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僕たちのテーマパーク 2/5

一見、愛らしい声で響く、地獄の数え唄にも思われるカウントダウンがゼロになるのに合わせ、ハルト達を乗せたライドが、可愛らしいモチーフのアトラクションのエントランスから激しい加速で動き出した。

本当は、出発してすぐにのんびり左手に曲がる筈のライドは、アトラクション施設の大きさを無視して、見るもの全ての視界に沢山のノイズを生み出し、真っ直ぐ進む。加速に耐えようと力を入れたハルトの体がギシギシいう。



少し落ち着いた動きに変化したところで、無意識に心臓が、バクバクするのを感じ深呼吸するハルトの隣、カナメも眉間に皺を寄せ、苦しそうに胸を、僅かに震えが見える片手で押さえている。

ここから先は、笑えない位、非現実的だ。

『中二病感満載の下らない漫画の世界の方が、たとえ、チート主人公無双でも、法則性がある分、まだ納得出来ただろう』と以前ハルトが思わず漏らした言葉に、カナメは帰りの傷だらけの車体をバンバン叩き、目の端に涙までため大笑いしていた。


長いのか短いのかわからない時間と距離を移動する中、流れ聞こえるのは、あちこちのテーマパークのキャラクターの音声データを継ぎ接ぎして作られたとしか思えないような歪で不気味な声のアトラクションの説明だ。

これを聞きながら、テーマパークにも色々種類があったなと、二人で思い至ったのは数回目のことだったとハルトは記憶する。

最初の頃は、無事帰る為、必死過ぎてそこまで気が回らなかったのだ。

徐々に薄れる視界と聴覚のノイズの先、たどり着いた宇宙を模したであろう空間は、現実(テーマパーク)のそれと違って何処までも広い。

元のデザインは室内型テーマパークのシューティングか、絶叫系タイプのライドだったのだろう。豆電球のような、か細く煌めく星々の中であっても、しっかりと重力を感じるからここが本物の宇宙空間でないのは確かだ。

妙なところはリアルで中途半端に非現実的。

先ほどのわかるようでわからない、このアトラクションのルール説明だってそうだ。

ゲーム部については、すぐに理解できる。しかし、その目的と、クリア後のイベントは、きちんとした説明なんて今まで与えられた事もないし、何度経験しても理解不能だ。

「やっぱ、今回は宇宙戦争ごっこだな」

速度を落としたライドの中、胸の苦しさに慣れてきたのか、シンプル過ぎる言葉で命の駆け引きを語るカナメにハルトは自身の中に住み着いていてしまった恐怖から目を剃らし、肩をすくめ笑って言った。

「ごっこねー。そんな可愛いもんじゃないだろう、これは」

そう、ごっこなら失うモノなど何もない。けれど、これは自分自身を失う、全てを失う。まるで本物の戦争のようにハイリクス以外の何ものでもない。冷たい銃を握る指が震えないようにハルトは力をいれた。

「いや、あいつらが敵になんなきゃ、こんくれー平気だろ?」

抱える銃を支える為、力の入れすぎで白くなった指先を晒し、人の悪い笑顔でカナメが語る人物は、確かにハルトにも思い当たりがあった。

「あー……あいつらね。……えーと……何だっけ名前」

ハルトの頭の中、以前、同じ高校三年生だと語っていた、ハルトより背が高く見た目はゴツく中身はチャラい奴と、ハルトより背が低く見た目は華奢なのに中身は力強いという凸凹コンビの二人の顔がチラチラする。

チラチラはするが、全くもって名前なんてものは浮かび上がりもしない。

「お前、本当に人の名前覚えるの苦手だなー。……いや、お前、自分以外の人間に興味ないんだろう?」

少し頭を抱えるような大袈裟なジェスチャーを見せ、カナメはハルトに苦笑いを見せた。

先程、三年間、つるんでいたクラスメイトの女子の名前さえ知らない事に気がついたばかりのハルトには耳に痛いところだ。しかも、以前のハルトなら自分への指摘に対し、全面否定して少しばかり喧嘩腰にもなったであろうが、ここのところは、この程度、些細な事にしか感じられない。

