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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第一章 『長い長いプロローグは破滅の香りを纏っている』
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汚泥を飲み下して

 変態が出てきますが、どうか見限らないでやってください。え、もう出てる? …何のことやら。

 気がつくと僕はどこか暗い場所に立っていた。身につけているのは白の簡素な、袖を落としたワンピースだけ。膝で揺れる裾を払い、裸足の爪先(つまさき)を見下ろした。


 砂だ。それとも砂礫(されき)というのか?

 少なくともこの辺りの土から出るものじゃない。


 もっとよく見ようと身を傾けたとき、はらりと視界に落ちてきたのは腰ほどまでの長さがある金髪だった。


(元に戻っている!? なぜ?)


 二度と戻れないと思っていた、決別した過去の姿になっていたことに心が乱れた。疑問が(しょう)じて混乱する。それもつかの間、足元に押し寄せ、(くるぶし)を覆った水に気を取られた。


「うわっ、何? どうして……」


 見渡してみても、逃れる場所なんてない。どうすることも出来ないまま膝のすぐ下まで水はやってきていた。ひどく冷たいそれは、暗さのせいか真っ黒くて、怖いと思った。……僕は、泳げないんだ。


「……誰か。……師匠、助けて……」

『残念ながら誰も助けになんて来ないのですよ』

「誰!?」


 声だけが頭上から降り、探してもその人物は見つからなかった。男かも女かも分からない、子どものような高い声。そもそもここはいったいどこなのか……。


『ここは貴女の心の中ですよ、リリアンヌ。どうして驚いているの? それが貴女の名でしょう?』

「……僕は、ジョーだ。きみは誰?」

『偽名なんて意味ないのに……。私はディーヴル。ディーちゃんって呼んでほしいですぅ』

「……D、きみが僕を呼んだの? だったら今すぐここから出して」

『あははははははっ!!』


 決して狭くはない空間に、可笑しくてたまらないといったような高笑いが響く。いったいどこから……。


『あは、可愛い! 可愛いぃぃ! 今どき王族にだって珍しい金の髪も、真っ黒い瞳も、白い肌も! おまけに処女だよ、処女処女処女ぉ! 無垢な身体に色々と、うへへへ……』


 …………………………。

 本当、出口どこだ?


『あっ、ちょっ、待って? お話聞いてっ? まだ途中なんだってば』


 上から差し込む僅かな光じゃ何も探せない。僕は【光明】の術を右手に呼び出して掲げた。そして、この空間の余りの広さに息を飲んだ。これじゃあ、例え鳥がいたとしても出られないだろう、そう思うほど果てがなかった。


『びっくりしました? 広いよね~、出られないよね~。泣いちゃう? 泣いちゃう?』

「……チッ」

『え、今舌打ちした?』


 したから何だというんだ、変態が。悔しいけど、Dの言う通り、生半可な方法じゃここからは出られそうにない。それよりも考えなくちゃならないのは、足元に増えつつある……水……だ。足が震える。少しずつ水嵩が増しているみたいなんだ。


『その水はね、(いん)()の溜まりなんですよ。黒の術を使えば使うほどそれは増えていくんです。首まで浸かれば後は溺れて、力に引きづられるだけ……。より強力な術を使えるようになるけど、代償も大きい。貴女のお師匠さまは、危険だからと貴女を魔術に近付けたくないんですって。だから安全な術しか教えてくれないんですよ~~?』

「………………」

『くふふふふ! 貴女の目的としてはそれはマズいですよねぇ? 優しいディーちゃんが力を貸してあげましょうかぁ?』

「………………」


 最初にDは何と言った? 僕の心の中だと言わなかったか?

 不思議なことだらけだ、名前を言い当てられたこと、広すぎる場所、黒い水、それに髪の毛もそうだ。どれもこれも、ここがデルタナから遠い場所というのでもない、夢の中なら説明がつく。


 だったら、目が覚めるのを待てば良い。最後の記憶を辿ってみよう。まさか死んではいないはず……。死ねばひとは皆どこかへ旅立つと言うし、その場所は素敵な花畑だと聞く。僕だけ一人で闇の中だなんて、そんなひどいことになるような悪事は働いていない。


『あの~、ちょっとぉ、聞いてくださいよ、お嬢さん……』


 死んだら今までの記憶はなくなってしまうんだろうか。そうだったら良いと思う。だって、死んでまでずっと自分を責め続けるのも、救えなかった人々に謝り続けるのも、そして、デルタナでの知り合いたちのことを考えるのは辛い。僕が死んだら、師匠は、ニールはどう思うか。ソーンさんは何て言うか……。


 だから、死んでいたら嫌だ。僕はまだ、目的を果たしていない。魔物に脅かされない暮らしが欲しい。ほんの少しで良い、子どもたちが安心して暮らせるように、僕が何か出来たら……。魔王を倒せる人を探して、一緒に……。


『だ~か~ら~、貴女のお師匠さまは強い術はな~んにも教えてくれないんですってぇ。ね、私と契約しませんか? 何でも教えてあげますよ! 手取り~足取り~うへへ!』

「……誰なの?」

『ディーちゃんですって。ほら、貴女が解放してくれた、あの呪文書ですよぅ、忘れちゃったんですかぁ?』

「!」


 どっと汗が吹き出る。この、道化めいた声の主は人間じゃなかったのだ……! いや、人間じゃないのは問題じゃない。別にそんなのどうだって良い。薄々は勘づいていたことだ。


 問題なのは……!


