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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第一章 『長い長いプロローグは破滅の香りを纏っている』
6/99

間章

 青年は清潔なベッドに寝かされていた。体格の良い若い男だ。黒い髪は短く整えられており貴族的な品の良さを醸し出していたが、今はその髪も油じみてしまっている。何日も洗っていないからだろう、額も頬もべたついていた。だが、それは彼の魅力を損なうどころか、荒くれ男の野性味を与えていた。


 彼の美貌に一つ疵があるとしたら、それは右目を覆う包帯だ。その包帯の下は醜い傷口があり、その眼球は損なわれてしまっていた。彼の犯した罪の代償は失明だけでは済まず、眼球を摘出しなければならなかったのだ。傷口は膿み、熱が彼の意識を奪い、三日のあいだ生死の境を彷徨わせた。


 彼がこのデルタナの施療院に運びこまれてから、もう五日になる。持ち物や連れの人間の証言から、彼がロートリンゲン伯爵の三男、ロランであることが分かり、最高の治療が施されたのだった。そうでなければ熱によってとうに死んでいてもおかしくなかった。今も彼を生かすために術を施してはいるが、そろそろ限界が近い。自力で意識を取り戻せねばやがて眠るうちに死が訪れるであろうと言われていた。


 いつものようにその朝も施療院の女助手が、ロランの唇に水を含ませた綿を当て、渇きすぎないようにし、体を拭き清めた。そして仕上げにと枕元の小卓に白百合の花を活けたとき、その強い香りに刺激されてか、ロランの瞼がわずかに動いた。彼女が覗き込むと、ロランは呻き、眉を動かした。勘違いではない、彼はまさに眠りから醒めようとしていたのだ。助手は部屋を飛び出していく。


「術士様、術士様~!」


 ロランは部屋を見回すと、しばらくぼんやりとしていたが、ふいに上半身を跳ねあげた。

 右目の違和感。震える手で包帯の上から触れた彼は、己の身に起きた事をはっきりと思い出していた。


「お、お、おぉぉぉぉ!!」


 包帯を掻きむしると、傷口が露出する。


「くそ、くそ、くそぉ!!」


 苛立ちのあまり振り回した右手が、小卓に当たって花瓶を倒す。陶器の割れる音がやけに大きく響いた。むせるほど強い百合の香りがあたりに漂う。ロランの覚醒を手助けした清楚な花の香が。激しい怒りと衰弱で彼の体は悲鳴を上げていたが、それにも構わずロランは爪が己の手を傷つけて血が流れるまで拳を握りしめていた。


「リリアンヌ……!」


 小卓の上に散らばる白百合。

 それが白い肌をした生意気な女の顔と重なる。


 ロランはそれを拳で叩き潰した。

 それだけでは鎮まらず、百合を掴み取り、思い切り握り締める。まるで少女の首をその手の中に幻視しているかのように、力強く。


「犯して、右目を抉ってやる! 腹を裂いて生きたまま(はらわた)を犬に喰わせてやる……! 必ず……必ずなぁ!!」


 掌中の残骸をベッドに散らすと、香りが一層強くなる。


(リリアンヌ……リリィ……! 待っていろ、この花のように、めちゃくちゃにしてやるからな……!)


 暗い愉悦がロランの心を支配していく。彼の中には泣き喚く少女を蹂躙することと、いかに長く苦しめて殺すかしか無かった。いつしか彼は笑っていた。






 翌朝、ロランの部屋には三人の取り巻きの姿があった。下っ端のダンは小さな木箱を抱えている。


「よぉ、オマエ()、朝から悪ぃな」

「そう思うなら呼ぶなよ。ほらよ、職人のケツを蹴って急ぎで作らせた眼帯だ」

「ど、どうぞ、ロランさん……」

「おう、ありがとな」


 ぶっきらぼうに軽口で応えたガストンが、ダンの背中を叩いて押し出す。ロランの次に強いガストンは中背だが固太りで、腕も丸太みたいに太いので、ちょっとしたスキンシップもかなりの威力だ。体格の良くないダンは悲鳴を上げずに済ますのに苦労した。


 ロランが箱を開けると、布に包まれた革製の眼帯があった。鉢金の役割も兼ねた、額を覆うベルト。そこから伸びるベロが頬までを完全に隠しており、ちょっとやそっとでは外れないようになっている。端の処理も丁寧で細かく鋲を打ってあり、手に取ると重みがずっしりと伝わってくる。


