小鬼たち
「仕掛けてこない……」
渋い顔でサムが呻く。膝の上の長剣の柄を、さっきからずっと気にしているようだ。同じく背嚢から取り外して脇に置いた鎚矛にもちらちらと視線をやっている。
「ずっとこっちを見てる。十、いや、もう少し多いかな。時々二匹くらいが近くまで来てるだろ?」
「わかるの?」
サムはこちらを見て頷いた。眉をしかめて首元をいじっているが、首輪のせいで不機嫌になっている犬にしか見えない。
「あいつらは小鬼だな。弱くて臆病だが、数が揃うと襲いかかってくることがある。あと、自分たちより弱いと見ると狂暴さを見せて向かってくる。今はなにもしてこないが、こっちが背中を見せたとたんに石を投げてくるかもしれない。もし、その石がフィーに当たったら……」
「サム、その……」
「だからやっぱりちょっと殴ってくる。別に殺す気はないんだ。ただ、もしかすると死ぬかもしれない。でも、死なないかもしれないし……いいだろう?」
「えー……」
「いやいや、小鬼がいるってことは、それを狙う雪狼がいるかもしれない。フィーはあいつらが苦手なんだ。おれは、挟撃されるかもしれない今の状況は嫌だ」
「……わかった。小鬼を、なんとかしよう」
「よし。なら荷物をまとめよう。何匹か殴れば逃げていく…………待て、動くな!」
その鋭い制止に全員が身構える。サムは大きく振りかぶって、鎚矛をぶん投げた。それは直線に飛び、二十フィート先の地面に突き刺さった。ギャッという悲鳴が聞こえ、鎚矛越しにひょっこりと小さな頭が出てこちらを見、また引っ込んだ。あの辺りはちょうど段差があって、確かに身を潜めて移動できる。僕らが気付かないうちにこんなに近くまで寄ってきていたのか!
それにしても、怯えて身を引いた小鬼たちの様子、演技には見えない。それでもまだ逃げずにこちらを伺っているのには、何か理由があるんじゃないだろうか。
背後で、剣が鞘から抜かれる音がした。
「サム!」
振り向くとサムとニールが手に手に得物を構えて、今にも小鬼に飛び掛っていきそうだった。
「脅しても無駄なら、殺すしかないだろ」
「待ってよ! あの子たち、お腹が空いてるだけかもしれない……。そんなにすぐ、殺すなんて言わないで……」
「ジョー、お前甘すぎんぞ!」
「だって!」
僕とニールは睨み合った。サムも厳しい表情だ。僕が次の言葉を言いかけた時、杖を持ったフィーがこめかみから垂れ下がる髪の毛を耳にかけながら言った。
「ジョー、わかっているとは思うけど、私たちの食料にも、そう余裕があるわけじゃないの。確かに、余ったものを分けてあげることも出来るわ。けど、それでは足りないでしょう。なにか案があるの?」
「……ある」
「そう、なら、任せるわね」
「フィー、ありがとう」
「フィー!?」
「サム、慌てないで。もしものときのために、貴方がいるんでしょ?」
「そりゃ、そうだけど……」
フィーの笑顔にたじたじのサムを横目に、僕は林檎を三つ取り出した。スッと影が落ちた。見下ろしてきたニールと目が合う。
「俺も行く。あいつらが攻撃しようとしたって、俺の方が早いからな」
「……僕だって、早い」
「はは、張り合うなよ」
ニールは吹き出して笑うと、そう言って林檎を二つ取ると、一つかじった。
「ニール?」
「行こうぜ、林檎をやりに、さ」
小鬼と呼ばれる彼らについて、僕はよく知らない。見た感じは僕より小さくて二フィートとちょっと。全体的に体毛が薄くて襤褸布を身に付けている。目がギョロギョロと大きい。
こちらが風下なので僕たちは匂いに気づかれることなく近づくことに成功した。おかげでよく観察することができる。偵察に来ていた彼らは三体、どの小鬼もしっかりした枝を持っていた。ひどく痩せこけていて、可哀想になる。ニールに合図をし、僕は彼らの頭上に姿を見せた。
「ぎゃっ?」
「ぐぐげっ!」
小鬼たちは驚いて枝を僕に向けてきた。
「落ち着いて。痛いことなんてしないよ。僕はただ、きみたちがどうしたいのか知りたいだけ。なにをしに近づいてきたの?」
僕の言葉が分かっているのか分かっていないのか、子鬼たちは一生懸命に段差を乗り越えてこようとしている。よだれを垂らしながら、見ているのは僕ではなく、僕が持っている林檎だ。
「ニール、林檎をあげて。やっぱりお腹が空いてるんだよ」
「おう。そらよ!」
ニールがゆるく放った林檎の芯は、小鬼の一体がしっかりと手に取った。続いて二つに割られた林檎も同じように放り投げられた。喧嘩せずに分け合えたようで良かった。
「芯……」
「けっこう残ってたって! 全部はさすがにかじってないって!」
彼らが林檎を食べている間に、僕は別の三つの林檎を丁度良さそうな窪みに置いた。日当たりもいい、水はけも良すぎず悪すぎず、養分になる実の部分もこれだけあれば充分だろう。師匠が教えてくれた、【発芽】の術と【生長】の術、それを右手から導いて林檎に伝えてやる。
「大地の恵みよ、願わくば、我らに生命を繋ぐための糧を与えたまえ。この苗木に許しを、祝福を垂れたまえ」
大地に祈りを捧げるのは、かりそめの生命を確かなものにするためだ。元々ここに生るはずのない林檎の木を植えるのは僕の我儘だから、許してくださいと断わりを入れるのだ。大地は寛容だから、きっと、僕らみたいな余計なお節介も許してくれるはずだと師匠は言っていた。
「おお、なんか生えてきた」
「水もあげなきゃね……」
種から芽が出て大きくなり、やがて一本の木になるのだ。枝葉が伸びて花が咲いたら、風を起こして花を揺する。陽の気を注ぎ続けると、まだ若く低い木が小さな実をつけ始めた。
「驚いたな、こりゃ……」
「素敵ねぇ!」
いつの間にか、サムやフィーも近くまで来ていた。林檎の成熟まであと少しだ。僕は根元にさらに水を足した。
(これ、けっこうキツい。力が抜けていくや……)
もう無理かと思ったけれど、僕の魔力とやらがなくなる前に、紅い美味しそうな実が生った。ニールが器用に枝から枝に移っては林檎を落としている。
「小鬼に当たるから、落とさないで」
「当てないって!」
満腹になった小鬼たちは、全く凶暴な生き物じゃなかった。彼らは持てるだけの林檎を抱えると、さっさと行ってしまった。
「林檎さ、ちょっと貰ってってもいいよな?」
「使った分だけだよ。たくさん持っていっても仕方ないでしょ」
「全部食べるから大丈夫!」
林檎をかじり、にかっと笑うニール。幸いにも実はまだまだ残っている。小鬼たちが林檎だけじゃなく木の根まで食べてしまわないことを祈ろう。




