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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第一章 『長い長いプロローグは破滅の香りを纏っている』
21/99

番外編 野茨と魔術師

 今回は番外編のみの更新となります。お楽しみいただけたら幸いです。

 正午の鐘が鳴ってもオービスの熱は発散しきってはいなかった。客は好きなタイミングでどこかしらから食べ物を買ってくるなり、カウンターで頼んだりしていたし、選手になろうという奴はそれこそ食事を忘れて体を温めている。

 野茨(ソーン)と名乗る男は、立て続けに三人の相手をしてからは、その輪に加わることなく受け継いだ店の隅で寛いでいた。時々、馴染みの探索者(シーカー)たちが挨拶に来る他は変わったこともない。


 (サマースの野郎、あの様子じゃまだ懲りてないね)


 もう二年になるだろうか。あの陰湿な蛇のような男は、このデルタナの探索者を束ねる(おさ)の権利を奪うべくソーンに挑んできた。結果は今日のオービスを見ても分かる通り、ソーンの圧倒的勝利に終わった。

 だが、サマースは“庭”によく遊びに来ていた十二歳になるアルという少年を拐い、その身と引き換えに長の地位を渡せといってきた。これに頭にきたのは何もソーンだけではない。むしろ他所から流れてきたソーンよりも、デルタナ出身の探索者たちの怒りを買った。頭のイカレたメッセージが届くや否やサマースは居場所を探し当てられアルは無傷で救出された。

 捕らえられたサマースは背に墨を入れられ、デルタナを追い出された。あの火傷は無理に墨を消そうとした名残りだろう。まぁしかし、よくものこのこと顔を出せたものだなとは思う。それに、ソーンを狙うのは完全な逆恨みだ。


 そのとき酒場の重い樫材の扉が開いて、身奇麗な老人が現われた。名も知れぬ魔術師、通称「どぶねずみ」だ。つい昨日の夜までは道の脇の襤褸布、死んだ溝鼠、異臭を放つゴミをいっしょくたにしたような存在だったというのに。風呂に入って垢を落とし、清潔な服を着せればなんと、そこそこの風格を醸し出すではないか。


「ジジィ、もう昼回ってるよ。何してたんだい」


 ついつい言葉が厳しくなるのは、この半分呆けかけた老人の少年弟子が、彼のために働いているのを知っているからだ。


「おお、ソーンではないか。ワシか……ワシは宿でちょっと細工物をな」

「細工物ォ?」


 ソーンが思わず鼻にかかったような声を上げてしまったのも無理はないだろう。指先に震えがあるような老人が細工物とは! しかし、昨夜の見事な演奏を思い出し、ソーンは馬鹿にしたような態度を改めた。


「ちょっと見せてよ」

「もちろんいいとも。ほれ、これじゃよ」

「………良い品じゃないのよ。夜店のオモチャよりよっぽど良い出来だわ。でも、この石はどうしたの? ジジィ、アンタいま金なんてないでしょ?」

「それはほら……アレじゃ。ワシ、目だけはいいんじゃよ。伊達に拾った小銭で生活してきたわけじゃないわ。ひ、ひ、ひ」

「……アンタねぇ。はぁ、まぁいいや」


 手の中の腕輪はきっちりと編まれており、熟練の腕前を感じさせる。今日はフロースの祭日だ、きっとジョーにやるためにわざわざ作ったのだろう。そういえば、この老人と初めて出会ったのも確かフロースの祭日の頃だったか……。


 いったいいつからこの姿なのか、老人はそのときから、いくつとも知れない老人だった。ソーンが今の名を使う前、もう遠い昔のことになる。

 マイヤールの国王ヴァントムが、国中に触れを出して成人前の全ての男子を集めたことがあった。強い戦士集団を作るためだったという。だが、それは結果的には失敗だった。まだ体の出来上がっていない少年に過酷な訓練を強いたため、およそ五分の一が死に、半数が大きな怪我を残した。

 

 ソーンの両親には先見の明があったのだろう、計画の段階から反対する側に立ち、強行された後はおとなしく従っているふりをしながらもソーンを隠し育てた。そう、ソーンは物心付いたときには女として育てられたのだ。幸いにも整った顔立ちから男と見破られることはなく、十二の歳まで過ごした。

 

 あるとき、とうとう男であることが見破られてしまい、ソーンは国王の前まで引き出された。父と母も捕らえられ、床に跪かされ槍で抑え込まれていた。


「王命に背く愚か者には死を!」


 まだ少年だったソーンの目前で父母が刺し貫かれようとしたその時、玉座の間の大扉がドンと突くような音を立てて左右に開いた。


「愚か者とは、まさにお前のことであろうが。とうとう(めし)いたか、ヴァントム!!」

「ひぃ!? だ、大魔導……!」


 捻じくれた自然木の杖を掲げ、白と黒の聖典色のローブ姿の老人は枯れ木に火が点くような熱を放っていた。肩を怒らせ、一歩一歩進む度に、今まで横柄だった国王が小さな子どものように悲鳴を上げる様がひどく滑稽だったことを覚えている。


