与えられ、体を拭かれるだけ。腹立たしいこと極まりないけれど、私の声が届く人間は限られているし、届いたとして私を傷つけるような者であっては困る。そうしてもどかしい時間を過ごし、ようやく巡ってきた機会を私は逃がさなかった。


『ああ、リリアンヌ! 可哀想に! 辛かったでしょうね!!』

「………………」

『私がついていれば、貴女にこんな思いはさせなかったのに! 悔しいでしょうね、あの男が憎いでしょうね。ああ、可哀想に、こんなに傷ついて……!』

「…………あ」

『怖かったでしょう? もう大丈夫ですからね。私が側に、ずっと側にいてあげますよ』


 リリアンヌは虚ろな瞳からひと粒、涙をこぼしてしくしくと泣き始めた。それでも彼女は自分の身に起こったことよりも、あのよく知りもしないこどもの悲劇を嘆いていた。己の身だけしか抱きしめるもののない、どこにも寄る辺がない少女が、その傷つきやすい心を花びらのように開いて私の慰めを求めている。本当に、うっとりするような光景だった。泣きたいだけ泣かせてやり、私はリリアンヌの言葉を待った。


「D……ディーヴル、お願い……。イレーヌを助けて。Dの魔法で生き返らせて……。できるでしょう? ねぇ!」

『ああ、ああ……貴女はそれがどんなに困難かわかっていないのです、リリアンヌ……』


 憐れな生贄(リリアンヌ)に精一杯の優しさをもって私は声をかけた。ああ、本当に憐れ……だって、そんなの不可能なんですもの! できることは、精々が泥人形を創り出して宛がってやることくらい。でも、それもいいでしょう。だって、お人形遊びが大好きなんですものね!


「お願い! 代償のことはわかってる。何がほしい? 宝石でも何でも、何とかして用意するから……」

『命ですよ』

「えっ?」


 私が不可能だと言わなかったことで、リリアンヌは願いが叶うと早合点したようだ。その嬉しそうな表情が私の返事に凍りつく。その絶望の滲んだ青白い(かんばせ)が愛おしい……。


『命の(あがな)いは、命でしてもらわなければ。そうですね……無垢な命がいいです。一番ほしいのは、母親の胎から引き吊り出した赤ん坊ですね』

「ちょっと……、ちょっと待って」

『もちろん、それが難しいなら産まれたあとの赤ん坊でもいいですよ。拐ってきてください。良心が咎めるなら買ってもいいですしね。金貨が十枚ほどあれば充分……』

「待ってって言ってるだろ!?」


 リリアンヌは怒りに顔を真っ青にして叫んだ。見開かれた黒い目に憎悪が満ちる。私は嬉しくて嬉しくて、舌なめずりしながら彼女の次の言葉を待った。


「僕は、代償を支払うとは言ったけど、こんなこと聞いてない! 他にも方法があるはずだ!」

『なら、貴女に何が支払えるというんです? その体はすでに私に明け渡すと約束しているのに』

「それは……」

『貴女にはもう何も残っていないんですよ、リリアンヌ。差し出せるものはその身ひとつ。その瞳も声も、私の質草なんですからね。貴女には犠牲にするべき社会的地位も、美しい髪の毛も、肉親すら残っていない! なぁに、我が身可愛さに赤ん坊を差し出す母親はいくらでもいます。なんたってまた作ればいいんですから。子どもは財産、牛や豚も同じですよ!! きひひひひ!』

「D!!」

『べつに、貴女の仔でもいいんですよ?』

「………………」

『どうしましょうか? 何もかも破棄して、新しく契約しますか。今すぐに貴女のすべてをください。そうすれば、イレーヌの魂に新しい器を用意してあげましょう。それとも、やっぱり赤ん坊を……』

「嫌だよ! 僕にはそんなこと、できない」

『どうして? だって他人を利用した方が傷つかずにすむんですよ?』

「やめて。……D、お願い……僕のことは、好きにしていいから……、だから、お願い……。誰かを殺すのは嫌だ……!」

『うふふ、可愛い。どうしてそんなに気にかけるんです? 人間なんて大半が無価値でくず石なのに。イレーヌを殺したんですよ。誰もが見ない振りして、彼女が死ぬのを手助けしてた』

「そんなこと言わないでよ! ……Dなんか嫌いだ! みんなみんな、大嫌いだ!」


 ああっ、可愛いリリアンヌ。貴女の魂はもうボロボロ。もうひと押し、もうひと押しで手に入る……!!


「もう、もう嫌だよ! 僕はもう、生きていたくない……。契約する。僕を消して。D……」

『ええ! ええ、もちろんですとも!!』


 悦びの絶頂。

 私が彼女に手を伸ばしかけたとき、急な揺れが私たちを襲った。傾ぐ視界。私は本が叩き落とされたのだと知った。


『やっぱりお前かぁぁ! この、猿がぁっ!!』


 いつの間に近寄っていたのか、手癖の悪さだけは一流の薄汚い雄餓鬼が、素手で私を払いのけやがった。嫌悪感に虫酸が走る。自慰行為に耽ったその汚ならしい手で私に触るんじゃねぇよ、下等生物が!!


『ぶっ殺す!』

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