表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第四章 『愉快な道連れの最期は決まっている』
72/99

宝珠の護り手 下

 緩慢な巨像の右腕は、騎士たちを守るよう大きく展開された【拡大障壁】をぶち割った。陶器の割れるような音を立てて虹色の膜が壊れる。かなりの硬さであったそれも、鈍重な拳をはじくのではなく逸らすことしかできなかったのだ。幌馬車ほどもある大きさの氷塊はオフィーリアの見立て通り、向かって左側にずれていく。視界の果て、魔狼と戦っている駐屯地の囲いにまで届かんばかりの地響きが鼓膜を振動させた。


 レムの指示通り、地面にめり込む拳を目掛け、手にした得物を振り下ろす聖堂騎士たち。だが、その手応えは芳しくなかった。


(硬い……!)


 まるで岩石を殴ったときのような衝撃が腕の骨に響き、グリモスは眉をしかめた。いや、まだ岩石の方がマシだったろう、そうであれば少なくとも割れてはいるだろう。だがしかし、氷塊は表面が僅かに削れただけだった。ずんとくる痺れに、歴戦の聖堂騎士は戦棍(メイス)の柄を握りなおす。そして巨像の指を落とすべくさらに腕を打ち振るうのだった。


 部下たちが懸命に敵の拳に追いすがる中、レムは地面まで降りてきた腕に跳躍して乗り移ると、ひとり不出来な人形(ひとがた)の顔を目指し駆け上っていた。聖堂騎士お得意の、術に任せての強行突破である。陽の気を練り身体の強化を、陰の気で足元の支えを。長靴に履かせた鉄棘を荒い氷面に噛ませ、両手持ちの片刃戦斧、その穂先を下に、軽業師の如き見事な体捌きだ。


 オフィーリアの詠唱(チャント)が風に乗ってレムの耳にも届いていた。その文言から、彼女がこの氷のうすのろの動きをさらに遅くしようとしているのだと分かった。この男は聖堂騎士として仕えてから長い。老兵と言っても良いだろう。その豊富な経験から、自分では使えなくとも味方の用いる術くらい頭に叩き込んである。レムは喜びにくくっと喉を鳴らした。


(本当に使える手駒だ。これは気分が良い!)


 ひじと言えなくもない部分を駆け抜け、肩口で跳躍、己の左側に溜めてあった片刃戦斧をそのまま体を捻って下から斜めに叩き込む。虚像の眼窩、他より脆いあたりにレムの斧背、ごつい鉄鎚がめりこむと、鈍い音がして氷の破片が舞った。


――ヴォオォォォォォォッ


 それは苦悶か怒りか、叫びが大気を震わせた。身を捩り、腕を払う巨躯の人形(ひとがた)。レムは振りぬいた勢いのままに空中を落下していったが、ただただ十五フィートの高さから地面に叩きつけられるつもりはなかった。今度は巨像の首に斧口を突き立てると己の全体重をかけて落下の勢いを殺す。ガリガリと荒く溝が刻まれていく。


「荒れ狂う天の龍よ、我に力を、敵を討ち果たさん……」


 レムが口内でもごもごと詠唱を呟きつつ右手に陽の気を導く。首元の羽虫を潰さんと、軋みを上げながら未だ指も欠けない右の掌が彼に迫りつつあった。地上の聖堂騎士たちが口々に危難を叫ぶ。


(グズ共が! 右腕をオレが惹きつけている今こそ左から上って来るときだろうがっ!!)


 激しい怒りが胸の裡に湧き起こるがそれも一瞬。集中をかき乱すほどではなかった。そもそも術はあらかた完成している。狙うは一箇所。ヤツの手首である。巨大すぎる敵が指を持っていた場合、掴まれるのが何より厄介だ。一人の犠牲で手を一つ封じられると思えば安いが士気が下がりすぎるのが難点だ。それならば手っ取り早く破壊してそこから攻め崩す。


 レムは馬のだく足の如き速さで迫る手を見ながら、どこへ術を打ち込むか見極めていた。他と比べて弱い部分に、細く、鋭く、高速度で、撃ち込むべし。長年練り上げてきた一撃である。これ以上の術はない。あと十フィート……五フィート……。失敗などはしない。だが、もし失敗したとして【障壁】で一度は直撃をずらせる。


(甘い見通しか? 否、これほど心躍る愉しい瞬間はない!)


