間章
四フィート半=145センチくらい です。
寝台いっぱいに広がる黄金の髪をすくって口元へ持っていくと、男はその滑らかな感触を唇で楽しんだ。右腕を枕に横たわった、彼の脇腹あたりでくすくすと笑い声を立てるのは、この豪奢な髪の持ち主だ。年の頃は十六ばかりか、そばかすの浮いた頬と眉頭の間が開きすぎていることを除けば、大きな琥珀色の瞳を持つ愛嬌のある顔立ちと言えた。化粧をすれば完璧に隠せるこの欠点をあえてそのままにしているのは、それが彼女の客の望みだったからだ。
彼女のうっすら肋の浮く細い体や、小さな胸とお尻、加えて四フィート半ほどしかない身長はこういった仕事をする上では武器になる。子どものような体形のベラを好んで指名する、そういった趣味の客がいるからだ。そんな男たちも、顔だけは綺麗にしてあるのを好むのに、この男だけは違った。間抜けな眉を隠そうとするベラを可愛いと言い、大事に扱ってくれるのだ。
彼はベラの嫌がることは決してせず、多彩な言葉やちょっとした贈り物で彼女の耳や目を喜ばせてくれる。その愛撫は優しく、手だけでなく時には口も使ってベラを絶頂へと導くのだ。しかも優しいだけではなく、たまに強引なのがまた良い。求められていることを肌で感じ、彼への愛しさが増していく。ただただ快楽だけを与えられて、彼との交合はいつもベラだけが夢中になって終わってしまう。そして気がつけばこうして、自分の髪を愛でている彼の隣で目を覚ますのだ。
この黄金の髪が彼をベラのもとへ連れてきてくれた。もちろん、他にも食べていくのに充分なだけの客を呼ぶのに役立っている。彼女は自分が恵まれていることを知っていた。生まれてすぐに娼館に売り払われ、男に媚を売って生きてきた。同じ年の少女たちが辛い雑務や使い走りをして、少ない残飯を分け合い、空きっ腹を抱えて眠る横で、ベラは他人が用意した寝具に横たわり満腹で眠りについていた。買われた少女たちの何人かは大人になれない。だが、大人になったって幸せかどうかは……。
ベラは黄金の髪を持っているからこそ、痛い思いや怖い思いをせずに仕事ができている。長く稼ぎたい娼館の主が、金払いの良くて行儀の良い客を優先的に回してくれるのだ。器量の悪い娘や運の悪い娘は、したくもない奉仕を強要されたりして体や心を壊してしまう。そんな苦界にあって、若くて美しく、しかも財力にあふれたこの男を愛さずにはいられようか。アルファラには他にも何人か、金髪の女はいるだろうが、彼が会いに来るのは決まってベラのところだ。彼女はそれが誇らしくてたまらなかった。
「アディ、ね、もっとしようよ」
アディと呼ばれた黒髪の男は、ベラの甘いねだり声に応えて彼女のへそを舐めた。くすぐったさにベラは身を捩って笑った。
「違うよぉ、もう、アディったら!」
「……ベラ、お前にこれをやる」
「わぁ、綺麗! なぁに、黄玉? すごーい!」
「今日は別れを言いに来たんだ。オレはデルタナに行かなくちゃなんない」
「え……」
親指の爪ほどもある黄玉を火に透かし、はしゃいでいたベラは、続くアディの言葉に呆然となった。アディはさらに絹の上着を取り出し、ベラの肩に羽織らせた。いつもの贈り物よりもさらに高価な品々は、つまりは別れの品だ。アディはもうここへ来るつもりはないのだと、ベラにも分かった。
「どうして? こんなの貰えないよ。むしろ、わたしが色々あげたいのに。わたし、結構いっぱいお金持ってるよ? アディが欲しいなら、いくらでも稼いでくるし。だから……」
行かないで。その言葉を口にする前にアディの唇がベラの小さな口を塞いだ。大粒の琥珀から涙が伝う。
「いい女が男に貢ぐんじゃねぇよ。女は貢がせてなんぼだろ? オレの望みは、オレがいなくてもお前がちゃんと生きてることだ」
「アディ……。愛してる……」
「ベラ……」
不実な男は偽りの愛を囁き、少女を絹の海に沈めた。快楽の波に翻弄され、一番高い場所に押し上げられたとき、のけぞったベラの熱い喉を冷たい手が覆った。すでに意識を手放してしまいそうなベラはその所業には気付かない。あまりにも細い首、手折るには男の片手だけで充分だった。
