一章3
「酷い目にあった……」
織里香から命からがら逃げ出してきて(最終的には何とか説得に成功させ、大人しくさせた)、部室に戻るともうすでに会議の準備を済ませている所だった。
「遅いわよ二人共。遊ぶのもほどほどにしなさいよね」
「お前にはさっきのが遊びに見えたのか?」
俺にとっては命がかかった逃走劇だったのだが。
「いつもの事でしょうに。
さぁ、会議を始めるわよ。準備をしなさい」
「……了解」
国代が俺達にどこかに適当な場所に座るように指示を出す。
本来ならこういう仕切る役目は部長である黒鳴先輩がやるべきなんだが……。
如何せん、先輩が無能過ぎ、国代が有能過ぎるため、こんな事になってしまっている。
俺は座るスペースを見つけようとしたが、よくよく考えれば、この部室にそんなスペースはない事を思い出し、地べたに座わる事にした。
よく見ると、箱ノ中の上に小波が座ったりと割りと酷い事をしているように思えるんだが、いいんだろうか?
全員が座ったのを確認したところで、国代が顔を引き締め、大きく息を吸い込むと、
「社会福祉部! 各自の願いを叶える為、傘盗難事件の依頼の会議を開く事をここに宣言するわ!」
新学年初となる恒例の宣言をするのだった。
……今更ながら、何でいちいち宣言なんてするんだろうな?
※※
社会福祉部。
教師や生徒のあらゆる要望に出来るだけ応え、主に学校にある環境、設備を整備する事を活動とする、学校の為に福祉を尽くす部活動。
……と、この事が前置きだったりする。
実際は学校の為にわざわざ福祉など何一つしないし、学校の環境など寧ろ、破壊する側に回ってしまう程、気にもとめてない。
社会福祉部なんて部活名は名ばかり。
なら、この社会福祉部とやらは何をしている部活なのか?
その疑問に律儀に答えるとしよう。
まず、この部活の説明をする前に一つ、とてもじゃないが現実的ではないもの説明をする事になるが、そこは勘弁してもらいたい。
『夢力』。
その力は大変不思議なもので、人が運命を切り開く可能性、簡単に言えば、自分の夢や願いを叶えるための力の事を言う。
そんな不思議な力なのだが、実は『夢力』は量に違いはあれ、人間なら誰しも持っているものだったりする。
人間はその『夢力』を知らずに使って、無意識の内に夢や願いを叶えている。
例えば、プロ野球選手になりたいという夢が叶うのも、買った宝くじが当たるのも、全ては『夢力』があるおかげだ。
信じられないかもしれないが、俺らは『夢力』を人為的に使う事が出来る。
……正確には使う事の出来る機械を『夢力』発見者の黒鳴先輩からもらっているだけなんだが、そこは気にしない方向で。
とにかく俺ら、社会福祉部の部員は『夢力』を人為的に使う事が出来る、つまりは自分の中の『夢力』を消費すれば夢や願いを叶える事が可能だ。
勿論、それには夢や願いに応じた『夢力』が必要とする。
しかし、俺を含め、社会福祉部の部員達の夢と願いは自分の中にある『夢力』だけでは自分が望む、夢や願いを叶えられない事が判明した。
俺らはどうしても願いを叶えたかった。
だから、俺らは考えた。
そして思いついたのだった。
叶えるための『夢力』がないなら人から集めればいいんじゃないか、と。
思い立ったが、何とやら、黒鳴先輩が人の『夢力』を取る事が出来る機械、発明品を即時に開発。
早速、この発明品で『夢力』を集めようとした時、そこで問題が浮上した。
それは『夢力』を人から取った時の危険性。
言ってしまえば『夢力』は夢や願いを叶えるため、自分の人生を決めかねない程、大事なものだと言える。
そんな大事なものを俺らが片っ端から奪い取れば、他人の人生を狂わせかねない。
まさか、『夢力』を下さい、なんて言って回るわけにもいかない。
ならば、と国代がこの状況を打開するための打開策を出した。
と、ここまで言えば話が見えてくるんじゃないだろうか。
『夢力』を人から奪うのは気が引ける。
かと、いって事情を説明して人から無償でもらう事も不可能に近い。
なら、それが無償では無かったら?