そういえば、二人で組始めたばかりの頃は、しょっちゅう喧嘩ばかりしていた。

「そうだな、名前なんてもの、記号と同レベルだと思ってたこともあったからな」

以前は白い目で見られたくないと漏らす事さえなかった本音も、今では、なぜかカナメなら大丈夫だろうとすらハルトは思えるようになっていた。

「……まあ、俺も似たようなもんだからな。……ん?……こともあった?……ってことは、今はそうじゃないのか?」

何時もながら、細かい事に気がつくカナメに、今度はハルトが苦笑いをみせる。

「こんなの繰り返してれば、色々思うこともあるんだよ」

そう、同じ一日を何度も繰り返し、生死の境目をリアルに体験する日々は、ハルトの思考にかなりの影響を与えているのだろう。昔はなかった自身の価値観や思考の成長を確かにハルトは実感している。それは、このアトラクションと名乗る出来事が、ハルトの理性をかきみだし壊したせいなのか、それとも、人間として本能的に方向を正したものかなのかはわからない。

「そうだよな。……うん。……まあ、俺も似たようなもんだからな」

以前は大学に進学するというハルトに、拒絶的な冷たい素振りを見せていたこともあったカナメは、同じ言葉をもう一度繰り返し、鼻の頭を二、三回掻くと、照れたかのように、ハルトの顔を見ることなく、真っ直ぐライドの進む先を見つめた。



*****



「よぉ、ハルトとカナメ!お前らが敵でなくて良かったわー」

徐々にスピードを落とし、目に見えぬ壁の前、恐らくはここに大型のディスプレイでもあるような設定なのだろうが……幾つかの外観が似たようなデザインのライドが肩を並べ、一時停止する。その中の一つ、隣の目に見えぬレーンを走ってきたライドに乗ってきたブレザーの制服姿の二人組がハルト達に声をかけてきた。

体格も性格も正反対に感じられる、二人組。先程ハルトが頭の中、思い浮かべた凸凹コンビの二人だ。

「俺達も同じこと言ってたよ。えーっと……」

絵にかいたような社交的な笑顔を浮かべ、返事を返そうと四苦八苦するハルトを横目に、カナメが口に手を当てているものの大量の唾を撒き散らし爆笑するので、ハルトは隣にあるカナメの足を力一杯踏んでやった。

「?!いってー!!マジで踏むなよ!力加減しろよ!聞いてんのかハルト!!」

オーバーアクションで暴れるカナメに車体がギシギシ揺れる。恐らく初めてなのか、初心者なのか怯えを隠せない他のライドのメンバーが何事なのかとこちらを凝視していた。

ハルトだってわかっている。これは、初心者の緊張をほぐす為の、カナメプレゼンツのアトラクション。コメディショーだ。

個々だけでなく今回のようなチーム戦を求められる場合、これはすごく有効的だ。

人間的な味付けが目に見えない他人との壁を少し下げる。ハルトはそれをこのリピートを繰り返すテーマパークで学んだ。

多分凸凹コンビがこちらに声をかけてきたのもその為だろう。

そうでなければ、数回、騙し欺き合いながら、本気で命の駆け引きをした相手に、たとえゲームだアトラクションだと言っても笑顔は見せられない。

同じテーマパーク内に居るとしても、いや、居るからこそだ。


ハルトは昼間、凸凹コンビの二人に会った事はない。それどころか相棒と呼ばれるカナメとも故意に会おうと思った事はない。

広いパーク内だ。今や大多数は半透明になってしまったが、本来ならそうそう会うことも無いような人混みでもある。行動範囲や時間がずれれば、同じグループでも簡単に迷子になれるし、待ち合わせでもしなければまず会えない。

ならば、同じ繰り返しの中、待ち合わせでもすれば良いのだろうが、この戦いとも思える夕方からの恐怖のアトラクションの事を考えれば、容易に会う約束を交わす気にもなれなかった。