「へぇ、良い品だ」

「特注品だぜ。見舞いだ、見舞い」

「兄貴、おれが着けてやる」

「ああ、頼むわ」


 ロランの弟分で、手先の器用なアレクスが眼帯を着ける役を買って出た。包帯をほどき、代わりに眼帯のベルトを締めていく。位置も何度か意見を聞きつつ調整して、納得のいく場所に収まった。


「お~、よく似合ってるじゃねぇか」

「兄貴、具合はどうだ?」

「悪くない。ずり落ちたり痛かったりもしねぇしよ」

「そいつぁ良かった。しばらくはむず痒いかもしれねぇが、ちょいと我慢してくれや」

「療術士みてぇな事をいいやがる」


 ガストンがにやりと笑うと、ロランも口の端を歪めて笑った。


 ダンは病室に置いてあった少ない私物を袋に詰めていた。ロランとガストンが同じ十六歳、アレクスが一つ下の十五歳、ダンは少し離れた十二歳で、自然と黙って雑用をこなすポジションだった。黙って手を動かしていたが、ロランが怪我をした当日に着ていた、襟に血がついたシャツを見つけた。手に取ったそれは染みがついているものの上等な布で織り上げられた一点ものだ、洗濯屋に持ち込めば元通りになるかもしれない。どうするべきか迷った末、ダンはそれをロランに見せた。


「ロランさん、これ、どうしましょうか……ッ!?」


 瞬間、憤怒ふんぬに歪んだロランの表情に、ダンは息を飲み込んだ。アレクスがダンの頭を張ると、小気味の良い音が室内に響き、ロランは元の自分を取り戻した。


「ダン、捨てておいてくれ」

「は、はいぃ! い、行ってきます!」


  ダンは悲鳴じみた声を上げて部屋を出ていった。


「……んで、これからどうするよ、ロラン」

「あの女は見つかったのか」

「すいません、兄貴。金をやって探させてるが見つからねぇ」

「ビビりすぎて街を出ちまったかもなぁ」

「旦那、そりゃあ無い。あいつは金を持ってないはずだ」


  ガストンの言葉にアレクスは嫌な顔をした。もしガキが街を出てしまったとしたら、行方が分からなくなる。そうしたらロランの仇を取れないではないか。アレクスはそう思って否定してみたが、ロランもガストンと同じことを考えていた。


「街を出てるかも、な。アイツは賢い。持ち物を売って金に変えれば他の街への馬車に乗れる」

「なら王都か!」


 ガストンが勢いづく。だがロランは(かぶり)を振った。


「違うな。アイツは家には帰れねぇ。セドリックの話しじゃアイツは両親と一緒に死んだことになってる。じゃなきゃセドリックが継ぐ理由が無い。だが、女ひとりどうするか……」

「俺にはあのガキがそんなに行動できるとぁ思えねぇんですがね。あいつはまだ九つなんでしょう?」

「馬鹿、それはセドリックのことだろうが。アイツはもうすぐ成人だ。オレをヤれるくらいには頭も度胸もある」

「へー、あのガリガリがねぇ」


  ガストンもアレクスも顎をさすって感心した。彼らの見立てでは、小さくて無力な子どもであるリリアンヌは、どこかで野宿しているか、奴隷狩りにでも遭って娼館に身を落としているかのどちらかに思われたからだ。

  だが、ロランは全く違う考えを持っていた。


(無力ではあるが、知恵を働かせる事が出来る女だ。どこかに身を寄せて、安全に暮らす道を選ぶだろう。子爵の息子――本当は娘だが――が伯爵の息子を傷つけて、ただで済む訳はない。普通の人間として生活するなら隠れる場所がいる。例えば……)


「聖火教……あそこならピッタリだな。よし、オレは聖火国に行くぜ。あの国には剣で鳴らした剛の者がいたしな」

「はぁん、そりゃ良い。俺もついて行くぜ!!」

「おれも行くぜ、兄貴」

「なら決まりだな。明日には立つ。……待ってろよ、リリィ!」


 ロラン一行は雪と氷に覆われた最果ての地、聖火国へと行き先を定めた。

 この国の成人年齢は男が十五、女が十二です。


 そしてもう一つ、この世界では治癒術もといほとんどの魔術知識が失われ、かつ発展途上のため、治療は大雑把で効果は期待できません。しないよりマシなだけです。

 魔術は万物の動の側面を補強する白術、万物の静の側面を補強する黒術、そして術式に囚われることのない魔法…。これらはいつかまた本編にてご説明します。


 お読みくださりありがとうございました。明日も更新します。

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