 そして、その日その時を境に国王は代わった。王太子とすげ替えられたのだ。馬鹿げた計画は中止され、傷ついた息子たちは家に戻り、ソーンは男に戻った。

 だが、それからは国のあり方が、王という存在が、全く信頼出来ない不確かでおぞましいものに思えて、忠誠を尽くす気になれなかった。


 老人のひと声で国王を引きずり倒せるならば、なぜ今までやらなかったのか。王太子が即位してすぐに計画を中止出来るのならば、これより前にも何とか出来たはずではないのか。


 疑問は確信に変わり、王と貴族のいいかげんなやり方に腹を立てたソーンは、十五で成人してから家を捨て、ただの男として暮らしていくことにしたのだった。その一人立ちに力を貸してくれたのが、この老人であった。


「もう返してもらってもええかね?」

「……! あ、ああ、すまないね」


 老人の言葉に回想から覚めるソーン。ジョーへの手作りの贈り物を見て、近い年齢のニールには久しくそういったことをしていなかったことに気付く。


「そういや、とっくに一人前だと思ってたから、ニールには何にも用意してなかったね……。しまった。無事に育つように、なんて、もっと小さい子のもんだと思ってたよ……」

「今からでも間に合うじゃろ」

「……アタシが抜けるわけにいかないよ。ついさっきハンマーの奴が出てっちゃったんだからさ」

「ふむ。では、自分で作るがよかろ。ワシ、石と麻紐まだ持っとるよ」

「え、アタシが作るのォ?」

「当たり前じゃろがぃ」


 ほれ、と差し出されたのは漆黒の石。歪んではいるが程よく丸く、つやつやと光っている。河で磨かれでもしたか。街の外側、未整備の河に落ちていることがあるこれらの石は小銭稼ぎになるが、危ないので今は禁じられている。それでも拾いに行く子どもは少なくない。

 色は申し分なくキズもヒビもない。これは子どもにはお宝だな、とソーンは思う。しかも黒だ。白と黒は聖火国で好まれている色で、買い手を選べば小金貨一枚出しても良いと言うかもしれない。


「代金は払うよ」

「いらん、いらん。お主から金は貰えんよ」

「……良いのかい?」

「ほれ、編むがいい。教えてやろうか?」

「じゃあ、お願いしようかね」


 まずは腕輪の端から編んでいく。手首に触れる部分だから、出来るだけ平坦に、ボコボコしないようにやるのだが、なかなか上手くはいかない。ゆっくりやれば緩む。ぎゅっとやれば当たりが悪い。

 手先は器用な方だ。同じ失敗は繰り返さない。コツを掴めば何とか、店に出せるくらいには良い仕上がりになった。


「ジイさん、どこ行った…?」


 オニキスを麻紐で作った籠に閉じ込めるところまでは側で指導してくれていた老人がいない。オービスの輪にも、カウンターにも、もちろん呑んだくれて床に伸びているわけでもない。

 奥も覗いてみたが見つからない。カウンターに詰めている男にちょっと抜けると断り、ソーンは裏口に出た。まさか、ジョーを残してふらっといなくなるなんてことはないだろうと思いたい。だが、あの老人は以前にも突然いなくなってしまった…。


「あのジジィ……」


 首を巡らせ、表側も見てみようと体を引っ込めた時、争うような声がした。


「…………」


 ソーンはゆっくりと、音を立てないようにそちらへ足を運んだ。投げナイフ(ダート)を利き手に忍ばせ、耳をそばたてながら様子を窺う。


「おとなしくその子を放せば、命までは取らんと言うておるじゃろ」

「るせぇ、老いぼれが! さっさとどっか行けよ! 死にてぇのか!?」


(……サマース!!)


 後ろ姿からでも分かる。あの陰険クソ逆恨み野郎はまたしても子どもを人質に取って何かしようとしていたのだろう。それを老人に見咎められて、膠着状態に陥ったのだ。

 子どもの首に刃を押し当てるサマース、説得しようとする老人、恐怖のためか声も出ない子ども。抱えられた体はだらんとしており、足元には汚水溜まりが出来ている。


 普通なら助けを呼ぶために叫ぶところだ。だが、サマースなら、それを聞いても放して逃げるどころか、子ども殺してソーンのせいだと喚くだろう。ソーンのやってきた行いがこの子を殺させたのだと。……そういう奴なのだ。


(ジイさんの判断は正しい。……だが、どうするつもりだろう。例の術とやらはサマースが子どもの首を掻っ切るより速いのか?)


 答えは否だろう。


 だからこそ、老人は強い言葉でサマースを脅し、その刃を自分に向けさせようとしている。子どもの首から刃を離した時が奴の終わりだ。


(ジイさんがせめてこっちを見てくれたら、アタシが奴の気を逸らしてやるのに……!)


