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僕たちのテーマパーク 1/5

十八歳の三月。

ハルトは今、ここにいる。



多分、浮かれていたのだろうとハルトはあの時の自分を分析している。

子供である自分から見ても、エリートコースを歩み続ける両親から期待され続け、中学から意識していた大学受験も難関の希望校合格で無事幕を下ろした。だから、気が緩んでいたのかもしれない。

久しぶりの登校日。

素行の悪い生徒の口笛のような冷たい音を響かせる窓の外とは正反対に、穏やかな機械音と共に暖房が心地よい温風を吹き出していた。

いつもなら軽く流していただろうに、あの日、ハルトは頷いていた。

「ハルト君も一緒にどう?」

クラス内でそこそこ気にさわらない程度だった女子が、穏やかな春風のように誘ってきた。

可もなく不可もなく。

ボッチで変に浮いて見えなければそれでいい。そんな感じで何となく三年間一緒に行動していたメンバーは男女合わせて七人。全員、主要都市の有名大に進学も決まっていた。いつか大人になったとき、ツテの一つにもなるかも知れないとの浅はかな考えさえあったかもしれない。

場所も電車で日帰り出来る、高校生向きの範囲だったのが余計に悪かった。目的地として上がった名前はハルト自身も子供の頃、両親と何度も出掛けた事のある、国内で五本の指に入る位のそこそこ有名なテーマパーク。

断る理由も見つからなかった。いや、見つけなくてもいいとさえ思っていたかも知れない。

仕事に忙しい両親からも、受験さえ無事終われば、大学入学までは、世間体だけ保てれば何をしてもいいという考えをつたえられていた。

高校生活もあとわずか。無意識に、たまにはその砂糖漬けのような甘ったるい生活に浸ってみたいと思っていたのかもしれない。

「いいかもね」

まだ、少し肌寒さを感じる教室の中、大して興味もなかった卒業テーマパーク旅行に、ハルトはそんな返事を返していた。


***


十八歳の三月。

カナメは今、ここにいる。



昨年の初夏、カナメの仕事が決まった時、一番喜んでくれたのは母さんと妹のカナコだった。

けれど同時に悲しそうな表情を見せたのも同じ二人だった。

「あんなに成績がいいんだから、進学してもよかったのよ?先生も国立大の推薦を勧めてくださったでしょ?奨学金を貰って、大学に行った方がいいって。ちょっとは大変だけど、お母さんだってちゃんと準社員にしてもらったから、ボーナスとか出るのよ。今からだってお前なら十分受験に間に合うんでしょ?」

そう語る母にカナメは精一杯笑って答えた。

「なに言ってるんだよ母さん。奨学金だって借金だ。大学を出たって確実に返せる保証はない。何より、俺は机の上で理論を捏ねてるより、手を動かしている方がむいてるよ。だいたい、実業高校にわざわざ進学して、何の為にあれだけ資格をとったと思ってるの?あんな大手に就職できるんだ。来年からは母さんに楽させてあげるよ。カナコにも可愛い服を沢山買ってやるし……そうだ、あの行きたがっていたテーマパークだって毎年連れて行ってやるからな」

確かに大学での更なる専門的な勉強に興味が無いわけではなかった。けれど、カナメはもう、現実が見えない年頃ではない。

父が帰って来なくなってからというもの、母の背中越しに、沢山の苦く塩辛い人生というものを垣間見てきた。


あの夕立の後の夕焼けが綺麗だった日。カナメが言った事を母は覚えていたのだろう。

二月の末。錆びだらけの集合ポストから取り出されたばかりの、旅行会社から届いたチケットを片手に、四月から社会人になる息子へのおめでとう旅行よと仕事帰りで疲れていたであろう母は笑っていた。

本当はこの年で、親とテーマパークなんて甘ったるくて恥ずかしい。けれど、それが、春から社会人になる息子への、母からの最後の子供の時間の贈り物だと、カナメにはすぐにわかったから、その行為を否定する事なんて出来なかった。

