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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第二章 『忘れてきたものの名は』
41/99

迷い ★

 いきなり目の前に革袋が置かれた。重みのある音が木の卓をきしませ、ぞんざいな扱いのせいで中身の硬貨が数枚、開いた口から滑り落ちる。その黄金の輝きに、僕たちの目は惹き付けられた。


「すげー!」


 ニールが素直に賞賛する。蝋燭の光を受けてきらめくそれらは、まるで何かの魔物みたいに息づいて見えた。


「革とあの妙な鉱石と、どっちに高値がついた?」

「あ~? んなもん覚えてられっか」

「量で比べれば、石らしき物の方に高値がついていたな。そもそも流通するような物じゃないらしい」


 ジャハルの言葉にはガイエンが代わりに答えた。倒した大蜥蜴は背中に生えていた透き通った水色の鉱石と革を剥ぎ取った。それ以外は廃棄してきたのだ。記念のために首だけは持ち帰って門に飾ってある。後で職人が牙を加工したりするのかもしれない。


「爺ちゃんからむしれるだけむしってきたかんな、これ以上はケツの毛も残ってないってよ」

「がっはっは、そりゃいいや!」

「もう、ゲッカぁ!」


 赤くなっているフィーをよそに下品な二人は手を打って笑った。真似したくない仲の良さだ。ゲッカはいつの間にか、露出の多い革の服に戻っている。彼女と一緒に依頼人のもとへ行っていたガイエンは、彼らには取り合わずに席について自分の食事を注文した。


「分配はいつもみてぇにジャハルに任す。いいだろ?」


 ゲッカが全員を見回して言う。僕にとっては良いも悪いもない。他の誰も異存ないようだった。


「よしっ、んじゃまず祝杯だな。ソーン、今夜はふるまい酒だ、お前ら飲みたいだけ飲めーっ!!」

「あっ、てめ、勝手に……!」


 ゲッカの号令に沸き立つ呑んだくれ……もとい探索者たち。ジャハルは悪態をつきながらも、酒を受けるための自分のジョッキと金貨袋の両方とをしっかりと確保していた。

 カウンターの奥から新しい樽が出され、サムがそれを開ける役を担った。ゲッカはそのままこちらには帰らず、卓を回っては誰かをど突いている。豪快な笑い声が響き、誰かが陽気に笛を披露し始めた。


「……まぁ、あれだ。誰かが大きく当てたら、ご祝儀代わりに何か振る舞わねぇと、妬みを買うわな」

「でもセンセイたち、デルタナに来たばっかのときも、こんな風に酒盛りしてなかったっけ?」


 してた。派手に騒いでた。もっと言ってやって、ニール。きっと飲みたいだけの酔っぱらいだよ、そいつ。


「それは、挨拶だな」

「挨拶ぅ?」

「……挨拶。仲良くしてくれってこと?」


 珍しく、無口なガイエンがジョッキを置いて言った。いつもより顔が赤らんでいる。僕らが聞き返すと、ガイエンは笑って首を振った。これも珍しい。普段の僕はこんな時間までここにいないから、彼の意外な一面を初めて知った。ジャハルがにやりと笑う。


「挨拶っていうのは、名を売って依頼を受けやすくするためにやるんだ。要は金もあるし、度胸もありますって、アピールだな。悪い奴らが闇討ちしてきても、追い払うくらいの実力はあるぞ、って叫んでるのと一緒なんだ」

「……そんな意味があったんだ」

「ああ。そういうのは、たいていゲッカの良い玩具になってくれる」

「財布にも、だろ?」

「ああ……、そうかもしれん」


 物騒な挨拶もあったもんだ。ニールもフィーも、こういう悪い冗談が好きなのか、楽しげに笑っている。でも、ゲッカに絡んで返り討ちにあうような間抜けじゃ、財布って言われても仕方がないかな。ゲッカは確かに女だし、無手だし、バカに見える。けど、鎧を脱いだ彼女は速い。速くて力がある。吹き荒れる嵐のようなゲッカに挑むなんてよっぽど殴られたいんだろう。


 ゲッカを眺めて思う。力尽くで皆を振り回しているように見える彼女は、その実、誰よりも場の均衡に注意を払っている。今も、酒場の小父さんたちに満遍なく声をかけ、時に鼓舞し、たまに怒ってみせている。戦いの最中にも攻撃の手が途切れぬように気を配り、“凍てつく守護者”が放った最後の寒波からニールを守った。彼女は一流の名に恥じない探索者だ。