日が暮れれば、突然、敵になるかも知れないのだ。

それが、攻略の為の知的作戦から来るものなんかではなく、本能的な心理的恐怖心だと気がついて、なぜだかハルトは悲しさを覚えたことを忘れない。

「相変わらず賑やかな二人組さんやなー」

凸凹コンビの細い方が笑って周りのライドのメンバーに目配せしながらハルト達に指差した。今回の新規メンバーは中年の女性にその子供であろう小さな四、五歳位の男の子、小学生高学年か中学生位の男子二人組に、今は珍しくなった壮年の男性の二人組。あとは常連の凸凹コンビとハルト達のようだ。

周りを気づかれ無いように見回し、ハルトはそっとライドの中の外に見えないところでカナメの足に軽く膝を当て合図した。

すると、わかってますよと言わんばかりに強く膝をぶつけ返してきたカナメが、子供ウケする笑顔と仕草を張り付け、ひきつる幼い顔に笑顔を与えた。それが母親と思われる女性、隣の男子二人組にも波及する。

一人っ子で人間嫌いのハルトには決して真似出来ない技術だ。

「愛想悪い頭の良い高校生と愛想良い頭の悪い高校生の組み合わせが最強なんて、ドラマ見たいな二人なんや、この二人」

このゲーム、前回最高点を叩き出したんはこの二人や。と凸凹コンビの大きい方が軽快に笑う。

その言葉に複数の安堵の息づかいが、微かに響くのを確かにハルトは聞いた。ひょっとしたら勝てるのかも知れない。そういう前向きさは、生き残るのにとても重要なんだと以前カナメが言っていた。多分彼の実体験なのかもしれないとハルトは思っている。

「お前らこそ、一緒に来たグループ内で二人揃って生き残りで、俺達より長くこのアトラクションで生き残ってるとか、最強だろ?」

以前ちらりと聞いた二人の情報からハルトも話を振る。自分達だけネタにされるのも少し癪だ。

「んー。確かにお前らより二回位長く残ってんな。俺らスッゲー!あ、でも、どっちかっつーと、同じグループでも今まで、あんま話したことなかったけどなー」

「そそ、今回は同じ高校から同じ経営母体の専門学校に進むメンバーでの入学前交流会や」

凸凹コンビが互いに顔を見合せ出した回答に、少しカナメが素で驚いた表情を見せた。

「ハルト達みたいな卒業旅行じゃないんだ。……てか、同じ学校に進むならこれから毎日会うわけだし、必要ないだろう?」

そんなカナメの言葉に重なる様に何度も聞き慣れたゲーム説明が始まる中、凸凹コンビの細い方がカナメのコートの襟をつかみ、引き寄せ、若干静かとは言えない声で会話を続けた。

「経営母体つってんだろう?同じ専門学校でも目指すものが違うと全然カリキュラムが違うし」

「そそ、こいつは美容師になるっつー目標があるんで専門学校にいくけど、俺はまだ親の脛をかじってたいから適当に何とかなりそうなの選んだ。勉強は超苦手だから大学は無理なんで、とりあえず将来の夢が決まるまでは、つーことで、あれだな、高校生の延長をする予定だ」

どうだ、クズだろう?声のトーンをおさえながらも、ドーンと胸を張って自慢げに話す姿に嫌味も感じないのは大きい方の人柄なのだろう。

「嘘つけ、お前、とーちゃんの為に会計士の資格とるつってただろうが」

という細い方の小声の突っ込みもあって、やはり大きい方の人柄の大きさを改めてハルトは感じた。

「専門学校って、就職に有利になる資格取得とかにも熱心なんだろう?入学後に夢や目的を見つけて頑張る奴も居るんだろうし、親に甘えられるんならいいんじゃないかな」

以前、ちょっとした事から二人、喧嘩にまでなった高校卒業後の進路や保護者への感情論だったが、今回のカナメの肯定的な言葉にハルトは表情には表さないようにしたものの、心底驚いた。

「へぇー。カナメは否定するのかと思ってたから意外だな」

思わず漏れた、けれどこれくらいなら大丈夫だろうと線引き済みのハルトの本音にカナメが嫌そうに顔を歪めた。

「まーハルトはその制服からもわかるくらい優秀で、一番高学歴の道を進むもんなー。底辺の話なんか興味ないだろう?」

ハルトが着る全国的にも有名な進学校の制服をさし、あえて、おどけて語るカナメの中が、何がどうなって、こんなに広い許容範囲を示すようになったのか。ハルトにはわからない。わからないが、きっとハルトの価値観の変化と同じような経験をカナメも……そして、恐らくは目の前の凸凹コンビも、この繰り返しの世界で感じているのだろうと推測はできた。

