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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第三章 『希望と言う名の灯火を』
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不信

 冷たく固い地面に横たわり、息が整うのを待つ。初めて戦った雪狼(せつろう)は、一頭ずつならば楽に勝てる相手だと言えた。厄介だったのは彼らの頭の良さと、犠牲を、死を恐れずに向かってくるところだ。


「っ……!」


 体が震えた。寒さのせいではない、僕が殺した狼の憎悪に満ちた目を思い出したからだ。あんな風にいっせいに襲い掛かってくる相手、いくらサムやニールが強くても、無傷では倒せないだろう。傷つくということは足が、腕が止まるということ、それは言い換えれば狼の顎に捉えられるということだ。


(死……。そんなの、絶対ダメだ!)


 僕は立ち上がって惨状を見渡した。点々と、或いは折り重なるように躯を晒す狼たちは、僕とほぼ同じくらいの体長をしていて、影が落ちた場所ではまるでひとの死体のように見えてビクッとしてしまう。もしこうして転がっているのがサムたちだったらと思うと、この狼たちの死を悼む気にはなれなかった。


 ありえないとは思いながらも、死んだフリをしているのがいないかと警戒しながら、一体一体、塵へと変えていく。いつもと違う手ごたえを感じ、不思議に思いながらも作業を進めていった。全てを終える頃には違和感の正体に気が付くことができた。それは循環の途絶。


 すべてのものは流れの中に在り、それらは環を成すはずなのに、この魔物だけはそうはならなかった。還っていくときの温かさが感じられなかった。還らないでどこへ行くのだろうか。彼らはどこから生まれたんだろうか……。


 とにかく、野営地に戻らなければいけない。交代の時間が過ぎてしまったら怒られてしまうだろう。何とも言えない重い気持ちを抱えてDの下へ帰ったのだった。






 すっかり寝静まった野営地は暖かかった。陽の気が循環して熱を生み出しているのだ。それに、月の傾きから見ても交代までもう少し時間がある。僕はホッとして焚き火の側に腰を落ち着け、カップに温かいお茶を用意した。少し、Dに話を聞いて欲しい気分だったのだ。


「ただいま」

『おっかえり~。足手まといがいなかったんですから、楽勝だったでしょう、リリアンヌ?』

「足手まとい……」

『そうでしょ? 人間なんて脆いもん。リリアンヌの術の巻き添えで死んじゃうよ~。だから離れて戦ったんでしょう?』

「それは……そうだけど……」


 Dの言葉に胸が痛む。また、こうだ。勉強のときを除いて、彼女とのおしゃべりで嫌な気持ちになることがある。僕以外の誰かを話題にするときは、Dはひどく辛辣な物言いをするのだ。何もそこまで言わなくてもと思うことを平気で口にする。けれど、それを指摘してしまえばさらに棘のある言葉に傷つけられるだけ……。


「巻き添えについても考えてのことだったけど、それ以前に数が多すぎた。あいつらは追い払えないし、フィーは雪狼が苦手だって聞いていたから……。僕だけが戦った方が楽だと判断しただけだよ」

『ふふっ。やっぱり足手まといだった。聖火国に着いたら、このひとたちとはさっさと別れましょうね』

「………………そう、だね」


 Dは続けて何かを言っていたが、全然耳に入らない……。適当に相槌を打って逃げてしまった。躓いて転びそうになりながら天幕(テント)に戻りニールを起こして交代した。


「ん~~! もうそんな時間かぁ。よし、んじゃ行くわ。俺の毛布、そのまま使っていいぞ」

「うん。おやすみ」

「ん? だいじょぶか、お前。顔色悪ぃな」

「……平気」

「んなわけねーだろ。どうした? 何か怖いことでもあったか?」

「っ……、何でもない。ただ、ちょっと夜が苦手なだけ」

「そうだっけ? まぁ、いいや。もう大丈夫だからさ、毛布にくるまって寝ちまえ。近くに俺らがいるんだから」

「……うん、ありがと」


 天幕の中に横たわると涙が溢れてきた。寝ている二人を起こさないよう、今にも漏れ聞こえそうな嗚咽を噛み殺す。


(どうして優しくしてくれるのがニールなの? どうしてDじゃないの? 僕は……僕は、怖かったのに。怖くて、怖くて、話を聞いてほしくて……それなのに、D、どうして……?)


