五章1
突然だが、皆さんは尾崎豊さんの『15の夜』の曲を知っているだろうか?
知っているなら、よし。
知らないのなら、YouTubeでも何なり、一度聞いてみる事をお勧めする。
この曲の歌詞は実は本当は、尾崎さんが15歳の時ではなく、14歳の時に書いたらしいのだが、中学生の尾崎さんがこの曲にどんな思いを込めたか分かるだろうか。
これは俺なりの解釈になってしまうのだが、歌詞には『煙草』、『盗んだバイク』など、中学生ではやっていけない事ばかりだ。
しかし、彼は早く大人になりたくて『煙草』『酒』を覚えたり、バイクに乗ってみたり、色々な事を試したんじゃないだろうか。
彼は何故、早く大人になりたがったのか?
それは多分、反抗心というものだろう。
自分はもう子供じゃないと、教師や親、世間から認められたくて、そんな行動を起こしたのだろうか。
あるいは、ただの対抗だったのか。
どちらにしても、彼はバイクにまたがれば、そんなしがらみから抜け出せて自由になれると思ったのだろう。
そんな尾崎さんの生き方を若さゆえの過ち、とも取れるが、『青春』という風にも取れるのではないだろうか。
少なくても、俺は後者だ。
尾崎さんはこの曲にバイクに乗っても、結局は自由になれた『気がした』だけであって、何も残らなかった。
そう伝えたかったのかもしれない。
でも、それは違う。
『青春』して、夜にバイクにまたがって、残るものが必ずある。
実際、高校生でありながら、夜にバイクにまたがった俺達は、深夜を賑やかす暴走族のようにエンジンを吹かし、『青春』に身を任せて、
身を任せて──
──学校に突っ込んだ。
スピード緩めることなく、交通ルールという概念から崩れさせる程の猛スピードでドアを、窓ガラスを、あらゆるものを壊していく。
爆発──。
の、ような破壊。
目に映ったものは砕けちり、壁は音を立てて崩れ落ちていった。
破壊。破壊。破壊──。
ここまでくると、器物破損という罪状も、いっそ清々しい。
何もかもが、壊れ、崩れ、無くなっていく。
『青春』をし、必ず残るものがある。
俺の場合? そうだな…………『後悔』の二文字ってところか。
拝啓。
今は亡き、尾崎さんへ。
現在、俺は高校生という立場にいます。
人間、年をとるからには必ずと言ってもいい程、この立場になるんじゃないか、と俺は思います。
尾崎さんは中学生の頃、バイクにまたがり、私的解釈で言うと『青春』をしたそうですね。
俺は高校生になった今、その『青春』をしています。
尾崎さんの場合は、盗んだバイクに乗ったり、酒を飲んでみたり、煙草を吸ってみたり、と。
どれも犯罪で、中学生や高校生には行うことが出来ないものです。
幼い頃はそういった事をしたと、いつか『自分が子供だった』日の思い出になるんじゃないか。
それも、経験の内だったと、そう言う人もいるでしょう。
しかし、尾崎さん。
中学生で盗んだバイクで走りだす人がいたとしても──
──高校生で学校にバイクでテロを起こす人はどれだけいるんでしょうか?
いや、まったく、どうしてこうなったのやら。
状況の確認?
うん、まずはそれをしてみよう。そして、これが夢であることを切に願う。
俺と国代、織里香、更に平井さんの四人で小波を退学させない為、俺は作戦をスムーズに決行出来るように一から最後まで念入りに話したつもりだった。
その作戦の始めとして、国代と平井さんに騒ぎを起こしてくれ、と頼んだだけのはずが、何故か前代未聞のテロ事件にまで発展している。
ついでに言うと、いくら自分の頬をつねっても、目が覚める感じがしないから、これは夢ではないって始めから分かってたんだよチクショウ!!
「あっはっはっはっはっはっはっはっは……」
俺は目の前の残劇にしばらく、笑う事しか出来なかった。
現実逃避と言ってもいい。
目の前の校舎の玄関、いや、校舎の玄関だったものは八割方、原型をとどめてなかった。
「って、どういう事だよこれ!? 誰でもいいから説明してくれよ!?」
「四月十五日、午後十時十二分五秒に、社会福祉部の部員、桐原 更河が気でも狂ったのか、単独でバイクで校舎に突っ込んだわね」
「全く、更河様は一体何がしたいのですか? 破壊神ですか?」
「それはお前らの事だアァァァァッ!!」
こんな事をやらかしておいて、平然と罪を俺になすりつけようとする、この二人の事を改めて外道だと思った。
「お前ら、何をやらかしてくれてるんだ!? 俺はただ騒ぎを起こしてくれればいいって言っただろ!
それがどうして校舎の玄関を破壊する事になるんだ!