何かを引き受ける代わりに報酬として『夢力』をもらうのなら?
こうして作った部活が社会福祉部、というわけだ。
依頼人から依頼を引き受け、依頼をきちんとこなす事で報酬として『夢力』をもらう。
正当な方法でもらった『夢力』で夢や願いを叶えるのなら罪悪感も湧かないし、実質、人助けをしているようなものだから気分もいい。
こうして、先輩である黒鳴先輩を筆頭に始まった部活だったが、俺が入部してから一年が経った。
長い月日が流れたというのに、俺の願いは未だに叶わないのだった。
『夢力』は確実に溜まっている事は確かだが、願いを叶えるにはまだ足りないそうだ。
一年も活動してると、本当に願いが叶うのか不安にもなる。
俺は早く願いを叶えなけれはわならないというのに。
「今回の依頼は二年A組のヒス川──那須川からのものよ」
国代が座っている俺らを見渡しながら、依頼の説明に入る。
ヒス川──那須川ね。
あんまりヒスティックに喚くものだから国代にこんなあだ名を付けられてしまった可哀想な依頼者だったか。
よくもまぁ、あそこまで侮辱されておきながら依頼者も依頼する気になったもんだな。
「それで依頼内容は二年生の方で騒ぎになっている傘の盗難事件の解決だろ?」
「……あたしが話している最中に口を挟まないで欲しいわね」
「いいだろうが大体、皆、依頼の内容は知っているんだから」
「確認よ、確認」
真面目か。
国代の奴、仕切る役としては優秀なんだが、真面目過ぎるのが玉に瑕なんだよな。
「ふっ、小輿よ。それは蛇足というものだぞ。我らは全員、しっかりと依頼内容を覚えている」
「なら、今回の依頼達成の条件を正確に言ってみなさいよバカ春」
「傘の盗難事件の犯人と依頼人を我らの配下に加える事だろう?」
「すまん、国代。お前の言う通り、やはり確認は必要だったな」
「でしょう?」
「む? 何故だか我がもの凄く馬鹿にされているように感じるぞ?」
俺は黒鳴先輩の頭の悪さを考慮していなかった。
この先輩は基本的には馬鹿なのですぐに暴走をする恐れがある。
今も、盛大な勘違いを越えて、自分の妄想を語っていたしな。
「それで桐原の言った通り、今回の目的は二年生の方で騒ぎになっている傘の盗難事件の犯人を捕まえ、依頼人のヒス川にその犯人を差し出す事よ」
「どうして依頼達成の条件が事件の解決じゃないんですか?」
手を上げて、質問する小波。
その疑問は最もだ。
それに対する国代の答えは──
「ヒス川が自分の手で犯人を八つ裂きしたいと言っていたからよ」
「ひいぃぃっ!?」
「いや、違うだろ!」
俺の記憶によると、那須川がそんな依頼を出したのは犯人の犯行の理由が知りたいからとか、そんなんだった気がする。
国代がどこをどう解釈したらそんな理由になるのか俺にはさっぱりだった。
箱ノ中に座ったまま悲鳴を上げ、後ずさりする小波に大丈夫だと一声かける。
何というか、完全にビビって縮こまっている姿が普通の女の子らしくて可愛かった。
そこは国代に感謝。
ご馳走様です。
「それで更河さま。今回の依頼の為、情報はどうなったのですか?」
情報というのは昨日、唯斗に頼んだものだろう。
俺は持っていた鞄の中から、紙の束を取り出した。
「ちゃんと手に入れてきたぞ」
「どれどれ?」
俺が何か言う前に国代が持っていた資料を奪い取り、ペラペラとめくり始める。
「被害者のリストにプロフィール……犯人の絞り込みまでやってくれているのね。流石は城田君、いい仕事するわね」
「唯斗も入部してくれるといいんだけどな」
何故なら、俺の仕事が少なくなって楽になるから。
唯斗は黒鳴先輩から何度かスカウトされているそうだが、依然として断られているとか。
残念ながら、唯斗のその判断は正しいと言わざるおえない。
俺だって叶えたい願いさえなければ、こんな所、近づきたくもない。
「役立たずの桐原より城田君は──いえ、それだと桐原と比べられる城田君が可哀想ね」
「どこまで俺を下に見るつもりだ、お前は」
どれだけ俺の事が嫌いなんだよ。
ひょっとしてまだパンツを覗いた事を怒っているのか?