「大学だって底辺の就職状況は専門学校と変わらない。いや、むしろ学歴が邪魔する事だってあるらしいよ。そんなことより、皆が頭が悪い割にはきちんと自分達で進路を決めていた事に驚いた」

みんなで頭が良いだの優秀だと口を揃えていうものだから、ついついハルトは心からの尊敬に少し毒を添えた。

「そりゃー俺らの人生、ただの一回やからなー」

大きい方が抱えてきたであろうハルト達の物より格段に本格的なデザインの銃を首の後ろに当て、少し遠くを見つめ呟いた。

「カナメだってやりたいことがあるから、大学に行くんやろ?」

美容師を目指すという細い方がやはりハルト達のものとはかなり出来が違う、長く細身の銃身をもつ銃を脇に抱え直しながら尋ねてきた。

「……どうなんだろうな」

本当は気がつかないまま、ずっと前から持っていた、けれどその存在につい最近気がついてしまった疑問の言葉で、ハルトは誰にたずねる訳でもないのに疑問系で答えていた。

「え?」「な?」「は?」

こんな奴らだから、ついらしくもない行動をとってしまうのか。それともこの異常事態だらけの現状のせいか。三人揃って見せる唖然の表情に、ハルトが笑顔だけで答えたときだった。

《敵発見!敵発見!!》

プロローグ兼、ゲーム内設定の説明が終わったのだろう。高らかに響く声にみな体を強張らせる。

「なんで、俺ら、こんなところで高二の進路相談みたいな話、してんだろなー」

大きい方が少し寂しそうな顔でふと呟いた。

「意外とみんな高校を卒業したくなくて、こんなことになってるのかもしんねぇなー」

細い方が大きい方の顔を見ぬままそう呟いた。だからハルトも

「あー、そういうのマンガとか映画とかのオチによくあるよねー」

そう言葉を続けた。そんな簡単なオチだったらいいのに。いや、そんな下らないオチだったら耐えられない。

《緊急事態発生!!間もなく全機発進。衝撃に備えろ!》

響き渡る緊急のサイレン音とアトラクションの音声の中、みんなの緊張感がマックスになる。

みんな知っているのだ。負けたら自分が半透明になってしまうことを。守りたい人が次の犠牲者になることを。その強い思いがピリピリと肌に感じられた。

「俺は心底、早く仕事をしたいよ。そして……早く大人になりたいよ」

張り詰めた緊張感の中、ハルトは確かにカナメの声を聞いたような気がした。

だから、届かないかもしれないとわかっていても、けたたましい発進音の中、ハルトは静かに相棒に囁いた。

「今のお前、十二分に背伸びして、大人になってんぞ」

と。


*****



アトラクションと名付けられたこのゲームのルールは至って簡単だ。要は敵と味方に別れて、色々なエリアを通過しながら銃を向け合い撃ち合う。ただそれだけだ。


どこか実在するアトラクションの仕様なのだろう。

敵はみな黒いマントを羽織り、白い無機質な面を付けている。

敵の反応や時折聞こえる会話から考えるに、恐らくハルト達も同じような姿で相手方に見えていると思われる。

しかも、相手も恐らくは同じように全国のどこかのテーマパークに閉じ込められた人々だろう。

全国と括れるのはハルト達と同じ言語を話す人々が大半だったからだ。ひょっとしたら国内でも大きめのテーマパークとか限定があるのかもしれない。

初めての時、穏やかなアトラクションをベースにするハルト達は銃を持たず参戦して散々な目に合ったわけだが、基本このゲームは銃を撃ち合う。四発目までは当たり判定が出ても数秒間体の自由を奪われるだけだが、五発目の当たり判定が出ると、その人物はその姿勢のまま半透明になり、ゲーム終了と同時に、チームが勝っていれば復活、負けていれは……星屑になり消え去り、翌日から透明な人々に仲間入りだ。