思わず作戦を投げ出して、ここまで駆けつけちまったじゃねーか!」
本来なら、二人が騒ぎを起こしている間に学校内に侵入する、という手筈になっていたのに、この二人のせいで全てがおじゃんだ。
「大体、お前らは何がやりたかったんだ! あれか、新手のテロか!」
「失礼ね。これは私の中では『リフォーム』って言うのよ?」
「んな、リフォームがあってたまるか!」
解体工事の間違いじゃないだろうか。
とにかく、これは明らかにやり過ぎている。
「ふむ。確かに前よりも幾分か建物がマシになりましたね」
「平井さんはそれを本気で言ってるんですか? 原型をとどめてませんよ、これ?」
「ええ。この目に映る、景色全てがわたくしめの物になると思うと、気分が清々しいです」
「アンタはどこぞの魔王だ!」
「あ、でも。青空教室ってのを私、一回見てみたかったのよね」
「何気ないその一言だが、現時点でその言葉はお前を『危ない人』に認定するには充分だからな!?」
「そうですよ国代様。教室を狙うのなら、人が多い昼間に行うべきであって」
「駄目だ! ここには俺以外、至極普通の思考を持つ人間がいない!」
俺が今更過ぎる事実に嘆いていると、
「!! 桐原!」
「あん?どうした──うおっ!?」
何やら険しい表情をした国代にいきなり腕を引っ張られ、近くの茂みに連れこまれた。
そのまま、国代が俺の腕を掴んだまま、こそこそと人目を気にするようにしながら玄関から離れる。
あまりの出来事に俺は呆然とするだけだった。
「な、何を」
「静かにしなさい。ここからは小声ね、分かった?」
「は? あ、ああ」
イマイチ何がなんだか分からないのだが、とりあえず言われた通りに声を抑えることにした。
つーか、口に葉っぱが入ったんだが……汚ない。
「それで、どういう事だ?」
「流れ的に分からない? 教師が来たのよ、教師が」
そう言って、国代が指を指した方向には、確かに2、3人の教師が慌てた表情で玄関に群がる様子が見られた。
「……随分と早いご到着ね」
「いや、バイクで突っ込んだら、それはそうなるだろ」
とは言え、さっきまで俺も教師の事を考えていなかったのだから、何も言う事は出来ないのだが。
『……んだこれは!』
『玄関が……されている!?』
『どうなって……』
距離が出来たからか、教師達の会話が途切れ途切れに耳に入ってくる。
「あの様子だと、すぐにでも学校にいる教師達に知らされるぞ。どうするんだ?」
数人なら構わないが、中にいる教師達全員に騒ぎがバレるのは作戦に支障をきたす恐れがある。
何とかして、あの騒ぎを収めたいところだが、どうしたものか……。
「お困りでしょうか?」
「うわっ、ひ、平井さん!?」
音もなく、平井さんが俺の隣に出現する。
そういえば、平井さんはさっき、人が来た事に気づいていたんだろうか。
今までいた事に気づかなかった事といい、やはりこの人は侮れない。
……どうしようもない変人だが。
「平井さん、何か策でもあるんですか?」
「いえ、策という程でもないのですが
……」
目を伏せる平井さんが取り出したのは……えっーと、目出し帽?
平井さんはその手に持った目出し帽を被ると、更に二つの目出し帽を俺と国代に渡してきた。
「騒ぎが伝わる前にあの方達を消そうと」
「今すぐその考え方を頭から永久的に消して下さい、迅速に!」
この人の頭は何故、こんなにも危険思考をしているのだろう。
「消すのは兎も角……あの教師達の口を塞ぐのは私も賛成よ」
「国代?」
「あくまで効率を考えての事よ。手っ取り早いし、何より成功すれば、確実に噂を広めず済むわ」
「元はと言えば、お前らこんな事しなければいい話だったんだが」
「それに顔を隠せるんだったら、何も怖がる必要はないしね」
自分に都合が悪くなると、急に耳が遠くなる国代。
頼むから、自分の行動に責任を持って欲しい。
「ちょっと待て国代。効率どうこうの問題はともかく、何かやったわけでもない人達を傷つけるのには反対だぞ?」
「更河様。それは何かやった場合なら、どんな事をしてもいいと聞こえるんですが」
「俺はお前と違って、平和主義者なんだからその辺、考慮してくれないか?」
横から口を挟んでくる平井さんの言葉は偶然、たまたま、不運にも、俺の耳に届かなかった。
「あなたは別に手を出さないでいいわよ。私と平井さんであの人達を片付けるわ。
こうなったのは私達の責任って、自覚はしているしね」
「……仕方ないな」
どうやっても折れそうにない国代の言葉にしぶしぶ承諾する。
責任を感じているんなら、仕事はきちんとこなすだろうし。
国代は待ってました、とばかりに顔を輝かせ、長い黒髪を纏めてから、目出し帽を被った。
その様子がどうしても不安だったので、平井さんに軽く耳打ちをした。
「平井さん、国代が暴走した時のフォロー頼みます」
「ええ、もちろんです」
親指を向けてながら、多分笑顔で答えているであろう平井さんだが、目出し帽のせいで表情が分からなかった。
というより、普通に見た目が不審者だったので、ビビってしまった。
「じゃあ、俺は作戦通りに校舎裏に向かうぞ」
「しっかりやりなさいよ」
「お気をつけて下さいね」
二人の言葉を確認すると同時、国代と平井さんは玄関へ、俺は校舎裏へと一斉に駆け出した。