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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第一章 『長い長いプロローグは破滅の香りを纏っている』
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呪文書と、御守りと

 お姉さんの手によって運ばれてきたのは、縦の長さが一フィートはある木の箱だった。それは遠目にも異様な雰囲気を持っていた。誰かが唾を飲み込む音がした。それはもしかしたら僕のものかもしれなかった。


 卓上に置かれ、濃紫の紐がほどかれる。蓋をどけると表れたのは、革の(おもて)(ぎょく)があしらわれた凝った装丁の本だった。それは錠によって封をされている。

 触れなくてもその本から()けつくような、()てつくような、そんな奇妙な空気を感じる。体の中が引き攣れていく感覚。これには、魔法の力が宿っているに違いない……!


「置いておくだけでも嫌な品物だよ。欲しがる者は多かったが、誰にやらせても触ることすら出来なかった。お前がこれを持つ事が出来て、即金(そっきん)で小金貨二十枚が払えるんなら、好きに持っていくがいい」


 ニールが無言のまま肘で僕を押した。触ってみろ、ということだろうか。僕は右手をそろそろと呪文書に伸ばした。


 パチンッ

 封印の錠が音を立てて弾け飛んだ。


『これは、私のものだ……』


 僕の唇が勝手に動いた気がした。今、言葉を発したのは僕か? 

 …………怖い。なんだろう、不意打ちで誰かにねっとりと舐められたような気分。体を知らない手で撫で回された気分だ。


 ……怖い。


「おい、大丈夫か? 本を取れよ。あと、財布から小金貨二十枚用意しねぇと」

「………………ニール、今さっき、僕、何か言った……?」

「あ? えーと、確か、この本は自分のだって言わなかったか?」

「…………そう。なら、良い」


 まるで、僕自身を指して、「これ」は私のものだと言われた気がしたんだ。

 勘違いなら、それで良い。






「結構な荷物になっちゃったな」

「うん……」

「一度お前の宿か“庭”に戻って、置かせてもらおうぜ」

「そんな事出来るの?」

「金払えばしてくれるとこもあれば、してくれないとこもあるし。逆に只でやってくれるとこは客から抜いてたりすることもあるし」

「……抜くって?」

「そりゃあ……コレだよ」


 ニールは人差し指を曲げたり伸ばしたりしつみせた。何のことかさっぱり分からないけれど、馬鹿にされるのは癪に障るので分かったふりをした。


 正午の鐘が鳴り、僕たちは顔を見合わせた。お腹も空いてきている。宿に戻ったらお金を払って美味しいごはんが食べられる。ニールを誘ってみようかな……。


「あの、ごはんだけど……」

「メシだけどお前の宿で……」


 どうやら同じことを考えていたようだ。ニールが歯を見せて笑う。


「俺たち、気が合うな」

「そうみたい……」

「俺、弟が欲しかったんだよな。だから、ジョーが来て、弟になったのって嬉しいぜ! なぁ、昨日はごめんな。なかったことにして別の女とやり直せよ。な?」

「……うん、ニールもね」

「ん~、誰かいるかな。ガキかババアしかいねーもんな」

「…………そういうこと言っちゃうから」

「ん?」

「……ううん、何でもない」


 宿に師匠は居なかった。お金は少しだけ財布に入れておいたけれど、まさか賭けオービスで無くしてやしないだろうか。心配だ。


 昼食はカリカリに炙った川魚だった。檸檬と香草のソースをかけていただく。パンはないけど、代わりにビスケットがついていた。女将さんの手作りだという。固くて齧ることしか出来ないので、ニールの真似をしてソースに浸してふやかして食べた。パンとはまた違う美味しさだった。


「それにしても、まさか兄貴が前金で寄越すとはな~。あんな大金だぜ? しかもこんな依頼までしてさ」


 むしゃむしゃと小魚がニールの口の中に消えていく。この細い体なのに驚くほどよく食べる。そして僕にも食べさせてくる。もう無理だよ、夕食が入らなくなっちゃう……。


「ソーンさんは、昔、僕の師匠に世話になったんだって。さっきの本は師匠の物だから、僕たちにお金が足りないのを知って、報酬として用意してくれたんだと思う」

「でもよ~、それだけじゃない気がすんだよな~」

「……僕のことも、気にかけてくれていると思う。何故かは、分からないけど」

「だな! じゃあ、頑張らないといけないぜ」

「うん、頑張る」


 荷物は女将さんが無償で預かってくれたので、僕たちはソーンさんに任された仕事を終わらせることが出来た。酒場では使わなさそうな物もたくさん、何に使うのか分からない物もあった。