旅行なんていう贅沢は本当に久しぶりだった。

手持ちのもので精一杯のお洒落と防寒対策をした。

母さんと、妹と三人の久しぶりの旅行。

夜行バスでたどり着いたそこは、門をくぐったとたん、本当にお伽噺の国の様な世界で、カナメは昔、一緒に来たはずの父の大きな背中が、優しい笑顔が見えた気がした。


***


冬時の少し早目の日暮れは空が沢山の表情を見せてハルトは好きだ。

読者モデルをやっていると言っていた同じ学年の女子よりも……いや、比較するのも失礼なくらい空は透明で美しいと思える。

なにより、要らない言葉を口にしない。

ハルト達が身を寄せるアトラクションの、入り口に近い場所から見つめた先、パーク内の大通りから人気がなくなった。売店を兼ねた良い香りを垂れ流すワゴンもどこかに消えた。


日が沈んで、皆、それぞれのアトラクションへと足早に戻ったのだろう。

今では昼間だけ、ここは元々のテーマパークとして機能している。

食料も飲み物も昼間の間だけなら、昔その場に居たで有ろう従業員の模範的笑顔が張り付けられた半透明な残像と共に提供されるので、生きていける。

なにより、常日頃、幸福感を売り物にしていたテーマパークの、もともとの異常な平和感が、みんなの恐怖や、不安に染まりそうな心を、何とか保っている。


時が刻々と過ぎる中、沢山居た筈の煩い大人たちも随分減った。最初の頃、力強く手助けしてくれたテーマパークの従業員も殆んど残っていない。

みんな、戻れたのか、消えたのか。それさえハルト達にはわからない。

ただ、今は、こちらに干渉してくる事はない……いや、もともと、みんな他人には興味なんて持ちもしないテーマパーク内だ。何も変わってはいないのかもしれないが……あの日以降、強制排除された人々は、翌日からは立体映像の様な半透明の残像としてこのテーマパークを、次のアトラクションを求め、売店のフードを求め、今の現実が全てが嘘かのように昔の幸せそうな笑顔で闊歩している。


ハルト達に課された、作り物のお伽噺の国に残された本物のクエストの謎はまだ半分も解けていない。

本当は強制排除され、半透明な残像となった人々の方が正しい選択なのかもしれない。無理矢理、戦う事を選らばされている自分たちが間違っているのがもしれない。

時折、ハルトは全てに対し不安に駈られる。だか、この戦闘行為を否定して、自分達の存在自体さえ否定しなければならない前提なんてくそ食らえと、珍しく感情的な自分も確かに存在する。

情報量が足りないのだ。授業のような予習も出来ない。模試のような答案例も見当たらない。何よりここ何回かで実感させられたが、未熟なハルト自身の分析力も足りないのだ。


明るい曲調のBGMが流れる中、徐々に点灯し出すイルミネーションやコジャレた街灯が、ハルトも子供の頃大好きだった静かで美しい、少し大人なお伽噺の国を作り出す。

その現実とはかけ離れた美しさにハルトが目を細めていると、パーク中央、メインの建物から、昔は付いて居なかった筈の、このテーマパークには似合わない、どこか別のアクションファンタジー系テーマパークを思わせる鐘の音が鳴り響いた。


呪いの言葉を吐く魔物の鳴き声にも思える、長く鳴り響く3つの鐘の音。はじまりの合図。


頭の中に鳴り響く音と同時に、ハルトの視界にノイズが入る。見える世界が変わる。半透明な残像の人々がノイズと共に消えていく。可愛いと表現するのが一番だったお伽噺の国が、美しいと思えたお伽噺の国が、その姿を豹変させる。

多分周りで力なくうずくまる人々も同じものを感じているのだろう。皆、恐怖に肩を揺らす。上手く波長が合わないと、激しい頭痛を感じる人間もいるらしい。顔をしかめる姿も幾つかみられる。


アトラクションの入り口、少し奥まった隅。飾り付けられるように置かれた沢山のぬいぐるみの中から、動き出す気配をハルトは背中越しに感じた。

以前はなかったそれは、このアトラクションに身を寄せる幼い少女が日々買い足しているものなのだろう。丸くデフォルメされたこのテーマパークのキャラクター達が、土産物のブランケットでは足りぬ温もりを求める少女と、恐らくはその肉親を包み込んで居た。

