買い物 下 ★
ニールはまず、故買屋で僕に必要な背嚢や財布を見繕ってくれた。店の小父さんが言う値段を色々とケチをつけて「高すぎる!」と値切っていく様は、怒鳴り合いが白熱するに従って僕のお腹にぎゅうぎゅうと絞られるような痛みをもたらした。
それでも店を出る頃にはお互い満足そうに笑って握手していたのが不思議で仕方なかった。分からない……、何が起こったのかさっぱり分からない……。
「そういうもんなの。あ、真似すんなよ、怪我すんぞ」
「しないよ……。しないし、出来ない」
「そっか。ま、ああいうのは、どこまでなら安く出来るかって、店の取り分を考えて値切ってくんだ。品物は中古だし、傷とか染みとか、向こうも『どうしよっかな』って部分を攻めてやるとさ、『この客は騙せない、目利きだな』ってなるんだよ。
俺の出した値段が相手の考えてる値段とピッタリ同じだったらさ、『よし売った!』ってなるもんなんだよ。あの親父さんとは仲良いんだ」
「……ふぅん」
全然分かんないや。ニールは僕に説明してくれながら店を冷やかし、商店街を練り歩いた。荷物を持たなくても良い仕事から済ませていく。注文する品も細かくチェックしてから契約していたのが印象深い。彼はまた、僕のために水袋や革当てや、ナイフをしまう鞘を買った。針や布地もどれが良いとか悪いとか、僕のために教えてくれた。
みるみる減っていく財布の中身にびくびくし通しだったけれど、幸いにして師匠の呪文書の分は残っている。店の前に積んである商品の間を縫いながら歩き、彼と色々な話をした。
「……昨日、気絶させてごめん。あの後、あの大人たちに何かされたりしなかった?」
「いや、俺の方が早く起きたし」
「……そう、良かった。……あいつら、最低だ」
「大人って皆そんなもんじゃね? 俺は、センセイに拾われる前はそういう奴らにしか会わなかったもんよ」
「……そうなのかな」
リリアンヌの周りの大人と言えば、叔父、叔母、マーシー……。確かに心ないひとばかり。彼女はいつも寂しく暮らしていた。
でも、婆やは優しかった。それに、厨房で働く料理長はいつも、皆に内緒でパイの最初のひと切れをくれた。家から連れ出される前、罰を受けるかもしれないのに優しくしてくれた名も知らぬ下男も……。彼女を傷つけようとする人間ばかりじゃなかった。僕はそう思う。
「悪い人間ばかりじゃ、ないよ。大人も、子どもも……」
「そうか?」
「うん……」
「へっ、世の中ってもんはな、自分が楽しけりゃどうだって良いってヤツばっかだよ。弱いのはやられるだけ。賢くなきゃ生き残れないんだぜ?」
腕を頭の後ろで組んで、口を尖らせながらニールは言う。その脇の下あたりに鋲で留められた小さなナイフを見てしまい、その用途を思って気が重くなった。
「……僕は、外の世界ってもっと楽しいんだと思ってた」
「あ? なに? 結構いいとこから来た発言? あー、お前、兄貴と同じ匂いするもんな」
「それって僕が、ソーンさんから貰った石鹸を使ったからじゃないかな」
「…………。え、なに、天然なの?」
「……少なくとも僕はまがい物じゃない、本物の人間だよ」
「あ~~~、うん、あれだ。お前、扱いづらっ!!」
「…………」
僕って、扱い辛い、のかな……?
「まあ、元気出せよ! 質屋に行こうぜ!」
「う、うん」
デルタナの街に質屋は一軒しかないという。なぜならば、品物を保管するための場所、貸すための金、そして最後に一番重要なのが押し入りされないための堅固な店構え、どれを欠いても商売は立ち行かない。
大切な何かを担保にお金を借り受けるひとたちの中には、「金はないが預けた質草は返してもらいたい」と言う者がいるのだと。それも、かなりたくさん……。
「……それは、どうなの?」
「ん~? 店主の機嫌が良けりゃ叩きだされるくらいで済むんじゃね?」
「……行くのが怖くなってきた」
「金はあるから大丈夫!」
本当に大丈夫だろうか。もしも向こうが忘れていたら?
