大聖堂は立入禁止
まずは、と向かった大聖堂は堅固な門壁に閉ざされていた。聖堂は誰にでも開かれているのではなかったんだろうか。門を守っていたのは先ほど出会ったレムやシトーと同じく、聖堂騎士だった。
中に入ることも、フィーに会うことも、フィーを呼びだしてもらうことも、すげなく断られた。いっそ暴力に訴えてやろうかと思わなくもない。実際にはできないので、心の中で思うだけ。
「くそっ、どけっつってんだろ! 仲間に会いに来ただけだっつーの! 勝手に引き離しといて伝言すら受付けねーとか、ざっけんなよ!」
「ニール、やめようよ……」
騎士たちの頑な姿勢がニールを苛立たせ、ニールの態度の悪さが騎士たちの忍耐を試している。すでに彼らの額に青筋が浮かんでいるので、僕に残された時間は少ない。このまま続ければつかみあいになるかもしれない。そうなったら僕はニールの味方をするから、乱闘は避けられない。……騎士に【雷撃】を食らわせて逃げるかな。
「役に立たねぇ騎士どもが、こんなとこで棒立ちになってねぇで魔物の一匹でも倒してこいよ!」
先ほどからニールの暴言を聞き流せずにいた年配の騎士が、ぐっと杖を持つ手に力を入れた。ミシリと、木が軋む幻聴でも聞こえてきそうだ。僕は左手に【障壁】を展開できるようにそっと準備した。
「ニール……」
「お? やんのか、おっさん!」
空気が変わる、騎士が一歩をこちらに踏み出そうとしたそのとき、
「困りますね~、君たち。ダグザ、後でちょっと来なさい」
「……っ、はい!」
胡散臭いレムと好戦的な大男シトーが柵の向こう側、大聖堂の扉から出てきた。ダグザと呼ばれた男より年が下のレムの方が偉いようだ。暴力の前の緊張感に満ちていた場が、すぐに元のような静けさを取り戻していた。二人は柵を開けて僕たちの前までやってきた。
「坊やたちさ、悪いけどここで騒ぐのはやめてね。ひとが見たらどうしたのかなって思うでしょ」
「……あんたらが人質取るような真似すっから頭に来てんだよ」
「う~ん。そういうのも含めて、ちょっと違うとこでオジサンとお話ししないかい?」
困ったように笑うレム。でも騙されるもんか、ここで引き下がったらやっぱりフィーには会えないだろう。術がほどけてしまわぬように維持しながら成り行きを見守る。
「せめて言付けくらい届けろよ。こっちはいつまでも引き離されてるつもりはないぜ!」
「……本当に困った子たちだ」
シトーがニールの前に立ち塞がった。目測でおよそ六フィート半、見上げ続けると首が痛くなるような大男だ。ニールの体が、いつでも動けるように重心を静かに移していく。ダメだ、こいつはそう簡単にはいかない、ニールが勝てないとは言わないけれど、五分の相手とやりあうにはここでは不利すぎる。
僕は右手に【雷撃】を導こうとして……失敗した。
「っ!?」
「!!」
瞬間に襲ってくる虚脱、体の中で相反する力がぶつかり合って消えてしまったような。疑問に思う暇も与えられず、僕は迫り来る投げナイフから逃れるために身を捩った。
(避け……られない……!)
「シトー!!」
耳に響く重低音、それを発したのがレムだというのがまず驚きだった。彼はシトーが僕に向けて放ったダートを手甲があるとはいえそのまま叩き落した。かん高い金属音。舗装のされていない半分凍った固い地面に柄まで埋まったダート。常人では為し得ないだろう早業に背筋が冷えた。
「なっ……」
遅れてニールもダートに目をやった。シトーとレム、ダートへと忙しく視線をさ迷わせている。シトーはといえば、レムの制止が聞こえなかったかのように僕を睨みつけたままだ。腰の剣に手をやりつつも抜いていないのは、抜けば今度こそ命のやり取りに発展する可能性があるからだろう。その場合、果たしてやりあうのは僕とシトーなのか、それとも……。
「……コイツを生かしておくべきじゃない」
「なんだって?」
「コイツは魔の者だ。外典の輩だぞ……」
シトーの声は腕に込められた覇気とは違い、平坦そのもので感情が読み取れない。僕は彼と睨み合ったままでせめて姿勢だけは立て直した。それにしても、僕が魔の者とは、言ってくれる。デルタナの街でもらった二つ名と同じくらいひどいんじゃないだろうか。僕が何をしたって言うんだ。殺さなきゃいけないくらいに危険だと? 何かの過ちを犯したとでも言うのか?
