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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第四章 『愉快な道連れの最期は決まっている』
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目覚めぬ者たち

 誰もが息を殺していた。

 魔狼の唸り声さえも聞こえない。


 シトーは瓦礫の影に身をひそめ、氷の巨像の次の動きに神経を尖らせていた。だが、聞こえてくるのはか細いすすり泣きだけだ。シトーとその近くにいたアルムが互いに頷きあい、同時に瓦礫の陰から飛び出す。しかし、そこに巨像の姿は跡形もなかった。ただ、膝立ちになった黒髪の少年が、彼の足元に倒れている少年に縋って泣いているだけだった。


 敵影も気配もなく、静寂が幕を下ろしている。シトーは構えを解き、辺りを見回した。アルムが誰に気遣ってか小声で囁く。


「気を失っていたカイユが軽い怪我をしていたので、治癒しましたが何故か目覚めません。何か魔的な要因があるのではないかと」

「……そうか」


 巨像は霧散した。だが、事態は一向に好転していないようだ。とにかく、カイユをこのままにしておけばまず間違いなく死んでしまう。動ける者を探し、怪我人を一箇所に集めさせるよう指示する。そうしておいてシトーは未だ仲間の側から動かないジョーのもとへ大股で移動した。


「どうして……どうして……」


 うわごとのように繰り返す蒼白の少年。うつむき座り込んでいる彼の掌中には、輝きを失った透明の石があった。野鳥の卵か人間の眼球か、そんな程度の大きさの(ぎょく)である。そう、これこそが今回の危険な旅の目的だ。これに火を灯して、凍土を溶かし魔王に近付く足掛かりと為すのではなかったか。それなのになぜ輝きを失っている?


「おい、どうなってる。どうしてそれをそのままにしている」

「……して、僕じゃ駄目なんだ。……応えてくれ……い……」

「おい! 聞いてるのかお前!」

「こんなはずじゃなかった!! こんな、つもりじゃ、なかったのに……」


 シトーが無理やり掴み上げ、己の方を向かせると、頬に涙を凍りつかせた泣き顔とぶつかった。この少年も年相応に泣くことがあるのだと、毒気を抜かれたシトーの手が弛む。ジョーは凍った固い地面に投げ出され、力なく項垂れた。


 もうひとりの少年は、革の鎧を血に染めて倒れていた。どてっ腹に大穴が開いており、生存は絶望的に見えたがその顔は安らかで、眠っているようでもある。跪き、手をやってみると、鎧は壊れていたがその体に傷はなかった。おそらくジョーが癒したのだろう。ならば死んでいるのではなく、氷の巨人が吐き出した最期の攻撃のせいで眠りについているだけだ。


「死んではいない、じきに目を覚ますだろう」

「……覚めないよ! 強すぎる陰の気に触れて、完全に意識が沈みこんでしまっている。こうなったら同じくらい強力な陽の気を当てて魂を揺さぶるしかない。

 それなのに、それなのに、この宝珠が反応しないんだ……。どうして、さっきはちゃんと光ったのに! どうして必要なときになってこんな……!」


 ジョーが両手で顔を覆う。憎たらしい態度ばかりとっていた少年の、うって変わったその様子に、シトーは猜疑心と憐憫の情の間で揺れた。年長者らしく彼の頭を抱き寄せ、慰めてやることもできた。だが、それよりはと、兜が取れて風に揺れる黒髪を軽く小突いた。


「落ち着け。その足りない頭でよく考えろ」

「…………」


 シトーは倒れているニールを担ぎ上げた。眠りに陥っている者たちを駐屯地に置かれている医者に診せれば、何か手掛かりも見つかるだろう。未だ座りこんでいるジョーに背を向け、歩き出す。


