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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第三章 『希望と言う名の灯火を』
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フィーとサム 下

 オフィーリアが没入(トランス)に入ってから七日目、薄く目を開いた彼女は、「見つけた」といったきり夜まで意識を失っていた。次に彼女が目を開いたとき、側にはサムとジョー、ニールがいた。


「オフィーリア!」

「あ……」

「良かった……!」


 真っ先にオフィーリアの目覚めに気がついたサムが、くしゃっと顔をゆがめて笑った。サムの手を借りて上半身を立てたフィーは開口一番、


「至急、堂主様へ……いえ、オリク様へお目通りを。衣を着替えてすぐに参ります」


 その言葉を受けて部屋に控えていた御用人(ごようにん)がひとつ頷いて退室した。


「何を言ってるんだ、フィー」

「どいてサム、邪魔よ」

「七日七晩飲まず食わずで、どれだけ心配したか!」

「サム、そんなことより……」

「そんなことじゃない!」


 サムの恫喝に空気までもが息を殺して縮み上がる。オフィーリアの体が揺れ、サムは彼女を抱き寄せ、自分の胸へと寄りかからせた。そもそもが生命の限界まで没入していたのだ、すぐさま立って動ける道理などない。没入状態が解かれ、触れる許可が出てからもサムにできることはオフィーリアの体を温めてやったり口を湿(しめ)してやることくらい。目が覚めねば衰弱死もあり得ると脅されていたのだ、平生は良く笑い、怒鳴ることのないサムが激昂してしまうのも無理はない。


「オフィーリア」

「……ごめんなさい。サム、許して。ね?」


 サムは黙って、オフィーリアの額にかかる柔らかな髪の毛に鼻筋を埋めた。力強く、だが苦しめないように腕を回して彼女を抱きしめる。そのサムの手が細かく震えているのを感じたオフィーリアは、自分の手をそこに重ねた。


「もう大丈夫だから。ね?」


 言葉を重ねて。オフィーリアはサムを宥めた。そんな二人の様子を見守っていたジョーとニールは、できるだけ音を立てないようにして部屋を出て行ったのだった。






 明け方、最初の鐘が鳴る頃にオリクはオフィーリアに与えられてある居室を訪ねるために大聖堂に入った。自身もまた優れた魔導師(マギ)であり魔術師でもあるオリクは、夜更けに御用人からの伝言を受け取るや、オフィーリアのもとに医師と治療術士を急行させた。診察をし食事を摂らせ、清拭し、その上で時間を置いてから訪ねることを了承させた。鍛え抜かれた肉体を持たないオフィーリアが、没入(トランス)を終えてすぐの状態でまともに動くことはできないだろうと判断したからだ。


 没入ができるほどの魔導師の少なさゆえに、没入後の魔術師に対しての適切な対処ができなくなってきているのをオリクは感じた。明らかに聖堂に仕える者たちの質が下がっている。無理解が広がっていると言い換えてもいい。現在の堂主ですら没入を経験していないのだ、その下に仕える、術士ですらない者たちがどうして没入に備えられよう。


(やはりここは私が没入するべきだったか)


 すでにオフィーリアの前に二人、実力のある魔導師が没入して戻ってこられずに死んでいる。いずれも、まだ若い魔導師で、没入の経験はなかった。だが、凍土を溶かし国を取り戻すためには聖典に触れて知識を吸い出すことが必要不可欠だったのだ。未経験者を投げ入れるべきか、それとも高齢のオリクに死の危険を冒させるか……。結局、“炎の心臓”に認められたオリクを失うことを恐れた堂主は、若い魔導師に死を命じた。


「オリク様、参りましょうか」

「ああ、そうしよう」


 魔導師たちの居住区の前で待っていた堂主と、その後ろに控えている魔導師三人がオリクを敬意の所作で迎える。オリクもまた礼を返して彼らの前に立って歩き出した。堂主はオリクより十も若いというのに、突き出た腹と猫背、皺の寄った弛んだ頬のせいで、逆に彼の方が年寄りに見える。にんまりと喜色を浮かべ、彼はぎこちなく体を揺らして歩いている。堂主ルザークの捜し求める凍土を焼き払うための手段を、あの娘は見つけたのだろうか。オリクは思考をめぐらせた。


 堂主はかつて世界を焼いたと伝えられる伝説の(ドラゴン)の眠る地を捜し求めているのだ。そこには金銀財宝が隠されているとも、この世の王になれる宝玉が抱かれているとも言われる。決して触れてはならないと言われるその情報を、解き明かそうと言い出したのは果たして国や世界を救うためだけなのだろうか。魔王に関する情報よりもさらに厳重に守られているというのに、その竜がヒトに従うものなのかすら分かっていないというのに。


 あの黒髪の若者、勇者アディが甦らせてくれた“炎の心臓”のおかげで大聖堂の周辺だけは辛うじて凍結を免れているのが現状だ。そして彼は“心臓”の権利を放棄し、国外へと去っていった。生き残っていた民のほとんどはマイヤールへと流入し、今現在も凍土から生まれ続ける魔物を駆除するために残った聖堂騎士を養うのはマイヤールの援助である。実質、聖火国は滅んでいるのだ。そう、オリクの後任である堂主ルザークに代替わりしてからのことだ。


 彼に責任なぞ、ない。ルザークが何かしたわけでもしなかったわけでもない。ただ、そう、ひどく時機の悪い偶然だったのだろう。オリクの代にそうなってもおかしくはなかったのだ。だが、無知な民にとってはそうでなかったようだ。ルザークにどんな言葉が投げられたかは、想像に難くない。だからこそオリクは彼のやることに口を挟まなかった。何の異議も唱えなかった。彼は堂主として正しく判断を下し続けているだけなのだから。ただし、竜に関してだけは……!


