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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第四章 『愉快な道連れの最期は決まっている』
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王とは

 ゴトゴト揺れる車の中で僕はなぜかニールに抱きかかえられていた。ニールは壁に背中を押し付けているからどうもないんだろうけれど、僕の体は不安定で正直に言えば怖い。足とお尻を【固定】でくっつけてはいるけれど、道が悪いせいで突き上げられるような揺れがけっこうくる。


「ニール……」

「ふぁ~、やっぱ暖かいわ~。子ども体温だな」

「そんなことないよ」

「あ、止まった。休憩だ、今のうちに小便してこようぜ」

「僕はいいよ」

「なんでだよ」

「今は出ないから!!」


 腕を振り払ってもしつこいので、お尻を叩いて追い払う。ニールがぶつくさ言いながらいなくなると、車の中は僕とシトーだけになってしまった。居心地の悪い空気だ。ずっと睨んでくるし。本来これは荷物用の車で、僕たちは隙間に身を寄せているわけだけれど、どうして彼がここにいるかといえば、僕の監視ということになるだろう。


 溜め息を吐くつもりが、くしゅっ、と音を立ててくしゃみが出てしまった。埃のせいか、鼻がムズムズするのだ。不意に動く気配がして、僕の前までやってきてジロリと見下ろす大男。


「……ほら、これでも羽織ってろ」


 と、シトーが差し出してきたのは、分厚い毛皮のマントだった。毛足が長く暖かそうで、それでいて実利一辺倒ではない、白と銀色の美しく上等な品だ。


「……僕に?」

「……他に誰がいる」


 一瞬、誰だこいつと思ってしまった。

 これが僕のことを(うと)ましそうに睨んでいたシトーだろうか、と。


「…………ありがとう」

「ふん、か弱い子どもの姿をして同情を誘うのがお前たちの手だからな。放っておいても構わないんだが、お前が涙を流してわめくと外聞が悪い。だから仕方なくだ」

「……そんなつもりなら、要らない。返す!」

「お前が触れた物など、もう要らん」

「………………!」

「………………」


 どうやってこいつをぶっ飛ばしてやろうか。

 やはり【雷撃(ショック)】か? 【雷撃(ショック)】なのか!?


 逸らされた横顔に殺意が湧く。僕が拳を握り締めて怒りを堪えているうちに、ニールが帰ってくる気配がした。


「やっべえ、もう出発するところだったぜ! ……あれ、なにかあったか? 空気悪いぞ?」

「別に、なにもない……」

「…………」


 こんな最悪な男と、仲良くなんてできるか!

 僕は、昨夜のDのことを思い出して胸が締め付けられる思いがした。






 その空間に引きずりこまれたのは、床に入ってすぐだった。地震に怯えていたイレーヌを慰め、フィーには会えないまま、待ちくたびれて眠ったのだった。


『裏切り者!! 私じゃなくあの男を選ぶの!? 私の力を借りたいと言ったのは貴女なのに!』

「D……」

『惜しくなったんでしょう、私の力を借りなくたって、魔王を倒せると、そう思った? 私抜きでやれば、契約せずに済む、そうしたら何ひとつ失わずにいられますもんねぇ!!』

「D、落ち着いて……」

『許せない、許せない、許せないぃぃぃ!! どうしてぇ? あの男のことを嫌いじゃなかったんですかぁ!?』

「僕はシトーと契約した訳じゃない。だから、あんなの口約束だよ」

『…………はい?』


 巻き付いてきていた黒い蔦が締め付けを止めた。僕は溜め息を吐き、それらをちぎらないようにどかしながら、Dへやり返す。僕だって、アルファラや王都の破壊について聞きたいことが山ほどあるのだ。Dが僕に騙されたと怒っていたように、僕だって怒っていた。


「シトーの言葉は脅し文句だ。まぁ、シトーなら本気で殺しに来るだろうけど、僕の目的が魔王討伐である以上、そうはならない。だから、壊されてやるつもりは最初からなかったんだ」

『…………』

「それに、宝珠を取りにいくのに、きみは来ないんでしょう? すでに王都が陥ちているんだ、デルタナを守るために、これは確実に取っておきたい。

 分かる? 力が必要なんだ。道中の、狼との一戦で痛感したよ。僕ひとり強くたってダメなんだ。盾に、剣になってくれるひとたちが必要なんだよ。だから、彼らに協力してもらうことにしたんだ。僕が、じゃない、僕のために、だよ? 何か不満?」