 普段は柔和に細められているレムの目は、今や悦びに満ち、見開かれ血走っていた。口は引き攣れんばかりに吊り上がり、風と圧力を、死の気配を運び来る巨人の掌を待ち望み嗤っている。腕を伸ばせば触れんばかりにまで迫ったそれを、レムは興奮と共に迎え撃った。


「……いさ、【破断】!!」


 力ある言葉が溜められた陽の気を解放する。薄く鋭く。瞬きほどの間。光を放ちそれは終わった。


 男の胴を三人分束ねたような太さの手首が、半分スパリと斬れたかと思うと残り半分もその勢いと自重で割れ落ちた。内腑へと響く大地の唸り。今度こそ猛り狂った咆哮を上げながら左腕もレムへと迫る。


「悪いな、その相手はしてやれない」


 大技の連発はできない。レムは引き際も心得ていた。


「それに、お前の相手はオレの相棒がするよ」


 左手を回転させ戦斧を外したレムは真っ直ぐ下に落ち、危なげなく着地した。見上げた巨像の頭部には、銀鼠のマントを翻したひとりの聖堂騎士が、まさに今、斧頭を振り下ろそうとしていた。






 その頃、巨像の腹の中では何度目かの振動によってジョーが目を覚ましていた。作り物の氷の人形に胃袋などはなく、ただ口から下に何フィートかの窪みがあるだけだ。そこに二人は重なっていた。ジョーがニールの胸の上に頭を載せた状態から身を起こしたとき、ニールは頭から血を流し、まだ意識がなかった。(キャップ)は外れてどこかへ行ってしまっているようだ。


 ジョーは頭の傷に手を当て具合を確かめると、騒がず処置を施した。蒼白の顔に表情はなく、ただ、前髪で隠れた眉が少し歪んでいた。


「ニール。ニール、死なないで……」

「……っかやろぉ、死んでたまるか」

「良かった、気がついた!」


 ジョーの頬に赤みが差す。ニールは狭い坑の中で何とか体勢を正して腰を落ち着けると、ジョーに問い質した。


「どうなってる? どうしたらいい?」

「大きな像の中に放り込まれて、どうなってるかは分からない。敵の狙いは宝珠だよ……今は僕が持ってる。うまく外に出られればいいんだけど……」

「道理で寒すぎるはずだぜ! さっさと……」


 その言葉を轟音が掻き消す。術で耳を保護していても、こうも間近で叫びを受けてはたまらない。ニールは胃の腑が混ぜっかえされる不快感に中身を足元にぶち撒けた。


「……くっそ、ジョー、コイツ何とかしろ」

「きっとこの辺りを掘り進めれば、動力部がある、はず」

「確かに。どこかに動力部があるって、センセイもそう言ってたな。じゃあさっさとやろうぜ。その宝珠も火を入れちまえよ、そうしたらこの寒さも、コイツとの戦いも、少しは楽になるだろ」

「わかった」


 ジョーの小さな手の中で、丸く透明な、しかし複雑に切り出された多面の宝珠は輝きを宿し、繊細な虹色を辺りに映し出す。今まで目にしたことのない美しさに二人が息を飲んだとき、それが急に弾けたように目を灼く白光を放った。


――ガァアアアアッ、アアアァアアァアッ!!!






 他方、レムたちは巨像の右手と左腕の半分、さらに鼻から上を破壊することに成功していた。二十二いた聖堂騎士は、十まで数を減らしている。オフィーリアはサムに抱きかかえられ、残り少ない魔力を回復させようとソーマの葉を口に含んでいるところだった。


 頭部に動力部はなかった。ならば、おそらく心臓付近に隠してあることだろう。厄介ではあったが、まだ戦える。誰もがそう思っていた。


 緩慢ながら聖堂騎士たちを潰さんと腕を打ち下ろし続けていた巨像の動きが、なぜか急に止まった。無惨にかち割られ、突き出た氷塊が転がっている大地を沈黙が覆う。


「伏せろ!!」


 レムの叫びが皆の耳に届く前に、巨像はこれまでにない咆哮を振り撒きながら、考えられない速さで壊れた腕を滅茶苦茶に打ちつける。不幸にも右腕の近くにいたひとりが巻き込まれ、蛙のように潰れた。


 そして。


 巨像の胸部が膨らんだかと思うと、濃霧かと見紛うほどの無数の氷棘が四方八方へと噴出した。そのひとつひとつが溜め撃ちされた弩と同様の威力でもって、すべてを、平らげた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