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こどもに魔王を倒せなんて酷すぎる〜隠された勇者の伝説〜  作者: 天界音楽
第一章 『長い長いプロローグは破滅の香りを纏っている』
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突然の旅立ち

 この物語には、暴力的な描写がふんだんに出て参ります。耐性のない方にはお薦めできません。

 本日は二話更新しますので続けてご覧ください。

「お前、魔王を倒してきなさい」

「へ……?」


 我ながらまぬけな声が唇から漏れる。

 私の前に立つ叔父は、いま、何て言ったろう?


「王命が下ってな、ついに我々一門からも魔王討伐のため息子を差し出せと」


 レイモンが、魔王討伐に? そんな、彼はまだ九つなのに。そんなこと、無理に決まってる。


「お前を引き取っていて良かったわぁ。リリアンヌ、お前がレイモンの代わりに行きなさい」

「……おばさま?」

「そうだ、年格好も似ているしな。いやぁ、本当に良かった。実はもう、出陣式は済ませてあるんだ。後はお前が明日の朝、大手門から出発するだけで良い。大丈夫、陛下から頂いた準備金はちゃあんとお前に渡すからね」

「そうね。私たちからも少し出しましょう」

「剣もあった方が良いな」


 何を……。このひとたちは何を言っているんだろう……。

 私が、代わりに?

 魔王を?

 そんなの無理に決まってる……。


「あの、叔母様……いたっ」

「髪を切って、染めなきゃいけませんわ。マーシー、マーシー、どこに居るの? この子をお願い!」

「あの、あのっ、私……」

「リリアンヌ、これからは自分の事は、僕とか俺とか言わなきゃならんよ。今どきの若い者たちはそう言うんだったろう」

「マーシー、早く!」

「嫌っ、叔父様、私には無理です!!」

「早く連れていってちょうだい」

「嫌、嫌です、お願い……!」


 叔母の金切り声に飛んで来た中年の女中は私の腕をきつく掴んだ。何をされるのか怖かった。でも、とうとう振りほどくことが出来ないまま浴室に連れていかれて、ドレスを無理やり剥がされた。喉から出る声は震えていて、まるで私のものではないみたい。婆やを呼んでも返事がない。そういえば一昨日前に暇を取ったのだと聞かされたのだっけ。


 女中は、不器用にはさみを使って私の髪を刈り上げるくらいまで短くしてしまった。ようやく腰まで届きそうだった私の金の髪の毛を。これだけは母様に似て私の自慢だったのに……。もう、顔も覚えていない母様……。ばさりばさりと髪が落ちる度に、涙も一緒に落ちていった。


 嫌な臭いの液を塗りたくられて、私の髪が茶色い濡れ落ち葉の色に染まる頃には、全てに諦めがついていた。父様も母様も、二人が亡くなってしまったあの日から、自分が道具にされることは分かっていた。それにしてもまさか替え玉として死地に追いやられるとは思っていなかったけど。


 女中は一言も発しなかった。感情の無い瞳は私を見てもいなかった。

 私は下着を穿き、レイモンの服を、靴を、厚革のベストを身に着けた。金属鏡に写った私は、少しだけ彼に似ていた。耳がわずかに茶に染まっているが、そんなの誰も気にしないだろう。


 鏡の中のレイを見ていたら、後ろでごそごそと後片付けをしているマーシーのでっぷりとしたお尻が見えた。


「その指輪、返して」

「なりません。命令です」

「返して! それは私の母のものよ、取り上げる権利なんてないんだから!!」


 私はマーシーに掴みかかったけれど、その太い体が出す力は強くて全く敵わなかった。引っ掻いてやれれば良かったのだけど、生憎と爪を整えた直後だったので残念なことに痛手を負わせることも出来なかった。私は下男の一人に力づくで屋敷の牢まで引きづられていった。


 声が嗄れるまで叫んでも、結局、指輪は返してもらえなかった。


 朝が来るまでに、眠ることが出来たのは、ほんの少しの間だけだったように思う。体を丸めて、膝を抱え込んでいた私の視界に人影が映る。またしても酷く足を蹴られたり踏まれたりするのかと身構えたが、かけられた声は優しいものだった。


「なぁ、ちゃんと食べておきな。食べなきゃいかんよ」

「あ……」


 声をかけてきたのは、台所で働いている下男だった。

 彼は、きっと主人の目を盗んで来てくれたんだろう。おどおどと人目を気にするようにしながら、前掛けのポケットに手を突っ込んでパンやチーズ、ハムの欠片まで出してくれた。