 だが、オリクの恐れに反し、オフィーリアは「竜の眠る場所は分からなかった」と言った。


「竜は危険です。我々に操れるものではありません。私は竜の居場所を探っている最中にはじき出されたのです。どこに彼の竜が住まうのか、見当もつきません」

「じゃが……!」

「それより、“心臓”を掘り出すべきでしょう。幻視(ヴィジョン)は堂主様が帰ってきた民を迎えている場面を伝えてきました。その表情は歓喜に満ち、作戦は成功しているようでした」

「そうであろうか……。じゃが、じゃが……」

「私が魔物払いのために、聖堂騎士に同道します。そうすれば彼らは“心臓”の発掘に力を注げるでしょう」

「ルザーク様、発掘が成功すれば士気もあがるであろうし」

「そうは言っても、勇者はもう、おらんのじゃぞ?」


 渋る堂主に、オフィーリアだけでなくオリクも言葉をかける。


「後はもう、勇者を待つだけということになれば、民も安心しましょう。ルザーク様のおかげで“心臓”が大聖堂にもうひとつ収められるのだから」

「そうじゃろうか」


 なかなか首を縦に振らないルザーク。とりあえずは“心臓”を入手してからということで話は纏まった。その後も何度か、名残惜しげに竜の話題が出たが、その度にオフィーリアは同じ言葉を繰り返した。彼女の背後に立つ大男の表情が段々、段々と険しさを帯びていくのに気がついた堂主ルザークは、適当な言葉でオフィーリアの功を労うとさっと帰っていった。オリクは残り、オフィーリアに向かって微笑んだ。


「さて、オフィーリア。まだ快復しないところを本当にご苦労だった。ところでその、山狗みたいな彼の顔色が悪くなっていくばかりなのだが、大丈夫かな」

「あら、ふふふ。ご心配なく。ただちょっと、野生に戻りかけているだけですから」

「野生にね……。野に放たんでくれよ、ルザークに噛みつかれてはかなわん」

「もちろんです」

「ところで、竜のことだが……」

「私は何も知りません」

「そうだ。それが一番いい。それでは失礼しよう」

「お越しを賜りありがとう存じます」


 そつのない対応に内心で舌を巻いたオリクだったが、そんなことはおくびにも出さず部屋を辞した。オフィーリアは没入から目覚めた。それはつまり、勇者アディと同じ資質を持った少年、ジョーが動き出すということだ。彼はオリクの目前で“炎の心臓”の火を消し、また灯して見せた。だが油断はできない。凍土の魔王を完全に止めることができるのは、女だけ(・ ・ ・)なのだから。






 二人きりになった部屋で、黙りこくる男を前にオフィーリアは困り果てていた。没入(トランス)から覚めてのあの出来事から、サムはひと言も発することなくしかめっ面をしているのだ。かといって、出て行くわけでもなく、彼女の側にじっと控えている。ただ、そっぽを向いているだけだ。


「ね、サム……。サムったら。怒っているの?」


 返事はない。オフィーリアは編んでいた髪をほどき、寛いだ服に着替えながらサムの様子を窺った。どうやら、意識は彼女に向けられているようである。その証拠に耳が赤く、体もどこかそわそわとうずいているようだった。オフィーリアはその背中を、抱き締めた。どんなにぎゅっと抱きついても、彼の胸の前で手が組み合わさらない。


 サムは背に押し当てられる柔らかな膨らみと心地よい体温を感じた。寝台に腰かけた彼にオフィーリアが抱きついてきたのだ。過度な接触によりサムの体は硬直した。


「サム、私は魔導師(マギ)なのよ。自分の命よりも守るべきものがあるの」

「……そんなもの!」

「ねぇ、サム。貴方の命よりも大事なものは、なぁに?」

「…………」

「私にとって、それは何よりもひとの命、生活だわ。私が太守の娘だからという理由だけじゃないの。私が、そう望んでいるのよ」

「…………」

「ねぇ、サム。私、貴方に優しくしてあげたいの。ね、いらっしゃい」

「優しさなんて、欲しくない……! むしろ、おれは、おれは……!」


 オフィーリアの腰を抱き、強引に向かい合わせになったサムは、柔らかな寝具に彼女を押し倒した。オフィーリアは驚きに目を見開いたが、すぐに微笑んだ。サムの首に巻かれた飾りに手を触れ、次に頬を撫で上げる。


「サム……。ほら、よしよし。いい子ね……」

「うぐ…………」

「大丈夫。もう大丈夫よ」


 オフィーリアはサムの頭を自分の胸元に導き、抱きかかえた。赤子に言い聞かせるようなその声は、安らぎに満ちていたのだった。

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