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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第一章 『長い長いプロローグは破滅の香りを纏っている』
28/99

間章

 デルタナから聖火国まではひと巡り、およそ十日ほどの旅だ。聖火はインキュナブラ大陸にあり、一際(ひときわ)長く歴史を保つ国であり、成立して数十年のマイヤール国とは比べるべくもない。

 大陸北西部に大きく広がる凍土と人間の生息圏とを隔てる三重の厚く高い壁を有し、凍土の奥より生まれ出でる魔物から大陸中の人々を守っている。実りの少ない土地ながら夏には緑を謳歌し、獣を狩ったり野苺の採集などしたりと慎ましくも穏やかな暮らしを営んでいる。蓄えた食物で長い長い冬を越し、春になると他国との行き来が許される。

 彼ら聖火国の民は、決して消えることのない火を崇め、祈りを捧げ、人に在らざる何者かによってもたらされた“聖典”に従って一生を終えるのだという。本物の聖典は聖火国に厳重に保管されており、大陸中にある全ての聖堂には複製品が飾られている。


 聖火国と言えば、聖火の他に特徴的なのが聖堂騎士だ。聖典に仕え、聖典に則って生きる男たちである。陰と陽、両方の気を持つ一握りの人間にしか許されない名誉ある職で、黒術と白術を操るだけでなく、およそ全てと言える種類の武具の扱いにも長けている。騎乗にも優れ、彼らは馬ばかりでなく魔物まで馴らして乗りこなす。

 戦いにおいて聖堂騎士に並ぶ者なし。人間の王たちはこぞって彼らを求めたが、人間の法に従わぬ武者たちを手元に置くことは出来なかった。そのため、新たに騎士という名誉ある位を作り出し、無聊を慰めたのである。






 さて、それもひと昔前の話だ。現在の聖火国は土地の半分以上が雪と氷に覆われ、凍土と大差なくなっている。デルタナに近い、聖火を納めた大聖堂の周辺だけが何とか人間の暮らせる場所である。民はすでに三分の一以下となり、それ以外は皆マイヤール国へと逃げ込んだ。噂ではマイヤールはこれを機に聖火を併呑(へいどん)しようとしているともある。

 聖堂騎士も数を減らしていき、聖火国は凍土に呑まれるかマイヤールに呑まれるかといった有り様であった。かつては荘厳だった首都の門壁には避難民の寄せ集めが内にも外にもひしめいており、今やただの境に過ぎない。門扉も開きっぱなしである。これでは凍土から魔物が溢れてきたときに足止めも叶わなければ、マイヤールが攻めてきた際の守りにもならない。かといって、凍てついた家屋を棄てて逃れてきた民を追いやるわけにもいかない。手詰まりであった。


 そんな聖火国への路を行く四人の若者たちがいた。荷を乗せた山羊も連れず徒歩である。先を行く一人は珍しい黒髪黒目の背の高い若者で、名をロランといった。派手な赤い外套と右目を覆う革のアクセサリのせいで無法者に見えるが、腰に提げているのは品の良い長剣(ロングソード)であったし、顔つきは凛々しく整っていた。荷物と言えるのはちょっとした肩掛け鞄で、それも魔物が出れば即座に落として戦えるようにしている。


 彼に続くのは頭一つ分背の低い、その代わりにガッチリと全身固太りの男だ。名はガストン、四角く大きい顔のせいで目が小さく見え、そのために愚鈍と侮られるが頭はかなり良い。少々腹が突き出ているのだが、現在着ているふかふかのウサギの毛皮によってさほど目立たない。金褐色の髪にそれより濃い色の口髭を生やしており、尊大な顔つきと姿勢の良さからは貴族然とした空気が漂う。大きな荷物を背負っていてもそれは変わらない。彼は腰にフレイルを差していた。