預けていた期間が長すぎて既に誰かのものになっていたら?
お金を余計に払えと言われたら?
「ジョー、割り札を貸せ。交渉してやる」
「……ワリフダって、何?」
「え? ジイさんから預かってねぇの?」
「…………」
師匠、そんなもの持ってなかったよね……?
「顔色わりぃぞ? とりあえず、行ってみようぜ」
「……うん」
大通りに構えた立派な門には格子が付いていた。その内側には大柄な男のひとが槍の代わりにか、穂先に刃の無い三日月をくっつけたものを持って立っている。見上げる建物の壁は赤く、入りづらい雰囲気だ。
「ニール……」
「大丈夫だって」
僕の二の腕を宥めるように叩いて、彼は番人に声をかけた。大男は訝しげに眉をひそめ犬歯を剥き出しにした。
「質草を引き出しに来たんすよ。俺は探索者で、ルールは知ってる。だから入れてくださいよ、お兄さん」
「ぐぅ? あぁ!」
まるで獣のような唸り声を上げ、大男は僕たちを威嚇してきた。涎も垂らさんばかりだ。
僕は悲鳴を必死に飲み込んでいたけれど、目尻には涙が滲んできていた。
あれは……きっと魔物だ! 魔物だよ!
「いてて、ジョー、痛いって……」
「だってだってだって……」
「落ち着けよ。ちょっと黙ってろ」
だって! 怖いんだもの!
「その銅鑼鳴らして、この門を開けてください。ね、お兄さん!」
「ぅうううう……」
「ニール……!」
「しっ、黙ってろって」
やがてのろのろと動き出した巨体によって門扉は開けられ、銅鑼が大きな音を立てた。質屋の玄関が内側からゆっくり口を開いてまるで僕たちを飲み込んでしまおうとでもしているみたいに見える。
「行くぞ」
「う、うん……」
ニールのシャツの裾を掴んで大男の脇を通っていく。
「うぅ……」
「!」
僕は噛みつかれる前に建物に逃げ込んだ。中には異国風のドレスを纏った女のひとがいて、にこやかに出迎えてくれた。化粧をした若い綺麗なひとで、背は低かったけれど低すぎることはない。変わっているのは、ベトナスで見た女のひとたちとは違って頭頂部では髪を編み込んでいるのに、それ以外は背に流している点だ。
マイヤール国の女性は髪の毛は全て編み込んで巻き付けるのだ。でも、このひとの流した髪の毛も素敵だった。
案内されて入った部屋には小柄な小父さんが贅沢な座椅子に腰かけていた。ニールはソーンさんの名を出しながら、質草を引き出しにきたと言った。僕は問われるままに師匠の外見的特徴を挙げ、ワリフダがないこと、本を預けているだろうことを話した。
「あの厄介なジジィか……! 覚えているとも。奴は『いつか持ち主になり得る者が取りに来る』と言った。こどものお前がそうなのか?」
「……僕は弟子だから、きっと、そうだと思います」
「………………」
疑いのこもった視線が僕を上から下まで眺め回した。小父さんは細い髪の毛を後ろに撫で付け、円いレンズを右目に押し当ててから、勿体ぶったようにゆっくりと口を開いた。
「あれを、持ってこい……」
お読みくださりありがとうございます。明日も更新します。
お金ですが、昼食代に銀貨一枚、師匠のお小遣いに銀貨一枚、買い物に合計で銀貨二十九枚と銅貨五枚を使ったので、
残金は小金貨一枚、銀貨一枚、四分銀貨三枚、銅貨十枚です。明日一日はどうにか生きられそうですね。やったね。
★以下、小話
ニール「水袋はたくさん持っておけよ。旅するなら満タンにして二つ。出来たらワインもひと袋」
ジョー「重くて…動けない…」
ニール「水は腐るからな~。長旅ならワインもあった方が良いよな」
ジョー「飲んだこと、あるの?」
ニール「ない。兄貴が怒る。…でも、ちょっと試してみよっかな…」
ソーン「こらっ!」
ニール「うおっ!? ごめんなさい!」