魔物退治 下
「はいこれ、報酬」
「おおお、金じゃ、金じゃ! ひい、ふぅ……」
ソーンさんから渡された硬貨には確かに小金貨があるようだった。師匠はさっそく卓に広げて数え始めているけれど、私にはそんなことはどうでも良かった。
「ソーンさん」
「あ? ああ、お疲れ。今日はありがとね。アンタ役に立ったよ」
「いえ。活躍したのは師匠であって私ではないので」
「……喋り方はどうしたのさ?」
「それで、施療院へ運ばれた方はどうなったのですか?」
「レンデルなら助かったよ。安定したって連絡があった」
「そうですか。それは良かったです」
「ジョー?」
「それで、聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
ソーンさんは無言で視線をさまよわせた。私は彼の返事を待つ。やがて溜め息と共にデルタナの若き探索者の長は笑った。
「どうぞ、何でも聞いてちょうだいな」
「どうして街の地下に化け物がいるのですか?」
「そんなの知らないよ。河からでも入ってくるんじゃあないの? 言っておくけど、好きで飼ってるわけじゃないんだよ。退治しても退治しても沸いて来るんだ。いい迷惑さ!」
「そうですか。それで、聞きたいのは街の中にすらひとの命を奪う化け物がいるというのに、どうして誰も騒がないのかです。この街の騎士は何をしているのか……。街の中がこれなら、外は? 外の様子を聞かせてください」
「アンタ……それ聞いてどうすんのさ」
「聞かせてください」
「はぁぁ……。
街の外はさ、ひどいもんだよ。聖火国が建てたっていう、凍土との境のどでかい壁が魔物の動きを制限してる。そのおかげでこっちには魔物の流入は少ない。けど、農地を耕している連中は毎日生き残るのも賭けみたいな状態さ。それでも税は取り立てられていくし、そもそもそれがないと街にいるアタシらは食べ物もないしね。
けど、そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。世の中がそういう風に出来てるんだからさ。……アンタが泣いたって、変わらないんだよ、何にもさ」
「って……、三人も……」
「ああ、うん、ついてなかったね、アイツら」
「三人も! 死んだのに! 死んじゃったのに……! 外だけが危険なんじゃない、街もぜんぜん安全じゃなくて、そんなの、みんな、いつ死ぬか分からないっていうのにっ……どうして誰も動かないの!?」
「………………」
言葉を全部出しきって、肩で息をして、気がついた。目の奥が熱くて涙が出ていたこと、ソーンさんのスーツを掴んでいたこと、彼を責めても何も変わらないこと……。
私は――ソーンさんになら全てを話しても良いんじゃないかと思った。違う、聞いてほしかった。誰か強いひとに、分かち合ってほしかった。
「魔王を倒さないと……。私じゃ無理なんです。男のひとじゃないと倒せないって……。どうしよう、どうしたら…!」
「しっ! 声が大きいよ」
「むぎぃ」
「あっ、ゴメンよ」
ソーンさんは私をぎゅうっと抱き寄せた。全く予測なんてしていなくて、かわすことも出来ずに捕まってしまった。ソーンさんのおへその辺りにちょうど頬が当たる。お腹なのに柔らかくないなんて。自分自身との違いにびっくりした。
耳元に響く、ソーンさんの低い声が囁きに変わる。
「アンタを探してる奴がいるよ」
「!」
「だから黙ってな。ここじゃまだバレちゃいないんだからさ。地下に潜った奴らには口止めもしといた、もうしばらくは安心だよ」
「な……、どう……して?」
「ん?」
「なんで、庇ってくれるの?」
「さて、ね。気まぐれかな。うん、それが一番近い」
「…………」
「ドブネズミのジジィには世話んなったんだよ、昔。それがふらっと現われたらあの有様だろ? 頭きちゃってさ。飲んだくれてもう二年? 三年? そんな諦めてたときにアンタが来て、弟子だって言うしさ。貴族の嬢ちゃんだろうに泣きもしないし、荒事にゃ首を突っ込むし。