「あ、あり、ありがとう」

「しっ、早く口に入れて。むせるなよ」


 水差しも一緒に牢に差し入れてくれた。私は急にお腹が空いていたことに気がついて、言われるままに食べ物を口に入れた。


「可哀想になぁ。おれは何もしてやれない。逃がしてやれりゃ良いんだが……」

「いま、何刻(※)かしら」

「もう朝の三つ目の鐘が鳴った後さ」


 つまり、四刻目…。あと半時したら大手門から出発だ。もう時間がない。


「もう行って。見つかったら貴方まで鞭打たれてしまうわ」

「……ああ、もう行くよ。すまんな」

「貴方のせいではないわ。この恩は絶対、忘れませんから」

「これ、持っていくといい。よく切れるんだ」


 それは小さな片刃のナイフだった。下男は器用に、刃の部分にくるくるとボロ布を巻いて渡してくれた。私はそれを革のベストと服の間に入れておくことにした。これで落っことしたりはしないだろう。

 彼は頭を下げると、帽子を目深に被って自分の居場所に戻っていった。


 これで良い。これで……。泣いたりなんか、しない。






 思った通り、すぐに迎えがきた。叔父の部下は無言で私の腕を掴むと、裏口を抜けて私を外に連れていった。そこには一頭立ての馬車があり、私は荷物か何かのようにその中に放り込まれた。


「けほっ、ごほっ」


 背中が痛い。一瞬、息が止まった。


 座席なんてありはしない。窓もなく、ただ入り口の木製の扉の上部に格子がはまっているだけだ。荷馬車かそれとも……囚人を入れて運ぶという車なのだろうか。

 鞭の高い音といななきが聞こえて馬車はすぐに出発した。立ち上がろうともがいていた私は床に倒れ込むことになる。目の前に小剣と剣帯、何かが入った皮製のずだ袋があった。確認してみると、袋の中身は、食べ物と財布だ。大きめの布もある。黒パン二本、チーズの塊拳大ひとつ、干し肉が四本、水袋ひとつ。財布には銀貨が沢山と、三枚の金貨が入っていた。銀貨はざっと見て五十枚あるかないかだ。


「これだけ……?」


 食べ物の少なさに不安を覚えた。これが私の全財産か。何日食いつないでいけるんだろう。どこかで食べ物を買うことが出来るかしら。そもそも、私は店に行ったことがあまりない。婆やに連れられてお菓子を買いに行ったことくらいか。


 そのときも代金は私が支払ったわけではなかったので、貨幣の価値が実はよく理解できていない。「淑女は金勘定になどかかずり合うべきではないし、そんな心配をさせるような殿方は相応しくありません」と婆やは言っていたものだけれど、ことここに至っては何にでも興味を持って接しておくのだったと悔やまれる。これからはもっと色々なことに積極的にならないといけない気がする。


 私は心細く、急に胸が苦しくなってきた。

 私は、どうしたら良いのだろう……。


 魔王を倒せとか言われても、そもそもそんなものは絵物語の中にだけ出てくるものであって、実際に存在するものなのか疑わしい。魔物が増えている話は聞いていた。それら恐ろしい生き物を束ねる王なる存在が居る、というのか。そして私たち人間を皆殺しにしようとしているのか。


 わからない……。

 私が倒さなきゃいけない、のかな。


 剣と鎧はあるとして、他に何か買うのにこれで足りるのだろうか? これで誰か、そういった事柄が得意な者を雇えるだろうか?

 怪我をしたらどうする? 確か、鎮痛剤を一回分買うのに四分銀貨が必要だと婆やがぼやいていたはずだ。四分銀貨ってどれだろう。


 答えなんてあるはずもなく、私は自分の体をぎゅっと抱いて足を屈めて小さくなった。馬車は私の胸の中を分かっているかのようにガタガタ、ガタガタ私を揺すぶった。夢から覚めなさいと揺すぶるように。夢なら覚めてほしかった。

 女中の名前がマーシー(慈悲)とか、大嘘もたいがいにしろってね。


 真夜中から数えて、朝一番の鐘が四時に鳴ります。それから一刻(二時間)ごとに鐘が鳴り、三の鐘が朝八時。そこから半刻(一時間)なので、朝の九時出発ですね。

 貴族のお坊ちゃんたちは甘やかされてます。庶民や兵士なら、四時出発が標準です。

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