ゲームのスタート音がレーシングゲームのそれに似ているが、いざ始まれば、誰もそれに突っ込みを入れる余裕はなくなる。宇宙空間を動き回るライドに振り回され、時折すれ違う敵から身を守りつつ攻撃を加える。所々、宇宙の迷宮の様なエリアも存在し、射った玉が目に見えぬ壁に当たり、鋭角に跳ね返り自分を狙ってくることもあるし、大きな母艦と思われる上空の宇宙船から雨の様な攻撃を受けることもある。

昔は参加する人々をワクワクドキドキさせたであろうアトラクションは、今や生き残りたい人々を戦々恐々とさせる。

このカナメが言うところの、この宇宙戦争ごっこは制限時間がかけられているし、勝利条件がわかりやすいからクリアしやすい。

ストーリー展開からゲーム中盤の辺りと判断できる現在、中学生位の二人組はまだ遭遇出来ていなかったが、あの母親と子供と思われるチームはゲーム初盤で既に五発の当たり判定を受けたらしく、母親が子供を守るかの様な姿で半透明になっていた。

挨拶さえしなかった大人二人組はまだ片方が何とか持ちこたえていたが、既に当たり判定は四発を表示し、その口にする言葉には狂気が満ちていて、制限時間内、残るのは厳しい様相だ。大人は異常事態に対する適応力が低いというのが、この環境下でのハルトとカナメの共通意識だ。

このカナメが言うところの宇宙戦争ごっこのゲーム内では、いくらハルト達や凸凹コンビが頑張ったところで取れる点数は限られるし、遭遇する敵も限られる。

しかも、何回かこのアトラクションに参加しているからこそ、ハルト達は相手に五発目を当てることができない。

五発目を当てて、もし、ハルト達がこのゲームに勝ってしまえば、その人物は昼間の半透明な人々への仲間入り確定なのだ。だからつい、現在の当たり判定数を確認してからの攻撃となる。

けれど、勝たなければ、ほんの数分でも仲間となった同じチームの五発目が当たった人々が、今度は半透明の人々になってしまう。しかも、勝たなければそのあとの、恐らくはこちらが本命であろう、このループを脱する事が出来るであろうイベントに参加することは叶わない。


とてもとても難しくて重い命の方程式だ。

こんなこと高校の教科書にも参考書にも書かれていなかった。だとしたら大人になれば答えが見つかるのだろうか。どこかで学べるものなのだろうか。

わからないから、ハルトは相棒に対し一見冷静に指示を与えながらも気が付けば、無意識に溢れる涙を流しながら銃を打ち放していた。隣に立つカナメも、涙こそ見せぬものの、荒れ狂う動きの中、その背中は確実に泣いて震えていた。

熟考したくとも与えられた時間は少なく、ハルトは答えを見いだせないまま、次の問題へと立ち向かう恐怖に怯える。けれど、間違っていたと後悔しそうな時には必ずカナメが臨機応変に対応を変えてくれる。少しでも、被害が少なく済む方法を理論的に考え出すハルトに、それを実践応用するカナメ。そうやって二人生き残ってこれたのだ。


過去の経験から残り三十秒を切ったと感じたところだった。相手方の被害を最小限に……しかし確実に消えてしまう人は存在してしまい胸の中にしこりを残した中、こちらの勝利が確定したとハルトも、恐らくはカナメも感じた時だっただろう。

二人の乗ったライドの前に突然、見慣れた体格差の人物を載せたライドが現れた。

ただし、見慣れた状況とは全く異なった。想定外の状況がそこには広がっていた。



「どうしたんだよ、お前ら?!」

咄嗟に叫ばれたカナメの声にハルトは、これが現実なんだと飲み込めた。

いつも大きい方を細やかにバックアップしていた細い方が半透明になってその表情を苦しげに歪めていた。

大きい方も四発目の当たり判定に体を強張らせていた。

「おい!消えるなよ?!なぁ!おい!!」

珍しく焦ったカナメの声だと思った。妙なところで腹が座っているやつだとハルトは常日頃感じていたから、本当に珍しいと思った。三発までなら二人とも常に経験済みの事だ。よくあることだ。あと残り三十秒ならあの二人はならば大丈夫だろうし、ハルトは自分達が何とかすれば大丈夫だと思っていた。

