“凍てつく守護者” 中
驚いたことに、途中までは馬車で行くそうだ。かなり歩くと言われていたから、出来るだけ軽装で来たのに。そんな思いで積み込みを眺めていると、サムが横に立って言った。
「行きは体力温存してもらうけど、帰りは歩きだから頑張ってくれ。上手くヤツを誘き寄せてくれよな」
「……わかった」
サムは僕の頭を力強く撫でると、脇の下に手を入れて僕を幌を取り払った荷台に乗せた。何だこれ。完全に子ども扱いだ。
次にフィーが来て、まさか彼女のことも抱き上げるのかと思いきや……サムは躊躇なく地面に四つん這いになった。
「………………うわぁ」
「さぁ、フィー、おれを踏んでくれ!」
「……どうもありがとう」
心ここにあらずといった体で礼を言い、サムに脚をかけるフィー。僕は手を貸してあげた。
「……フィー、大丈夫?」
「ありがとう、初めての土地でちょっと不安なだけよ。デルタナでも聖火寄りの、寒さが厳しい辺りには来たことがなかったの」
フィーは、毛皮の鎧下のせいで全身ふかふかになっているゲッカを見た。フィーもマントにくるまって寒さをしのいでいる。普段の格好から考えると、確かに「向かない」だろうなと思う。いつもはもっと南側をうろうろしているらしい。
「私の黒術は効きにくいだろうし、それに……。ううん、なんでもない」
「……効きにくい?」
「ええ。陰の気を持つ魔物に、陰の黒術をぶつけても効果は薄いの。でも、こちらを守る【障壁】は使えるし、ゲッカの盾が外れないようにする【固定】とか、やり方次第では充分戦えるわ」
「そんなの、初めて聞いた」
「私の先生の研究よ。でも、誰にも認められなかったの。…………ねぇ、聞いてくれる?」
フィーは震える小さな声で囁いた。手招きされ、僕は顔を寄せた。
「信じられないかもしれないけど、ねぇ、凍土はやがて大陸の全てを覆ってしまうの。私は、それを止めるために……」
「フィー!!」
「きゃっ」
「っ!」
いつの間に馬車へ乗り込んだのか、ゲッカの不機嫌な目が僕たちを見下ろしていた。
「またその下らねぇ作り話か? もういい加減にしろよな」
「ゲッカ! 作り話なんかじゃないわ、全部本当のことよ!」
「ジジイのたわ言になんか付き合いきれねぇんだよ!」
「落ち着け、二人とも。ゲッカも、もうよせ」
ガイエンが割って入ってなんとか収まった。けど、道中はさんざんな空気だった。膝を抱えて黙りこくるフィーと、その横で肩を抱くサム。イライラした様子を隠そうともしないゲッカ。御者台のガイエンと彼の隣にちゃっかりと腰を据えるジャハル。そんな中で身の置き所のない僕とニールは、顔を見合わせてうな垂れるしかなかった。
“凍てつく守護者”は足が六本ある。しかし、それらは短くその腹は地面を擦るほどだという。そこで、ヤツのいる水場から少し離れた街道脇に罠を仕掛ける。昨日、ジャハルたちが茂みに隠しておいたのは何十本という杭と、真っ直ぐな麻縄が百フィートほどだった。隠密をしながら距離でも測っていたのだろうか。
今朝持ってきた格子状に編んだ丈夫な麻縄、それを草の生えていない地面に広げていく。“凍てつく守護者”の体長が十五フィートだとしたら、倍の三十フィート四方の物を用意してあった。長さ一フィートの杭は頭が丸く円を描いている。そこに格子の四隅から伸びた縄を結びつけ、黒術で【固定】し、ほどけないようにしていた。それが終わると杭のうち二本は地面に打ち付けてこれも【固定】する。残りはまだ手をつけずにおいて、ヤツが格子に足を踏み入れたら引っ張って【固定】、足枷にするのだ。
魔物の拘束用の枷はしないのかと聞くと、輪の大きさとして足にしかはまりそうにない上に、鎖だけだと全身に巻き付けなくてはならないので意味がないそうだ。
「口に嵌めてもいいんだがなぁ。万が一、口を開ける力が強くて割れたり、ヤツが首をぶん回して鎖が持ってかれたりしたら大怪我だぜ」