「シトー、彼はただの子どもだよ。何もしていない子どもを殺せるもんか」
「放置すれば災いを呼ぶ」
「あのねぇ……」
こちらを無視した二人のやり取りに怒った顔で割り込んでいったのはニールだった。
「おい! ふざけんなよ、人質として閉じ込めたかと思えば、今度は殺そうとすんのかよ! この国の騎士ってやつはどうなってんだ!?」
「あ~、いや、すまないね。どうにも彼は気が短くて。危害を加えるつもりはないよ。うん、ただね、やっぱり思うんだけど、ここにいてもらっちゃ困るなぁ。だから、バイバイ」
「なんだと~?」
僕とニールは、レムによって大聖堂の前から追い払われてしまった。シトーの手で猫の仔みたいに外套の後ろを引っつかまれて、適当な場所に投げ捨てられた。大人しくそれを受け入れたのは、僕だってできれば争いたくはなかったからだ。
それでもシトーの目の鋭さは変わらなかった。それどころか最後の最後に、死角から蹴飛ばそうとまでしてきた。僕は剥き出しの地面から棘を作り出す【土棘】を、蹴りが当たる位置に置いた。あえてシトーの方は見ない。歩いて去る僕を、彼はどんな気持ちで見送ったのだろうか。
僕とニールは大聖堂から離れた空き地に、いや、土砂を廃棄する場所に来て座り込んでいた。僕は人間に殺されそうになったことで気落ちしていたし、ニールは苛立っていて、僕らは二人ともしばらく口をきかなかった。
「くそ、あのデカブツ!」
「正攻法じゃ、中に入れてもらえそうにないね……」
「じゃあ、忍び込むしかねぇな」
「……本気?」
ニールは左の掌に拳を打ちつけて、闘志を見せつけた。そうか、忍び込むのか。僕は夜中にあの十フィートを越す石壁をよじ登る自分たちを想像して、少しおかしくなった。
「道具がありゃいけるだろ」
「ニールは大きくなりすぎちゃったから、大丈夫?」
「馬鹿、デカくなった分、筋肉もついたんだよ。お前こそガリガリのくせに縄を登れんのか? 俺が引き上げてやんなきゃかな」
「余計なお世話だよ、ニールのアホ」
「なんだよ。照れてんのか?」
「むかついてるんだよ……!」
ニールが肘で僕の肩をぐりぐりする。僕も負けじと肘鉄をニールの脇腹に突き立てた。
「いてぇな!」
「そっちこそ!」
ひとしきりじゃれて(つかみ合いになって土砂の山を滑り落ちた)僕らは、柱の端材を椅子にして休憩した。荷物からジャハル特製の干し肉を取りだし、細かく裂いてニールの鼻先につきつけてみる。
「くれるのか?」
「小腹が空いたかなと思って。いらないの?」
「いる。ありがとな」
乾ききって木片みたいな干し肉だけど、香辛料の豊かな風味やすっとする清涼感が口の中を喜ばせてくれる。柔らかくなるまで待ってから食べるのが好きだ。今は飲み水も充分にあるし、喉の渇きを心配する必要はないから、旅の途中のように気を張らずにこの美味しさを楽しむことができる。
「美味しいね」
「センセイの特製だからな、旨いのは当たり前だぜ!」
まるで自分が誉められたかのように喜びを表すニール。全く、この笑顔は変わらないな。ほっと胸が温かくなったのもつかの間、僕は囲まれつつあるのに気がついた。