「なー、カナメ、だっけ?お前、今日話してたの、試してみてくれよ。今日はチーム戦、負けちまったから無理だけどさ。多分お前じゃなきゃダメな気がするんや」

体が動かないのだろうか。操作出来なくなったと思われるライドが激しく回転し、大きい方の声が響き遠退いていく。

「上手くいきゃー、ひょっとしたら俺達、実体を取り戻して、あの日のゲートを越えた時から、先に進めるかもしんねぇ」

少し遠くなったライドから声は続き、またハルト達の側へと戻ってきた。もうこれ以上銃口を向ける必要はない。そう一緒に安堵していた筈のカナメが静かに銃を持ち上げ、凸凹コンビのライドに向けて狙いを定める。

味方になぜ?

そう思い制止しようとするハルトの手をカナメは空いた手で冷たく叩き、強く拒絶の意思を見せた。

気が付けば安全地帯だったはずの得点数は、新たな更新で一気に勝敗の行方を不安定にさせた。恐らくは目の前の二人のマイナス点が加算されたのだろう。両チームとも同じ数字を並べている。

「今日の対戦相手……な、俺、知り合い居んだよ。多分気のせいとかじゃない。道場の先輩。社会人でさ、彼女と平日デートだって言ってた。告白するんだっつて、俺らの一日前に、あのテーマパークに出掛けてたんだ」

続けられる言葉にカナメが息を飲むのがわかった。

続けてハルトも息を飲んだ。動き続けるアトラクションの中、先ほどまでハルト側からは見えなかった、カナメが銃で本当に狙いを定める先、凸凹コンビのライドの後ろ。そこにいたのは凸凹コンビの大きい方に真っ直ぐ狙い定めた銃をもつ、白い無表情の仮面を付けた、恐らくは男性と、女性と思われる体格差のある二人組だった。

「残念ながら俺は先輩が無事帰れたのか知らない。ただ、俺らの前の日にもこんなのに捕まった奴等がいたなら、ニュースやネットは大騒ぎだし、遊園地は休園の筈だ」

ニヤリ、そう凸凹コンビの大きい方はハルト達に向かって笑って見せた。


「だから、俺ら、絶対に帰れる筈なんや」

もう体の麻痺は取れているはずだった。


あと一点。あと一点で全てがひっくり返えせる。

頭はわかっていても、後ろの敵に狙われながらも、彼らを守ろうとする凸凹コンビの大きい方の姿にハルトは銃身を上げることさえできなかった。それほどの強い意思をそこに感じてしまった。


「じゃあな、試してみてくれや。このループが、終わったらさ、お前の噂の妹にあのテーマパークで一番人気の並ばんと買えへん限定クレープ、三つの味全部おごってやるから……じゃ、お先!」


凸凹コンビはの大きい方はそう言うと、別れの挨拶のように手を挙げ、ハルトとカナメに笑って見せた。

それに続くかのように聞こえた銃声は、大きい方の体に黒く小さな穴を開け、その体を瞬時に半透明に変えていく。と同時に鳴り響くゲーム終了の効果音が戻せない時を静かに伝え、半透明になった二人の体を小さな金色の光の粒に変え、消していく。

カナメの言葉にならない叫びの中、敵であり味方でもあり、ハルトが名前もきちんと覚えることができなかった二人は、彼らが乗ってきたライドの中に、やけにリアリティーのある銃だけを残し消え去った。


《あなた方の活躍で宇宙の平和は守られました。総合成績は相手チーム勝利の為この後のイベントは強制スキップいたします。では、ライドが元のスペースに戻ります。停車して安全バーが上がるまでは決して席を立たないでください。お疲れ様でした》


誰も乗らないライドが一台、また一台と宇宙を思わせる空間に消える中、銃を握りしめたまま足元をみつめ立ち尽くすハルトと、銃を抱きしめライドの床にしゃがみ込み上をみあけ目を閉じるカナメを乗せた傷だらけの外装を晒すライドも静かに加速し、星空の空間に飛び込んだ。


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