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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第一章 『長い長いプロローグは破滅の香りを纏っている』
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二年を綴れば

「あれから、もう二年か……」

『時間が経つのは早いね~』


 手首に目を落とすと、今や体の一部かと思うくらいに馴染んだ、白い石の飾りがある。丁度二年前、師匠が僕のために麻紐で編んでくれた、成長祈願の腕輪だ。

 僕は今、“探索者(シーカー)の庭”の屋根からフロースの祭りで賑わうデルタナの街を見下ろしていた。


 子どもたちが走り回り、女性の高い笑い声がする。屋台で炙られている薫製肉が美味しそうな匂いを立ち上らせている。威勢の良い呼び込みがそこら中から交互に聞こえてくる。

 凍土がまたしても広がり、肌寒い春の祭典になってしまっているけれど、それでも人々は元気だ。まさか、この祭りをここでこうして三回も迎えるとは思っていなかったけど。


 僕はこの秋で十四になる。年齢を偽っているから、ニールは僕がもうすぐ成人の十五になると思って、内緒であれこれ準備をしてくれているようだ。


「ニール……」

『また女の子口説いてるね~』

「………………」

『あ、ひっぱたかれた! おもしろ~い』


 眼下の少年は、二人連れの女の子にちょっかいをかけていた。一人を抱き寄せたと思ったら肘打ちを食らい、連れの女の子がニールの頬を張っていた。この二年で彼はずいぶんと様変わりした。


 まず、背が伸びた。もうすぐソーンさんに届きそうなくらいだし、実際、成長を続けているからすぐに追い越すだろう。ソバカスは消え、筋肉が付いた。その俊敏さを失わず、パワーだけを増した彼の一撃は、僕ではもうまともに止められやしない。受け流すのがやっとだ。


 調子の良さは相変わらず。むしろその、何でもナナメ方向へ打ち返すやりくちには、強者の余裕さえ感じられる。青二才だ、なんて小父さんたちには頭を叩かれているけれど。


 彼は皆に愛されている。


『もちろん、ジョーからもね~』

「D!」

『本当のことデショ? 違う? え、もしかして、ニールのこと嫌いなの~?』

「嫌いじゃない。……好きとも言ってないだろ」

『ふふふ、素直じゃないんだから』

「…………チッ」

『お上品な舌打ちですこと! まぁ実際、ニールは見た目は悪くないし、モテてもいいハズなんだけどね~』

「中身が……」

『そうそう。中身が二年前から全く成長してないんだもん! おっぱいしか頭にないんじゃあ、ねぇ?』

「フラれて当然だね」

『ホッとしてるクセに! ジョーってほーんと、物好きだね』

「………………」


 師匠と組んでいたのは最初の一年間だけで、それも毎日というわけには行かなかった。師匠はどこか遠くを見詰めてぼーっとすることが多くなったし、時々、僕の中に別人を見出していたようにも思われた。魔術を教えてくれるのも気まぐれで、それも戦いに役に立たないものばかりだった。何くれとなく世話を焼いてはいたけれど、心ここに在らずの師匠の側にいるのは辛かった。


 自然、ニールと過ごす時間が増えてくる。剣の腕を磨いたり、他にも仕事の手伝いや、悪戯や、女の子を口説くのにも付き合わされた。メッセンジャーはすぐに他の年少者に引き継いで、僕たちは魔物を退治したり、荒事を収めたりという比較的小さな仕事を引き受けることにした。

 初心者には任せられない、でも熟練者には安すぎる、そんな依頼はごろごろしている。しかも探索者というヤツは、商隊の護衛をする仕事の方が多いから入れ替わりが激しい。その分、腰を据えて仕事をする僕たちは土地勘もあって重宝されていた。


 僕は【雷撃】以外の術の行使を人前では控えているので、ニールには隠れて様々な術で彼を支援してきた。未だに術の支援にも、僕が女だということにも気づかないでいてくれるのは、素直にありがたい。