 一番背が高い若者、アレクスは彼らから少し遅れて少年と共に歩いていた。赤毛を無造作にうなじで括り、いかにも情が薄そうな冷えた目と結ばれた肉のない唇、細く引き締まった体の持ち主だ。肩と二の腕が発達しているのは、彼の背負う複合弓(コンポジットボウ)ゆえだろう。それに合わせて外套も妙な形をしている。肩の動きを邪魔しないためだ。肩掛け鞄も特注なのか、矢筒を抱き込むような一体型だ。


 最後尾のダン少年は精々十といくつかといった年齢であり、まだ成人には達していないことが一見にして分かる。未成熟さは体だけでなく精神も同様のようで、大きすぎる鞄を背負い、のろのろと歩く彼の表情は厭気(いやけ)に充ちている。筋肉もない、姿勢もなっていない、彼ら四人の中で唯一戦う術を持たない少年が荷物持ちであるのは当然であった。一応腰に小剣は提げていたが、これで魔物か何かを刺したら本人が怪我をするくらい、彼に剣の才能はなかった。


 春の(フロース)の祭典も終わったというのに、風は冷たく旅人たちに吹きつける。凍土の拡大の影響はどんどん大きくなっていた。なだらかな丘を登っていたとき、細い悲鳴を聞きつけたロランがアレクスを振り返った。


「なぁ、前から何か聞こえなかったか?」

「おれには聞こえなかった。旦那は?」


 アレクスの言葉にガストンは無言で首を振る。


「ちょっと見てくれ。悲鳴がした気がする」

「了解。旦那、肩かしてくださいや」

「また、俺か。たまにはロランに乗れよ」

「やぁ、旦那の方が安定感があって……」

「オレは前にやったとき落っことしたな、そういや」

「ですんで、すんません」

「ったく……」


 言いつつも荷物を置き外套を脱ぐと、腰を落としてアレクスが乗りやすいようにするガストン。アレクスはその背に足をかけて軽々と上がると目の上に掌で(ひさし)を作って見回した。


「丘の向こう、ここから左奥、多分、小鬼(ゴブリン)だな。馬車を襲ってら」

「なにいっ、なんとかしろ、アレクス!」

「いやいや、旦那ぁ……。目測でも百ヤードはあるし、当たらないって」

「だとしても射っとけ! なんか鳴らすやつあったろ」

「へーい」


 アレクスがガストンの肩から下りて弦を張り始める。ガストンは荷物から盾を取ると、ドタドタと横にも大きな体を揺らして走り始めた。ロランは無言でそれを見送っていたが、肩をすくめると友を追いかけることにした。






 一頭立ての馬車は押し倒され、三十余りの小鬼に囲まれていた。粗末な布を巻き付けただけの彼らは、最初、大半は遠巻きに囲んでいるだけだった。果敢な五匹が石を手に、まずは馬を打ち殺そうとしていたが、中年の男がそうはさせまいと長柄の円匙(えんし)を振り回して対抗している。馬は骨折もなく元気だったが、紐が絡んで起き上がれない。この状態が続けばいつパニックを起こし急死してもおかしくない。


 馬車の中には娘がおり、倒れた際に馭者台から放り出されたのを父親が中に入れたのだった。金色の髪を聖火風の編み込みにしている娘は、年の頃は十七、八で白い肌に薔薇色の頬をしたそれなりに美しい顔をしていた。擦り傷と打ち身だけで済んだ彼女は、中に入ってこようとする貪欲な小鬼に商品の芋をぶつけて応戦し始めた。


「このっ、えいっ! あっちいってよ!」


 横倒しの不安定な車の中、彼女は明るい茶色の目に涙を浮かべて、それでも懸命に身を守ろうとしていた。小鬼たちはその名が示す通り子どものような大きさだ。人間と同じような肌を持っているが、毛むくじゃらで泥に汚れ、猿と人間の中間のような顔立ちをしている。人間の言葉を理解しているような素振りを見せることもあるが、彼ら小鬼は唸るだけで話は出来ない。