ずいぶんと、遅い起床のようだ。いや、それさえもぬいぐるみの少女の肉親、カナメと名乗る青年の作戦なのかもしるない。

体力と精神力の温存だろうか。

直視することはなくとも、その様子を伺うハルトの視界に黒い安物ダウンに身を包んだ少年の背中が見えた。

「カナコ、良い子にしてるんだぞ」

少女の長めの髪を綺麗に二つに結んだ頭をわしゃわしゃとなで回し、力強く細い体を抱き締める黒い上着に青いジーンズのいつもと変わらぬカナメの姿を確認し、ハルトはエントランス脇から、このアトラクションが本物のアトラクションだった頃には、別のアトラクションに設置されていた、ただのおもちゃだった重い銃を二つ引き抜いた。

「さて、お遊戯の時間だ」

ハルトの、ため息と共に吐き出した言葉と動きに合わせたかのように、このアトラクション用の元々は可愛らしかったであろう車体が、人目を避けて引かれたレールの上を滑らかに走り現れた。

エントランス付近、うずくまり、ハルトから視線をそらす十数人の人々の中に視線を感じハルトは足を止めた。見つめた先、あの日、ハルトを誘った同級生の女子が心配そうな表情でハルトを見つめ返していた。

気が付けばあの日のメンバーで残ったのは彼女だけだ。

そして、そのとなり、このアトラクションのアルバイト担当者だったという、ハルト達と差ほど年の差を感じられない女子が、カナメの足元にすがろうとする、彼のまだ幼い妹を抱き締め、同じくこちらを見上げている。

これからの起こるであろう出来事を胸の中で反芻すれば、大丈夫だとはこれっぽっちも思えなかった。だが、ハルトはとりあえず口先だけでも彼女達を安心させてやろうなどと以前は考えもしなかった事を思いつき、優等生的な模範解答を口にしようとして、ふと、そう言えば、三年間、何となくずっと一緒につるんでいた彼女の下の名前をまだ知らない事を思い出した。

今回、このアトラクションの車体を空にする事なく、ハルト達が無事帰ってこれたら……そうだ、週刊誌のマンガに載っていたような甘い台詞でも戯れに囁いて聞いてみよう。

ハルトはちょっとした遊びを思いつき、思わず笑みの漏れる顔を片手で隠した。

その隣、やっと登場した同じくおもちゃにしか見えない銃を一つ抱えた、カナメが、怪訝な顔でハルトを見つめるものだから、ハルトは更におかしくてたまらず、思わず肩を揺らし笑った。

そう言えば、隣に立つ相棒と周りが呼ぶ青年のちゃんとした名前もハルトは知らない。多分相手も同じだろう。お互い、この三月、高校を卒業する同学年位しか先日まで、話したこともなかった。

そうだ。だったら、この際、こいつも巻き込んだら更に面白いかもしれない。

ハルトは思いもしなかった自分の遊び心の存在に今までにないような高揚感を感じた。

ここはテーマパークなのに娯楽が少なすぎる。中学以来の擬似恋愛ごっこも少しはパーク内のデザートのように甘く怠惰な生活への、スパイスになるかもしれないとさえハルトには思えた。



あの日のあの時以来、このテーマパークは変わってしまった。

いや、世界そのものの在り方が変わってしまったのかも知れないとハルトは考えている。

ポケットの中のスマホは鐘の鳴りだした瞬間から、あの時と同じ43%の電池残量なのは、もう見なくてもわかっていた。

しかし、電池残量があったところで、これは大した役にはたたない。外部との連絡網はとっくの昔に切れているからだ。


最初の頃は、理解できずハルトも苦悩した。

いや、自分たち自身、理解を拒否したい感情が大きかったのかもしれない。

まず、その時点で多くの大人達は順応できず、消え去った。

恐らくは、あの時以来、外から見たここに関しては、何ら問題が無いのだろう。

このテーマパークはあり得ない事だか空間的にも時間的にも切り取られ、何かに支配されてしまっている。ハルトはそう理解している。

まず、ハルト達はここから出られなくなった。

ここから出ようと、パークの正門を外へとくぐったその先は、外界ではなく、見慣れてしまったこのテーマパークの入り口だ。どんなに足掻いても無意識に再入場させられてしまう。一歩でも外へ歩みを向ければそのまま空間が捩れたかのように、再び中に戻されてしまうようになった。

