四章2
※※
「しかし、久しぶりにここに来たな……」
目に見えないほどの広大な土地。
高すぎて何回建てかも分からない邸宅。
何やら価値がありそうな石像等。
迎えるように、いくつものオシャレな噴水がライトに照らされ、水飛沫が光る。
漫画で見るような馬鹿でかい豪邸に感嘆の声を漏らした。
最後に来たのは中一か中二の時だったか。
相変わらずだな、とため息が出た。
豪邸に見合うでかい門に近づき、『枝々咲』と書かれたプレートの下にあるインターホンを押した。
しばらくして、ギィッと音を立てて門がゆっくりと開かれた。
「お待ちしておりました、更河様」
門が開かれると、そのすぐ目の前に平井さんが恭しく頭を下げながら現れた。
恐らく、俺が来るのを待っていたのだろう。
仕事熱心な事で、こっちが逆に頭を下げたくなる。
「そんなかしこまらなくても……。平井さんの方がずっと年上じゃないですか」
「心遣い、ありがとうございます。しかし、これも仕事の内だと割り切っていますのでご心配なく」
ニコリ、と微笑んで見せる平井さん。
この辺は流石に執事。
随分と手慣れた様子だ。
「……それに更河様は未来の主人になるお方かもしれませんし」
「オイ、今何か言ったかアンタ?」
いや、今、絶対に何か不吉な事を言っていただろう。
笑みがいつ間にか誤魔化す為の表情に変わってるし。
「いえいえ、何でもありませんよ。ところで織里香お嬢様とのご結婚のご予定はいつになるでしょうか?」
「何でもないと言いながらアンタはさり気なく爆弾発言をするんだな」
「これはこれは失礼しました。とんだご無礼を申し訳ありません。
では、織里香お嬢様とリア充を爆発するご予定はいつでしょうか?」
「言い方が変わっただけで、内容が変わってないと思うんだが」
「(チッ!)……いいからさっさとくっついちまえよボケが」
「舌打ち!? しかも今、執事にあるまじき暴言を吐いたぞ!?」
この人は本当に執事なのか、と疑うレベルだ。
つか、どうして俺と織里香をくっつけさせようとするんだ。
「ははっ、少々冗談が過ぎましたか」
「本当ですよ……」
「で、織里香お嬢様とはどこまでいったんですか? まさかキスまではいったんでしょうね? ん?」
「いい加減、仕事にしろよアンタ!」
「甘いですね、更河様。わたくしめの仕事には人をからかう事も含めるのです。つまり、これは仕事の一部なのですから無問題です」
「一体誰がこの人を採用したんだ! 嫌がらせを仕事にする執事なんて解雇しろよ!」
「ちなみにわたくしめのモットーは『一日一回は、人をからかいましょう』です」
「クビにするだけじゃ生温かった! 社会から追放しないとこの人は駄目だ!」
相手が年上だという事も忘れ、いつも通り自分の仕事を果たしてしまう。
これもそれも、俺の周りにいる奴らのせいだ。
「それは兎も角、いい所に来てくださいましたね」
「いい所?」
「ええ。先ほど、織里香お嬢様がお帰りになるなり、泣きながら『ロリコンがっ……! 幼女が……!』と意味不明の言葉を呟きながら部屋に閉じこもって──いきなり胸を押さえてどうしたのですか? 更河様?」
「いえ、トラウマが……」
「?」
平井さんが何の事だか分からない、といった表情を浮かべている。
織里香め……俺の話を聞きやしない。
おかげでこっちは完全にトラウマになってしまった。
「わたくしめも、織里香お嬢様にお声をかけたのですが、泣き声ばかりで一人にしてほしいと……」
「あー……」
「織里香お嬢様がああなるのはよくある事ですし、こういう言い方をすると執事失格だとは思うのですが、正直、あまり心配はしてません。が、更河様がお見えになったのに部屋から出で来ないのは更河様はもちろん、これからお見えになる国代様にも迷惑がかかってしまうのは……」
「要するに、俺に織里香を部屋から連れ出してほしい、と」
「お手数をかける事になってしまいますが……」と苦笑する平井さん。
ただ家に来ただけだというのに、なぜこんな事になるのか。
あれか、平井さんよろしく、枝々咲家の人間は『一日に一回、人に迷惑をかけましょう』なんて家訓があるのか?
「分かりましたよ。織里香を引っぱり出せばいいんでしょう?」
しかし、これも小波のためだ。
割り切って、それを受ける事に俺は決めた。
「ありがとうございます更河様。引き受けてくれた御礼としては、こちらの温めていた婚姻届にサインする権利を──」
「(ビリッ、ビリッ……)さーて、早速、織里香の部屋に行きましょうか。どこにあるんです?」
「二階の一番西側の部屋ですごめんなさいすみません」
調子に乗りつつあった大富豪のお嬢様の付き人である平井さんに般若の顔を見せつけ、立場を分からせた俺は満足した顔つきで織里香の元へと向かったのだった。