挙句に『魔王を倒さないと』だってさ、ひとには言えない事ってこれのこと? なんかもう、放っておけないって思わされちゃうじゃん。このソーンさんがさ、まさか女の子の面倒を見ようなんてさ。思ってもみなかったけど……」
ソーンさんはいきなり顔を上げると、祝杯ムードで騒いでいた酒場の皆に聞こえるように、手を叩いて注目を集めた。
「はいはい、皆ちょっと聞きな! 今日からこのジョーは、アタシの弟だよ! 手ェ出した奴は誰だろうと許さないから、そのつもりでいな!」
「え? え?」
「ひゅーっ!」
「まーた始まったよ、親分の悪いクセが」
「親分の弟ならしょうがねぇ! 皆、面倒見てやれよ」
小父さんたちはひとしきり囃し立てるとまたお酒や料理に戻っていった。どういうことなのか、よく分からない。
「ソーンさん?」
「ま、そういうこと。魔王倒したいなら実力つけて仲間を見つけな。少しくらいなら手伝ってやるし、鍛えてあげるよ」
「…………」
「どうした?」
「あ、ありがとうございます……。私、あの……、本当に感謝しています」
「いや。むしろ、アタシは何もしてやれてない。してやれない。アタシはデルタナのルールに従って、デルタナを守ることしか出来ないのさ。
アンタを探してるって連中がマトモじゃないみたいだからって、隠してやることしか出来ない。魔物が出るからって、依頼でしか倒しに行けない。行かない。だって、アタシが倒れたら困るって連中がいるんだ、昔ほどは無茶出来なくなっちまった」
ソーンさんは皮肉げに頬を歪めた。
「アンタみたいに綺麗な目ェして夢を語れるほど若くないってことさ! その夢を貶すつもりも頭ごなしに否定するつもりもない。だから手助けはしてやるって言ったんだよ。……死んじまった仲間のために泣いてくれて、ありがとうな、ジョー」
「う、うん……」
こういうとき、何て言えば良いのか分からずに、私は頷いた。ソーンさんも頷き、そしてニッと笑った。
ああ……。
夢物語、かぁ……。
ソーンさんは魔王を倒そうとは思わないのか。デルタナの探索者を纏める立場なんだもの、仕方ないとは思うけど。……正直、ガッカリした。
やっぱり、早く魔法を教えてもらって、お金を稼いで、強いひとを雇おう。強い、強い男のひとを。
ソーンさんより若いひとなら、ついてきてくれるだろうか。……ロランからも守ってくれるだろうか。
早く……早く終わらせてしまいたい。
「そう言えばさ、アンタの目の色、黒いんだね。回ってきた人相書きと比べて気付いたんだけどさ。変わってるわねェ、見たことないよ、黒なんてさ」
「……ええ。変わっているでしょう? ふふ……」
「………………」
「ああ、師匠がいない。宿に帰ったのかな? 僕を置いていくなんて……」
「……いや、宿には入れないだろうさ。汚れすぎてるもの。浴場じゃないかい? アンタも入っておいでよ。その服も、靴も、洗わないと臭いよ。むしろ、全部捨てても良いんだけどさ」
「着替えなんて、ないです」
「よしよし、貸してやるよ。ついでに良いもんあげるしね」
「?」
ソーンさんがくれたのは良い匂いのするシャボンだった。ラヴェンダーの花が石鹸に入っている。細い絹のリボンが結ばれたそれは、私が普段から使っていたものと同じくらい上等な品だった。
「本当にもらってもいいんですか?」
「構わないよ。元々貰い物だからね。ほら、着替え持って行っておいで」
「はい……、行ってきます」
「気ぃつけるんだよ」
「はい」
私は浴場に一人向かった。今日は馬と一緒じゃなくて普通にお客さんとして入ろうと決めて、建物に入ろうとしたら止められてしまった。
いわく。
汚な過ぎるので、先に馬のところで汚泥を灌いでこいと。
……悲しい。
でも、綺麗になったら普通に入れてくれるのと、仕切りの場所を無料で使っても良いと言われたので嬉しい。ようやく、久しぶりに、満足に眠りにつけそうだ。
お読みくださりありがとうございます。明日29日木曜日は更新をお休みさせていただきます。代わりにといってはなんですが、こちらをお楽しみいただけたらと思います。
http://ncode.syosetu.com/n7956dm/『宿命の星が導く…したたかに見えてポンコツなお嬢様とやる気のないチャラい騎士のおはなし』