時間もそうだ。

これから約三時間後の終了を伝える鐘と同時にまた、ハルト達はあの最初に鐘の音が鳴ったのと同じ日を迎える。

気がつけばこの忌々しいテーマパークに足を踏み入れてしまった瞬間に巻き戻される。

いや、時間の方は完全には同じではない。あの日沢山の人々でごった返していたメインエントランスの周りは、この時間の繰り返しを重ねる度、徐々に半透明な人間に埋め尽くされてきている。

違いなんてそれくらいで、既に確実にあの日から三週間は経っている筈なのに、気候は未だ、春を待ちわびる肌寒い三月。

ハルト達は日常に戻る事さえできず、高校生のままだ。



《これより、三十秒後に、本日のアトラクションが始まります。各エリアの代表者は所定の位置についてください。なお代表者が出せないエリアに関してはそのエリアに滞在する全員を失格と見なします。アトラクション中の独自のルールにつきましては移動中に説明いたします。……あと十五秒でライドが動き始めます。代表者以外の方は離れてください。》


いつもの決まった台詞がこのテーマパークのメインキャラクターの声で頭の中に鳴り響く。

BGMはこのファンタジックなお伽噺のテーマパークには似合わない、未来系アクションテーマパークを思い浮かべさせるものだ。


ハルトとカナメは慣れた足取りでアトラクションのエントランスから可愛いらしい花で飾られたゴンドラデザインの車体に乗り込んだ。

それと同時にライドの車体が、先ほど視界を変えたノイズと共にその姿を変える。

流線形の車体に銀色にラメが混じった塗装。今日は、近未来宇宙をイメージさせるデザインのようだ。

このデザイン、ハルトも雑誌だか情報番組だかで見たことがあるものだ。恐らくは大都市圏の有名テーマパークのアトラクションライドのデザインだろう。


「宇宙戦争ごっこかよ」


カナメが隣で笑う。今は自嘲だが、ハルトの作り物の愛想笑いと異なり心底人好きな笑顔を見せるこの青年が、実はハルトより容赦ないことは誰よりもハルトが知っている。

今日も愛する妹の為、カナメはハルトが考えつきもしない事を見せてくれるつもりなのだろう。

他人を余り高評価することはないと自負するハルト自身が期待してしまう、そんな魅力をこの隣のカナメは持っていると最近、ハルトは感じている。


《間もなく、アトラクションがスタートします。皆様のご健闘をお祈り申し上げます。》


元々立体映像の妖精が舞う花畑の中をゆっくり動くアトラクションの車体だ。子供が逃げ出さないように小さな気持ち程度の扉は付いているが、安全バーなんてものはないから、車体の前方に気持ち程度に付いている手摺を両手に力を入れて握りしめ、動き始めの衝撃に備える。これが、ハードアクション系のアトラクションのライドなら色々装備も期待出来たのではないかとは、何度か繰り返すうちに、ハルトもカナメも揃って気がついたことだ。


《五、……四、……三、……》


明るい口調で響き渡るカウントダウンに周りの人々が恐怖に体を震わせる。


これからの時間、ここは以前の様に、ユルいキャラクター達が作り物の愛情で手を振り、ファンタジーなお伽噺の世界を金で売るテーマパークなんかじゃなくなる。

特にこの先は、今や、人が命をすり減らし、生き延びるため他者をも裏切る地獄。

そう、めくるめく地獄のテーマパークがきらびやかに広がる。


そして……恐らくは同じ日から同じ体験を繰り返す人々が他のテーマパークにも存在していて、それが恐らくはハルト達の敵なのだ。


《……二、……一、……GO!!》


体を突き抜ける加速感にハルトは目眩さえ感じた。

生まれ育った環境も誓う。価値観も違う。進む人生も違う。

ハルトとカナメはそんな二人だ。

だが、目的は一つ。

ここから無事脱け出して、元の生活に戻る事。無事に四月を迎える事。

ただそれだけだ。



十八歳の三月。


ハルトとカナメは今、ここにいる。



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