 この商人の親子は聖火国で花屋を営んでおり、デルタナの市で仕入れた苗や芋、鑑賞用の花などを積んで店に戻る道すがらだった。彼らを襲っているのは若い群れだった。馬車に食糧が積んであることを知っているため、中に押し入ろうとするも、芋が降ってくるのでそれから先にかじることにした。馬に夢中の五匹をよそに、残りの三十二匹は芋に群がり取り合った。だが、芋はやがて尽きる。小鬼たちがよじ登ろうとしたその時、遠くから鋭い音を立てる矢が飛来し、馬車に突き立った。


 小鬼たちの目がそれに釘付けになる。そして、かん高い笛の音と、若い男の吠え声が響いた。


「おおおおお! こっちだ、掛かって来い!」


 ロランの叫びは小鬼の危機を煽り、七匹がそちらに向かって駆けた。ガストンは荒い息ながら追いつき、フレイルを構える。ロランもまた長剣を抜き、まずは一匹とばかりに刃を振り下ろす。他より大柄な小鬼だったが、なんと、肩から胸まで叩ききられて一撃で絶命した。口から血の泡を噴きこぼして膝を折る小鬼の、白目を剥いた顔面を蹴飛ばしてロランは長剣を抜いた。


 小鬼たちが声も忘れた奇妙な静寂の中、生命を喪った躯が地に伏す音が彼らの耳に響く。上がる悲鳴、群れから六匹が逃げ出し、それを見てさらに十七匹が走り去った。


 ロランとガストンは顔を見合わせると、残った小鬼を散らし始めた。


「しっかし、湧きすぎじゃね? 街道に生ゴミ量産してていいのかね! っとぉ……」

「そりゃあなんとも、しょうがねえなっ、と」


 無造作に小鬼(ゴブリン)の首を撥ね飛ばしながら悪態をつくロランに、これまた頭蓋をフレイルでかち割りつつガストンが答える。


「あ~~、右目がねぇから戦い辛ぇ! いっそ左手で振るうか」

「お? んな器用なことが出来るのか」

「ったり前だろ、オレを誰だと思ってる」

「へいへい、ロラン様だよ、っと!」


 逃げ遅れた小鬼はもはや見せしめに等しかった。途中で飽きたロランよりもガストンの方がより殲滅に取り組み、手負いは逃がさんとばかりに馬車の方へ追い立て、頭をかち割っていた。


「兄貴、終わったか?」

「ん~、もう元気なのはいねぇかな。後はきっちり殺すだけ」

「じゃあ、ダン、やってみろ」

「えっ! えぇっ!?」


 ロランが振り向くと、ガストンの荷物を背負って追いついたアレクスとダンの姿があった。辺りを見回したアレクスが、ちょうど死にかけの小鬼を見つけ、トドメを刺してこいとダンに小剣を押し付ける。


「む、むむむ無理っす!」

「何で。大丈夫、襲ってこねぇから」

「いや、いや、でも……」

「ほら、こいつならもう動けないし。心配なら俺が抑えとくから」

「……う、うぅぅ」

「ほら、ここ、首な。もしかして怖いのか? だったら、手足落としてからおれが一緒にやってやるよ」

「ロ、ロランさぁん!!」


 震える少年の手首を背後から掴み、淡々と指示するアレクス。小剣を鞘から抜かせようとしたところでダンは暴れて逃げた。ロランの背後へ回り、しがみつくダン。アレクスは不満げに口を歪めながら、息も絶え絶えの小鬼の首を掻き切った。


「せっかく手取り足取り教えてくれるってんだから、素直に教わりゃ良いだろ」

「手取り足取りの意味が違わないっすか、それ……」

「同じようなもんだろ~」


 ロランが嫌々剥ぎ取った小鬼の襤褸で、長剣に付いた血と脂を拭いながら適当なことを言う。アレクスとダンは全ての小鬼の死を確認し、せめて街道に体を晒している躯だけはと、邪魔にならない場所に投棄した。


