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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第四章 『愉快な道連れの最期は決まっている』
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宝珠の護り手 上

 地下へと続く階段は、明かりで闇を退けても、まるで壁がのしかかってくるような重苦しさを保っていた。鎧で武装したサムが充分に余裕を持って下りられそうな幅があるのだから、小柄な僕と細身のニールなら二人並んでだって駆け下りられるだろう。それでも、通路の壁や階段からいつ罠が飛び出してくるか分からない。ニールに離れてついてくるようにと言ったのは正解だった。


 壁から突き出る槍にまたひとつ【障壁】が割れる。踏んだら抜け落ちる段や仕掛けが飛び出る段も、もういくつめだろう。何度も術をかけ直すのは手間だ。


「……もういい、凍らせる。ニール、ちょっと冷たいけど我慢してね。大丈夫、【温身(おんしん)】をかけてあるから死なない」

「死なないって、お前……」

「下がって。ちょっと顔の皮膚が凍るくらいだよ」

「おいっ」


 魔狼の群れが迫ってるんだ、地下に何がいるか分からないけど、挟み撃ちにされるのだけは勘弁して欲しいね。そう思いながら僕はニールの抗議の声を無視して左手に陰の気を集中させた。同時に使おうとしなければ、効果は相殺しないのだ。シトーの前でやらかした失敗が、皮肉なことにすごく役に立っている。


(集え、集え、集え……)


「【氷凍】!」


 階段が氷に覆われ、天井の方に隙間を残した斜面(スロープ)に変化する。その表面はつるつると滑りやすそうだ。思いつきにしてはよくできているんじゃないだろうか。自分でやったことながら、惚れ惚れするような仕事だ。


「さあ、行くよニール」

「待てよ。俺、こんな狭いとこ無理だって」

「大丈夫、ニールは細いから。背が伸びたってジャハルの選んだ後継者だもの、重戦士にはなれないでしょ」

「お前ぇ……」


 細いと言われたことに矜持が傷つけられたのか、渋い顔をするニール。そんな仕草すらジャハルに似てきていて、僕は笑いを噛み殺した。深く息を吐いて、ゆっくりと食べるように冷え切った空気を口に含む。覚悟は決まった、後は、行くだけだ。


「待て、この……!」


 追いついてきたシトーには悪いけれど、この狭さじゃ僕たちしか通れない。僕が氷に足を掛けて滑り出すのと同時にニールの温もりが僕の背を覆った。心配してくれているのかと思ったのもつかの間、情けない悲鳴が耳に突き刺さった。煩い。仰向けに寝転んだ状態でニールに抱きつかれながら、落ちるような速さで僕らは氷の斜面を滑っていった。胸に抱くのは高揚感だ。必ず、成し遂げてみせる。






 階段もそこまでの長さはなかったのかもしれない。滑り落ちたのは五つも数えない間だけだった。足下の罠も警戒して、氷を張ったのだけれど罠は無いようだ。滑った勢いで出口から何フィートか離れたところに落ちる。さすが、ニールは僕の手助けがなくてもちゃんと受身を取ってすぐに立ち上がっていた。


 【灯火(ともしび)】に照らされたその場所は、かなりの広さを持っていた。わざわざ円形に整えられた壁、中央には水をたたえた泉が丸く縁石に囲まれている。ぐるりに描かれている文様は僕が見たこともない意匠だった。わずかに散見される抽象的な絵から読み取れることは、白く輝く宝珠らしき玉が泉の中に投げ落とされる様子だけ。


「すげぇ~!」

「何も、いない……?」


 ニールが感嘆の声を上げて壁を見回している隣で、僕もまた目を凝らして辺りを探っていた。けれどその目的は違う。そう、確かに身もすくむような大きな唸り声がしたはずなのだ。それなのにこの広い場所には誰もいない。ただ、ゾクゾクと背筋を這うこの悪寒はなんだ? ……分からない。


「こういうのを待ってたんだよな! なぁ、壁はともかく泉を覗いてみようぜ。凍ってないみてぇだし」

「っ、ダメだ、近寄るな!」

「へっ?」


 火もつかないこの陰気の中、凍りつかない水なんてあるもんか!!