ツッコミをいれるのも疲れるので俺が流そうとした時。
織里香が憤慨した様子を見せながらその場を立ち上がった。
「違いますわ! 更河さまは少なくても山猿さんよりは役に立っていますもの!」
「……その山猿っていうのは誰の事を言っているのかしら?」
挑発に乗ってしまったのか、さらに国代も立ち上がり、織里香にずんずんと近づくと、胸でドンッと押す。
仕返しとばかりに、織里香も胸で国代を押し返す。
「山猿は日本語も分からないのですか?流石は山猿と言った所ですわね……!」
「金で物を言わせるお嬢様には言われたくはないわね……! そんなんだから桐原に振り向いてもらえないのよ……!」
「なっ、言ってはならない事を! 表に出なさい! このわたくしがその汚らしい体を直々に浄化してあげますわ!」
「上等よ! すぐさま私の下に跪けてあげるから覚悟しなさい!」
バチバチと火花を散らし合う二人。
不穏な空気がこの場に訪れ、今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうだ。
あー、また始まったか……。
その二人の様子を部屋の端に寄りながらも眺める俺。
気が合わないのか、国代と織里香は相性がすごく悪い。
だから、こんな風にいつも喧嘩になってしまう。
もちろん、俺が何言っても止まるわけがないので、知らんぷりを決めている。
「ふ、二人共、止めて下さいっ!」
そんな二人を見かねたのか、小波が険悪な雰囲気を壊すように間へと入る。
「ケンカは駄目ですっ! 今は依頼について話しましょうよ」
「うっ……」
「……仕方ないですわね」
二人共、純粋無垢な小波には弱いのか、弱った様子を見せ、大人しく拳を収めようとする。
色々な意味で小波は最強なのである。
国代が鼻を鳴らすと、織里香に向き合う。
「喧嘩は止めよ、枝々咲」
「言われなくても分かっていますわ」
((──今は……ね))
わー、何か今、心の声が聞こえた気がするー。
多分、この二人が和解する事は永遠にないんだろうな。
「さて、資料も手に入った事だし、本格的かな依頼の話をするわよ」
パンパンと手を叩き、国代が周りの空気を整える。
乱したのはお前だろうに……。
とにかく、ふざけるのはここまでという事か。
「もう一度言うけれど、私達がする事は傘の盗難事件の犯人を特定し、捕まえる事よ」
「中々面倒くさそうな依頼だな」
「ですが……傘なんて盗んで、犯人さんは何がしたいんでしょうか?」
「ククク……小波よ。この事件の被害者を見ればそのくらいは分かるだろう?」
「被害者ですか……?」
「事件の被害者は全員、この学校に在籍している女子生徒よ」
「それってつまり……」
「そう。つまり犯人は女子の傘を盗む事に興奮を覚える真性の変態か、レズなのよ!!」
とってもやる気を失くす事実がキターッ。
ねぇ、もう帰ってもいい?
帰っていいよね?
しかし、俺以外の部員は至って真面目な様子で話を続けている。
正気か、お前ら。
「犯人の動機は考え出したら切りが無いわ。そもそも私達の目的は犯人の捕縛。その事についてどんな行動をとるかだけど……」
「犯人の絞り込みは既に終わっているんですわよね? 犯人候補はどのくらいいるのですか?」
「資料によれば60人ね。男子生徒が46人、女子生徒が14人よ」
「その数なら聞き込み調査をしてもいいかもしれませんね。罠を張るというのも一つの手かもしれませんが……」
うーん、と考え込む織里香。
俺は既にダラけモードだ。
こんなくだらない依頼に付き合ってられるか。
「ちょっと桐原。何、死んだ魚のような目をしてるのよ。会議に参加しなさいよ」
国代に注意されるが俺は微塵も動く気もしなかった。
捕まえようとしている相手が変態かレズだぞ?
