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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第三章 『希望と言う名の灯火を』
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意外な再会

 イレーヌの泣き声を聞きつけて怒鳴りこんできた男には見覚えがあった。それは向こうも同じだったようで、彼は振り上げていた拳を一度下ろした。明るい栗色をしたもじゃもじゃの眉毛の下に見えるのは、イレーヌと同じ空の青を写し取ったように輝く瞳。門前で世話を焼いてくれた青年、ポッソだった。


「どうなってんだ、こいつぁ……」


 涙で頬を濡らすイレーヌ、その側に跪いている僕、少し離れたところに立つニールと、それぞれに視線を向けて状況を読み取ろうとするポッソ。イレーヌは兄である彼じゃなく、僕にしがみついて弱々しく鼻をすすった。


「イレーヌ?」

「お兄ちゃん、あのね、あのひとがいじめるの!」


 イレーヌはビシッとニールに指を突きつけた。


「えっ、ええっ?」

「くそチビ……」


 ポッソは困った顔で突っ立っているし、ニールはゲンコツを作っているしで何とも奇妙な状況になってしまった。とにかく。僕に出来ることはイレーヌを背後に隠してあげることだけだ。


「そこどけ、ジョー」

「だ、だめ」

「ベーッ、だ。いじわる男ぉ!」

「そこどけ。殴る」

「だめ」


 あああ、ニールが大人げなく本気で怒ってる。やめようねイレーヌ、見えてないけどきっと変な顔して挑発してるでしょ。僕が首を振ってイレーヌを庇うほどニールの唸り声が大きくなる。


「ポッソ、見てないで止めよう? 可愛い妹の頭にたんこぶできちゃうよ」

「いやぁ、いいクスリになるんじゃねぇかなぁって……」

「お兄ちゃんの、ばぁか!」

「なんだとぉ?」

「ちょ……」


 なぜ自ら敵を増やすのか。

 僕の制止も空しく、最終的には「兄として罰を与える」という名目の下にイレーヌはげんこつで頭をぐりぐり(妥協案)されてしまったのだった。激しく泣く彼女を抱きしめてやりながら、僕は、どうして世の中から争いがなくならないんだろうということに思いを馳せていた。






 イレーヌも泣きやみ、僕たちは改めて自分たちのことを語り合った。顎に薄くひげを生やし、長身のポッソは大人かと思いきやまだ十七だった。成人しているとはいえ、駆け出しだと言える。濃い体毛に太い腕っ節、なかなかに身の軽い青年だと思う。イレーヌとは兄と妹ということにしているけれど、実際には血の繋がりはないそうだ。親のいない子どもの群れの中、のけ者にされていたところを悪い大人に連れて行かれそうになっていたイレーヌをポッソが助けたのだ。


「もちろん人間の売買は罪になるんだが、別の街に連れて行けば咎められたりしないからな」


 ポッソが苦々しくそう言う。「明日はわが身」だった過去を思ってゾッとした。ひとを買うような大人がいなくならない限り、こういった犯罪はなくならない。もしも僕がそんな奴らを見つけたら、絶対に許さない。きつくお仕置きをする必要がある。


「イレーヌは特に、可愛いだけじゃなくて金髪だからな。悪い奴がちょっかいかけてくんだ。だからさっきもそうかと思っちまって、怒鳴って悪かったな」

「気にしないで。ポッソは当然のことをしただけだよ」

「あんがとよ」


 ポッソはなぜか僕の膝の上に座っているイレーヌの頭を撫で、ついでに僕の頭も撫でた。話をしながら、四人で固まるようにして廃材に腰掛けているのは、身を寄せ合っている方が暖かいからだ。こっそりと、不自然にならないように風を除けつつ空気を暖めるのも忘れない。


「心配なんだ。こいつぁ、いつまで経っても他のガキ共と馴じまねぇし。それに、誰かから食わせてもらってんだ。やめろつってんのによぉ……」

「ジャンはいいひとだもん!」

「こいつ意固地になってて、どこでどんな奴に食い物貰ってんのかも教えねんだよ」

「おい、くそチビ、そういうの良くないぜ? いいヤツのフリしたのなんざ腐るほどいるんだ」

「ふーん、だ!」

「この……!」

「落ち着いて」


 拳を震わせるニールを宥めつつ、僕は膝から下ろしたイレーヌと同じ目線で、しっかりと彼女の目を見た。


「イレーヌ、もうそのひとと会っちゃいけない」

「でもぅ……お友だちだもん」

「本当にお友だちなら、兄さんに紹介できるはずだよ。それができないのは、知られたら怒られると思ってるからじゃない? 心の中では分かっているはずだよ、いけないことだって」

「ないしょだって言うから……」

「内緒で物をくれるのは、いいひとなんかじゃないよ。イレーヌ、もう、終わりにしよう?」


 イレーヌは僕が語り掛けている間も、スカートの端をいじったり、視線を泳がせていたりしたけれど、最終的には頷いてくれた。


「ジョーがそう言うなら、そうする」

「ありがとう、イレーヌ」


 イレーヌはにっこりと笑った。


「納得いかねぇ……」

「ああ……」


 ニールとポッソ、ちょっと黙ってて。


「ジョー、あっちで遊ぼ。お兄ちゃんはほっとこうよ!」

「え、いいの?」

「うん!」

「いっちまえ、いっちまえ。俺はポッソと話がある」


 イレーヌに手を引かれ、僕は廃材置き場を後にした。ポッソと何の話をするんだろうか。なんだか体よく追い払われた気がするのは僕のひがみだろうか。


「イレーヌ、どこに行くの?」

「いつも遊ぶところ」

「さっき言っていた、ジャンのところ?」

「ううん、違うよ。いいところ!」


 ちょっと残念なようで、ちょっとホッとした。ポッソはジャンの正体を確かめたがっていたし、僕も気になっていたからだ。もし、イレーヌの言う「いいひと」が、本当にいい大人なら安心できる。だけど、もし、人買いだったとしたら、僕はそいつを……。


「っ!?」

「ジョー?」


 背中にビリッとくる嫌な感覚に振り向いたけれど、そこには誰も見えなかった。行き交う人々に紛れてしまったのだろうか。まばらな彼らに目を凝らしてみても、悪寒の原因になるような人物はいなかった。


「ごめん、気のせいだったみたいだ」

「じゃあ、行こう!」


 もう一度振り向く。

 石造りの建物はわずかな陽光に照らされて、ひどく長閑に見えた。

すごい犯罪臭がするわぁ。

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