『あの時、嬉しかったなぁ。私のこと、僕のものだ、って、言ってくれたでしょう?』

「………………」


 そう、確かに僕は、この本を自分のものだと言った。

 けどそれは、質屋の主人に対してであって……そもそも、あの時、実際には僕は…………


『ああ! だから私は貴女の心にやってこられたんですよ~。えへへへへ、ご主人様ぁ!!』

「迷惑」

『え゛っ!?』

「あっ……」


 いけない、つい本音が。


『ひどいっ、私を騙したのねっ!? 私の(なかみ)だけが目的だったんでしょう!』

「……さて、どうやったら目が覚めるかな」

『スルー!? むしろシースルーだったら今の貴女のノーパン姿もばっちり見えたのにっ』

「お前の世話にだけはなりたくない……」

『きみからお前に格下げされてりゅ…………さみしいっ』


 師匠の呪文書、本当に煩い。どうしてくれよう……。姿さえ現してくれたら、【雷撃】をお見舞いしてやれるのに……。


『貴女の今覚えている術じゃ無理でしょうねぇ』

「………………」


 さっきから、ずっと思っていた。


(どうして心が読めるんだろう)

『どうして心が読めるんだろう?』


 僕は果てのない上に顔を向けた。


『力が欲しいでしょう? 何者にも負けない力が。男に組み伏せられて怖かった? 悔しかった? わかりますよぅ、そのお気持ち!』

「……わかるの?」

『もちろん!! 可哀想に……叔父さんたちも非道いですよね? 貴女の継ぐはずだった財産だったのに。貴女のために遺されたものだったのに。それどころか貴女をどこに売りつけようかと舌なめずりしてましたよね。思うようにいかなかったから今度はレイモンの身代わりに……』

「黙って。もう知っていることをべらべらと……。不愉快だ」

『おおっと、ごめんなさい。契約してくれたら貴女の言うがままにします~』

「断る。きみは師匠の持ち物だ。僕が勝手にどうこう出来ない」

『じゃあ! じゃあ、本が貴女に譲られたら、契約してくれるっ?」

「……考えておく。だから、僕に魔術を教えてよ」

『ずるい答え……。でもそういうの、嫌いじゃないっ!! むしろイイ!』

「………………」

『うふ、いいです、契約してくれるつもりがあるなら、せいぜい気に入られるように頑張りますよ。じゃあ、仮のご主人様、何てお呼びすれば?』

「ジョー、だよ。そう呼んで欲しい」

『はいは~い! じゃあ、笑ってください、ジョー。強くあるには笑顔が大事、ですよ!』


 僕は困った。どうやら僕は上手く笑えないらしい。リリアンヌは笑い方も忘れてしまったようだ。何度もDに催促されて、僕は何とか笑顔らしきものを浮かべた。


『……ジョー、それは、困った顔です』

「……うん、そうみたい」

『じゃあ、それは追々練習しましょう。……ところで、水はどうします? 飲むと強くはなれますけど? あ、でもあんな汚泥みたいなもの、飲みたくなんてないですよね。やめときましょ!』


 僕は足元の水を見下ろした。


『無理する必要ないですよ。ジョーはとびきり素質がありますもん、十年もかければ呪文書にある魔術くらい、全部覚えられますよ』

「十年……」

『ええ! 私と勉強すれば、八年で済むかもしれません。それに、魔王を倒すためと言っても、全部覚えなくたって大丈夫ですよ、きっと。強いひとに守ってもらえば!』

「……足手まといじゃ駄目なんだよ」

『ジョー?』

「守られてちゃ、駄目なんだ。僕も一緒に戦う……僕がそのひとを守るんだ……!」

『でも、でも、反動が大きいですよ? 代償があるって言ったでしょう?』

「遅かれ早かれ水が満ちるなら、今飲んだって変わらない。止めないで、D」

『あっ、あっ、リリアンヌ……ちょっと!』


 僕は冷たい水の中にそろそろと体を浸していった。膝を折り、座り込む。肩まで水が来て、冷たさが骨にまで浸透する。息が震える。それでも僕の体に触れる水だけは温まっていくような気がする。きっと錯覚だ。長い髪がゆらゆらと踊っているのを見て、覚悟を決めた。


 リリアンヌでいることはやめたのだ。魔王を倒したら、そこで死ぬつもりだったろう? なら、代償なんていくらでも払ってやる。


 水を掌に掬い、額にかけた。汚泥というにはさらさらと、まるで清水のようだ。たっぷりと頭を濡らし、次に僕はその水を口に含んだ。……苦い。舌が痺れるくらいに苦かった。それを何度も何度も掬っては、飲み下した。ああ、全く……こんなにぞくぞくするなんて。体に力が漲ってくる。


「ふふ、ふふふふふ…………」

『ジョー……?』


 Dの不安そうな声がする。変態呪文書のくせに。でも、僕のことを心配してくれているのかな……?


「……ふふ、大丈夫だよ、D。何ともない」

『なら、いいんですけどね……。私は、魔術のことしか、知らないから……』

「もうすぐ意識が戻るね。僕はもう、行かなくちゃ」

『では、現実世界でお待ちしていますよ、ジョー。すぐに会いに来てくださいね』


 会いたくない気もするけど、仕方ない。師匠が術を教えてくれないつもりなら、僕は僕のやり方をさせてもらおう。

 お読みくださりありがとうございます。ディーちゃんは一応女の子キャラのつもりです。…つもりです。作風は崩壊し…ません、多分。バランスブレイカー? 聞いたことない名前ですね(棒)。


 明日17日月曜日は更新をお休みさせていただきます。よろしくお願いします。

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