馬鹿らし過ぎてやる気も起きなくなるって。
「……参加しないんなら、今回の『夢力』の分け前は桐原には渡さないわよ」
「むっ、それは困る」
基本的に報酬で受け取った『夢力』は部員で分け前をしている。
それが受け取れないとなると困ってしまう。
「……分かった。ちゃんとやればいいんだろ?」
仕方なしに言う俺。
これも叶えたい願いのため。
我慢はしなければ。
「それで? 結局どうするんだ?」
「バカ春をここに残して、あとの四人で二手に分かれて調査をするわよ」
「二手? 全員バラバラの方が効率がいいんじゃないか?」
「そうしたら、桐原は何か理由をつけてサボるでしょうに」
……バレていたか。
「それに二人なら何かと対応しやすいしね」
「ふーん、じゃあ黒鳴先輩をここに残すのはどうし──あ、やっぱいい」
黒鳴先輩が聞き込み調査なんて高等技術を出来るわけがなかったな。
大方、何かあった時の連絡係にするつもりなんだろう。
「まて、小輿よ。我はそんな地味な役目は嫌だぞ。我も調査の方に加えるがいい!」
それに対し、当然ながら黒鳴先輩が難色を示した。
が、
「駄目。バカ春だとまともな会話が成立しないから」
国代から一蹴される。
頷く一同。
人望ないな、先輩。
「そ、そんな事はない! まともな会話が出来なくてもこの発明品があれば……!」
「あ、まともな会話が出来ないとは認めるんですね?」
「黙れぇ! これを見ろ!」
黒鳴先輩が抱え込むように持ったのは先ほどのドクロのイラストが描かれた掃除機。
「ククク……この発明品は『特定物掃除機』と言ってな、周りにある指定した物だけを吸い込む事が出来るという不思議な掃除機なのだ!」
「それが調査の何の役に立つって言うのよ?」
その言葉を待っていたとばかりに先輩がニヤリと不敵に笑った。
「分からないのか、小輿?」
「何がよ?」
「これがあればとんでもなく事が出来るではないか!」
「だから何が出来るって言うのよ?」
「クハハハ! 分からないのなら教えてやろう! これを使って出来るとんでもない事とは──」
「──学校中の女子生徒を全てノーパンにする事が可能なのだッ!!!」
「「「「────」」」」
一同、絶句。
あんまり過ぎる黒鳴先輩の答えに言葉も出ないようだった。
いや……確かにとんでもない事だけど。
ほんのちょっとだけやってみたい気もするけど。
でも、それって絶対に調査に関係ないよな?
ただ、先輩がやりたい事だよな?
言葉を発しない俺らに先輩はどうやら勘違いをしたようで、偉そうに踏ん反り帰る。
「ふん! 驚いて声も出ないか? これで我の偉大さが分かったのなら、さっさと調査を──ん? 小輿? そんな人を簡単に殺せるようなナイフを持って何を、ちょっ! やめ……ぐあぁぁぁぁぁーっ!?」
只今、国代 小輿が部室で行う三分クッキング開催☆
背骨折りからの十文字固め。
邪魔な衣服は切り落とし、とにかく削ぐ。
皮や肉というあらゆる部位を削ぎ落とし、床に何度も叩きつける。
隠し味にメガネを割り、全身を足で蹴りつけ、肉を柔らかくし……何故だか急にこんがりとした匂いが立ち上った。
繰り出される残虐かつ手際のいい技の数々に皆、下を向いて目に映る光景から目をそらしている。
きっと、あまりの国代の料理の上手さに感動を覚えているんだろうな。
かく言う俺も必死に口元を抑え、感動に酔いしれているが。
あ、もうこれ無理。
体が(ピーッ)になって(ピーッ)になっちゃってるオロロロロロロ……。
部室に響く軽快な音楽と共に『上手に焼けましたー♪』という声は気のせいだったと俺は信じたい。
現在の夢力【1488】
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!
……そろそろ裏会議を再開しようかな?