 ニールに聞いてみると、“庭”は探索者が集まるだけじゃなくて、道具の整備や稀少品の売買も行うそうで、そのためには色々必要なんだって。


「ご苦労さん、ジョー。ニールも」

「俺はついでかよ~」

「はいはい。お疲れ様、ニール」


 ソーンさんに頭を撫でられて、ニールは「うへぇ」と呻いていたけれど、避けるようなことはしなかった。それどころか、ちょっと嬉しそうにも見える。

 それを見ていると、本物の兄弟のようで羨ましくなった。胸に鈍い痛みが走った。


「おお、戻ったか、ジョー」

「……師匠」


 陽気な声に振り向くと、きらきらした茶色の瞳に迎えられた。広げられた腕。

 ……僕の、居場所。


「おかえり」

「……うん、ただいま」


 僕は駆け寄って、その胸に額を預けた。清潔なローブは(かす)かに花の匂いがして、ふわふわの(ひげ)がくすぐったかった。


「置き手紙もしなくてごめんなさい。女将さんから聞いたとは思うけど、お金を持っていなくなったこと、怒ってる?」

「まさか! ワシはお前さんを信じておるもの。それに、あれを質から出すためにソーンと戦ったんじゃろ? なかなか出来ることではないわい。頑張ったの」

「そんな……。僕は、ただ……」 


 顔が熱くなる。何と言って良いのか分からない。


「よいよい、さぁ、お前さんに渡すものがあるんじゃ」

「……?」

「ほれ、これじゃよ」

「……石?」


 親指の爪ほどの大きさの石、乳白色の中にヒビのようにも見える黒い不規則な模様がある。それを編んだ麻紐で固定して、腕輪のワンポイントに仕立てている。


「これ、は……?」

「ワシが作った」

「師匠が?」

「そうじゃ。今日はフロースの祭日じゃろ? じゃからな、これを、ジョーに。御守りじゃよ」

「……御守り。僕に?」


 フロースの祭日なんてすっかり忘れていた。春の祝いに、子どもが無事に育つようにお祈りをするひとも多い。この春はいつもより寒くて、双星(そうせい)主座(しゅざ)に入るというのに風が冷たかったから、暦を見なくなっていた間にこんなに経っていたなんて……。


 掌に乗せられた小さな輪。不思議な温もりを持つそれを、左の手首に通した。まるで最初からそこにあったようにしっくりくる。


「ありがとう、師匠」

「ひ、ひ、ひ」

「笑え、馬鹿!」

「うわっ」


 ニールが後ろから腕を回してきた。その右手首には同じく麻紐の、真っ黒な石が填まった腕輪があった。もしかしてソーンさんに貰ったのかな?


「礼を言うときは笑うもんだぜ、ジョー」

「……ニール」

「笑え、ほら、笑えって」

「むぃ……」


 ほっぺたが痛い。引っ張るのをやめてほしい。


「どうせだからここでメシも食ってけよ。奢るぜ、それくらい」

「……うん」

「あ、でも先に風呂な、風呂」

「!」


 お風呂は……良くない。とっても良くない。


「……あ、ごめん、ニール。僕は宿に帰らなきゃ。ごはんを用意してもらうようになってるんだ」

「ちぇっ、付き合いわりぃの!」

「……ごめん」

「次は逃がさねぇぞ。明日も来いよな!」

「うん。仕事しなくちゃいけないから」

「じゃあ、明日な!」

「また明日……」


 断ってしまったら怒ると思ったけれど、ニールは唇を尖らせて文句を言っただけで許してくれた。せっかく仲良くなった彼を失わなくて良かったと、ほっとしている自分がいた。「また、明日」と、そう言って別れたことなんてなかった。……何て心地よい響きだろうか。


 明日が来ることを楽しみに待つなんて、考えたことがなかった。明日が来ることが嬉しいなんて、そう思えるなんて、どうしよう、まるで夢を見ているみたいだ。そんな素敵な夢を見ることすら少ないけれど。


 師匠の歩調に合わせてゆっくり宿への道を辿りながら、僕は嬉しくて仕方がなかった。


「師匠、僕、友達が出来たみたい……」

「ほぅ、そりゃ良かった」

「うん。師匠は今日は何してたの?」

「ワシか……。う~ん、そうそう、御守りを作ったわ。昼抜きじゃから、はよ夕飯にしよう」

「……銀貨二枚、残しておいたよね?」

「ひ、ひ、ひ。ワシが賭けた奴がみぃんな負けよっての」

「師匠……」

 お読みくださりありがとうございます。明日10日月曜日は更新をお休みさせていただきます。


 ※一フィートは三十センチです。この世界の本としては標準サイズです。


 ジョーの腕輪の石はホワイト・ハウライトで、効果は「激しい感情を鎮静させる、外からぶつけられる激しい感情から守ってくれる」というもの。また、忍耐力も養ってくれるそうです。宝石言葉には「純粋な血筋」という意味もあるそう。


 ニールの腕輪の石はブラック・オニキスで、効果は「意思を強くし正しい判断力を与える、他人の悪意を跳ね返す」というもの。また、目標を達成するための忍耐力を養うそうです。宝石言葉は「成功、厄除け、夫婦の幸福、秘密」です。


 何やら暗示的ですが適当に選びました。

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