「それも、そうか……」
「で、だ。ゲッカとニールが大盾で抑え役、サムとガイエンが杭を打ちつけて弱らせる。オレは目を潰した後は上に乗っかって油を垂らしたりとかの仕事がある。ちびちゃんは誘き寄せたら好きに動いてみな。ただし、尻尾には気をつけろよ」
「……わかった」
全ての作業が終わる頃には、ガイエンが少し離れた場所に馬を繋いできたりと、準備も整った。ニールが僕の背中を叩いて激励してくれる。彼こそ初めての盾役で緊張しながらも、興奮しているようだった。
「ニール……」
いくら背が伸びたと言っても心配だ。今までとは体の使い方が違うだろうに、盾役なんて出来るんだろうか。そっと右手に力を集める。【筋力向上】の術をかけても、今の彼なら気が付かないだろう。出来れば表皮を少し硬くしてちょっとした傷を防ぐ【硬皮】もかけておきたい。ニールに触れようとしたその時、僕の肩を誰かが掴んだ。術がそちらへ持っていかれる。
「ジャハル……!」
「ちびちゃん、そろそろ行って来い」
「ぼ、く、に、さ、わ、る、な!!」
「おぅ、悪い。……なんだ、術かけてたのか。なかなかいいな、これ。全員にかけてくれたって構わないんだぜ?」
「………………そ、れは……、その……」
「バレたくねぇのか。無駄なこった」
「……煩い。もう、行く。術の分、働いて、返して」
「っくくく、震えてんぞ、足」
「……お前、本当、煩い」
「センセイ、だろ? 行って来い、根性見せろよ」
ジャハルが渡してきたのは耳栓だった。大型の魔物との戦いでは、咆哮で鼓膜が破れる可能性があるので互いの連携は無音で行うのだと言う。術で耳を守れる僕には不要な品だ。嫌みったらしく笑い、指を激励の形に変えるジャハル。僕は大きく舌打ちして水場への道を進んでいった。
“凍てつく守護者”の待つ水場が見えてきた。街道の脇に湧いているのでそこだけ道が凹み、木製の橋が架けられている。足元が凍りつくのを前提に金属製のスパイクを履いてきている。足音は術で殺し、体もすでに強化した、夜にまた血を吐くだろうが構わない。
(僕が先に弱らせておけば、楽な戦いになるはずだ)
頬に当たる風にことさら冷たい一筋を感じ、僕は立ち止まった。十フィート先はもう水場だ。静かすぎる……。
目をこらすとその水面はすでに氷に変わっていた。
(まさか、気付かれているのか……?)
僕は【鷹目】をかけ、氷の筋と化した小川を、溜め池よろしく大人の一抱えほどある湧き出し口を観察した。
(いない…………)
辺りは見渡す限り拓けたなだらかな平地だ。高低は水場によってだけ、それも五フィートあるかないかだ。低木の繁みも木立も遠い。
(橋の下にいるのか……)
ヤツは獲物が通りかかるのを待っているのだ。橋を誰かが通れば、出てきて人を襲う。それがヤツのやり方だ。ならば、誘き寄せるためには、橋まで行くしかない……のか。
僕は恐る恐る橋の上まで来た。しかし、“凍てつく守護者”は姿を現さない。なぜだ。ヤツの別名は“貪欲な顎”だ、獲物を前に無視なんて……。寝ているのだろうか。橋の下を覗き込んだとき、僕の真横から轟音が上がった。
「っ!?」
水柱ならぬ氷の柱。それに押し上げられた巨体が僕目掛けて飛びかかってきた。否、赤黒い口を開けて落下してきていた。大顎。それは二つ名の通りに……。
橋が破壊によって悲鳴を上げているのが、ひどく歪んでくぐもって聞こえた。
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●ちょっとした補足
一刻…二時間
最初の鐘…朝四時。以降二時間ごとに鳴る。
十二インチ…=一フィート≠三十センチ。
十フィート…三メートル。
怪我をしたら?…「すぐには治りません」がデフォ。療術士ガイエンのおかげで彼らのパーティ(一行)は一流と呼ばれるまでの仕事ができる。