 迂闊だった。

 何の対策もなくニールを近付かせてしまうなんて!


 僕がニールの足元に飛びかかって床に引き倒すのと、小屋ほどもありそうな、巨大な拳が泉から突き出してくるのはほぼ同時だった。轟音と共に石造りの床が軋りを上げてひび割れる。ニールと重なり合って伏していた僕は浮くような不快感を腹に受けながら必死で耐えていた。


 めまいと恐怖に吐き戻しそうだ。それら感情の昂ぶりを【静心】で押し殺す。目を閉じてはいけない、足を止めてはいけない。いつでも動けるようにしておかなければ……死ぬ!


 僕はニールにも同様に術をかけ、ひとまず様子を窺った。幅がせいぜい五十フィートのこんな空間に、こんな大きな物が出現して、どこへ逃げろと言うのだ。


 巨大な拳の持ち主は、それに見合った大きさだった。


 泉の中央から立ち上がろうとするその姿は、まさに巨人。ただし、生き物ではない、それは僕が【幻視】した、アルファラや王都を壊滅せしめた氷の木偶人形だった。ざらついた、(やすり)のように荒い表面、濁った黒いその体、ぽかんと口を開けた、けれど怨嗟に満ちた貌。近くで見るとさらに根源的な嫌悪感を掻き立てる。【静心】で恐怖を殺して、それでも、僕は直視するのがやっとだ。


 轟音、地響き、天井の崩落……。


 そんなものより片腕一本を出現させただけの氷の巨像の方がなお恐ろしい。伏せた僕と同じ高さにある口が、わずかに上を向いた。


(いけない!!)


 その動作には覚えがあった。アルファラでもたくさんの人々を殺した、空気を凍てつかせる動きだ。説明している暇はない、僕は起き上がろうとするニールの鼻をつまみ、彼の口を唇で塞いだ。


「んんん~~!?」


 そんな場合ではないというのに、ニールは驚きに目を見開いて抗議した。このままにしておけば失明は免れない。残る片手で目も塞ぎ、術も行使してニールの自由を奪った。あとはありったけの陽の気を放出してニールを守るだけだ。【障壁】もあの巨像の氷の息には効果がないだろう。


(どうか、フィーたちが追ってきていませんように……)


つんざく高音と、急速に冷気に蝕まれていく感覚とに、意識を手放してしまいそうになる。耳の奥が痛い。けれど、術に守られているからこそ、この程度で済んでいるのだ。そう思っても、喉の奥から勝手に悲鳴が漏れ出す。

 

「ふ、ぅ……っ……!」

「ジョー……」


(口を開いちゃダメだよ、ニール。吸えば肺が凍りついてしまう……)


「んっ……」


 僕は離れたニールの唇を追って、もう一度塞いだ。暖かな空気を作ってやれば、この場はしのげるはずなのだ。……凍りつく息が過ぎても、手足に血が通ってくれていれば。


 巨像はさらにもがいて上を目指していた。僕たちは揺れと冷気に耐え続け、それが急に止んだ。


「……?」


 顔を上げると。

 憎しみに満ちた氷の貌がこっちを見下ろしていた。


「ひっ…………!」 


 心臓が縮んで痛みを訴える。

 だが違う。

 アイツは僕を見てるんじゃない。


 ニールの手元、そこに“炎の心臓”と同じ大きさの透き通った宝珠があった。


「あっ!!」


 僕がそれに手を伸ばすのと、巨人がそれに手を伸ばすのと、ほとんど同時だったのだ。だが、僕たちの手の大きさは、全くと言っていいほど違っていた。


 宝珠を掴んだ僕と、近くにいたニールごと、大きな掌は瓦礫と化していた床を抉る。


「嘘だろ、オイ!?」

「…………!」


 氷細工の人形は、掴んだ全てをその口の中に収めたのだった。

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