 こんなこと、考えちゃいけないと思っているのに、止められない。いつから僕たちは言いたいことすら言えないような関係になってしまったんだろう。


(僕はただ、Dに話を聞いてもらいたいだけなのに……。Dとおしゃべりをして、楽しく、助け合っていきたいだけなのに。どうして僕を彼らと引き離したがるんだろう? 僕にだって仲間は必要なのに。そんなだから僕は……!)


 Dに聞かれていたって構うものか。Dが僕の心の全てを読んでいながら、僕に自分の考えだけを強要する気なら、こっちだって、もう、勝手にしてやる!!


 そう決意した僕は、Dを荷物置き場に置き去りにしたまま寝ることにした。ささやかな反抗のつもりだった。怒りで気が高ぶっていた僕は、よくよく考えれば空しいことなのだけれど、そのときには勝利感すら抱いていた。明け方までに見た夢は、薄暗い場所に垂れ下がる縄の夢だった。縄の先は丸く輪になっていて、何かをぶら下げるためのもののようだ。


 なにを、ぶらさげるんだろう……?


 目覚めたときには額に汗すら浮かんでいて、ひどく不吉なイメージと、痛いくらいに鼓動を早める心臓とが、僕に何かを警告していた。






「ねぇ、ジョー。あなた日に日にやつれていってない? もうちょっとゆっくり歩きましょうか」

「……大丈夫。あと三日もすれば聖火国に着くんだから」

「でも、急いでないし、余裕ならあるのよ?」

「………………」


 フィーの気遣いは嬉しい。けれども、彼女が思っているより食料などの余裕はないだろう。迷惑はかけたくないし、黙って首を横に振った。気休めに背嚢を背負いなおして足を進めていく。分かっている、僕が一番遅れているのだ。


 日中は寒さを除けばとても平和な街道沿いも、夜になると魔物が現れる。追い払えるもの、罠を仕掛けて倒さなくてはならないもの、戦って倒したもの。四人、あるいは僕が一人で対処する場合もあった。魔力の回復は問題なかったけれど、自分に術を使えば反動がきて昼間に血を吐くことになる。そうでなくとも殺さなければ殺される、そんな魔物たちとの戦いは辛かった。


『大丈夫。慣れるよ、リリアンヌ。世の中はこうやって成り立っているの。だから貴女も、殺すことに慣れた方がいい』


 Dはそう言って笑う。けれど、僕はそんなのは嫌だ。そんなことになんか慣れたくない!

 迷いを振り切るように、(かぶり)を振った。


「なぁ、本当にだいじょぶか?」

「……大丈夫。早く、聖火国へ行きたいんだ。すでに予定を一日以上過ぎてる。僕は平気。それに、いざとなったら、助けてくれるんでしょ?」

「ああ、まぁな。兄貴たちから頼まれてるから、しょうがなく、な~」

「素直じゃ、ないね」

「うっせ!」


 そう言って笑うニールだって、連日の野営のせいで疲労が隠せていない。こんなに長く緊張を強いられてきたことなど、デルタナではなかったことだった。お互い、初めての経験ということなのだろう。二年前を思い出す……ニールが弱音を吐いていないのに負けてはいられるか、と僕は自分を奮い立たせた。


 道は広く、ならされていて歩きやすい。それでも段々ときつくなっていく勾配と長時間の移動で足が痛む。バックスキンの包帯で足裏を守り、厚い革を重ねた長歩き用の長靴(ブーツ)をもってしても靴擦れや疲労を避けることはできない。もう何度、全員の足に治癒の術を施したことか……。


 今日の夜営のため、街道を外れて山道を行くことになった。少し登れば丁度良い尾根へと出るらしい。細く急な道を曲がると、不意に視界が開けた。冷たい風が耳を打つ。


 ああ……、雪と氷の白に覆われた遥か彼方の山々の裾野を遮るように、凍りついた壁がそびえ立っている。それすら遠く遠く、凍土と聖火の国を隔てる最果てにあるのだけれど。目的地は確実に近づいていた。

 いつもお読みいただきありがとうございます。誠に勝手ながら、二月は少しお休みさせていただきます。バレンタインイベントのために短編を書きたいのです。


 できるだけ早く帰って参ります。また、更新がない間も小話など活動報告に挟むかもしれません。よろしければチェックしてやってくださいませ。

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