「いいんすかね、放置して」


 ダンがその辺に棄てられた躯を見て言う。その表情は畏怖と不安と気味の悪さと、言い表せない不快な感情に充ちていた。


「そこまで面倒見ねぇよ……」

「だな。兄貴ならそう言うと思った」


 ロランは子どもが言うことだと取り合おうとしなったが、アレクスはうつむくダンを宥めるように言った。


「ダン、俺たちは墓穴を掘る道具を持ってないし、すぐに出発しねぇと街の門が閉まって宿に泊まれなくなる。そうなったら野宿だぞ?」

「…………そうっすよね」

「死骸は獣が掃除するさ。ほれ、行こうぜ」


 頷くダン。しかし、それには仲間が足りなかった。そのガストンはどうしているかと言うと、花屋の主人と協力して馬車を起こした後は、丁寧にも商品の整理を手伝ってやり、年頃の金髪娘からの賛辞を受けていた。他愛のないおしゃべりに紳士的に付き合ってやり、相好を崩さないよう苦心しながら、小鬼が残していったうちで無事な芋を選り分けることに集中していた。


 そんなガストンの姿を遠くから冷めた目で見るロランとアレクス。二人は同じ木の幹に寄りかかりながら互いの頭を寄せあっていた。声をひそめてアレクスが言う。


「……惚れたに銀一枚」

「ずりぃ! オレも惚れたに張るつもりだったのに」

「結構イイ感じすね、二人」

「あン? 女の方はありゃ、ガストンが金持ちだから媚び売ってるだけだろ。あいつ、服からして金かかってるし、いかにも貴族って感じだからな」

「旦那カワイソ……」

「あの手の女が遣り手じゃなかった試しがない」

「俺らはどう見られてるんだろな……」

「従者その一とその二だろ。あと小姓が一人」

「うへぇ……」


 軽口を叩きつつもアレクスはロランの苦々しい表情を見逃さなかった。ロランはあの名も知らぬ花売り娘を見ながら、心では他の女のことを考えている……。


「兄貴」

「ん~?」

「何考えてる? あの女に手ぇ出したら旦那は怒るぜ」

「べっつに……」


 ロランは誤魔化そうとしたが、疑惑の眼差しに貫かれ、観念して両手を上げた。


「あ~、どうこうするつもりはねぇよ? ただ、最近のオレはあれだ、金髪の女を見ると……ちょっとな……」

「どうして」

「そりゃ……、あの、リリィが金の髪だったからだ…………くそ」


 言うつもりのなかったことを言わされ、ロランは長靴(ブーツ)のつま先で地面を削った。


「金髪……。確かに人相書(にんそうがき)にもそうあったが……あいつの頭は焦げ茶なんじゃ……?」

「ありゃ染めてんだ。本当は、あの花売り娘よりも本物の金に近い、輝く巻き毛のはずだ」

「へぇ」


 どうして知っているのか、その問いをアレクスは飲み込んだ。だが、ロランはどこか遠く、ここではない場所を見ながら低い声で話し出した。


「あれは何年前だったか……一度だけあの家に招かれたことがある。母親に抱かれて笑ってた。遊んでやろうとしたら泣きやがった。まだほんの小娘で、人形みたいに小さかったな」

「……なるほど」


 玩具を取り上げられた子どもによくある執着だと、アレクスは思った。だが、それは違う。ロランは母に抱かれていたリリアンヌを見て、そこに愛し愛される完璧な母子のかたちを知った。そして、愛されぬ自分と比べ、初めて羨望を知ったのだ。それと同時に身を焦がすほどの憎悪も……。


 アレクスはロランの様子から、この花売りたちとはここで別れて四人での旅を再開したかったが、ことはそう上手く運ばなかった。金髪娘に惚れ込んでしまったガストンと、アレクスにまで流し目を送ってくる娘、金髪に固執するロラン……何かが起きるのは必然だろう。だが、アレクスは何も言わずに二人に従った。これまでもそうだったし、これからもそうだ。

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