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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第三章 『希望と言う名の灯火を』
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フィーとサム 上

 様々な手続きを終えたサムは、旅の汚れを落としてこいと、蒸し風呂に放り込まれた。大陸の中央近くで生まれ、各地を放浪してきたサムにとって、蒸し風呂というものは別に初めての経験ではない。湯帷子(ゆかたびら)だと渡された衣もさっと身に付けて、暖められた木の良い匂いがする浴室内にどっかりと腰を下ろした。


(気に食わんな……。待遇は良いし、オフィーリアに危害が加わることはないだろう。が、必要とされているというよりは、利用してやろうという意思が透けて見えるんだよな……。いざとなったら……)


 術士でない者を二、三人くびり殺して、騒ぎに乗じて抜け出してやろう、とサムは考えていた。大体、“大聖堂”と呼ばれるこの領域は通常の聖堂と違い広大な敷地を持っている。聖典が納められている聖廟、何十という講堂、千を越す人間が暮らせる居住区、各種生活施設、食堂やそれに付随する施設、聖堂騎士たちの装備を納める倉庫……挙げ出せばきりがない。王宮よりよほど広いのではないだろうか。


 案内されながら、「迷ったら最後、戻れないかもしれませんよ」と脅されたほどだ。ならばこそ逆に、オフィーリアを連れて二人、逃げ隠れすることも不可能ではないように思えた。


(まぁ、そんなバカなこと、最後の最後にしかやらんがな)


 額の汗を指で乱暴に拭い、サムは壁に背をもたせかけた。誰もいない浴室にひとりだ、寝転がってみても叱られはしないだろうかとおかしな考えが浮かんできた。やってみようかと腰を浮かせ、ふと、自分が入ってきたものとは違う戸が目に入る。蒸し風呂で温まったら垢すりをしてもらうのだが、そのための部屋はさっき通ってきた。ということは、何か別の部屋と繋がっているのだ。


(何があるんだ……?)


 興味を覚えたサムが立ち上がり手を伸ばした時、いきなりその戸が開いてオフィーリアが入ってきた。


「きゃっ、どうしてここにいるのよ、サム!」

「す、すまない、フィー……」


 まず目に入った、ぐっと盛り上がった湯帷子の胸元から視線を引き剥がし、サムはオフィーリアの顔を見詰めた。唇を尖らせてはいるが、怒っているわけではないようだ。


 下半身だけの湯帷子しかないサムとは違い、オフィーリアは肩口から袖を落とした、一枚仕立ての湯帷子を身に付けていた。ただし大きく張り出した双丘と、裾が短いせいで丸見えの太ももという、ひどく無防備かつ扇情的な格好になってしまっているのだ。オフィーリアはふぅ、と悩ましげな溜め息を吐いて浴室内の腰掛けに座ると、サムに隣に座るように誘った。


「え……えっ?」

「どうしたの、早く座りなさいな」

「いや、だって。おれは出た方がいいんじゃ?」

「どうして? 一緒に温まりましょうよ」

「どうしてって……」


 蒸し風呂は男女が一緒に入るものだと言ってオフィーリアは笑った。サムは、オフィーリアの「どうしてここにいる」という言葉が「どうして蒸し風呂にいるのか」ではなく、「どうして戸の前に立っているのか」の意味だったのだと思い至った。それならばと遠慮することなく隣に腰を下ろしたが、その判断は間違いだったとすぐに思い知ることになるのだった。


 なぜなら、まず、かなり近い。オフィーリアの息遣いがすぐ側で聞こえるし、気のせいかも知れないが甘い匂いもする。それに、どうしたって胸が目に入るし、その下は眩しい白い太ももがこれ見よがしに晒されているのだ。しかもオフィーリアは据わりが悪いのか、かなり頻繁に足を組み代える! もう狙ってやっているのかと思えるほどだ。短い湯帷子の裾は座ったことでさらに短くなり、足の付け根すら見えてしまいそうだ。男用の湯帷子と同じ作りなら、この下には何も穿いていないわけで……。


(まずい! かなりまずい……! 求婚したとはいえまだ口づけすらしていないのに、順番を違えるわけには……いや、でも! ここで押し倒して頬を叩いて貰うというのはかなり心惹かれる選択肢だ。突き飛ばされて床に転がされ、蔑んだ目で見下ろされたい! 詰ってほしい! 黒術で動けなくされて踏みにじられたい!)