 本当は、Dが知っている呪文を全て覚えてしまったときに、聖火国を目指すつもりだった。僕は依然として魔王の手がかりを求めていたし、それはやはり聖火にしかないと思われた。デルタナの探索者たちも、聖堂教会の導師たちも、魔王については何も知らなかったからだ。全ての知が集約された大聖堂を訪れるしか取るべき道はない。


 ただ……、僕たちを気にかけてくれる人々のいるこの街を離れがたかった。


 だから、今は猶予期間だ。師匠は王都に行くようだが、まだ旅立ちの支度をしていない。それに、僕も自分より強い男を見つけていない。きっと別れのときは近付いているんだろう、けど、出来ればそれが遠くあるようにと僕は願っていた。






 下から僕を呼ぶ声がして、僕は呪文書を閉じた。Dの文句は黙殺する。


「ジョー、ゲッカがオービスに参加するんですって。一緒に見ない?」

「……わかった。今、下りる」


 僕をオービス観戦に誘ってくれたのは、フィーだった。最近デルタナにやってきた探索者の一人で、紫色の長い髪を三つ編みにして垂らしている黒術士だ。ニールが見てすぐ「おっぱい、でっけえ!」と叫んだくらいだから、その胸部はとても豊かだ。ついでに言えば「なぁ、ジョー?」と同意を求められたせいで一緒に怒られ、顔と名前をしっかりと覚えられてしまった。


 優美な仕草と質の良い衣装類、そしてその金遣いの荒さから、彼女はどこぞの貴族令嬢なのじゃないかと噂されている。短すぎる名前も愛称か偽名だろう。青い宝石の嵌まった杖を手にし、惜し気もなく魔術を行使する。ソーンさんの知り合いらしく、彼女たちがデルタナに着いた際には抱き合って旧交を暖めていた。


 そんなフィーは剣士のサムと二人で行動することが多い。長身で逞しいサムはなかなか造作は悪くないのに、好んでフィーにかしずいているように見える。命令されるままに喜んで世話を焼く彼はさながらよく懐いた犬だ。時々、彼の髪と同じ色をした尻尾を幻視する……。


 じろじろと眺めたりはしないからよくは分からないけれど、そこそこに腕は立つようだ。しかし彼らは五人連れで、こちらでの仕事も五人単位で引き受けている。サムに「魔王退治を手伝ってくれないか」、なんて声をかけることはできないだろう。特に、その内の一人にジャハルがいるんだから、なおさらだ。


 ジャハルというのは、一言で表すなら「とっても嫌な奴」だ。それはどの探索者からも言われることで、ただし、苦々しく吐き捨てられるそのセリフには続きがある。いわく。


「とびっきりの凄腕だ」


 ジャハル、つまりニールのセンセイにあたる男だ。背は意外に低く、五フィート半もない。細身で小柄というところは、僕とよく似ている。ボサボサの髪と無精髭、襤褸を繕わずに着ていて見た目は汚ならしいが、不思議なほど臭わない。たぶん、いつでも浮浪者の中に紛れられるようにとの工夫だろう。

 素早く、手癖が悪い。握力と蹴脚力が強く、その踵は厚い煉瓦の壁も軽く蹴り崩す。襤褸の下に隠した小さな武器も危険だ。


 …………僕は、この男を好きになれない。いや、ニールには悪いけど、大嫌いだ。

 

 初対面のときから嫌いだった。ひとを馬鹿にしたニヤニヤ笑い、そして、ニールの前で僕を「女だ」と言ったこと。絶対に許さない。


『ジョー、顔が怖くなってるよ~』

「D、黙って。オービスの間は、鞄に入れるからね。いい?」

『いいよ~。【透視】で色々と見放題だもんね。ウヘヘヘ』

「………………」


 かける言葉が見つからない。Dこそ趣味が悪いじゃないか。

 お読みくださりありがとうございます。新しいメンバーが増え、賑やかになってきた物語をお楽しみいただけたらと思います。

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