『………………』


 Dは戸惑ったように黙りこんだ。僕の体から滴る水の音だけが、静寂を乱していた。


「僕こそ、怒ってる」


 どうしてだか分かるよね? と言外に問えば、


『はい……』


 と、小さな声で返事をした。


「どうしてアルファラや王都が滅ぶのを知っていて黙っていた? 王の交わした契約ってなに?」

『……隠していたわけじゃなくて、私にも襲撃がいつのタイミングで行われているのかは、分からなかったんですよ。でも、今はもう国王が死んで、心臓の持ち主がいなくなったから、これ以上の破壊は起きないはずです。心臓の火は、消えたんです』

「もう破壊は起きないって? デルタナは無事ってことか……。良かった……!」

『氷の巨人たちは王都を凍り漬けにして、心臓の火を消し去りました。王は心臓、つまり宝珠に見放されたわけですよ。王が宝珠を選ぶのではない、宝珠こそが王を選び、国に繁栄をもたらすんです。けれど、王は魔王によって世界に危機が迫るとき、それを止めるために誰かを送らなければならない。自分の後継をね』

「………………」


 ぞわりと、悪寒が背中を駆け抜けた。


 つまり、マイヤール国王は、自分の嫡子を魔王討伐に送らなければならなかった。けれど、そういう話は聞いていない。つまり、王は自分の子どもを守り、他の貴族たちの子を差し出したのだ。それがロランたちであり、レイモンだった。僕はさらにその身代わりに……。これが契約を破ったということ? だからこそ、王都は壊滅し、宝珠の火は消されたんだ!!


「なら、聖火の場合は? オリク様がいたじゃないか!!」

『そう、その聖火という言葉自体が、宝珠を指すものなんですよ。“火の心臓”、ほら、分かりやすいでしょう?』

「どうして火が消えた? 彼らはずっと、凍土や魔物とて戦い続けてきたじゃないか!」

『聖火には王がいないからですよ。オリクは確かに素晴らしいひとですよ。けど、王政を敷かないこの国では、宝珠を時代に継承する儀式には重きがおかれなかった。言ったでしょう? 王が選ぶのではない、宝珠に見出だされるのだと。

 オリクが身を引いて、次の堂主に代わった。けど、宝珠は彼を選ばなかった。時期が悪かったんでしょうね、魔王が動き始めたとき、宝珠は前王オリクのために輝き続けてはいましたが、王のいない身では力を十全に振るえなかった。だから、火が消えた……』

「そこへ勇者アディが現れて、火を灯し、再びオリク様が王に、持ち主に選ばれた……!」


 ということは、早く次の後継者を決めて、魔王討伐に行かなければ、マイヤールと同じことが聖火国にも……。急がないといけない!


「早くオリク様に知らせないと!!」

『まぁ、それがいいでしょうね。宝珠を手に入れて、凍土を遠ざけ、魔王を倒すんですよね。……ああ、でも、結局私抜きでやるんじゃないですか……』

「Dも協力してよ」

『あんな奴らと同じ場所にいるのなんて……』

「なら、魔王の側まで行けるようになったら、こっそり倒しに行こうよ。僕らで!」

『…………』

「僕はきっと、約束を守るよ。契約を破ったら、大変なことになるんでしょう?」

『リリアンヌ……! 私、私……いえ、何でもないです……』

「どうしたの、D?」

『ううん、いってらっしゃい! オリク様に会って、明日は朝から出立でしょう? 眠いときは、ヤックゥの背中で寝たらいいですよ』

「えー……」

『ほら、いってらっしゃい。バイバイ、リリアンヌ』

「じゃあ、いってきます。またね、D……」


 僕はDに手を振って、寝台から起き上がった。Dは月明かりに照らされ、何も言わずに、ただの本みたいに振る舞っていた。僕はニールを叩き起こし、オリク様に会いに行った。オリク様は難しい顔をして僕の話を聞いていたけれど、すぐにどこかに出かけていった。明日……もう今日だけれども、宝珠を探しに行くのは予定通り行うと言い置いて。僕とニールはオリク様の小屋で眠り、翌朝早くにシトーに蹴り起こされた。


 こうして出発したはいいけれど、やたらゆっくりの行軍で暇を持て余している。眠れたのは良かったけれど、シトーが一緒じゃ寛げない。二日もこんな旅をしなくちゃいけないなんて……。Dの寂しそうなさようならが心に引っ掛かったまま、暗い気持ちでヤックゥの曳く車は進んでいく。

 これでジョーが、「聖堂騎士がどれくらい使い物になるか、一度試してみないとね」とか言って魔物をけしかけたりなんかしたら悪堕ち待ったなしですわ。

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