 前屈みになり、甘美な妄想に浸るサム。そんな彼に気づかないオフィーリアは一生懸命、魔導師(マギ)と魔術について語っていた。


「……だから、聖典を読み解くことはある意味命がけなのよ。没入(トランス)して戻れなくなってしまった見習いはたくさんいるもの。でも、私はきっと戻ってくるわ。だから……サム? 聞いてる?」

「っ!! あ、ああ、うん」

「大丈夫なの?」

「もちろん! だが、そろそろ出ようかと……っ!?」

「なぁに?」


(す、透けている……!!)


 それが最後のひと押しとなり、たまらずサムは浴室から飛び出した。その背中にオフィーリアは、


「サム、きちんと水分を取ってね!」


 にこやかに手を振り、しかしふっとその笑みを消した。


「ごめんなさいね、サム。本当ならもっときちんと話をしないといけないのだけれど……。これ以上の機会はないのよ」


 魔導師にとって白術も黒術も、結局は表層を動かすだけの児戯である。相反する特性を持ちながらも、同じような効果をもたらす術も多い。術士だけが習得でき()るものでもなければ、何でも可能な超常的な力でもない。だが、世のヒト族は目に見えるものを敬う。未成熟なまま力を操る者が頂点に立てば、それは悲惨な出来事をもたらすだろう。だからこそ、導師が教え、導き、術士に資格を授けるのだ。


 その中で魔導師は、ただ術の特性と使い方を知っている者ではなく、術を用い、また、それとは異なる方向から“変える”ことができる者だ。己の内面世界に没入し、読み解く者であり旅人である。その旅は己を“変える”だろう。世の表層での出来事によって凝り固まった常識は打ち砕かれ、魂とは何か、己は何かを知ることになる。だが、内面世界は入り組んでおり、迷えば出ることはかなわず肉の器は朽ち果てる。そして、内面世界で己と向き合うことに失敗すれば魂は砕け、空っぽの体だけが残されるのだ。


 オフィーリアは没入する資格は得たものの、魔導師から魔術師になることはできなかった。なぜなら、まだ彼女は内面世界での旅を終えていない。陰の気しか持たない彼女は、魔術師になるには圧倒的に不利なのだ。


 魔術師は内面世界の旅を終え、己を変容させた者に与えられる称号だ。そして彼らの試練には次の段階がある。己の肉体を変えることだ。“変容者(シェイプシフター)”となって陰と陽とを併せ持ち、己を変え、世界すら意のままに変える“魔法”を操ることができるようになる。それがつまり、“真なる人間”である。


 不完全な世界に生きる、不完全な生き物たち。それがオフィーリアたちヒト族である。魔法使いはもういない。魔術師ですら、何人もいない。その次の段階まで進んだ者など、すでに失われた過去にしか存在しない。


 聖典を読み解くには没入が必要だ。没入するということは、たったひとりで命がけの捜索をするということだ。


(世界は凍りかけているわ……。早く、誰かが止めないと……)


 オフィーリアは立ち上がり、湯帷子を脱ぎ捨てた。


「でもまずは、旅の疲れを取って、しっかり寝なくっちゃ。垢擦りが楽しみだわ!」


 もしかしたら人生で最後になるかもしれないのだ。オフィーリアは楽しみに興じることにした。いつでも前向きに、くよくよしない。それが彼女の掲げる生き方であるのだから。

ふぅ……(賢者タイム←ダブルミーニング)

もうちょっと、おっぱいとくびれについて語れば良かった。(本筋ェ……)

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