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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第四章 『愉快な道連れの最期は決まっている』
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走れ

 風を切って走る。

 粉雪がだんだんと体に纏わりついて、まるで絨毯のように層を成していく。


 僕は胸元に押し込んだ宝珠を鎧の上から押さえた。けれど、なんの温かみも感じられない。悔しさに涙が滲む。それはすぐに氷の粒となってごうごうと鳴る風に消えていった。ヤックゥであるバルの勢いは衰えることなく、太陽も翳って視界の悪い中を駆け抜けていく。僕にできることは、その首にしがみついて振り落とされないようにすることと、少しでも彼女の負担を減らせるように陽の気を放出して冷気から守ってやることだけだった。


 意識を失ったニールの姿が何度も何度も思い出されるけれど、あの場にいても僕にできることは何もなかったのだと、その度に自分に言い聞かせた。ああ、あのときDが側にいてくれたら、どうにかなっていたんだろうか。それとも……。僕は首を振って雪を払い落とした。


「バル……、バル、どうかもっと早く走って。僕を大聖堂まで連れ帰って……」


 はやる心のままに呟いた僕の無茶な願いに、バルは不機嫌そうにいななきながらもその足を弛めはしなかった。そうやって雪と氷を蹴立ててまっすぐに走っているうちに、僕はうとうとしてしまっていたようだ。気づけば聖火の都、大聖堂の尖塔の見える門のところまで来ていた。閉まらなくなってしまっていた大手門ではない、僕たちが二日前に出発した門だ。


 見張りの聖堂騎士が駆け寄ってきたので、くたびれきっていたバルを託した。朝陽が眩しく僕の目を射る。賑やかしくなってきていた街を、通りを抜けて、Dのいる宿まで戻ってきた。その建物を見上げて、僕の足は止まってしまう。走ったせいで荒くなった呼吸音がまるで他人の物みたいに響く。


(Dに頼っていいんだろうか……)


 それは何も今初めて考えたことではない。僕だって何度も彼女から離れようと思った。けれど、それができなかったのは、信じられるものが彼女以外にいなかったからであり、そして無力だった僕を変えてくれたのも、ずっと側にいてくれたのも彼女だったからだ。


 だからといって、何もかも平気なわけじゃない。体を明け渡すのだって喜んで与えるわけじゃない。魔王を倒すにはそうするしかないと思ったから……。すべてを終えても家に連れ戻されて、あの、囚人のような生活が待っていると思ったから……。いや、そんなことはどうだっていい、僕は約束を守ると決めたんだから。


 一番の気がかりはDに「何を要求されるか」だ。Dが力を振るうには代償が必要なのに、僕にはもう差し出せるものが何もない。これまでのように契約を盾に呪文を教えてもらうような、そんな生温いことじゃ駄目だろう。事態が大きすぎる。


 それなら無理を承知で、“炎の心臓”を使ってもらえないかとオリク様に頼み込む方が、容易いのじゃないかと思った。あの方なら、立場も何もかも振りきって協力してくれるのじゃないかと、僕が知らせれば困っている者を見捨てないんじゃないかという打算があった。あの方にはそんな部分がある。知らせさえすれば、きっと動いてくれる……!


 僕は大聖堂に向かった。不気味に沈黙するカダル婦人の裏庭を抜け、オリク様の暮らすひっそりとした小さな庵に飛び込む。瞑想をしていたオリク様は、僕の体を受け止めて優しく抱き締めてくれた。そして、すべてを聞くとすぐに立ち上がって力強く言ってくれた。

 

「私に任せておきなさい。彼らは必ず助けよう。彼らだけに犠牲を払わせてはいかん」

「オリク様……。オリク様、ありがとうございます……」

「ここで休んでいなさい。何も心配はいらないよ」

「ああ……! 良かった……」


 勇者というのは、このひとのことを指すのだろう。ここにいないアディという男などじゃなく。ああ、このひとが聖堂騎士を率いて魔王を倒してくれたら……!


 でもそれは無理だろう。聖火国の要である彼には、この地を守る役割があるのだから。






 ひとりここまで帰ってきた僕は、Dに問い詰められるのが嫌で、大手門の近くまでとぼとぼと歩いて行った。イレーヌに会いたかった。そして一緒に温かい食事をして、ニールの帰りを待ちたいと思った。


「ひとりがこんなに不安だなんて……」


 思えば、デルタナに来てからはずっと誰かが側にいてくれた。本当にひとりになったのはいつぶりだろうか。もやもやする心を抱えて歩いていると、鋭く僕の名を呼ぶ声がした。


「ジョー!」

「ポッソ?」

「帰ってたのか! ジョー、頼む、一緒に探してくれ。イレーヌがいなくなったんだ」

「えっ」

「昨日の晩から、帰ってこねぇんだ。どこ探しても、見つからねぇんだよ……!」


 ポッソの両手が僕の肩に食い込む。

 心臓が冷たく重くなった気がした。


「誰も見てないって。あいつ、他の子どもから仲間外れにされてっから、いっつも独りでふらふらしてるし。もし、人拐いにあってたとしたら……!

 でも、出国の荷物は厳重に審査されてる、滅多なことじゃ連れ去りなんてねぇと思うけど……」

「僕も探す!」

「ああ、頼むよ。もしかしたら熱か腹痛で医者のとこに隔離されてるかもしれねぇ。でも、おれが行ったって相手にしてくれねぇんだ。治ったら外に出されるからそれを待てってさ。くそったれ!

 お前、魔導師様と知り合いなら何とか探れねぇかと思ってさ。おれは外をもう一回探してくる!」

「わかった。絶対、大聖堂を探す」

「ジョー、ありがとうな。イレーヌのこと、見つけてやってくれ!」


 ポッソは目許を拭って走り去っていった。僕もまた大聖堂に向かって走った。聖堂のかたくなな態度には本当に腹が立つ。病気を治すのは良いことなのに、それ以外のことがすっぽり抜けてるんじゃないだろうか。どうせ表から行っても追い返されるだろうからと、僕はまたカダル婦人の邸宅の方へ足を向けた。


 イレーヌが案内してくれた隘路の前に、三人のおばさんたちが陣取っていておしゃべりをしている。その後ろを抜けていこうとしていた僕の耳に、自然と話の内容が届く。


「ええっ、カダルの奥さまのお屋敷に?」

「怖いわねぇ、悪漢じゃないのかしら」

「けどねぇ、女の子の悲鳴がしたって……。ジャンヴィエーヴ様も大変だわね」

「で、結局何が起こったのよ?」


 僕は思わず立ち止まった。

 カダル。あの、ひどく不気味なお婆さんが、誰だって?


 ポッソは言った、イレーヌにお菓子や食べ物を渡している誰かがいると。イレーヌは言った、ジャンはいいひとだと。


(ジャン……ジャンヴィエーヴ・カダル!!)


 昨日から帰らないイレーヌ、女の子の悲鳴、悪漢……。


(どうしよう、胸騒ぎがする……!)


 どうか無事であってくれと思いながら、僕は走った。狭い路地を、肩を擦るのも気にせずに走った。開け放たれた邸宅の扉は壊れて片方が外れかかっていた。今は誰の姿もない。僕は、暗い邸内に足を踏み入れた。

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