狂宴 下
本日は二話続けて更新しております。話数にご注意ください。読まずとも問題ありません。
・拷問描写注意
「ひどい……どうしてこんなこと……! こんな、惨いことが、できるの……どうしてイレーヌがこんな目に遭わなくちゃいけない!? …………うぅ」
口にすればするほど、その理不尽さに涙が出る。最初からあのお婆さんには嫌な感じがあった。僕がいない間になにかあったらと、どうして考えられなかったんだろう。僕のせいだ……。僕のせいでイレーヌは……。
「ひどいよ……」
「ハッ、どうしてって、そりゃ弱いからだろ。まあ、運が悪かったのかもなぁ」
事も無げにロランは言った。イレーヌが死んでしまったというのに、本当に、どうでも良さげで、まるで往来で泥を跳ねられた誰かに心ない慰めを言うときのように……。
「……どういう、意味?」
「あ?」
「ふざけるな!! これが運が悪かったとかで片づけられてたまるか! ひとが死んでるんだ! その理由が弱いせいだからとか、そんなの、そんなのって……!」
「ハッ、馬鹿か。所詮、この世の中は強い奴等がやりやすいように動いてんだよ。力がありゃ何だってできる。強けりゃ何したって許される! ……そういうモンだろ? 嫌ならお前も力を振るえよ! 殺すのが好きなヤツも盾突くヤツも、クズも乞食もみんなみんな、気に入らないヤツは殺せばいい。オレの理屈もオマエの理屈も同じだよ。好き勝手やって好き勝手死ぬ。サイコーだろ?」
「…………そんなの、望んでない」
「……誰かを傷つけてまで生きたくないってか? え、リリィ? 言っといてやるがそれは違う。オマエが嫌なのは誰かの不幸なんかじゃない、自分の手を汚すことだろ? 自分だけ綺麗でいられりゃ、他がどんなに汚れてようが気にならねぇんだろ?」
「ちがう……、違う!!」
「違わねーよ。ほしいモンがあるなら奪い取れよ。オマエ、横取りされてキレてるだけだろ? ん? オレが殺しちまって悪かったなぁ。オマエがあの婆ぁを殺すとこも見てみたかったよ、オマエがどんな顔して殺すのかさ」
ロランが嗤う。
僕の殺意も憎しみも、なにもかも見透かしたように。
僕は自分の手を汚す覚悟もできている。イレーヌが味わっただろう恐怖や痛みを、相手にも同じように返してやりたいと……。でも違う。そんなのだめだ。頭ではわかってる! でも、でも……! いや、憎しみに飲み込まれちゃだめなんだ。僕まで殺してしまったら、それじゃカダルと何が違うんだ……?
「……イレーヌ……イレーヌ! うっ、ううう……!」
「そんなに噛み締めるなよ。ほら、赤くなっちまってる」
「んん! んう……! や……!」
ロランが覆い被さってきたかと思うと、唇を吸われて舌が入り込んできた。必死で押し返すけれど、上手くいかない。這い回る舌を噛んでやると、逆に噛み返された。痛みと痺れたような感覚が襲いかかる。しょっぱさが溢れて、血の匂いに咳き込んでしまった。……舌はまだついている。噛まれただけだったみたいだ。
「あ……」
「もっと泣け、リリィ。はぁ、ようやく手に入れた。オレはずっと、この日を……! 望んで、望んで、望んで。おかしくなるくらいに。オマエをこの手で殺してやろうとなぁ、リリィ?
