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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第三章 『希望と言う名の灯火を』
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囚われの身の上

 フィーは僕たちに「すぐ戻ってくるから」と言い置いて連れて行かれてしまった。不安げに瞳を揺るがせながらも唇に弱々しい笑みを浮かべて。


 歓迎すると言われたけれど、それを拒否することはできないなんて、ちっとも敬われていないじゃないか。男たちは屈強で、武装もしていた。まるで罪人を引っ立てる官吏みたいだ。彼らはどうあってもフィーを逃がすつもりはないようだった。


「サムがついてっから、だいじょぶだろ」

「だと、いいけど……」


 それから僕は、黒術士(こくじゅつし)白術士(はくじゅつし)に「怪我はないか、病気はしていないか」と聞かれつつかれ……すごくうっとうしかった。外はあんなに列があったというのに中は空いていて、モンシンとやらもやたら丁寧だった。まさか、わざと列を待たせているのかと嫌な気持ちになったが、早合点だった。ニールを待つ間、よくよく見ていると文字が読めない、書けないために時間がかかっているひとが多いようだった。


「待たせたな、やっと終わったぜ」

「大丈夫。そんなに待ってない……」


 そんなに待ってはいないけど……。僕は背後の二人を見上げた。ニールの目もそちらを追う。


「………………」

「やぁ、どーも」


 この、むっつりと黙り込む厳つい顔の若い男と、笑顔が胡散臭いひょろりとした中年の男性が僕たちの案内人なのだという。つまりはお目付け役だ。どちらも板金の胸当て(ブレスト・プレート)篭手(ガントレット)足甲(グリーヴ)(ヘルム)と、最低限の装備をしている。腰、肩、首の辺りは厚革ハード・レザーで守っているのがとても実際的だった。重心のかけ方がジャハルやソーンさんとよく似ている。どちらもそこそこ(・ ・ ・ ・)の腕前だろう。


 レムと名乗った胡散臭いほうの男がニールにも僕と同じ説明を繰り返している。これから大聖堂が運営する宿泊施設へ連れて行くこと、そこの宿泊費用は必要ないこと、部屋にあるものは好きに使ってよいこと、何かあれば係りの者に言うこと……。


「それから、黄色の帯を失くさないでね。それをせずに門の内側を歩いていたら捕まって牢屋に入ってもらう。その帯をしたまま門の外には出られない。わかった?」

「……ああ」

「物分りが良くてオジサン助かっちゃうよ。そういえば君も出てくるの早かったね~、文字が書けるんだ、エライね~」

「名前だけは。書けるようにしとけって、言われて」

「おお、良い先生に習ったんだね~」

「まぁ、はい……」


 ニールも居心地悪そうにしている。こういうご機嫌取りをしてくるような手合いはデルタナにはいなかった。あの街の人々はとにかく、良くも悪くも分かりやすくて、それに慣れてしまった僕はこのレムという男を好きになれない。ある意味では、不満を隠すことなくぶつけてくるシトーという男の方が好ましい。こっちは、僕が何かヘマをして殴れる機会があったら殴りたいと顔に書いてある。そっちがその気なら、僕だって……!


「楽しそうだね~、君たち。さ、泊まるとこ行きますよ。シトー」

「ん」


 こちらに背を向けたレムの踵を見て気付く。重い戦闘用の長靴に拍車がついている。そうか、彼らは騎士なのだ。聖火国、いや、聖典にのみ仕えるという聖堂騎士……最強の誉れを戴く戦闘狂たちだ。






「やばい!」


 やたらめったらに高価そうな宿の一室に案内され、二人になったとたんにニールが叫んだ。ちなみに二人とも身ぐるみ全部はがれて気取った服を着せられ、暖かな毛皮の靴を履かされている。


「俺たち、閉じ込められたんじゃね!?」

「そうだね。この国から出さないって言われたようなもんだよね」

「くっそ、やっぱそうだよな~!」


 ニールが近くにあった卓にバンッと掌を叩きつけると、陶器の水差しがぐらついて落ちそうになった。慌てて受け止めるニール。気を付けよう、この部屋の敷物も壁紙も、カップひとつですらそれなりの価値がありそうだ。


「僕たちは人質ってわけ。フィーは僕たちに何かされたらと思って動けない、こっちはフィーが捕まっていて手出しができない。……色々すれば門の外に出るくらいできそうだけど」