 少年がついて来る様子はなかった。シトーは何故か己が失望に似た感情を抱いていることに気づき、失笑した。馬鹿馬鹿しい。どんなに勇ましい言葉を吐こうが相手は所詮こどもだというのに、いったい何を期待しているというのか。しかも外典の手の者かもしれない、不吉な瞳の子どもだ。放っておくべきだ。シトーが詮のない考えを捨てようと頭を振ったとき、ヤックゥの鳴き声がした。


 振り返ると、レムのヤックゥがジョーを慰めるかのように鼻をすり寄せていた。少年がヤックゥの喉元のふさふさした毛を撫で、手綱を取る。


「待て、お前……」


 まさかと思う間に、小柄な少年はヤックゥの背に高く跳び上がった。


「僕は戻る。ここにいても解決しない。僕が、何とかできるひとを探してくるよ。だから……」

「勝手なことを!」

「ニールを、お願いします。全速力で飛ばせば一日で大聖堂に着く。フィーたちに伝えて、僕が帰るまで任せると」

「ふざけるな、降りろ!」

「…………」


 シトーの制止も空しく、ヤックゥは氷を蹴立てて走り出していた。並みのヤックゥではレムの鍛えた健脚に追いつくことは難しいだろう。しかも乗せているのはこどもであり回復の術も心得た術士だ。あの賢いヤックゥに運ばれ、確かに明日の朝までには大聖堂に辿り着いているはずだ。シトーは悪態をつき、レムを探して走った。







 レムの側には力なく目を閉じた魔導師(マギ)と、それを掻き抱く戦士の姿があった。魔狼の群れを撃退した他の聖堂騎士たちも集まり、粛々と死者の弔いの準備をしていた。


「どうなった?」


 毛皮の敷物に腰を下ろしているレムは、シトーを見上げもせずに聞いた。シトーもまた簡潔に答える。レムはいつもの柔和な薄笑いを浮かべ、顎を擦った。


「バルが、ね。シトー、追えるか?」

「はい」

「ならすぐに行け。必要なものは好きに取れ」

「はい」

「それと、宝珠をこちらに」

「…………」

「まさか……」

「すみません。失念していました」


 レムは空を仰いで溜め息を吐いた。呆れか諦めか、少なくとも重要な物品を横取りされたにしては怒っていないようだ。レムにはそんな所がある。基本的に戦い以外はどうでも良い男なのだ。


「お前らしくないねぇ」

「すみません」

「いいよ、ってわけにもいかないか。ちゃんと取り上げといてね」

「はい」


 レムは失態を犯した相棒をそれ以上責めず、こどもを追う役割から下ろすこともしなかった。シトーは黙して語らぬサムの側にニールを横たえ、自分のヤックゥに手綱を付けに行った。レムは奥歯を噛み締めたまま、詳しい事情を聞きもしないでいるサムに軽く言葉をかけた。


「あのねぇ、そこでそうしてても魔導師殿は目覚めないよ。先は長いんだし、何か食べて体力付けときなよ」

「………………」

「庇われて悔しかったろうけど、合理的な判断だったと思うよ。魔力の尽きた魔導師なんて足手まといだ、少しでも勝率を上げるなら誰でも君を残すよ」

「……煩い、黙れ」


 サムの声は怒りに震えていた。その矛先はレムに向いているのではない、自身の不甲斐なさに対してであった。サムの青さを好意的な眼差しで眺めたレムは肩をすくめる。


「誇れよ、彼女は君にすべて託したんだ。最上級の信頼じゃないかい?」

「………………」

「君なら、勝って自分を助けてくれるって信じてたんだよ。どっしり構えなよ、彼女の男なんだろ?」

「………………」

「ほら、これでも食べて。とにかく待とう、我々の仕事は終わった。後は専門家に任せるさ」


 サムは差し出された干し無花果を受け取り、放り込んだ。敗北の苦さでいっぱいだった口の中に、甘さが広がった。

 サムも弱くはないはずなのに、おかしいなぁ。活躍させてあげられなかったや。

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