ああ、でも大丈夫だ。すぐには殺さねぇよ。お返し、しなくちゃいけねぇからな。さんざん犯してから、このナイフでオレと同じように目を抉って、それから生きたまま、八つ裂きに、してやる……!」
ロランは唇についていた僕と彼の血を、指の腹で拭うと嬉しそうに舌で舐め取った。とても愉快そうに笑いながら。そのロランの革ズボンの股間が膨らんでいることに気がついてしまった……。その瞬間、目の前が真っ暗になったように感じた。
ああ、ダメだ。
とても生きて帰れる気がしない……。
当たり前か、このひとは僕に復讐しに来たんだから。
僕が悪いのかな……。
あのとき、抵抗しなきゃよかったんだろうか。これは罰なのか。
僕は馬鹿だ。
ひとりでなんか、くるんじゃなかった……! せめて、悲鳴だけでも我慢して、こんなヤツが喜ぶような真似は……。
「おい。なにをひとりで勝手に終わったような顔してんだよ。まだまだほんの序の口じゃねぇか」
「っあ……? ああぁぁあっ!!」
左の太ももに軽い衝撃が、次いで我慢できない熱さが迸った。噛み合わない歯の間から悲鳴が上がる。
僕のナイフが、柄まで埋まっていた。
「このナイフ、前に見たのと少し変わっちゃいるが、刃ぁ自体は同じモンなんだろ? オレの目を抉ったヤツ、まだ使ってたんだなぁ。嬉しいぜ、リリィ」
「いやっ、いたい……ぬいてぇっ……!」
「暴れるなよ、下手に動くと死ぬぞ」
「ああっ!」
痛みから逃れようと頭を振り、体を反らす僕のぼんやりする頭に、優しい声がぬるりと入り込んでくる。
「まぁ、ヤってる最中に出血多量で死なれても困るからな、治してやってもいいぜ? オレって優しいよな」
「うっ、うっ……ふっ……」
「おい、寝るなよ」
「きゃああああっ!! やめて、さわらないでっ、あうぅっ…!」
「そうそう。こういうのは性交と同じ、声を出してかねぇと、楽しめねぇだろ? もっと泣いてみせろよ……!」
首輪が圧迫されて喉に食い込む鈍い痛みに、勝手に涙がこぼれた。もう、何もかもどうでもよくって、体を這い回る舌の気持ち悪さに啜り泣くことしかできない。手足の感覚もなくなって、ただ、頭の上に置かれた手の重さと温かさが、いつか誰かに撫でられた記憶を呼び起こす。
ロランは足の傷は癒してくれたけれど、痛みは取ってくれなかった。泣き叫んで許しを乞いながら体中の骨を折られて弄ばれる前に、いっそ消えてしまいたかった。
そのとき、扉を破砕する音と共に光が差し込み、鉄の塊が僕からロランを弾き飛ばした。壁に叩きつけられたロランは、呻き声を上げて転がっている。鋭く息を飲む音に、僕はのろのろと傍らの人物を見上げた。銀鼠のマントがさらりと音を立てた。
「……シトー?」
「無事か?」
こんな姿で無事も何もあったものじゃないと思ったけれど、僕は頷いた。シトーは手甲のまま、僕の太ももを触って確かめると、一気にナイフを引き抜いた。驚きはしたが、痛みはない。シトーが黒術で痛みを無くしてくれたのだ。
「ひどい有り様だ……」
シトーが呟く。その背後にロランが迫っていた。
「シトー!」
「っ!」
「死ねっ!!」
シトーは振り向きざまに僕のナイフで応戦していた。ロランは素手だった。きっと左手に用意した黒術で、シトーを殺す準備をしていたに違いない。だが。その腕はあっさりと手首から肘の中間で断たれていた。絶叫が上がる。
「ぐああっ! クソ、てめぇ……!!」
「黙れ悪党」
「うるせぇ、黙るのは、……オマエだ!」
「なっ……!?」
僕の位置からは何が起こったのか、よくわからなかった。ロランがシトーに体当たりしたかと思うと、今度はシトーが苦悶の声を上げて床に倒れ伏していた。重い音が響く。
「はは、苦しんで死ね、馬鹿が!! ……クソ、潮時か。じゃあ、またな、リリィ。愛してるぜ……」
「いやっ!!」
僕はロランからのキスを、頭をそむけて拒絶した。ロランは喉の奥で笑うと、無理やり唇を舐めてから僕を離した。
「シトー……? シトー!! 起きて……やだ……、誰か、誰か助けて……!」
ロランは去っていった。僕は動けず、術も導けないまま、ピクリともしないシトーの側で助けを呼ぶことしかできなかった。聖堂騎士たちが駆けつけてきたときには、ロランは宝珠を持って姿をくらましていた。
 