「門の前、見て来たよ。すごいじゃないさ」

「ソーンさん」


 両手に大皿を持って現れたかと思うと、ニールの肩を叩いてねぎらい、僕の頭を撫でた。やっぱり僕だけ子ども扱いか。大仕事を成し遂げて帰ってきたというのにちょっと悔しい。今日のソーンさんの前掛けは僕が新しく作ったフリルをあしらったもので、猫の刺繍も可愛くできた自慢の一品だ。どうやら気に入ってくれたらしい。ちなみに、ここではどれだけ料理を頼んでも可愛いお姉さんが給仕してくれるということはない。優しい小父さんかソーンさんが運んできてくれる。


「でかい首だったよ。あれじゃ本体はどれだけ大きかったのやら! この子たちは活躍したかい?」

「ふん、まぁまぁだな。術士が三人いて勝てない道理はねぇしな」

「ひでぇよセンセイ! 俺、役に立っただろ?」

「はは、そうだな。確かにすごい成長してたぜ。オレの思ってた方向性とは違ったがな。まさかこんなにデカくなるとはなぁ……」

「へへへ……」

「ニールは強いよ。アタシが鍛えたんだ、当然だろ。逃げ足も速いし剣もできる。盾にだってなれるしね」

「けどよぉ、オレは後継を育てようと思ってたんだぜ? 小回りが利いて術士と組めるような、猟犬になれる奴をな」


 僕はニールの様子を窺った。センセイに否定されているというのに、不満そうな様子はない。それにしても猟犬とは。しなやかな体つきに多彩な攻撃、威力も充分。ニールの二つ名にはぴったりだ。“猟犬”ニール、どうしよう、すごく、格好良い。


「仕方ないじゃないの。デルタナの術士は全員囲われてるんだ、探索者の中で術士といえば、今じゃもうこの子だけさ!」

「………………。……っ!?」


 ソーンさんに肩を叩かれて我に返る。はい? 僕?


「術士がいなけりゃ大型の魔物は倒せない、たくさん倒したって大地に毒を撒くことになる……。とくれば、デルタナで教えられるのは対人戦術や小型の魔物との戦い方くらいでしょうよ。後はジャハル、アンタたちが教えてやんな」


 ジャハルは何か含んだところのある微笑を見せてジョッキを呷った。ガイエンも頷いている。


「ジョーは、鍛えればきっといい白術士になれる」

「はぁっ? なんで白術……っ!!」


 大声を出したジャハルの腿に、僕は急いで親指を突き立てた。危ない、こいつは僕のこと黒術士だと思ってるんだった。目線だけで寄越された「なにすんだ?」との訴えに「とりあえず、黙れ」と同じく目線で返す。空気が読める男は黙って串焼きに齧りついた。


「白術士だけが、その術で死んだものを余さず汚さず、大地に還すことができるのよ……」


 不意に、フィーが囁く。


「陽の気は巡って何かを揺り動かす、生み出す力なの。陰の気は落ちて滴って、万物を留める……。今は陰の気が強すぎるのだと先生は言ったわ。だからジョー、今は貴方たちのように陽の気を持つ術士が特に必要とされているの。

 今日の戦い、貴方の【雷撃】は威力も数も申し分なかったわ。ガイエンの手解きがあればすぐに修得できるわよ。頑張って!」

「そうだぜ! ジョーなら出来るって!! ガイエンさんみたいに魔物の死体を塵にするあれ、覚えたら役に立つじゃん」

「フィー……、ニール……」


 二人だけじゃない、ソーンさんも、ガイエンも、ジャハルですら僕なら大丈夫だと、温かな眼差しで頷いてくれた。胸が締め付けられる。こんな風に優しくしてもらう資格なんて、僕にはないのに。


 明日はガイエンと白術の修行だと言われて、僕は首肯した。宿までの足取りは重く、何度も立ち止まった。こんな時、師匠がいてくれさえすれば……。夜空を照らす月の光では、僕の迷いは深くなるばかりだった。もっと強い明かりが欲しい。師匠の明かりが懐かしかった。

 ジョーに対する印象


ガイエン「男の子だから白術士だな」

フィー「男の子だもの、白術士よね」

ジャハル「女だから黒術士だろ」

月華「男だろ。両方使えて便利だな」

サム「いいなぁ、フィーに構ってもらえて…」


 一人だけおかしいヤツがいますが通常営業です。

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