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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第一章 『長い長いプロローグは破滅の香りを纏っている』
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回想~ニール~

 最初に会った時、こんなに綺麗な女の子は見たことないと思った。真っ白いすらっとした手足、ひらひらした服は透けるくらいに薄くて、足の付け根までしか隠していない。偽物のコインを繋げた輪っかが月明かりにきらきらして、物語に出てくる妖精に見えた。羽がないから違うって分かったけど。


 旅芸人だな、と納得した。女の子にしてはびっくりするくらい髪の毛が短かったし、頭の輪っかはそういう女の子がくっつけていることが多かったからだ。フロースの祭日の前の夜だったから、ウチにも稼ぎに来たんだろうなと考えた。とにかく、座り込んでいたせいでお尻の形が丸見えだった。


 その子は声を上げずに泣いていた。


 親方に叱られたんだろうか。それとも嫌な目に遭ったんだろうか。ウチはまだ行儀がいいのが多いけど、可愛い女の子がいたら触るに決まってる。触られた女の子はどうしてか泣いちゃうもんだ。触るくらい減るもんじゃなし、いいじゃないかって言うとさらに泣くから黙ってるけどさ。


「大丈夫か? どっか痛いのか?」


 そう話しかけると、その子は顔を上げてこっちを見た。びっくりしたように目を丸くして、唇を少し開いてた。……目が黒くて変だなと思ったけど、睫毛が長いのと鼻筋が通ってるのとで帳消しに出来るくらい可愛い。紅く染めてある目許が大人っぽかった。

 これは先生の言うとおりにするべきだと直感した。泣いてる女の子は優しく慰めてやらなきゃいけない。キスして抱き締めてやれば女の子は泣き止むって先生は言っていた。ただし、それは可愛い子に限るとも言っていた。この子なら大丈夫、キスしたい。


 近くでじっくり見るとここらの女の子とは全然違った。聖火国から来たんだろうか、雪みたいに白い顔の中の唇だけピンク色して、小首を傾げて俺のことを珍しそうに見てきた。言葉もたどたどしくて、見た目よりも子どもなのかもしれないと思った。


 握った手は小さくて柔らかくて、きっと重いものなんて持ったことがないんだろう。ずっと触っていたかった。俺が隣に座っても逃げなかったんだから、向こうもけっこうその気に違いない。

 でも、いざキスしたら、悲鳴を上げて逃げてっちゃった。俺を突き飛ばして、さっきよりももっと泣きそうな顔で走っていってしまった。


 俺は謝ろうと追いかけて、追いかけて……。たちの悪い男に捕まっていたその子を助けてやろうとしたのに、ワケの分からないまま俺はぶっ倒れていた。






 俺の手を叩き落したジョーは、「僕に触るな」と怒鳴りつけてきた。血の気を失った真っ白な肌、しかめっ面の細められた目、今日は口許すら布っきれで覆っている。女扱いされたことをよっぽど根に持っているに違いない。コイツが男だと知った時、騙されたと思った。だって詐欺だろ、あんなに色っぽい格好しておいて男だとかさ。たしかにちゃんとした服だと男なんだけどさ。あの時は夜だったし、女の格好して化粧までしてたんだ、女にしか見えないだろ!


 俺は悪くない。むしろ初めてのキスだったんだ、俺も泣きてぇよ! 紛らわしい真似しやがって……。


 見た目が女だし名前も女っぽかったから中身も泣き虫かと思ったら、あの晩のことは何だったのかと思うくらいに気が強くて、ショックとかいう魔術を食らって反省した。

 余計なお荷物を背負(しょ)わされたと感じたのは最初だけ。慣れてみればコイツは素直だし、俺の言うことをよく聞くし、何より、どんな話でも馬鹿みたいに感心してて、世慣れてないというか……。兄貴みたいに元貴族かなんかだろ、絶対。しかも天然っていうか、コイツはボケボケだな、と思った。コイツの師匠もボケてるしな。


 一つ年下で生意気なコイツが、なんだか弟が出来たみたいで、いいなって思った。面倒見てやらなくちゃって張り切ってたのになぁ。どうやらジョーは俺の下は嫌みたいだ。


 細っそい体も、怒った顔も。触られるのを嫌がるとこも。まるで女みたいになよっちい、お貴族様って感じで、お高くとまってるみたいで腹が立つ。ちょっとからかってやったら笑って謝ってくるだろうと踏んでいたのに、逆にカーッと来てしまったらしい。ジョーは俺に飛び掛ってきた。


「どちらが上か教えてやる!」

「……本気かよ。後悔すんなよ、お坊ちゃん! いや、お嬢ちゃんかな?」


 拳を握り締めて殴りかかってくるジョー。動きは悪くない。そこいらのチビよりよっぽど速い。でも、単調で読みやすいのに加えて、殴ろうとする直前で拳が止まる。喧嘩慣れしてない証拠だった。


「そんなパンチじゃ当たらねぇぞ?」

「…………っ!」


 ジョーは俺を睨み付けると、さらに出鱈目に腕を振り回した。もしかしてフェイントのつもりなんだろうか。冗談だろ? こんな、マトモに構えられないような奴を、実戦形式で鍛えようっていうのか? ソーンの兄貴は何考えてんだ。


 ほんの少し動いただけなのに、ジョーの息は荒くなっている。ついでに言えば足も震えてる。可哀想だから、そろそろ終わりにしてやろうか。


「なぁ、これで分かったろ? 俺とお前とじゃ勝負になんないって。兄貴が言うから少しは使えるかと思ったけど、やっぱちょっと考え直した方が……」

「【雷撃】……!」

「おわっ!?」


 俺の腹めがけて真っ白い光が飛んできて、すんでのところで避けられた。


 危ねぇ! 最初食らった時より威力が増してんじゃん、殺す気かっ!