「おっと、つい手が出ちまうな」
思わず力を込めていた手を放し、男は凶暴な笑みを浮かべた。下に敷いた少女は気を失ってまばゆい裸身を晒している。その薄い胸に唇を寄せ、顔の右半分を眼帯で覆った男は別の少女の名を陶然とした様子で口にした。
「待ってろ、リリィ……。オレが本当に欲しいのはお前の首だけだ」
くくっと男の喉が鳴る。アディと名を変え、探索者として名を上げているこの男の、元の名はロランと言った。
ベラを部屋に残し、ロランは身を清めるために娼館に備え付けの浴場へと移った。さすがにデルタナと比べるべくもないが、すぐに湯が用意されるのはさすが、アルファラいちの娼館といったところか。さっと体を洗い流し、三人も入ればいっぱいの浴槽に半分だけ体を沈める。ほどほどに温まって食事も取れる居間に行くと、アレクスが寛いだ様子で茶を飲んでいた。
「ダンはどうした?」
「兄貴。ダンは……あ~、まだ、ちょっとかかる」
「アイツはまた女を虐めてんのか。顔に似合わず狂暴だな。で、お前は逃げてきたわけか」
「……鞭で打つ趣味はないんで」
「まあ、そうだな」
「そろそろ出ないと旦那に叱られちまうよなぁ」
「ああ。見つかると煩いからな」
ロランはアレクスの隣に腰かけた。手を上げて使い走りの少年を呼び、適当に腹を塞ぐ物を持ってくるように言いつけた。アレクスは待つ間の暇を潰すかのようにロランに水を向けた。
「兄貴は本当に金髪が好きだよな。今回のは長いけど、情が移ったりしねぇんで?」
「お前は、代替品に情が湧くか?」
「……いや。考えたこともねぇ」
「そういうことだよ。抱くのも、優しくするのも、本物にできねぇからだろ。別に金髪じゃなくたって構わないんだよ。お前だって、好きでもねぇのにこんなとこに付き合ってんのは、ダンが来るからこそ、だろ?」
「……なら、何もあの花売りに乗っからなくたって。あれのおかげでどれだけ遠回りになったか」
「よせよ。自分に不利になるとすぐ話をそらす。あの女はどうせ浮気したろ、あれは男をくわえこんでないと生きていけない女だからさ。だってアイツ、自分の父親とも……」
「知りたくなかった、そんなこと。旦那が可哀想だ」
「だな」
二年半ほど前にデルタナを出、聖火国へ行ったは良かったが、剣術の修業も半ばに追われるようにアルファラへ移った。ガストンが惚れていたあの花売りの娘といたしているところを見られてしまったのだ。ガストンの怒りは凄まじく、さすがのロランも身を引くしかなかった。
アレクスとダンを連れ、三人でアルファラを荒らし回った。そのときに遺跡で見つけた宝石、アダマンタイト、光を結晶化したようなそれがとてつもない力をロランに与えた。ロランは名を変え、アルファラを中心に、王都ベトナスと行き来しつつリリアンヌを探し回った。やはり聖火国に隠れているかと訪ねてみれば、約一年振りの僻地は今にも凍り漬けになりそうだった。
手っ取り早くガストンを助けるだけのつもりが、大聖堂の魔導師に捕まり、“炎の心臓”と対面することになった。ロランの持つアダマンタイトと同じようなその紅玉は、容易く炎を宿した。それからは、勇者に祭り上げられるまであっという間だった。紅玉を持ち帰ることもできず、ずっと大聖堂に閉じ込められそうになり、慌てて剣術の道場で約束があると言って逃げ出したつもりが、剣王との死合いをさせられたりもした。女に見切りをつけていたガストンと共に、しばらく聖火でもリリアンヌや他の宝石を探したが、全く見つからなかった。
もう一度アルファラを中心に、宝石の眠る遺跡の情報を手当たり次第に集め、今に至る。デルタナ付近には遺跡などない。だが、もしかしたらリリアンヌなら……。ロランは本当に久し振りにデルタナの土を踏もうとしていた。
★ガストンさんだけ名字なのは何で?★
ロラン「そりゃ、名前呼ぶと怒るからだな」
アレクス「え、どんな名前なんか教えてくださいよ、兄貴」
ロラン「アイツの名前な、エクレール・シェリー・ガストンっていうんだ」
アレクス「ブフォッ!」
ロラン「笑うな、笑うな。気にしてんだから」
アレクス「えくれぇる……か、かっこいい名前ですね……っ!」