 ソーンはサマースには知られぬよう、しかし老人にはこちらの存在に気付いてもらう方法はないかと思案を巡らせた。何度か足先や指で合図をするものの、老人の目が動く気配はない。

 そのままどれくらい経ったか、サマースが妙なことを言い出した。


「おい、ジジィ、急にだんまりになりやがって……何を考えてる?」

「…………」

「まさか、仲間か!?」


 ソーンは飛び出していた。


「サマース!!」

「なっ、ソーン!」


 ダートをサマースの顔めがけて下手から投擲(とうてき)する。奴はそれをナイフを持つ手とは反対の左腕で、脇を締めて肘から先で顔を覆うことで防いだ。つまりは子どもを手離したということ。


(今だよ!!)


 しかし、老人の紡ぐ「力ある言葉」とやらは聞こえなかった。焦るソーン。サマースの持つナイフに注意を払いつつもう一本のダートを指先で探る。

 そんなソーンの目の前で、白目を剥いたサマースがゆっくりと倒れたのだった。






 つまりは老人はソーンの存在に気付いていたのだ。だが、そちらを見ればサマースにも知られる。ソーンが動くのを待っていたのだ。


「食えないジイさんだよ。どこにそんな実力を隠してたんだか!」

「ひ、ひ、ひ。しかしお主には見せたこともあったろうに」

「何年前の話さ! とっくに墓の下にいなくちゃいけないジジィがまだ戦えるなんざ思わないわよ、フツー」

「そうかいの?」

「そうだっつの。口に出さなくても魔術が出るなんて知らなかったよ……」


 口を尖らせるソーンに、老人はまたいつもの笑い声で答える。サマースは衛士に突き出した。罰を食らうかはともかく街からは追い出されるだろう。無事に違う街に入れるか野垂れ死ぬかは奴の運次第だ。


「いい加減、懲りてくれりゃいいんだけどね」

「さぁのう。こんな時代じゃ、殺したくはない」


 しんみりとした空気になってしまった。ソーンはミント水の入った杯を傾けつつ、オービスの終わって閑散とした酒場を眺める。ふと、先ほどのオービスでジョーにしてやられたことを思い出した。


 虚ろな目をした小さな子ども。生っ白くてやせっぽち、笑いもしなければ泣きもせず、ただ深い穴のような目でこちらを見ていた。

 だが、あれは守られるような子どもではない。剣の腕前、体の運び、素早さ、跳躍力……どれもやらせてみれば驚く程の短時間で己の武器になるまでに成長した。特に大ムカデ退治のときの活躍だ。


 体を動かす機会のない貴族の令嬢が、大ムカデにしがみついて、なおかつ振るい落とされず、しかも的確に頭を断つなんて、誰が想像するだろう。しかも長く詠唱することなく魔術を放つのだ。名うての探索者の中には魔術の使い手もいるが、ただの一言であれだけの術を飛ばすなんて聞いたことがない。しかもフェイントまで……!

 ジョーは御世辞口上に劣ることのない腕前を見せつけた。今じゃ“閃光の”なんて二つ名まで付いている。あの子なら本当に魔王を倒せるかもしれない。


 ……どこか歪な、寂しそうな子どもだ、あの子は。


 その心の隙間を埋めてくれる何かになってやれたらとは思うが、それはジョーが受け入れてくれて初めて出来ることだ。そして今、それはこの老人にしかしてやれないことだろう。


「そういや、ジョーをどうするつもり? アンタがずっと面倒見てやんの?」

「……いいや。ある程度育ったら、どこかで暮らしてゆくじゃろ。あれはもっと平和な場所で暮らすべきなんじゃ。長く手元に置くつもりはない」

「ふーん。納得すりゃいいけどね」

「争いの嫌いな子じゃよ。探索者も旅人も、続けさせるもんじゃない。ワシの暮らしぶりは知っとるじゃろが」

「……ああ。うん、人間の格好も出来るんだなぁって、思い出したよ、昨日」


 長いこと社会の底辺、地下の鼠同様、むしろゴミみたいな生き方をしてきた老人である。ソーンの独立を手助けしてくれた後に何があったらこうなるのかと、頭を悩ませた日々もあった。

 何度言っても保護しても、このジイさんは見付ける度に汚泥を這いずっていた。「もう知るもんか」と投げ出し罵ったことも両手の指では数えられない。


「酒に博打に、散財。変なこと喚いて衛士に連れてかれるわ……アンタ生き方改めなさいよ。もうすぐお迎えがくるんでしょうが」

「ワシはまだまだ死なんぞぃ!」

「せめて酒はやめときな」

「嫌じゃ! ありゃワシの命よ!」


 安い命もあったもんだ。ソーンはため息を吐いた。やはり言っても無駄だ、と。しかし、それこそがこの老人を自由人たらしめているのだろう。どんなにか呆れても、見捨てられない。子どもみたいに純真な、憎めない老人だ。


「ふぅ。腹が減ったの。何かくれんかぃ?」

「……金はあるんだろうね?」

「ないわい。さっきオービスで全部スッた。素寒貧よ」

「…………ジョーが帰ってくるまで待ってな」

「後生じゃよぅ。何かくれんか、ハムの切れっぱしなんかないかいな」

「贅沢抜かすな、ジジィ! ピクルスでも齧ってな!」


 カウンターにドンッとピクルスの瓶を置き、ソーンは額を押さえた。本当にどうしようもないジイさんだ!

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