「出てどうすんだよ。中に入れなくなったら意味ねぇだろ」

「そりゃ、そうだけど。こんなことされたら逃げたくならない?」

「なる! あの糸目野郎、『このあと街を見て回るなら案内しよう』とか言って、完全に監視する気じゃねーか!」

「似てる……」


 ニールと顔を付き合わせ、声を殺して笑った。サムとフィーの二人と引き離されたことや、自由を制限されたことで感じていた不安も、こうしてニールと話していれば幾分か和らぐ。これからどうするか考えて、ふと気がついた。


「ニール、どうしよう……きみ、デルタナに帰れないじゃないか」

「あん?」

「だって、僕やフィーにはここに目的があるけど、きみは違う。ジャハルに説得されたから護衛してくれただけなんでしょ?」

「説得……つぅか、ぶん殴られて蹴り転がされただけなんだけどな」


 それ僕の知ってる説得と違う……。


「センセイはみなしごだった俺を拾って色んなことを教えてくれた。兄貴にも会わせてくれたし。そのセンセイがお前について行けっつうなら、俺はお前に付き合うぜ。なんせ俺はお前の兄貴分だからな!」

「ニール……」

「俺はどこでだって生きていける。お前の用事が終わるまで、仕事探して金稼いで、んで、全部終わったら一緒にデルタナに帰ろうぜ? あそこがお前の家だよ」

「……うん。うん、そうだね。本当に、そうだ」

「ジョー?」

「僕もニールと一緒が良かったな。最初から、ニールと兄弟なら良かった……」

「お前、泣いてんのかよ」


 ニールが壁際にあるフカフカの長椅子に僕を座らせる。二人そろって腰かけて、肌寒く広すぎる部屋の中、身を寄せあった。


「僕はずっと一人だったんだ。物心ついたときには親はなくて、叔父さんと叔母さんが面倒を見てくれたけど、あのひとたちにとって僕は厄介者だった。優しくなんてしてもらえなかったし、いつも僕の引き取り手を探してた」

「……ひでぇな」

「いきなり、身代わりでデルタナに連れてこられたんだ。でも、今になって考えたら、それで良かったんだ。あのままじゃ、知らない家でお妾さんになってただろうし」

「……そっか。なら、良かったな」

「うん。でも、ニールの側にいたらもっと楽しかっただろうな」

「よせよ……。俺は本当に親も知らねぇし、他の身内も知らねぇよ? 気がついたら裏通りで、こどもだけで生活してた。食い物や仕事はよ、親切な街の誰かが持ってきてくれたから、腹は減ってたが死にはしなかったな」

「へぇ。やっぱりデルタナで育ったの?」

「まぁな。ただ、デルタナつっても優しいだけのとこじゃねぇのは知ってんだろ?」

「……うん」

「毎日誰かがいなくなるんだよ、裏通りはさ」

「…………」

「病気のやつはどっか連れて行かれて帰ってこねぇ。大人が来ちゃ見た目がいい女やデカく育ちそうなのを食い物で釣って連れて行く。今ならあれが人買いだって分かる。周りのガキは優しい大人だって言うし、ついて行きゃ幸せになれるだの言ってたが、俺はなんっか嫌でさ、逃げ回ってた。

 ある日、センセイが来た。ガキに薫製肉を見せびらかして配ってさ。俺はそれを眺めてた……。センセイは他のガキを見もしなかった。ただ、俺に、『来るか?』って聞いたんだ。それで俺はついて行ったのさ。それだけ!」

「何が、違ったの?」

「ん~?」

「センセイと、他の大人……」

「さぁな。けど、何かが違ったのさ」


 ジャハルのことを思い出す。悪い大人に見える彼は、きっと本当に悪い大人だろうけど、根っこの部分は真っ直ぐで嘘がなかった。……比べて、僕は嘘ばかりだ。このままじゃ、いけない。ニールを巻き込む前に、全てをきちんと伝えないと。せめて彼自身に選ぶ機会をあげなくちゃ。


「……ニール、僕の目的、聞いてくれる?」

「ああ。いいぜ」

「あのね……うっ!?」


 突然、頭が割れそうなほどの痛みが走った。立っていられなくて、床の上で頭を抱えてのたうち回った。


(D……Dなんでしょう!? やめてよ、邪魔しないで!!)


 口から勝手に漏れ出る悲鳴が遠くなり、僕は見たことのある暗い場所に落ち込んでいった。

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