「避け……た……?」

「ったり前だろっ!?」


 ジョーの魔術は、食らえば痛い。けど、口に出さなきゃ術が発動しないし、それにコイツの場合は、自分で気付いてるか分からねぇが右手で何かを指差す形にして突き付けなくちゃならないらしい。だからその動作を見てしまえば避けるのは難しくない。


 しかも、疲れて動きが鈍くなっているだけじゃない、頭に血が上ってる今のコイツの術なんて、直接二回も食らった俺が避けられないはずがない!


「……っ! どう、して……」

「もう慣れたんだよ! さ、終わりにしよー……」

「【雷撃】!」

「おおっ!?」

「……チッ!」


 まだやる気かよっ! つか今舌打ちしやがったろ!?


「この! ぶん殴る!」

「【雷撃】……!」


 さらに一発かすめるようにギリギリで外れる。ちくしょう、手加減なしかよ。


 距離を詰めて、引き倒すかそれとも一発殴るか迷う。すでに立っているのがやっとのジョーは、それでも諦めていない目をしていた。こういうのを侮ると痛い目を見る。俺はとりあえずジョーの鳩尾めがけて拳を降り下ろした。


「うっ!」

「あっ!?」


 俺の拳をジョーが避けて、俺はついクセで蹴りまで加えちまった。殴るときに勢いを殺したのがまずかった。蹴りの方は無意識だったからいつも通りの力だったし。そんなつもりなかったのに……。


「ジョー……? 大丈夫か?」


 倒れ込んだジョーを起こしてやりたいけど、アイツの右手が【雷撃】の準備してるんだ、迂闊に近寄れない。


「ジョー?」

「…………………………」


 息を吐く音がして、ぱったりと右手が落ちた。駆け寄ると気絶してる。呼び掛けて頬を叩いても返事がない。


「やば……。ジョー、起きろ!」


 コイツ、息してない……!


 俺は壁に這わせてある銅菅の蓋を開けて、一階の兄貴を呼んだ。「すぐに行く」という返事をもらって、俺はジョーが息を吹き返すように名前を呼び続けた。






 兄貴はジョーの師匠を連れてきた。ジョーは息はしてるけど全然起きない。兄貴と爺さんはジョーの体をぺたぺた触って何かを確かめているみたいだ。


「何が起こった?」

「蹴飛ばしたら、倒れて、ぐったりなっちまって……」

「頭を打った?」

「それは、見てない……」

「………………」


 兄貴は黙りこんで難しい顔をしている。


「ジョーは、何か術を使ったかの?」

「あ、えっと、【雷撃】? 三回くらい使った。倒れてからも使おうとしてて、すぐ近付けなかった」

「ふむふむ。……なら、大丈夫じゃろ」

「大丈夫ってアンタ、本当に大丈夫なんだろうね? 頼りになんないけど施療院にでも……」

「ジョーは魔力切れよ。死んじまう前に体がそれをさせまいと意識を絶ったんじゃ。後は回復するのを待つだけじゃ」


 大丈夫、なんだ……。良かった!

 兄貴もホッとしたみたいで顔が普通に戻った。


「……でも、他所では魔力切れで昏睡したまま死ぬ奴もいるとかって聞くしさ、本当に大丈夫?」

「弱い者が無理すればそうなる。ジョーはワシと同じくらいの素質があるからの。一晩寝れば起きてくるわぃ」

「そう? なら、いいけどさ」

「心配なら魔力を回復するソーマの草の汁を飲ませるがええ」

「……どこに生えてんのさ。聞いたことないよ」

「なら、あれじゃ、生き物の体液じゃな」

「げっ、なにそれ!」


 俺は思わず口に出してしまった。兄貴が睨んでくる。

 違うんだって、大人の話に口を突っ込むつもりはなかったんだって!!


「血でも絞るかの?」

「なら、ニールのをたっぷり持っていきな」

「えっ!?」

「……冗談だよ」


 嘘だぁ! 絶対本気だった!


「…………………………」

「あっ!」

「おっ?」


 いつの間にか、ジョーが目を開いていた。目を閉じてるときも思ったけど、ぼーっとしてるとコイツ、マジで女みたいだ。


「大丈夫かい、ジョー」

「ソーン、さん……。僕は、大丈夫だよ……」


 ジョーは兄貴を見てにっこり笑った。ゾクッとした。

 なんだろう、分かんないけど背中がざわざわっとした。


 兄貴たちは何も言わない。あれ、俺だけ、これ?


「……もう心配いらんな。帰ろうか、ジョー」

「はい、師匠」

「ジョー、ウチの馬鹿が悪かったね」

「……ううん、僕も悪かったから。ね、ニール?」

「あ? お、おう……」


 兄貴はこっちを見て、説教するときの顔になった。


「ニール、アンタには後でゆっくりとね……」

「……はーい」


 ……うへぇ。

 分かっちゃいたけど。はぁ……。


 ジョーは爺さんを支えるようにして帰っていった。俺は兄貴にめちゃくちゃ怒られた。ジョーの負けず嫌いめ! それにしても、笑った顔、初めて見た。けど、な~んか、嫌な感じがしたんだよな。


 ……俺の勘はよく当たる。思い返せばこの時から、きっと何かが変わり始めていた。

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